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。 CMC研究とは何だったのか
CMC研究は、その歴史的展開のなかで、技術決定論的立場から社会決定論的立場へとシフトしていった。しかし、現在のCMC研究においても、技術決定論は完全に払拭されたとはいえない。それは池田ら(1997)の議論の矛盾として既に述べたとおりである。それでは、彼らに矛盾した態度をとらせてしまった原因はなんだったのだろうか。またその結果、CMC研究はどのようなものとなってしまったのだろうか。本章では、80年代若者論の反省をもとに以上の2点について考察していきたい。
1.CMC研究の描くインターネット上のコミュニケーション
池田ら(1997)が想定する、インターネット上のコミュニケーションは次のようにまとめることができるだろう。インターネットの普及に伴い、個人による情報発信が一般化するようになると、地縁・血縁などの属性によるつながりが重要な要件とはされない情報世界の縁、すなわち情報縁にもとづく集団が形成されるようになる。しかし、そのようにして形成された集団においては、共有されたリアリティは存在しない。共通の興味・関心をもった集団であるとはいえ、集団の構成員は地域・職業・性別などさまざまな壁により、わけ隔てられており、互いの現実認識や常識が当然異なっているからだ。しかし、彼らは交流を繰り返すなかで、徐々にリアリティを構成、共有化していくとされる。このような過程を経て、コミュニティ(=リアリティの共有化された集団)を形成するというのである。
このように、池田らは情報縁において利用者同士が交流を重ねることで、コミュニティが形成されると論じる。彼らが指摘する現象は、確かにインターネット上で発生しているといえるだろう。しかし、それは部分的な現象なのではないだろうか。われわれは、80年代若者論が「実態に基づかない議論」であったこと、また「その背景には、テクノロジーの有効活用」という言説の影響があったことを導き出してきた。CMC研究が80年代若者論を原型としていることを考えると、情報縁議論も同様の拡大解釈に陥っている可能性は充分に考えられる。情報縁は理念型としてのものであって、利用者の多くはアドホックな関係にとどまっているのが実状ではないだろうか。というのは、情報縁でのコミュニケーションは、多大なコストの上に成り立っているからである。以下では、情報縁におけるコミュニケーションに伴うコストを指摘し、次いでそのようなコストの高さがコミュニケーションにどのような影響をもたらすかを考察していく。
2.理念型としての情報縁
2−a コミュニケーションに伴うコスト
情報縁におけるコミュニケーションに伴うコストは、池田らの議論から次の2つにわけられるだろう。第一のコストは、処理すべき情報量が膨大になることである。池田らの調査によると、電子会議室の一日あたりのメッセージ数は「一日に数メッセージ程度、日によっては発言がないような会議室もある一方で、人気のある会議室にはますます人も情報も集まり、一日50発言以上なされるところもそれほど珍しくない」という。発言数の多い電子会議室では、それぞれの意見に目を通すだけでもかなりのコストが必要とされるだろう。
第二のコストは、インターネットの技術的特性がもたらすリアリティの喪失を補いながらコミュニケーションを行わなければならない点である。わたしたちのコミュニケーションは、メッセージとコンテクストを相互に参照することで成り立っている。しかし、インターネットは文字中心のコミュニケーションなので、視覚以外のチャンネルからは情報の授受が行われない。さらに、性別、年齢、職業などのコンテクストを形成する情報を提示するかいなかは、基本的に送り手側にゆだねられており、隠蔽または偽装することも可能となっている。このように、インターネットではコンテクストとなる情報が不足しているため、メッセージの意味を正確に読みとることは困難であるといえる。しかし、だからといってインターネットでのコミュニケーションでは、フレーミングなどのトラブルが必ずおこるとは限らない。池田らの述べるように、彼らはさまざまな手段を用いて、リアリティの喪失を補いながらコミュニケーションを行っているからである。このような交流を重ねることで、やがて相手の「『人となり』が透けてみえる」ようになり、「わたしたちはコミュニケーション相手の『人格』などの人物像を作り上げ、その人物像との対話を念頭にコミュニケーションしつづける」というのだ。しかし、まったく相手に対する情報がない状態から相手の人格を形成するのは容易なことではないし、それに基づいてメッセージの意味を読みとるのは、やはり多大なコストが必要なのではないだろうか。
このように情報縁に参加し続けることは、多大な労力を必要とするといえるだろう。情報発信するには、さらなるコストが必要となるだろう。このようなコミュニケーションに対応できるのは、ごく一部の限られたメンバーだといえるだろう。それでは、その他の大多数のメンバーにとって、情報縁はどのようなものとして位置づけられているのだろうか。
2−b アドホックな関係性へ
情報縁に参加しつづけることは、多大なコストを必要とする。それゆえ、人々はむしろ必要なときだけ参加するようになると考えられるだろう。つまり、継続的な参加が求められる情報縁での関係を、アドホックなものとして組み替えてしまうのだ。また、このようなアドホックな態度は情報縁だけではなく、個人のホームページ
などの情報縁を志向しない表現活動に対してもとられる。 このような利用者は「質問型」と「自己満足型」の2つに分類できると考えられる。「質問型」とは、他の人の質問にレスをつけず、質問ばかりをする利用者をさす。ネット上では俗に「教えて君」とも呼ばれ、非難の対象とされる場合もあるようだ。「自己満足型」は先の「質問型」が意見を求めるという、目的的な利用であるのに対して、こちらは心情の吐露や自慢話などコンサマトリーな利用を目的とする。彼らのメッセージは、いいっぱなしであることが多く、コミュニケーションを志向しているとはいえない。「わたしと同じ関心をもっているあなたなら、わかってくれる」という思いこみがこのような行動をおこさせると考えられる。両類型の共通点は、情報縁(またはホームページなどの情報縁を志向しない表現活動)を「願いをなんでもかなえてくれる魔法のランプ」とみなす態度にある。その結果として、「質問型」では辞書で調べるのと同じ感覚で、目的とする情報に直接アクセスしようとする行動、「自己満足型」では一方的に感情をぶつけるという行動がみられるのである。
池田らは、ある娯楽関係のフォーラム内の1会議室における1996年1年間の全発言の調査結果から、「ある月の発言者で、翌月にも発言する者はほぼ半減してしまうこと」、「だいたい、10人前後の常連を除いて、他の者は発言をしたりしなかったり、あるいは一度発言をしても定着しなかったりという形で動いている」ということを導き出している。この結果は、発言者のうちの多くが「質問型」や「自己満足型」であることを示しているといえるだろう。
2−c CMC研究と80年代若者論
このようにみてくると、池田らの想定する、情報縁でのコミュニケーションを志向し、それに対応できたのは、「情報発信者の一部」といわざるをえないだろう。確かに、電子ネットワークは、共通の関心に基づくメンバーによる、地縁・血縁を越えた結びつき(情報縁)を可能にした。しかし、彼らの全員がコミュニティの形成を目指したわけではないし、さらにそれを目指したとしてもそのコストの高さ故に途中で挫折してしまうというケースも少なくなかったのではないだろうか。つまり、情報縁議論はまだ理念型の域を脱していない。にもかかわらず、池田らはそれを拡大解釈することで、一般化して論じてしまったと考えられる。これは80年代若者論と同じ構図といえるだろう。つまり、80年代若者論が「一部の若者」にみられる、「自律性・創造性の可能性を秘めた情報行動」を拡大解釈したように、CMC研究は「情報発信者の一部」にみられる、「情報縁による新たな結びつきの可能性」を一般化して論じてしまったからである。
それでは、このような拡大解釈が行われてしまった原因は何だったのだろうか。80年代若者論からの知見をもとに考察してみよう。まず、考えられるのが「テクノロジーの有効活用」という言説の影響である。80年代若者論では、メディアを駆使する若者に来るべき情報化社会の受け手像をみようとした。同様に、CMC研究でも、双方向性メディアを駆使する若者による情報縁をもとにした新たな集団形成に、将来の受け手像を求めたといえるだろう。両者の根底にあるのは、メディアが社会を変えるという技術決定論的立場に他ならない。既に述べたように、これこそが「メディアを駆使する情報新人類への期待」をふくらませ、後にそれを「メディアに依存するおたくへの不安」として爆発させる原因であった。CMC研究はその歴史的展開のなかで、技術決定論的立場を脱却し、社会決定論的立場への移行を目指してきたといえる。
つまり、CMC研究は、おたく論における2つの立場(メディア依存を重視する立場とコミュニケーションを重視する立場)の後者の延長線上にあるといえるだろう。しかし、新井(1993)が指摘するようにおたく論の後者の立場は技術決定論を相対化しながらも、メディア・テクノロジーの発展は絶対視するという矛盾にみちたものであったという。これはまさに、池田らの矛盾と同様のものといえるだろう。新井はその矛盾した態度を論者たちの属性に注目することで解き明かしている。ここでは新井にならって、池田らの属性から、彼らが矛盾した態度をとってしまった原因についてみていきたい。
池田らの共同研究はパソコン通信からはじまり、インターネットに至る。まず、それぞれのネットワーク利用者の属性についてまとめておこう。「マニア同士の特殊連絡網という趣が強」(橋元、1992)かったパソコン通信に対して、インターネットは95年からの爆発的な普及に伴い、利用者層を徐々に拡大してきている。『インターネット白書2000』によれば、その利用者は2000万人にも及ぶという。このようなネットワーキングの一般化は、コミュニケーションの質的変化をもたらすと考えられる。パソコン通信では利用者層が一部ではあったものの、そこでのコミュニケーションは質・量ともに高かったと予想される。そこでは、池田らの指摘する情報縁によるコミュニティの形成も珍しいものではなかったに違いない。一方、インターネットは利用者層の拡大に伴い、情報発信に興味・関心のない利用者の割合が高まることで、コミュニケーションは希薄なものとなっていったと考えられる。辻(1997)によれば、現状ではインターネットは既存メディアの代替としての利用が主流であり、インターネットの特性を生かした形での情報発信・相互的コミュニケーションによる満足は小さいという結果がでているという。
このようにパソコン通信とインターネットでは、コミュニケーション内容は大きく異なる。にもかかわらず、池田らはパソコン通信世界での観察を、無条件にインターネットに適応してしまったのではないだろうか。情報縁議論が実態にそぐわないものとなった原因はここにあるといえるだろう。
3.受信者優位のコミュニケーションのひろがり
インターネットの主要なコミュニケーションは、受信者優位のアドホックな関係であると述べた。しかし、これはインターネットに特有のものというわけではない。むしろ、現代社会において中心的なコミュニケーションであるといえるだろう。以下では、ベル友のコミュニケーションの構造を分析しながら、この点について考察を深めていきたい。
ベル友とは、お互いのプライベートな関係をあかさず、「おはよう」や「おやすみ」といった儀礼的なコミュニケーションを行うポケベル利用者のことをさす。彼らにとって、
相手が誰であるかは問題ではない。彼らの目的は、メッセージの受信による、アイデンティティの確保なのだから。大澤真幸(1994)は英雄と有名人を比較しながら、英雄はその業績により英雄とされるのに対し、有名人は他者の承認のまなざしによって有名人たりえると述べる。同様のことがベル友にもいえるだろう。彼らは他者からの受信によって
自らのアイデンティティを保っているといえるからだ。しかし、有名人が人気を失うように、ベル友も受信を継続的に期待できるとは限らない。つまり、相手から返事をもらえないこと(シカベル)も珍しくないのだ。ベル友という関係は、匿名性にもとづく、儀礼的コミュニケーションであるため、容易に関係を結ぶことができる反面、それを解消することもまた容易といえる。
そのため、アイデンティティを維持するには、自ら積極的に情報を発信することで、受信を確保することが必要となる。つまり、有名人のメディアへの露出と若者がじゃマールなどの個人情報誌上でベル友募集をするのは、自らのアイデンティティを維持するためであるといえる。たまごっちをはじめとするバーチャルペット人気も同様に説明が可能である。このように受信者優位のアドホックな関係は、現代社会のコミュニケーションの特性のひとつとなっているようだ。
結び:「情報受信論」へ向けて
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