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私にとって小松市中心街、本折かぶと商店街の活性化を云々する前に、真宗大谷派・本光寺自体の寺づ<りか先ずもって肝心。
この寺は、寺史によると江戸・享和元年(一八〇一)から五年がかりで建設されたそうで、当時は田んぼの真ん中にポツンと建ち、その後しばらくして饅頭屋さんが付近に一軒できて、そこへお客さんが寄って賑わいが少しずつ増えて・・・と、それが門前町となるまで栄えるに至った元々の始まりのようです。
ですから歴史的にみても、この町に住む方たちとともに歩み育ってきた寺の原点に立ち返り、本光寺自体が亜流貴族化してしまった現状を自己批判しながら、今の時代、そしてこれからの時代にも即応できるような寺に変えていくことがまず大事なのです。
日常ふだんから、雲上人風に決して特別扱いされるのじゃな<、もちろん町内の会合や清掃作業にも率先して出たりと、町内に住む者としてごく当たり前のことを通して、みなさんから信頼を得、親しんでもらうことがとっても大切なことだと思うのです。
そんな気持ちから、通り(県道小松鶴来線)に面した塀を取り払い、境内の一部を〃本折ミニパーク〃として開放しました。実は、この塀がお寺の閉鎖性を象徴していたとも言えるので、ご近所の方からはちょっと一服できると、とっても好評です。しかし一方で、お金をかけてまで威厳をなくし、なにより不用心だと非難する声も実はなくはないのですが、親しみ深い寺づくりに役立つというなら、なんのことはない。
そもそも、お寺は浄財が収入源で、税金面でも優遇されているわけですから、そのかわり社会へお返しする責任や役割があると思うのです。昨年の開闢一〇〇〇年慶讃行事が契機となり、門徒をはじめ志しの同じ方まで大勢寄り集って画期的な『円満の会』が発足。境内も全面的に開放し、歩行者天国を開催、瞬間一万人もの人出で賑わったと聞いています。これからも夏祭りやボランティア活動など様々な企画イベントを、みなさんと協力して行っていきます。「お寺があってよかったね」と言われることが、最高のほめ言葉だと思うのです。
お寺の現代的なあり方として、葬式のためだけじゃ、もったいない。それ以外に活用することで社会的な役割を果たさないといけない。つまり宗教的な行事に集まってくる人、またそれ以外で集まってくる人なども幅広く受け入れること。もともとは公共的な施設だったはずなのですから。 この視点に一刻も早く、お寺側が自ら気付かないといけないと思う。夢は大きく、行動は大胆に、みんなから親しまれ、なんの隔てもなく、お寺に来るとホッとするねと言われたい。
(ただ・まこと=真宗大谷派本光寺第十九代住職=小松市)
建設工業新聞 2000/7/19 |
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