金木犀の頃
大気の中に金木犀の香りが濃い。昨日までは全く気がつくこともなかった。この香りが漂う時期になると、私は喘息の発作を良く起こしていた頃のことを思い出す。夏の気配が払拭され秋が初冬に向かって加速し始める頃、少し冷気を含んだ空気がいつもかすかな息苦しさと喘鳴を運んできた。
そういう状況が解消され、金木犀が喘息の季節の象徴でなくなったのはそう遠い昔のことではない。きっかけは定かではないが、多分結婚する前後のことだったのではないだろうか。
子どもの頃から喘息持ちだった私は、どこに行くにもアレルギー抑制剤と気管拡張剤を持ち歩いていた。自分の呼吸をコントロールできなくなり、身動きも合理的思考もできなくなることを考えれば、これらを持たずに旅行することなど全く思いもよらないことだった。いまでもその頃の癖で会社に行くにもピルケースは持ち歩いているが、そこから取り出すのはもっぱら頭痛薬か胃薬だし、もうおそらく品質保持期限が切れている喘息用の薬がケースの底に押しやられていることを意識することはまれだ。
アレルギーが治ることは基本的には無い。今はなぜか過去に喘息の形態で発現していたアレルギーの症状が緩和されているだけで、その状態がいつの間にか訪れたように、またいつどんなきっかけで喘息の症状が戻ってこないとも限らない。
金木犀の香りは、幼い頃からなじみの深い息苦しさの記憶を運んでくる。あの頃の私の大きな願いは喘息を起こさない体を持つことだったのではなかったか。いつの間にかその状態を手に入れた私は、大きな喜びを忘れて別の卑小な不幸を嘆く存在になってしまっている。そんな自戒の念が甘い夜の空気の中に溶け出して拡散していく。
Posted: (火) - 10 7, 2008 at 01:00
|