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東北一周

oirase

 奥入瀬のホテル(奥入瀬渓流ホテル)で行われる結婚式が目的の二泊三日の旅。結局、福島を除く東北5県をめぐるドライブとなりました。
 奥入瀬は時間の関係でホテル周辺を散策しただけ。それでも緑の木々は十分に美しい。そして八甲田は雄大。帰りは岩手県を走ると、岩手山の奇怪な勇姿がすぐ側に迫ってきます。偉大な山だ。……さほどの渋滞もなく、楽しい家族旅行になりましたね。
 ところで宿泊先で聞いた忌野清志郎さんの訃報は、ぼくにとっても衝撃でした。特別のファンというわけではなく、リアルタイムで聞いていたとも言えないぼくだけど、反権力的な姿勢には共感を覚えたし、何よりも彼の音楽には溢れるようなリリシズムがあります。「スローバラード」なんて、最高じゃないですか。

突然の訃報

 あまりにも突然の訃報でした。ユー企画代表の蒔村由美子さんが急逝されました。
 蒔村さんは一昨年の「茨木のり子追悼公演」でプロデュースと総合司会をされ、また昨年の「六月に詩う」では、茨木さんの詩の朗読とお話をして下さいました。ガラス戸越しに映える緑の木々を背景にして、隅々まで神経が張りつめよく通る蒔村さんのお声とその姿が印象的で、ぼくの脳裏を去りません。夜の懇親会の席上でもとても朗らかで、翌朝早くホテルを出て秋田経由で岩手に廻る強行日程というのに、最後まで楽しくおつきあい下さった蒔村さん。
 遅まきながら彼女のブログを訪れると、最後の更新は2月。「大変な大変な2月3月を何としても乗り切りましょう!」とあります。大変な、とは、もちろん闘病生活を暗示していたものでしょう。早く気づくべきでした。

気比神社

kibi

 昨日、仕事のついでというわけで、三瀬にある気比神社の境内を散策しました。
 気比神社は716年の創建とか。しかしこの神社が地元の人はもとよりぼくたちにとっても価値があるのは、国の特別天然記念物にも指定された社叢(神社の森)を有しているからでしょう。ほとんど手つかずの原生林と言われ、ブナ、ケヤキ、イタヤカエデの天然林がよく保存されていると言います。
 上の写真にみえる石段をたどると、うっそうとしたブナ林に囲まれクロサンショウウオが生息する気比台の池に辿り着きます。ぼくは一度だけ、一人で行ったことがありましたね。ここにもまた、海坂の原風景があります。

桜咲く週末

 絶好の花見日和になりましたね。お天気は晴れ上がり、桜は満開を維持。スバラシイ。
 鶴岡公園では早朝、桜の下で映画「花のあと」のロケが行われている様子。帰宅時に側を通ると露店がいっぱい建ち並び、鶴岡のどこにこんなに人がいたのか? と思うほどの人混み。良い週末になりました。 
 さて、昨夜はツンドク状態のベッドサイドに新たにミシュランのグリーンガイド(『LE GUIDE VERT; JAPON』)が加わりました。面倒なのでわからない単語は気にせずに読んでみると、なにせ地元の情報なのでありがたいことにおおよそのことは感じ取れます。日々進行中の老眼とバカの壁に悩まされているけれど、せめて鶴岡の項だけは
把握しておきたいものだ。もっとも、それが何かの役に立つというわけでもないのだけれど。

今日も山形

tsubaki

 触れしごと枝離れけり落椿  高橋零

 今日を入れて、四月に入ってから計五回の山形行き。日曜もフル稼働しているので、どうも疲れが抜けません。とはいえ、子供の学校関係の用事もほぼ終わりました。あと残っていることと言えば、甥の結婚披露宴のためのスライド作り、そして山根さん講演会のための資料作りでしょうか。ツンドク状態の本もなんとかしないとね。
 午後は長井に廻って二週めの初孫の顔を見、ついでに市立図書館にも立ち寄りました。講演会のリーフを置かせていただくことになりましたので、お近くの方はどうぞ。

入学式

 知性に呼びかける話は静かな声で語られ、感情に訴える話は大きな声で語られる。以前からそんな気がしていましたが、昨日行われた、東北芸術工科大学の入学式もそのようでした。
 大学院長・赤坂憲雄先生のお話はさすがです。抽象的で壮大なお題目ではなく、自らの体験から静かにお話をされました。今ここでその内容を紹介することはできませんが、先生の研究の原点、人間という不可思議な存在への視点のありかを、与えられた教科書でしか学んだことのない新入生たちに教え示してくれたものと思います。つまりは、大学という学問の場の面白さ、存在意義をです。
 大きな声は……まあ、やめておきましょう。そういう人はいるのです。どこにでも。
 入学式に続いて、大学としては珍しくも教員と父兄による短い懇談会があり、これも好印象。ここまで学生に関わっては大変だろうとこちらが心配になるほど「教員」意識の高い先生たち。我が子のみならず、新入生たちの成長におおいに期待したいものだ。

赤ん坊

 このところ東奔西走です。
 昨日は初孫誕生の報を受け川西町の病院へ。近道をしようとして「冬期間通行止」の反撃を喰らい、辿り着いたのは午後一時半という不始末。まぁ途中一カ所、急な仕事で寄り道もしましたが。
 しかしそれにしても、生まれたて? の赤ん坊は小さくて、かわいいものですね。いろんな大人がいていろんな人生に染まっているけれども、少なくとも生まれたばかりの時は皆、問答無用のかわいらしさだったに違いありません。じっと寝顔をみつめ、壊れそうな体を腕に抱いていると、いろいろなことを考えてしまいます。

ちょっとイイかも、卒業式

 ぼくの通った大学は形式張ったことを嫌う大学で、入学式や卒業式などのセレモニーがなく、それぞれオリエンテーション、パーティといった雰囲気のものでした。気持ちだけ少しツッパッてた当時のぼくにはピッタリだったのだけれど、親になってみると「式典」もそれなりに悪くないと思えてきます。特に大学のそれは親業の卒業式でもあるかのようで。
 昨日富山大学の卒業式(正式には学位記授与式と言うらしい)が富山市総合体育館で行われ、遠路はるばる行ってました。案じたほどの堅苦しさはなく、女子の卒業生はほとんどが袴姿で華やかに、男子はほとんどがドブネズミ色のスーツながら羽織袴姿もチラホラと、そしてなかにはカラフルなトレーナーに三角帽をかぶったキテレツな一団も(芸術系の学生ですナ)。
 さてわが家の長男はと言えば、これがなんと黄金色の袴を穿いているんですね。一体どこから調達したものか? まあ、弓道をやってたから、なれた衣装ではあるんだろうが……。発見した時は夫婦してのけぞりましたよ。ヤツも意外に目立ちたがりやだったんだな。ともあれ、未来ある諸君の巣立ちに乾杯!

ミシュランで星三つ

 羽黒山杉並木がミシュランで星三つ。以前落選したらしいと書いたのに、なんと「当選」してました。そう、羽黒山は杉並木と石段ですよ。麓と頂上じゃなくて。羽黒山は随神門をくぐって石段を降りるところから神域に入るんです。そもそも空気が違う。
 ほかにも星ふたつに、鶴岡市の酒井家庭園(致道博物館)、注連寺と即身仏、羽黒山五重塔、羽黒山齋館、羽黒山三神合祭殿、酒田市の本間家旧本邸、本間美術館鶴舞園、土門拳記念館など計10カ所。ひとつ星として鶴岡市の致道博物館、旧西田川郡役所、旧渋谷家住宅、旧鶴岡警察署、民具の蔵、酒田市美術館など計12カ所とか。なんともうれしいニュースでした。

米原万里展を見る

 仙台文学館は二度目の来館になりますか。会期終了間際、しかも土曜日だし混雑するかなと思っていましたが、展示室内には静かな時間が流れていました。「米原万里展『ロシア語通訳から作家へ』」。
 さほど広くない展示室には来館者が10人ほど。やはり中高年の方が多く、皆じっくり資料に見入っています。そう、この集中度、時間の使い方が、ほかの展覧会とは明らかに違うのです。展示品を「見る」というより、「対話」するような。出会い、もしくは再会するような。ともに時を辿り直すかのような。
 遺品よりもパネル解説が中心の展示です。そしてそのテキストと写真は小冊子にまとめられ、私家本でもあるかのようにささやかにそしてアミチエに、館内で頒布されてもいます。もちろんぼくも一冊を求めました。米原万里の手になる、母・米原美智子の年譜が美しい。ぼくにもこのように親しく、母の、そして父の年譜が書ける時が来るだろうか。

fonの続き

 Fonですが……。共有プリンタの設定まで辿り着きました。
 以前は「AirMac Express」だったので、USBポートにプリンタを繋いでワイヤレスプリント。Fonはそれができません。で、余っていた古いiBook(OSは10.3.9)を有線でつなぎ、そのマシンを介してプリンタを動かすことに。ところが、10.3.9のマシンにつながったプリンタに10.5からアクセスできないではありませんか。焦りました。さいわいネット上に対処法が載っていたので助かりましたが。
 最初から素直に純正品を求めておけば(例えばTime Capsuleなど)、ネット接続もバックアップもその他諸々カンタンだったのにね。安くあげようとすると、色々面倒がついて廻ります。
 仙台文学館で米原万里展が開催中です(8日まで)。今日まで日曜は仕事や法事で塞がっていて、とうとう最終日が目前になってしまいました。代休をとり最終日前日に出かけるつもり。藤崎デパート本館では6日から「赤毛のアン展」もはじまるので、こちらもあわせていきたいですね。

良い卒業式になりましたね

 手作り感覚は良いものです。一昨日行われた娘の高校卒業式。来賓挨拶、送辞と進み、生徒会長の読み上げる答辞も普通だな〜と思ったのは浅はか。その最後にちょっとしたサプライズが待っていました。彼ら卒業生は3年次の担任団を壇上にあげ、めいめいに花束を贈呈したんですね。忘れ去られたか? と一瞬案じた(ぼくたちも、当の本人も)年次主任は、「感謝状」までいただいて。アイディアと行動力溢れる生徒たち、そしてそれを許す学校サイドの懐の深さに感心しました。良い卒業式になりましたね。
 さて、先週末から取り組んでいるFonですが、昨日やっとインターネットに接続するところまで辿り着きました。覚悟はしていたけれど、何ともはや難しい。結局モデムとの相性が悪かったのかもしれず、サイト情報に従いADSLモデム「MNIII」と「ラ・フォネラ+」の間にルータを挟みました。高くついてしまったけれどもすんなり接続。ただし「ラ・フォネラ+」の登録がすんなりいきません。こちらは今朝(なぜか問題なく)完了。

横手にて

 巷は「おくりびと」の米アカデミー賞外国語映画賞受賞のニュースに湧いていますね。確かに良い映画でした。それにぼくは映画の舞台となった地に住んでいて、知人がチラッと出演したりもしているのですから、その点でもうれしい。
 もっともこの作品、映画として冷静に見た場合、完成度の高さではあまり他の作品と競えないような気もしています。明らかなミスキャストもあったし、? と感じる部分はけっこうありました。ここまでやる(言う、見せる)かという、極端な表現がね。
 それでもこれほどまでに広く支持されたのは、やはりテーマ故でしょうか。そして完璧に見事だったのが音楽。久石譲さんはさすがです。あのチェロの音色がなければ、この映画の魅力は半減したでしょう。
 さて昨日は一仕事終えてから、横手市内にある石坂洋次郎記念館に立ち寄りました。彼はここで13年間教師を務め、「若い人」などを書き上げたとか。ささやかな展示ですが、吉永小百合さん直筆の弔辞なども収められ、美しい筆跡に見ほれた次第。

北帰行?

 朝いつにもまして上池・下池の辺りが水鳥たちの鳴き声で騒がしく、飛び立つ白鳥の群れも大きく感じられます。もう北帰行の季節かなぁと思いながら、愛犬を連れての散歩から戻りました。
 ようやく順番が回ってきた米原万里さんの『心臓に毛が生えている理由』をとうとう読み切れず、今日図書館に返却するはめになっています。待ち人がまだいるせいで延長願いも却下されました。残念、また借りなきゃ。様々な事情が重なったとはいえ、本を読めなくなってきていますね、ぼくは。

追想 加藤周一

 朝日新聞連載の「追想 加藤周一」を楽しみにしています。昨日は池澤夏樹さんで、彼の父福永武彦との関わりもあって、若い時からその著書に親しみ、傾倒されていたとか。
 ぼくの記憶にはなかったのだけれども、加藤周一の自伝「羊の歌」にある一節、「おそらく熱烈な愛国者の多くは、隣人を愛さないから、その代わりに国を愛するのである」は、なるほど至言ですね。言い回しもまたいかにも加藤さんらしい。
 和漢洋にわたる豊富な知識を土台とする、科学者という出自にふさわしい緻密で論理的な言説。ぼくにとって森有正がバイブルであったとすれば、加藤さんは揺るぎない指針でした。

羽黒山は?

レストランガイドで話題を呼んだ「ミシュラン」から3月16日、日本の観光地を格付けした旅行ガイド『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』が発行される。(「日経WagaMama」)


とのニュース。フランス国内向けで、日本語版はないようです。
 そういえば以前、ミシュランの記者(取材スタッフ)が羽黒山を訪れたという話を聞いたことがありました。このための取材だったのでは。残念ながら東北では松島近辺だけの紹介にとどまったようで、羽黒山は落選(?)したのかもしれません。
 思うに、日本の観光地はうるさすぎます。パチンコ店の繁栄とあわせ、喧噪は日本のひとつの伝統なのでしょう。羽黒も随神門をくぐって石段を上がるあの雰囲気は良いけれど、その手前と頂上がねぇ。今ひとつ、感興を削ぐものがあるんだな。

大学パソコン

 昨日娘の進学する大学から(正確には、大学と提携している販売&サポートの業者から)、推奨パソコンの案内が送付されてきました。「キャンパスモバイルネットワークシステム」を利用するためにはこんなパソコンとソフトが必要ですよ、ということらしい。
 ネットに「(業者がひらくパソコン購入の)相談会では×××の人からしきりにウインドウズをすすめられる」と書いてあったけど、なるほど、同封された(美大入学者に対して失礼なほどに)センスのないパンフには、MacBookのほかWindowsノートも3台エントリーされていて、しかもデザインや映像を除くほとんどの学科がWindows推奨となっています。○○○ならまだわかるけど、△△△△△△△△だものねぇ。あれはビジネスマシンでしょう。美大なのに!?
 パソコンは創造のためのツール。靴や帽子ですら、履ければ良い、頭に載っかれば良いなんて思わないよ。もチっと考えてほしいなぁ。わが家はもちろんMacだから、惑わされはしないけれど。

油断ならない自宅

 「週間20世紀 033」を物置の廃品回収行きの中に発見。アブナイ。森有正が載っているのに。
 もっともこの雑誌。資料的な価値などはほとんどなくて、テーマは「ぜいたくの100年」。大見出し小見出しも「西洋への憧れ」「西洋かぶれの明治2代目」といったていの、大衆雑誌レベルの記述。でも一応ぼくは、森有正関係のものはもれなく集めてますから。捨てないで!
 あわせて見つけたのが音遊人(みゅーじん)最新号。リラックスタイムに少しずつ読もうと思ってリビングに置いてあったのだが。油断ならない自宅です。

うっすらと雪が

 うっすらと雪が積もり、新潟は白い朝になっています。
 前回の日記は12日付でした。ずいぶん間があいてしまったのは、その間に手にしていた本がさほどでなく(R.B.パーカーすら)、また「茨木のり子 六月の会」会報第九号の編集作業をしていたためでもあります。それから会報がらみで準備していた短い文章もあるので、こちらは後日──来月のアタマあたりに──アップします。
 昨日、オリンパスから届いたメルマガに旧製品となったデジカメの在庫処分セールの記事が載っていて、いずれも1万円前後の値段になっていたので相当食指が動きました。わが家のデジカメは二台が使用不能、残る一台は人前に出すのも恥ずかしい旧品で、電池の持ちも著しく悪いのです。でも、今回はパス。
 この春、二人の子供の進学を控え学費以外にも用意しなければならないものがたくさんあります。それらの支出の残がもしあるなら、次なる優先課題はデジタルデータのバックアップ体制整備か。HDD容量の少ないぼくのノートパソコンで音楽データを持ち歩くのは限界です。
 環境が厳しいときに必要なのは、優先課題を見極める、ということかもしれません。これは公私に言えることですね。

三が日も終わり

 お正月三が日も今日で終わり。本当に早いもので、それでも今年は明日の日曜日も続けて休みことができる幸せ。お昼は近くにある麦きりの名店「寝覚屋半兵工」にて人混みをかき分けての昼食。久しぶりでしたが、あいかわらず「ンめのぉ(おいしいねえ)」。
 
 最低限の目標にしていた『青春の終わった日』(清水眞砂子)を昨夜読み終え、安堵しています。違う資質とは思いながらぼく自身の心の軌跡と重なる部分も多く、安易にその感想を書きとめられずにいるぼく。
 これは関係のない人にはまったく関係のないお話です。でも「青春の終わった日」という書名にすこしでも心が揺れた人なら、必ず手にすべき本です。そこに自分を発見し、自身を慈しむことができるようになるかもしれません。

謹賀新年

新年 あけまして
  おめでとうございます

古典素読会

 自転車こぐ足ふんばりぬ雪起こし  高橋零

 そうそう、子供のころ古典素読会に通ったよなぁ。藩校「致道館」や御隠殿(旧藩主の隠居所。致道博物館の敷地内にある)で開かれていた、漢文をただひたすら読むだけの集まりにね……と、広報「つるおか」1月1日号を読みながら思い出していました。
 座談会記事(「文化の継承/その十三 致道館の教育(前編)」)によると、古典素読会が始まったのは昭和43年頃のようです。ということは、あるいはぼくは素読会のごく最初期の塾生(?)であったのかもしれません。
 それにしても酒井英一さん(財団法人致道博物館学芸部長)のお話、たいへん興味深いものでしたね。酒井さんは映画「たそがれ清兵衛」のワンシーン──清兵衛の長女が囲炉裏端で論語を素読するところ──に触れて、「それをよく聞いたら、『おっ、これは、致道館流の読み方で素読してるな』と」気づかれたらしい。
 

 「子曰(いわ)く、学びて時にこれを習う」と、我々は中学や高校の時習いますが、実は、致道館では「子のたまわく」と、孔子がおっしゃるには、という尊敬の意味を持って読んでいます。


 
 「庄内論語の読み方」なのですね。ぼくもそう習ったし、清兵衛さんチでもそのように読んでいたのです。4回以上も観ながらちっとも気づかなかったぼく。酒井さんは流石でした。

地吹雪

 昨夜愛犬を連れて散歩をしていると、辺りが妙に明るいので驚きました。もう夜なのに、見上げれば空も青空ならぬ濃紺空が広がっています。不思議な夜だなぁと首をひねりましたが、次の瞬間、雪明かりと気づきました。一面の雪に覆われるなんてここしばらくなかったことで、すっかり雪の白さ、明るさを忘れていたのです。
 といって積雪量は(少なくとも庄内地方は)さほどのことはありません。けれども暴風雪は猛烈。ほら、映画「おくりびと」の冒頭、地吹雪の中を車が進んでいくシーンがあるでしょう? あれですよ。
 ぼくはちょうど昨日急な用事ができてしまい、地吹雪の中、羽越線列車脱線事故(2005年12月25日)現場のすぐ脇の道路を通って、酒田市平田まで車を走らせました。あの日の天気を思い出させる昨日今日です。

 今年はとても忙しく、しかしわが家に限っては吉報の多かった一年でした。子供たちの進学は無事決まり彼らには未来が開けているし、また来春ぼくら夫婦はおじいちゃん・おばあちゃんになりそうです。もちろんそれで喜んでいるわけにはいかない。多くの同胞の苦悩が来年ぼく自身の苦悩とならない保証はありません。心身をタフに、とにかく這ってでも生き抜く、強く使い回しのきく自分であり続けないとね。
 さて今日も仕事。ビンボー暇なし。入れ忘れていた炊飯器のスイッチをオンにして、今朝は何を食べようか。

うれしいお葉書

 実家の父を呼び、人並みにクリスマスケーキを分け合って食べた昨日。今年はミルフイユ(ミルフィーユ)というんですか? イチゴがたっぷりのパイ菓子をいただきました。
 悲しいかな、食し方をわきまえぬぼくらは進むにつれお皿の上のミルフイユはカスタードがはみ出し無惨な姿に。調べると「ミルフイユを横に倒し、フォークで上から押さえてナイフを使うと良い」らしい。なるほど。
 ところで、最近二枚続けてうれしいお葉書を頂戴しました。一枚は学生時代の恩師S先生から。個人的に「茨木のり子 六月の会」会報をお送りしているので、その礼状のような形で。大学では近代日本美術史を専攻しましたが、そちらの研究室よりも仏文のS先生の研究室に出入りすることの多いぼくでした。いくつになっても、何年経っても先生は先生。とりあえずへこたれもせず生きているぼくをみていただけるのがうれしい。
 そしてもう一枚、思いがけない方からのお葉書も頂戴しました。そのご著書を読んだことがあり、何冊かは蔵書しているI先生。ぼくのサイトの森有正に関する頁をご覧いただいたらしいのです。ど素人でも地道に続けていれば、どこかに繋がり、広がっていくのですね。いくら勉強をしてもぼくには森有正論は書けません。でも、森有正論に取り組む研究者の方のお手伝い程度なら(たとえば資料をまとめたり年譜を整理したりなど)、あるいはできるかもしれません。──まだまだへこたれずに頑張らなくては。

今日は大黒様のお歳夜(としや)

 今日は「大黒様のお歳夜(としや)」。わが家の食卓にもハタハタと焼き豆腐の田楽、そして納豆汁が並びました。黒豆のご飯やなますはなかったけれど、多少カタチを変えたとしても、長く残していきたい故郷の行事ですね。とりあえず、高橋家風納豆汁の写真を掲載しましょう。

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偉大なる正統派知識人

 かつて冨山房百科文庫の一冊として再刊された『1946・文学的考察』をむさぼるように読んだ時期がありました。そして三人の共著者のうちとりわけて印象深いテキストを書かれたのが加藤周一さんで、何気なく読みすすめていて、いいな、と思って筆者を確かめると、それは決まって加藤さんなのでした。焦土と化した東京を〈よほどきれいになった〉とあえて断言する加藤さんの姿は、ぼくの中では白いブラウスを腕まくりしつつ敗戦の街をのし歩く茨木のり子さんと重なります。
 『1946・文学的考察』で強い印象を受けたぼくはその後加藤さんに傾倒することになります。加藤さんの日本文化論が学生時代に提出した美術関係のレポートの土台になっていました。美術書はかなり読みましたが、当時の美術史家の著作の多くは事実関係の記述に終始していて、思想が、文化論がなかったのです。和漢洋の文化に対する深い知識と教養無くして、近代日本を語ることはできないでしょう。たとえそれが美術というわずか一分野のことであっても。
 偉大なる正統派知識人、ぼくたちの判断の基準となり指針となるべき知の巨人の逝去。もう加藤さんのような方は現れないのかもしれません。しかし一方「痴の虚人」たちはあまた湧き出て一点豪華主義的に騒ぎ立てます。道は険しいのです。せめてぼくは知の小人たるを心がけ、過たず地道に歩いてゆかなければ。先人から受け継いだバトンを今落とすわけにはいかないのです。

清水弟さん!?

 月に一度のお楽しみ、山形県は庄内地方にのみ配布される(と思われる)「朝日hot」を読んでいたら、「朝日新聞記者にインタビュー」欄に鶴岡支局として清水弟さんの名が。き、聞いたことのある名前……お、お、お、あの清水さん!? 「定年後の日々を鶴岡で過ごそうと単身赴任」「パリ特派員として5年の経験あり」。って、『フランスの憂鬱』(岩波新書)を書いた清水さんじゃない。驚きました。オーモノ過ぎる。地方の支局記者は新人の研修場所とばかり思っていたのに。
 いつかどこかでお目にかかりたいもの、お話を伺いたいものです。黒川能パリ公演の一件でフランスとも繋がりがきたことだし、一記者という立場を超えて、鶴岡にとって貴重な存在となりそうですね。うれしい発見。

「六月の会」会報第八号ができました

 「茨木のり子 六月の会」の会報第八号の編集・印刷が終わりました。例によって最期の最期までドタバタしましたが、まずまずの出来か。

 最近蔵書の整理をしています。たまりすぎたので処分しているわけですが、そこで気づいたこと。古書店の評価は辛いものですね。
 流行のチェーン古書店の評価は本の中身ではないようで、業界内での流通価格とも関係なし。リユースと思えばよろしい。本当の価値ある古書を持ち込んではいけない。
 では街にまだ残っている在来の古書店はどうか。評価の辛さ、という点ではさほど変わらないかな。先日壁一面にあった本のかなりを持って行ってもらったものの、評価はささやかでした。仕入れてもそうそう捌けないのでしょう。
 というわけで、最近は残っている本を少しずつ蔵出しして、Amazonマーケットプレイスで売っています。直接販売のようなもので無駄が無く、ほどほどの価格で売れて安く買える。メリットが大きいのだけれど、でもこういう個人取引が増えると、街の古書店はますます困るだろうなぁ。
 とまれ、ぼくの人生も折り返し点を過ぎたわけだし、これからは身辺整理を心がけよう。誰かも言っていたが、最期は身ひとつ、がカッコいい。CD類はパソコンに音楽ファイルとしてまとめ、本は森有正や茨木のり子・藤沢周平など限られた著者のものを除いては持たないようにしよう。道のりは遠いけれどね。

新聞の価値

 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授(前マイクロソフト日本法人会長)古川享さんの注目発言を発見。〈特許化も記号化もされていないものを鶴岡近辺で見つけた。何とか世の中にデビューさせて、後押しをしたい〉ですと。慶應義塾大学・先端生命科学研究所のことですな。どういう内容なのか。チンプンカンプンだろうけれど、聞いてみたいような。
 さて昨日は新聞の値打ちを再確認しました。朝日新聞朝刊(地方だから朝刊しか無いわけだが)に「戦争と向き合う女優たち」として渡辺美佐子さんと大竹しのぶさんの記事が。大竹さん曰く、「井上さんや亡くなった筑紫哲也さんが言葉で伝えてきたことを、私は演技で伝えていきたい」と。
 文化面には「役者・佐藤英夫 さらば、困惑の似合う男」。そうそう、昔テレビでよく拝見した笑顔です。速報性がウリのネット社会では、2年も前に世を去っていた地味な俳優なんて関係ないですよね。「書かずにはいられ」なかった記者もエラいが、キチンと紙面を割く新聞は、やっぱりエラい。
 「声」欄に寄せられた投書に「夫解雇で暗転 なぜ報われぬ」。そうか、好調なのに売られるブランドがあり、結果解雇される人材があるのか。「48歳の夫に地方での再就職の壁は厚く、月収10万円台の仕事すら面接に至らず、履歴書だけが次々と返却されてくる」。人ごとではないな。「明日の不安を感じないで眠りにつける日がきてほしい」。

成るがまま

 「成り上がり」という嘲笑をこめた表現があります。苦労して、苦学して地位を得、財を築いた人なら尊敬されていいはずなのだけれど、必ずしもそうはならない。理由のひとつには、成功できなかった人たちのやっかみもあるでしょう。しかしそればかりではない、「成り上がり」びとにありがちな偏った傾向(性向)が顰蹙を買う面もあるようです。自己顕示欲が強い、強がり、攻撃的、といったような面が。劣等感の裏返しであり、翻っては余裕の無さ、でしょうか。
 何年か前にあるホテルに入ったら、フロントに麗々しく(賑々しく)社長の写真が飾ってありました。嫌なところに来たな、と思いつつ、でも仕方ないので部屋に入るとそこにはグループ本部発行の機関誌が。雑誌好きのぼくはつい手に取ってパラパラめくってみたのだが、今度は会長(ホテルチェーン社長の夫)のお出ましです。しかも戦闘機の側で制服を着、ヘルメットを抱えて(あるいは冠っていたか?)ポーズをとっています。戦争ごっこが好きな坊やか、キミは。ひけらかして恥じるところが無い。
 自省を知らないのも、成り上がりの特徴か。振り返りたくない過去であり、自分を疑うことは敗北を意味するのかもしれません。戦って勝つしかない半生であったのだとすれば、ひととしての奥行きの無さに同情も湧きます。
 とまれ、ぼくは「成るがまま」がいいな。努力を惜しむつもりは無いけれど、むしろ怠け者は嫌いだけれど、強くなったり偉くなったりはしなくていいな。中身が満ちてゆっくりと成長する、それで良い。それ以上は嘘、それ以外は虚妄、有り体に言えばハリボテ。御里が知れる、という俚諺もあるよ。

呆れてしまう

 「珍しく」と言うべきか、時代小説の藤沢周平に政治がらみのキナ臭い問題に触れた随筆がある。先の戦争をめぐる教科書問題で騒然となったとき、〈(蹂躙された)相手の立場に立ってみることを自虐的などというのは軽率な言い方である〉と、その歴史観の一端を述べている。


 11月2日付朝日新聞「天声人語」の書き出しです。歴史観というよりもっと幅広い、人間観、ものの見方、考え方、生きる姿勢かもしれません。藤沢さんはいつも上からではなく下から、底辺からの視線を忘れない人でした。勝ち組、強者、支配する側の論理で生きる人ではありません。
 航空自衛隊トップ田母神某の暴論はいかにも闘犬の猛々しさ。そういう組織でまたそういう教育を受けても来たのでしょう。問題はむしろ、リードをしっかりと持ち、コントロールすべき立場の人々にあるのかもしれません。最終的には国民一人一人の問題として。
 それにしても、田母神論文を最優秀とした審査の審査委員長が渡部昇一氏だったとは、(今更だが)呆れてしまう。彼もまた鶴岡市出身。市立図書館では藤沢さんと隣り合わせにコーナーが設けられています。恥ずかしい。悲しい。そして藤沢さんに申し訳ない。

虹を見た

 昨日山形で大きな虹を見ました。脚下までくっきりとした虹で、しかも二重に天空を飾っているのです。でも、車を運転しているぼくでさえ空が気になって仕方ないのに、道ゆく人は誰も気づかないようす。小雨の残る町を人々は委細構わず歩き、あるいは自転車で駈けていきます。
 ある中学校の近くまで来て、ひとり、学校帰りの女子中学生が空を見上げ、虹を指差しているのを見かけました。同じ方向を見る人が一人でもいるということは、うれしいものですね。
 ところで。
 鶴岡市立第一中学校が「第61回全日本合唱コンクール全国大会」混声合唱の部で見事金賞、それも第二位に相当する高松市長賞を受賞したといううれしいニュースが伝わってきました。鶴岡は合唱の町です。今年もいくつもの学校や団体が県大会を勝ち抜き、東北大会に進みましたが、全国大会で金賞とは、市民としてまた同校の卒業生として、とてもうれしい。頑張ったね。来月下旬におこなわれる一般の部には鶴岡土曜会混声合唱団が出演します。結果が楽しみです。

指で考える

 村上春樹さんの〈僕は脳みそで考えるのではなく、指で考える〉に同感。UCバークレーでの講演の様子が、あるサイトにアップされていました。ぼくはじつは、まだ彼に出会っていないのです。けれどもとても興味深い内容で、早く出会いたい人だと感じた次第。自分の中に促しが無いと、どんなに高名な作家の作品でも手に取る気にはなれなくって、いままで無縁で来てしまいました。
 ぼくも指で考える、書きながら考える、考えをまとめていくタイプです。もちろん書き始める前にある程度頭の中で考えをめぐらして熟成の時を待つのだけれど、待つべき「時」は書き始めるきっかけにすぎません。どこまで広がるか、どこまで進めるかは、書き始めてからのことなのです。
 ぼくにとって書くことは辛い作業です。自分を掘りおこしていくことだから。村上さんは「心の中の『地下室』までおりていく」と表現されているようですけど。本当は辛いことなので、なるべく軽く、オシャベリするように書いているわけですね、ぼくの場合は。

エキセントリック

 仕事や社会生活の中で、エキセントリックな人に出会うことがままあります。攻撃的な性格なのですが、こういう人たちは受け身が下手。相手をうまく受け止めることができないので、攻められるとすぐに反撃に出て(いわゆる逆ギレですな)、自分を守ろうとする。結局人間として未成熟で「子供」なんだけど、キャラが立っているからタレントとしては重宝します。だけどこういう人がリーダーだとたまりませんよ。権力を持ったガキほど怖いものは無い(子供に失礼な言い方だが)。橋下大阪府知事の一連の言動をみての感想です。
 しかしそれにしても、いろいろなリーダーがいるけれど、批判されて自分の家族や事務所の職員を持ち出した人なんていたかしら。しかも彼は、自分の周りの少数の人たちのことは思いやれても、「廃業しろ、みんな首を切れ」などと大新聞社の大勢の人たちのことは考えられない。ましてや、彼が最初にテレビで焚き付けるように批判した光市母子殺害事件の弁護団のことなんて。「懲戒請求は弁護士の職を奪いかねない重大なもの」なのに。
 戦って勝つことで自分を築いてきた人たちは、個人としてはエラいと思えても、リーダーには向かないようです。勝つことで得るものはもちろんあるけれど、同時に喪うものもあるのですから。そして権力は必ず腐敗するのだし、その時、攻撃的な性格は必ず負に作用するのです。

行ってきました

 行ってきました、青嵐舎。良いところでしたねぇ、実に。古民家材を活かしたという内部の作りが実にレトロで気持ちいいのです。母のパッチワークが似合いそう。
 旬の味も素直においしかったですよ。やや淡白な味付けですが、このくらいが健康的で、しかも素材そのものの持ち味が活きるのでしょう。11月16日まで、キノコ料理をメインにした「秋の御膳」がいただけるようです。
 さて迂闊にも知らなかったのですが、ここには昔鉱山があり、かなり賑わっていたのだとか。まるで要塞のような選鉱場にビックリ。廃墟の美しさに満ち満ちていて、絵心がそそられますね。いつか描いてみたいものだ。

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大山に暮らす幸福

 朝焼けの空を白鳥たちが飛んでいきます。彼らのコォコォという鳴き声を頭上に聞きながら、愛犬を連れたいつもの散歩。澄んだ空気が心地よく、大山に暮らすことの幸福を感じる瞬間です。
 好天も続きそうだし、ぼくは今日は仕事だけれど、明日の休みが楽しみですね。旧朝日村の大鳥まで行きますから。田舎レストラン・民宿の「青嵐舎」での秋を満喫する食事が目的。紅葉を愛でながらの食事は、おいしいに違いありません。羨ましいでしょう?
 さて今日は地元のアマチュア劇団「だいこん座」の舞台「松本十郎 ─はざまを行く」の夜の部を見る予定。テレビドラマにでも取り上げてもらいたいような良いテーマだけれど、脚本のできはどうかなぁ。期待しよう。

下池の秋

 早くも白鳥が飛来したようです。下の写真でも遠くに写っているのですが……分かりませんよね。ぼくは双眼鏡で観察してきました。大山・下池も足早に晩秋に向かっています。

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 そして芸術の秋。今日まで鶴岡で開かれていた山形県高等学校美術展で、末娘の油彩が入賞しました。完成度はともかく、いろいろな可能性を感じさせる、パワー溢れる作品だったと思います。まだまだまとまってちゃダメ。破綻こそが若者の美学だよ。頑張れ!

野草園で昼休み

 昨日は山形で外回りの仕事。お昼休みを利用して、西蔵王の高原にある野草園に行ってみました。何しろあまりにも高く青く空が晴れ上がり、澄んだ空気が心地よかったので、樹間をわたる風に吹かれたくなったのです。

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 もちろん時間は限られている。まずは広い草原のてっぺんにある東屋に腰を下ろして全景を見渡し、さわやかな風のなかでしばしの時間を過ごす。それからゆっくりと下って園の中程にある施設に入ります。外が気持ちいいのに、わざわざ建物の中へ? いえいえ、ここの休憩スペースに坐って、営業している蕎麦屋さんの手打ち蕎麦を頂いたりコーヒーを飲みながら、外の緑を眺めるのも気持ちいいのですよ。お蕎麦も十分においしい。さすが山形です。

 そして帰りはわざと外周のルートをたどりました。

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 「とち」の実。ぼくはとち餅が大好きだけれど(今、期間限定・曜日限定、大山・福田屋さんのとち餅が出ていますよ)、とちの木やその実を見ることはあまりないから、ついじっくりと見入ってしまいました。

 短いお昼休みが終わり、戻ってきた入り口ゲート近くの池の側では、終わりかけたワレモコウが風に揺れていました。

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 この野草園が本格的に色づくのは今月末でしょうか、それとも11月に入ってからでしょうか。ここより上の蔵王スキー場あたりでは、あと一週間もすれば紅葉に染まるでしょう。錦秋の始まりです。

過去のWeb日記更新

 過去のWeb日記を2002年分まで更新。けっこう書いてましたね、この頃は。
 西川長夫さんの『日本回帰・再論』(人文書院)を購入。2,800円は高い。イタい。

8月も今日で終わり

 8月も今日で終わりです。夏の終わりは寂しい。冬に向かうにつれ、だんだんまわりも自分も閉じていくような気がします。自身はネクラなくせに、開放的な気分が好きな自分です。
 今日はまず、地元の美術団体である白甕社の展覧会を見に行く予定。娘の油彩作品が今回は賞を頂きました。ぼくは昔、入選はしたけれども、賞なんてとてもじゃないが手が届かなかったので、素直にうれしい。
 それから「六月の会」の昼食会があって、そのあと仕事で仙台へ。このところ日曜に仕事が入るので、疲れが積み木のようにたまってきます。どうにかして一度、この疲れをチャラにしないと。

 今朝方母の夢を見ました。古い実家の居間で洗濯物を畳んでいる母です。でも母は、ぼくが話しかけても曖昧な返事しかしません。妙な様子の母です。
 それから母はこたつに坐りました。ぼくが前に座って両手を取ると、温かな手のぬくもり。いつものおだやかな表情でいたのですが、ところが見る間に母は若返り、終いには子供のような表情になってしまったのです。ぼくが「やめてくれ」というと、母は立ち上がり、戸を開けて隣の部屋に去っていきました。「しょうがねなだ(しょうがないんだよ)」と呟きながら。くっきりと脳裏に映じているのは、今は空き家になってしまった実家の、茶色のふちのガラス戸です。
 目が覚めてから、ぼくの見た夢の意味を考えました。家族の、わけても亡くなった母の思い出が詰まった家を空き家にした事への悔いが、寂しげな母の姿となって夢に現れたのかもしれない。ぼくはぼく自身に、「しょうがない」と言い聞かせているのでしょう。
 喪うものの多い、50代の日々です。

横手に一泊

 年に数回、横手に泊まる機会があります。同僚と一緒なので、夜はどうしても飲み会に。ところが今まで、おいしいお店を見つけられずにいました。
 ところが昨夜、ある人の紹介で横手駅にほど近い「里乃や」さんという料理屋さんに行ってみると、これがまたおいしいんですね。一つ一つの料理に工夫があり、ぼくたちには発見があります。見慣れた料理も、はじめての料理も、どちらも旨い。満足しました。
 昨日は予定した仕事が早めに終わったこともあって、前から行きたいと思っていたふるさと村の中にある秋田県立近代美術館に立ち寄っています。近代日本洋画の企画展は残念ながら終了。でもそのかわり、同館所蔵・小田野直武の「不忍池図」(いわゆる秋田蘭画ですね)を見ることができました。平福百穂もさすがのクールさで、やはりレベルが高い。
 入館無料の所蔵品展に感謝しつつ、次に石坂洋次郎文学記念館に向かったオジさん一行。しかしこちらは既に閉館時間を過ぎていて入館できず。次の機会に、という事で。
 

肌寒い朝

 涼しいというより、肌寒ささえ感じさせる朝。いつものように愛犬を連れて近所を散歩していると、路上に数匹、アブラゼミの姿が見えます。近づくとあるものは弱々しく飛び立ち、またあるものは1メートルほど羽を震わせて飛んだもののまた落ち、そのまま動きません。夏の終わりを命の終わりとするものもあるのです。

大山上池

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 昨日蜂に刺されてしまって。吹浦での話。同行した義弟は4カ所も刺され、ぼくは1カ所。すぐに病院に駆け込みましたが、おかげで山荘に一泊の予定は急遽変更となり、自宅に戻りました。
 さて、今日。大山・上池では蓮の花がまさに見頃。愛犬を連れて散歩がてら観てきました。湖面を埋め尽くしていますよね。ぼくの旧式のカメラではさして望遠も利かず、よく見えないかもしれませんが、上の写真がそれです。
 わずか三日間のお盆休みも終わり、明日からはまた仕事。間欠的に出張も入り、せわしない数週間が始まります。短い時間でも、今日の散歩は良い気分転換になったようです。

全員集合

 祭典に紛争。世情騒然たる今日、小市民ChezTakahashiのささやかな楽しみは家族の全員集合。赤川花火大会当日に合わせ、長井に嫁いだ長女、富山の大学に通う長男が帰省し、折よく新築なった弟邸に集ってベランダから打ち上げ花火を遠く鑑賞しながらの一夜を楽しむという趣向。ビールがおいしいだろうなぁ。戦火追われる人々の姿が時に脳裏をよぎるけれど、この一杯を許してくれ──と。
 さて、今日もお昼は仕事です。意味不明の。出社前に図書館に立ち寄り、『星に降る雪/修道院』を返却しよう。

お盆

 今日、鶴岡ではお盆。なぜか新暦なんですね。わが家でも午前、供花を持って、お寺さんへ。梅雨のさなかですが今日はお天気もよく、お参りをする人も例年より多いように見受けられます。まあ、日曜日ですし。
 午後は短い昼寝のあとで犬の散歩。裏山を一周です。なんだか久しぶりの城趾散策で、いつの間にか公園内に立派なログハウス風のトイレができているのを見つけてびっくりしました。良いことだ。ついてなかったのは、最初家を出る時は山にのぼるつもりがなかったこともあって足下が下駄で、下るときに妙な力が加わってしまったものか下駄の鼻緒が外れてしまったこと。ちょっとの距離だったけど、靴下で道路を歩くはめになりました。参ったなぁ……。

 参ったと言えば、ついに
iPhone発売ですか。通信費に今の倍額を支払うのはムリ、これがぼくの現実ですね。物事には、とりわけ現実生活には、優先順位ってものがあります。

出会っていれば

 NHKドラマ「トップセールス」の最終回を見逃したのが悔しくて、ネットで関連情報を様々検索しました。すると、ドラマのモデルになったと言われる林文子さんのインタビュー記事が眼にとまり、お話の一つ一つに納得。まだビー・エム・ダブリュー東京代表取締役社長だったころのインタビューのようですが。
 たとえばクレームに関するお話。クレーム商売と言われる自動車販売業。「なにしろ怒る人がいる」、「物を叩いたり、車庫のシャッターを蹴っ飛ばしたり」する人がいるそうです。でも林さんは、「そんな、人間の一番醜い姿を見ていると、なんとも切なくなってくるんですよ。するとなんともいとしい気持ちになる」とおっしゃるのです。『ここまでわたしに向かって自分をさらけ出しちゃう。なんて方なんだ。良くしてあげなきゃならない』と思ってしまう」。
 これを読んで、ぼくはかっこちゃんのことを思い出しました。養護学校教諭の山本加津子先生。以前にも書きましたが、かっこちゃんが上京の折、電車内で学生を殴りつけるヤクザさんを見つけ、思わず(殴られている学生さんをではなく)ヤクザさんを、「大丈夫、大丈夫。怖くないからね」と抱きしめてしまったという話を、です。なぜ? 「つらそうに見えたから」。そのヤクザさんは声を上げて泣き出したといいます。
 先日秋葉原では、決して許すことのできない凄惨な事件が発生しました。しかし容疑者を捕まえてみればそれは狂人でも吸血鬼でもなく、ひ弱な一人の男にすぎなかったのでした。彼が人生のどこかで林さんやかっこちゃんに出会っていれば、あのように多くの人生が狂わされることはなかったかもしれない。そんなことを考えてみます。

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上は山形市門伝にあるキリシタン地蔵。

日曜日

 車を運転しながらラジオを聞いていて、久しぶりにボニージャックスの皆さんの声を耳にしました。大町正人さんがリタイヤされていたようで、これは残念。柔らかであたたかな、ほんとうに聴きやすい歌声でしたから。持ち歌の中でも、彼がメインで歌った曲は一番多かったのでは。
 調べてみると、大町さんは体調は今ひとつながら、ご自分のペースでお仕事はされているようすです。二期会所属の奥様とのジョイントコンサートや、主催する合唱団の指揮。いつかどこかでお会いする機会があるような気がします。
 さて、今日は寒河江図書館まで足を運んで日塔貞子展を見、彼女の評伝を著した安達徹先生の講演に列しました。講演は盛況、あたたかな雰囲気でしたね。貞子の人となりを知る方のお話も伺うこともできたし、いい時間を過ごすことができたようです。
 それにしても、日塔貞子の直筆日記はすばらしいものでした。小さなやさしい文字でびっしり書かれています。数は少ないながら、良い展示だったと思います。

細谷亮太先生

 「暮しの手帖」を読んでいるので、小児科医の細谷亮太先生のことは知っていました。琴線に触れる文章を書かれる方です。お人柄が伺えるような。でも『NHK知るを楽しむ人生の歩き方 2008年6・7月』に収録されたインタビュー記事にはあらためて感動しましたね。
 すばらしいのは、先生が一人一人の患者(小児科医ですから皆小さな子供たちであり、またその親御さんたちなのですが)にきちんと寄り添い、その人生に向き合っていることです。
 すべての事例(症例)、すべてのお話が得難いものだけれど、父親としてのぼくは、最期がすぐ間近に迫った女の子が、海外に単身赴任中の父に別れを告げる電話をかけるくだりに思わず頬を濡らしました。父親の絶叫がぼくの耳にも届いたような気がしたのです。今でも胸が熱くなる場面です。
 
 さて、六月になりました。「茨木のり子 六月の会」では、28日(土)に鳥居町花梨亭(鶴岡市)で「六月に詩(うた)う ─茨木のり子・詩の朗読会─」を催します。蒔村由美子さんをゲスト朗読者に迎え、そしてぼくたちド素人も上手下手など気にせずに、それぞれお気に入りの詩を朗読しようじゃないか、という趣向の集まりです。会場は昔の武家屋敷をリニューアルした風雅な日本家屋になっています。

希望の歌声よ 響け

 制作者が「耳を傾けて」と願う、ベトナムの盲目の青年、ハ・チュオンさんの弾き語り。枯れ葉剤が彼から視力を奪ったのだけれど、彼はそれに負けてはいない。里帰りした故郷で、まず「自分が頑張らなければならない」と考え、そして「何かしなければならない」と語るハ・チュオンさん。「運命を恨むのではなく、上を向いて歩いていきたい」。透徹した「希望」の歌声を聴かせてもらいました。
 それにしても。
 音楽の力を信じるかつての歌姫・チュオン・トゥン・ヴィさんの開く無償の音楽学校はすばらしいですね。そこには、音楽の力だけでなく、教育の力、愛の力が集まっているような気がします。日本のような国では、今や学校や病院に至るまで、ゼニ勘定に駆逐されてしまっている人間の力が。(「『希望の歌声よ 響け』─ベトナム ハノイ─」、NHK-BS1。再放送は5月28日午前9時35分から)

総集編

 面白い総集編って、少ないと思うんですけど。大小の伏線が縦横に張り巡らされた「ちりとてちん」。半年間のドラマをわずか200分ほどに無理矢理仕立て直した総集編は、ドラマの背骨の豪快な面白さを見せつけた図太い編集。最後までお見事! でしたね。ビデオに録画しましたが、落語そのもののドラマですから、何度見直しても面白いはず。良いコレクションになりました。

大山鳴動して

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 眼の中も黄に染まりゆく花菜畑 (高橋零)

 大山鳴動してナントカ……、まぁそのような訳で、がっかりしたメディアも多かったのではないでしょうか。
 長野での聖火リレーを先日見ていて、成人式の報道を思い出しました。若者たちの非常識・粗暴な振る舞いを批判しながらも、何かやらかしてくれないものかと虎視眈々と狙っているかのようなあの報道ぶりを、です。彼らは平穏が嫌い。何かしらもめ事が起こってくれないと困るのです。だから非難しながらも期待している。
 そんな彼らは、いざオリンピックが近づくとお祭り騒ぎ一色になるのでしょう。会期中は毎日勝った負けたで大騒ぎでしょう。チベットの問題は今始まったことではなく前々からのことであり、これからも続くことなのに、関心の外になってしまうのでしょう。
 対話の行方がどうなるかをフォローするメディアがどのくらいあるのか、朝から喚いていたあのキャスターがこれからも積極的に発言していくのか。チベットはもちろん、日本のメディアの動向をも注視することにしましょう。
 
 さて、昨日秋田市立千秋美術館に行き、「ピカソ・マティス・シャガール・・・巨匠が彩る物語」を観てきました。挿絵の原画(版画)の展示なのでやや地味と言えば地味ですが、名だたる巨匠たちの作品はさすがに見応えがあります。とりわけミロが愉しく、シャガールの作品は色彩がとても美しいものでした。
 遠出プラス外食でちょっとだけ贅沢な一日が終わり、今日明日の休みはパソコンに向かいます。

ありがとう

 祭日の今日も山形で仕事。お昼は20年以上一緒に仕事をした同僚の送別会に出席しました。──ありがとう。

 夜は平原綾香さんがメインゲストだった音楽番組「THE M」を見ましたが、やっぱりいいです。思わず、まだ持っていなかった「Jupitar」をダウンロードしました。「星つむぎの歌」も紹介されていて、これをきっかけに、この曲がもっと多くの人に聴いていただけるようになるとうれしいですね。番組の後半はパスしましたが。

引き続き

 引き続き『渥美清 浅草・話芸・寅さん』(堀切直人)を読了。今日借りてきて今日読み終えるなんてことは、ぼくには珍しいこと。読みやすい本ではあるのですが。つくづく、惜しい人をなくした、惜しい時代をなくしたと思いましたね。
 夕方からは孟宗(もうそう)汁に初挑戦。今までは食べるだけで作ったことはなかったからね。結果は──まぁまぁでしょうか。ちょっと思い切りが足りなくて、味噌も酒粕も少なめ、従って薄味にはなりましたが、まぁまぁでしょう。明日の朝はもっとおいしくなっているはずです。

新潟の朝

 新潟泊まりの朝。
 昨夜、居酒屋で「栃尾の油揚」を食べました。「油揚」を「あぶらげ」と呼ぶのは庄内地方と同じ。でもその実体は違ってましたね。栃尾の油揚は、ぼくたちの言うところの薄揚げ、他所では油揚と言われているものを2〜3倍に大きく、また厚くしたものでした。厚くても中身はスカスカなので、やはり庄内の油揚、他所では厚揚げと言ってるものとは違うのです。残念。
 鶴岡の油揚はおいしいですよ。値段は倍だけれど、ネット販売もしているようですね。一度お試しあれ。
 ところで、先日新聞を見ていて、俵万智さんが仙台に住まいを移されていると知りました。ファンなので何となくうれしい。今でもときどき仙台に行きますから、どこかですれ違ったことがあったのかもしれません。

バランス

 23日朝刊。天声人語氏の語るところはいつものように冷静で、バランスのとれたものでした。これはこのコラムに限らない「朝日」の美点で、煽ることの多い他紙や映像メディアとはおおいに異なるところです。
 氏はまず、山口県光市で9年前に起きた母子殺害事件被害者の夫に触れて、「煮えたぎるものを、これほど静かに、強く語れる人を知らない」と綴ります。続けて、NHKと民放の放送倫理・番組向上機構(BPO)の指摘を引くのです。 

 〈奇異な被告・弁護団〉対〈遺族〉の図式をつくり、その映像を見て感情的な言葉を口にする

 
 そして最後に、国民の大多数が満足するであろうところの極刑という判決を得た今、問題はぼくたち自身に帰ってくるのだということを伝えます。「1年ほどで裁判員制度が始まる。一審のみとはいえ、恐らくは証拠と感情が折り重なった部屋で、他人の人生や、時には生命までを処断することになる」。
 煽り屋に満ちたエセジャーナリズムは、メディアコントロールに長けている。しかし、だからこそ、今のぼくたちに必要なのはなによりもまず冷静さであり、バランス感覚であるように思われます。

貧しい社会

 藤沢周平の市井ものが愛される理由の一つは、そこに共に生きる社会、相互扶助の社会があるからでしょう。子に去られた老婆も、親とはぐれた子供も、男やもめも一人暮らしの夜鷹も、見捨てられることがありません。
 宮本常一を読めば、これが小説世界のことではなく、現実の日本社会(特に庶民)の話だったことがしられます。日本は文字通り「親がなくとも子は育つ」社会でした。ところが、今は。
 入場料金を払わなければディズニーランドに入れないのだから、入学金を支払わないと学校に入れないのは当然。入学式への出席差し止めは仕方ない!?
 教育者ですらこのように公言する。商売やビジネスの世界に生きる人ならともかく、教育の専門家の口から出るのだから恐れ入ります。学校は商業施設ではないでしょう。先生はその従業員ではないし、校長は利潤を求める企業経営者ではない。
 現場にいる人たち、あるいは専門家からも、教育者としての基本的な認識、倫理観、義務感が失われている現実です。あるいは隣人としての、あるいは人間としての、と言ってもいいのかもしれない。ハレの日に教室で待機せざるを得なかった二人の新入生の心中に、その表情に、彼らは一瞬も思いを馳せることがなかったのだろうか。人生に関わるという、人を育てるという重い職にある者として、自らを恥じることはないのだろうか。
 長く忘れていた貧困がぼくたちのすぐ目の前にある。すぐ隣にあるのです。そしてそれによって、公教育の枠組みの中に置いてすら人が差別され、区別され、隔離される社会が現実にあるのです。それは個人の貧しさである以上に、社会の貧しさです。

鶴岡公園の周辺

 会社からの帰り道、今日は19時半ころでしたが、鶴岡公園の周辺は夜桜見物の市民で大賑わいでした。ぼくも時間と懐に余裕があれば車をちょっと止めて園内に入り、花見団子とか、鶴岡のお祭りには欠かせない名物「あん玉」を求めてお土産としたかったものの、それも叶わず帰宅一直線。
 いやー、それにしても、鶴岡の人もいざとなれば夜出歩くのね。田舎の夜は寂しいのが常態。それなのに春ともなれば、花見頃ともなれば電気は煌煌と点いているし、老若男女もそぞろ歩いている。夜店を道路から覗くと(よそ見運転!?)、長い行列のできているお店もある。活気のある街はいいなぁ。
 ところで、昨夜放送の「3か月トピック英会話/『赤毛のアン』への旅」。見ていたのですが、睡魔に負けて戦線離脱でした。情けない。でもテキストはちゃんと読みますよ。それに、「literature.org」という、まあ日本で言えば青空文庫のようなサイトを見つけて「Anne of Green Gables」の掲載頁をプリント。鞄にも忍ばせて少しずつ眺めて(「読む」というレベルじゃない)もいるのです。想像を逞しくすると、五分の一くらいはわかるもの。

春の賑わい

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 桜は咲いたしお天気も良し。大山公園の真下、いつもは朝夕をのぞいて静かな我が家の前の道路も、昨日ばかりはメインロードでしたね。老若男女がしきりに行き来しています。
 桜の名所ですが、露店などはないのです。酒盛りをしている人たちも見かけません。ついでに言えば、ゴミも落ちていない。そういうスポットです。
 もっとも今年は、もう少し賑やかになりそうなイベントが来週(4月20日)に予定されているようです。題して「大山公園さくらまつり」。この日ばかりは売店も開き、広場では黒川能も上演されるとか。桜もその日までなんとか持ってくれるでしょう。

咲きました

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 我が家のそばにある桜並木も春色です。
 そういえば、「読売旅行」5月号の表紙。田舎道を寅さんが独り、残雪を抱いた山を背景に歩くカッコいい写真ですが、これも季節は春のようですね。蒼い空と山並み、緑の葉と小さな黄色い花々が、美しい。

落椿

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触れしごと枝離れけり落椿(高橋零)

ちりとて後遺症

 NHKの連続テレビ小説「ちりとてちん」の平均視聴率が、統計のある1964年以降、関東地区では最低を記録した、とか。驚きました。
 驚いたのはぼくだけではなかったようで、朝日新聞編集委員の四ノ原恒憲さんも、コラムのなかで「自らのドラマを見る目を一瞬疑」ったそうです(「月並みに/『ちりとて』熱中後遺症」、朝日新聞朝刊、2008.4.6)。しかし自分の眼力を固く信ずる高慢なぼくは、自分の目ではなく他の視聴者の目を疑いましたよ。どうも朝の連続テレビ小説(って、今は言わないのか?)は、シリアスで主人公に同情したくなる話の方がウケるようです。
 ま、視聴率の話はさておき、「ちりとてちん」のテーマが「ふるさと」だったという指摘には思わず納得。盛りだくさんな内容だったけど、結局は「単純な故郷も含むが、家族、友人、伝統芸など人が安心して帰ることができる根拠地こそが、大事」なのだということ。中央から上からのナショナリズムに対抗する、地方から家族からのナショナリズム、かなぁ。

めずらしや

山風に掘りおこされし一輪草(高橋零)

 松尾芭蕉が3日間逗留したという長山邸のあった通称「長山小路」を通ることは滅多にありません。なにせ「小路」です。車が行き交うような道路ではないのです。それでも十数年前でしたか、いささかの興味からわざわざこの小路に入り、「めずらしや山をいで羽の初なすび」の
句碑に見入ったことがありました。
 月に2回配布されるミニコミ紙「鶴岡タイムス」の第205号では、鶴岡市史編纂委員の本間勝喜さんが、芭蕉に宿を提供した長山重行について様々な資料を引き、詳しく解説されています。彼は江戸在勤中に芭蕉の指導を受け、その縁での芭蕉の宿泊だったようですね。
 ぼくはけっこう、こういう地道な調査が好きです。芭蕉研究にはほとんど寄与するところがないのだとしても、そして長山の句が趣味の域をでずまたその生涯がごく平凡なものだったとしても、基礎資料をしっかりと調べ、文化の土台を踏み固めておくことは大切なことなのだと思うのです。
 本間さんの郷土人物伝。続きを楽しみにしています。

『赤毛のアン』への旅

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 ありましたね。「3か月トピック英会話/『赤毛のアン』への旅」テキスト。村岡花子訳で育ったぼくには、松本侑子さん+松坂慶子さんのナビゲートに多少の違和感を持たないないわけではないけれど、原作に親しむせっかくのチャンスですから、時間を確保したいですね。読み直そうと思って鞄に入れた『評伝森鴎外』(山室静)を取り出し、かわりにこのNHKテキストを入れました。空き時間の楽しみになりそうです。

過去のWeb日記を少々追加

 過去のWeb日記を少々追加しました。
 今、「茨木のり子 六月の会」会報(第4号)の編集作業中です。今回も内容豊かで、2月におこなわれた「詩人茨木のり子さんを偲ぶ会」特集号のおもむき。良い原稿がそろいました。
 出張の多い、時間的にも不規則な毎日が続いていて、どうも落ち着いて本が読めません。『哲学者ディオゲネス』は結局読み切れず、一旦返却します。いわゆる「通貨変造事件」を、きわめて限られた資料からミステリー事件の読み解きのようにあぶり出す手法は、ぼくのように予備知識のない素人には退屈。手に余る読み物でした。

「声」欄に

 教師冥利に尽きる、とはこのことでしょう。昨日の朝日新聞「声」欄に、東京中野区の小学生(11歳)の投稿「学校の大黒柱校長先生に花」が。
 校長と言えば、教育者というより管理者というイメージが強いのです。教育委員会には近いが、子供からは遠い存在。教育の素人が落下傘で舞い降りても通用し、評価される存在。しかし、この中野区の小学校の校長先生は違ったようです。「私をはじめ、一人ひとりの悩みをよく聞き、考え、解決して下さいました」。子供に、「オアシス」と感じさせるような学校を作り上げた先生です。
 投稿した清水さんの文章もまた、端正で瑕疵のないすばらしいものでした。様々なメディアからエキセントリックな物言いが聞こえてくる昨今。しかし、日本の未来も捨てたものではありません。

お雛菓子

 「SPOON」というコジャレた雑誌があります。酒田市にある印刷屋さん、小松コーポレーションで発行している月刊誌ですが、広告収入で成り立っているようで、街のスーパーなどにも置かれ、無料でいただくことができます。
 今月号の特集は「庄内のお雛さま拝見」。庄内地方では2月に入ると各所に「
鶴岡雛物語」や「庄内ひな街道」などのポスターが貼られ、周遊バスなども運行されます。その昔、北前船などを通じて関西方面からかなりの数のおひな様が入ってきて、それらが今でも旧家などに残っているのですね。
 そのおひな様と切っても切れないのがお雛菓子。期間限定のお菓子ですが、今年も木村屋さんの雛菓子を求め、贈答用としました。マスコミで紹介される機会が多くなったせいか、近年人気も高まってきているようで、以前より求めにくくなった(売り切れていることが多い)ような気がします。
 どんなお菓子かって? 
こちらをご覧ください。
 
 さて今日は久しぶりの日曜日。3回ほど日曜出勤が続き、疲れがたまってしまいました。お昼前に実家と図書館を廻った他は自宅でのんびりです。図書館では『哲学者ディオゲネス』(山川偉也著)を借り、自宅からはネットでショスタコービッチのシンフォニー第4番をダウンロード。両者ともかなり刺激的。

忘れないで

 子供の瞳ほどすべてを映す鏡は無い。子供の視線ほどすべてを見通す光は無い。たとえば映画「たそがれ清兵衛」の成功は、あどけない子供の大きく見開かれた瞳によって約束されていたように思います。
 縁あって見ることのできたドキュメンタリー「忘れないで〜瀬戸内ハンセン病療養所の島」(NHK)もまた、三人の子供たちの眼差しによって導かれ、蒙を啓かれる、美しい作品でした。
 日本の負の歴史は内に外に多々あるけれども、ハンセン病患者の隔離政策もまた、その一つに違いありません。まるで近代日本が、ぼくたち日本人が、忘れようと努めてきたかにみえるハンセン病を見据える「忘れないで」。そのテーマはとても重いのです。美しい差別などはなく、美しい罹患も考えにくい。
 それでいて見終えたあと、自分の中に何かしら明るい希望のようなものが兆し、表現しにくいけれども清涼感とすら呼べそうなあるものに浸されるように感じられるのは、隔てる壁を軽々と乗り越える子供たちの無垢なバイタリティーのおかげ。さらにはしっとりときめ細やか、そして深々とした奥行きをもつ、美しい映像の賜物でしょう。
 作品のラスト、わずか三人の子供たちを送る大島青松園の入所者を交えた卒業式・終業式を終え、島を後にする子供たちの表情は明るい。子供たちは未来を生きる存在です。大島でさまざまな名人たちを知り、学んだことは、子供たちのこれからの歩みを通して未来に語り継がれていくに違いありません。
 「忘れないで」は制作者のメッセージ、元患者さんたちのメッセージであると同時に、大島の学校を巣立った子供たちの、みずからに対する決意でもあるようです。前をむいて歩んでいく子供たちの姿に、島に生きる人たちと一緒に手を振ろう。

心地よい連休

 1月13日午前。荒天をついて市立図書館へ行き『虹の民におくる歌』(ピート・シーガー)を借りる。同館の蔵書にはなかったのだけれど、スタッフが調べてくれて北海道立図書館からお借りすることができたもの。既に絶版(そもそも出版元がもう無い)。古書店で求めると安くても5000円以上はする本だから、公共のサービスの枠内で読むことができるのはありがたいですね。
 どこの国の方だったかは失念しましたが、ある日本人に向かって「あなたの国にはシステムがある」と羨ましげに語ったというエピソードを思い出しました。国民皆保険を実現する大きなシステムから、他の図書館から本を借りだすことのできる相互貸借サービスまで。最近は情けないニュースにも事欠かないけれど、生きたシステムがあるのはやはりすばらしい。
 それはさておき、『虹の民におくる歌』には「When I Was Most Beautiful」という、茨木のり子さんの代表作「わたしが一番きれいだったとき」の英訳詩(片桐ユズル訳)に曲をつけたものの楽譜と、作曲の経緯が載っています。借りた目的の第一はそれでした。せっかく借り受けたのだから、一応全編に目は通しておきたいけれど。
 そして午後。娘と一緒にStudio Feria の新年ひき初め勉強会へ。去年まで通っていたピアノ教室で、まだ在籍している、娘の同級生がふたり、ベートーベンのソナタに挑戦していました。学校の勉強との両立は大変なはずなんだけど、よく弾いてましたね。石とレンガでできたヨーロッパの町に少しでも住むと、さらに良くなるような気がするけれど。
 大瀧実花先生はお得意のプーランクを演奏。フランス印象派の響きを残した、比較的理解しやすい現代音楽のような気がします。ぼくは好きだな、重厚長大なベートーベンより。今度はサティをお願いします。

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 そして今日は、お昼前に茨木のり子さんの菩提寺・浄禅寺に行ってきました。編集作業中の「六月の会」会報の原稿を頂きに伺ったのです。昨日に引き続き雪模様の一日なのに、ぼくが墓前に立ち、西方住職がお経をあげているそのときだけは雪も止み青空が覗きます。六月の会の活動を、茨木さんが微笑んで見ておられるような気がしました。心地よい連休を、ありがとう。

喪中につき


喪中につき年末年始のご挨拶ご遠慮申し上げます

観音様のおとしや

 今日17日は「観音様のおとしや(お歳夜)」。市内の旧七日町にある観音堂のお祭りの日です(http://www.tsuruokakanko.com/cate/p0498.html)。あるいは「だるま市」といったほうが通りが良いかもしれません。境内・参道に沢山のだるまを売る店が並びます。ぼくも子供の頃は、母か祖母かと一緒にこのだるま市に来て、小さなだるまを買ってもらったことがあります。
 それも昔の話。もう何十年も出かけていないし、今は少し離れたところに住んでいるせいもあって、子供たちを連れて行くこともありません。せめて、由来は不明ながらやはりこの時期だけ出回る郷土のお菓子「切り山椒」(
http://www.tsuruokakanko.com/cate/p0546.html)を買い求め、家族でとりわけて季節の味を口にします。好きなんですよねぇ、ぼくは。こういう餅系のお菓子が。
 

大黒様のおとしや

otoshiya

 学校に行くという娘のアッシー君をつとめ、帰りに生協に寄るとなんだか妙に込んでいる気配。ぼくが大きな郊外型のショッピングセンターを好まず、近所の小さなスーパー・生協でよく買い物をするのは、空いてるからなんだけどなぁ。
 さて、店内に入って総菜売り場の方に廻ると、おお、「ハタハタの田楽」がいっぱい並んでいるではありませんか。そうだった、今日は大黒様のおとしや(お歳夜と書くらしい)だった! わが故郷の年中行事。おばあちゃんが生きていた頃は、みんな自宅で準備したものだったけどなぁ。豆ご飯とか、ハタハタの田楽、焼き豆腐の田楽、納豆汁、などなど。
 無能な主夫はイカンなぁ、なにも作れない。といって、たまたま今夜は実家の年老いた親父を食事に招いていることだし、伝統行事の料理を出さないわけにもいくまい。
 ……ということで、二尾で596円もするハタハタの田楽と198円もした焼き豆腐の田楽を買い求め、帰宅。上の写真がそれです。あおりを食って今夜予定のすき焼きは牛肉から豚肉にダウングレードですが、仕方ないよね。

嘘でしょ

 よくよく見たら、今年の紅白には夏川りみさんが招かれていないんですって。嘘でしょ! 彼女の歌声は日本の歌謡界の誇りであり救いなのに。がっかりしました。
 もう一つがっかりと言えば、ドラマ「風の果て」が最終回を迎えたこと。それまでは「過ぎる」くらいに早い展開でそれが青春の疾走を感じさせもしたのに、最終回はやや滞りました。登場人物たちのそれぞれの「その後」に、目配りする必要があったからでしょう。
 それはそれとして、鈍重に見えた妻・満江と旧友・庄六が最後に光を放ちましたね。姑や「最後の敵」忠兵衛も面目をほどこして、誰もが納得するさわやかな the end。良いドラマでした。ストーリー、台詞、映像など語りかける要素が多い分、テレビドラマは余韻が文学作品にはどうしても及ばない気がするけれども、品よくバランスよくまとめあげ(あるいはまとまりすぎたか?)、見るものを泣かせてくれた秀作ドラマと思います。音楽もすてきでしたね。

馬脚を露わす

 「徴兵制あってしかるべき」 東国原知事が持論展開

 ああいう、知名度だけで選ばれたような人たちはどこかで必ず馬脚を露わしますね。短慮で自制も自省もない。そもそもモラルハザードをいうなら若者よりいい年をしたオトナが先でしょう。若者たちはむしろ、オトナ社会に受け入れてもらうのに四苦八苦している。それに彼だって今までいろいろ物議をかもしてきた人物のはず(淫行事件やら傷害事件やら)。知事選勝利は免罪符ですか。
 まずは東国原さんから率先して軍隊の規律正しい? 生活を体験してもらい、〈道徳や倫理観などの欠損〉が正せるかどうか、試してみてはどうだろう。

やっぱり退屈

 やっぱり退屈なので、『日本とは何か-近代日本文明の形成と発展』を読書半ばで放擲……って、図書館に返しただけですが。こんなとき「本を借りる」というのは便利ですね。返せるもの。買ってしまうとそうはいかないから、「もったいなかった」と悔やむことになる。
 ところで、ここ数週NHKのテレビドラマ「風の果て」を見続けています。意外に面白い、期待以上に──いや、そもそも期待なんてちっともしていなかったのだが──藤沢周平の世界を伝えてくれているように思います。心に残る、心に伝わるドラマになっていますね。ほとんど心がザワつくことのない「風林火山」とは大違いで、(原作がすばらしいのはもちろんだけど)脚本がいいんだろうなぁ。テーマ曲も「風の果て」そのものだし。もう一度原作を読みたくなりました。

 鎮もれり古代の森に秋深し (高橋 零)

若干の更新

 過去のWeb日記ですが、2004年までのUpが終わりました(遡ってUpしています)。「ふたり展」も少し展示替えしています。ご覧ください。

一昨日

kouyou

そういえば一昨日は紅燃ゆる月山道を走り、山形まで行ったのでした。上はその時に撮影した写真です。時間があれば岩根沢の丸山薫資料館に立ちよって調べたいこともあったのだけれど、それは次の機会に。

市立図書館を利用する

 今日は新Mac OS「Leopard」の発売日ですと。今までのぼくなら予約受付開始と同時に注文を入れ、ワクワクしながら発売日当日を待つのだけれど、今回は指をくわえて「待ち」です。今月はなにせ出費が多かった。今年中には何とかしたいけれどね(涙)。
 昨日お昼休みを利用して市立図書館に立ちより、『ジャパンクールと江戸文化』(奥野卓司)を借りてきました。就寝時の読書用にと思ったが、返却日まで読み終えるかどうか。
 それはともかく、昔と違って今の図書館は市民にとってよほど好ましいスペースになっていますね。さほど大きい建物ではないし喫茶スペースもないのだけれど、木立に囲まれた館内は静かで明るい。多くの市民がゆったりと思い思いの姿勢で新聞や本を読んでいます。
 蔵書検索などもパソコンを使って簡単にできるし、自宅からネットで予約状況を調べることも可能なら、メールでの情報提供もしてくれます。スタッフの笑顔の対応、日曜開館なども合わせ、利用者本位の姿勢が窺えますね。ぼくは従来「本は買う」派だったのだけれど、これからは適宜利用していきたいと思った次第。

 独りゆく おまえもそうか コハクチョウ
 
 毎朝の散歩時に見上げるコハクチョウ。隊列にはまらず、独り飛びゆくアウトローも中にはいるようです。

サイト更新

 コーコーと/ハクチョウ飛び交う/散歩道

 高く澄んだ青空に、ハクチョウの輝く白さはじつに美しい。毎朝の散歩の愉しみです。
 さて、ひとまず電子ブック『ひとりの夜の愉しみは』の改訂と新しい電子ブックの制作は棚に上げ、ネット上に新たなサイトを立ち上げてそこで過去の拙文を公開することとしました。左のボタンからお入りください。

危険を顧みず

 危険を顧みずボランティア活動に従事した高遠さんを含む3人の若者が武装勢力に拉致され、その無謀な(?)行動が非難されたのは3年前でしたか。3人が救い出され無事帰国した時のバッシングのすさまじさは今だ記憶に鮮明です。一国のトップ、与野党を問わぬ政治家、マスコミ、市井の人びとにいたるまで。
 「たかが趣味で人騒がせな」と非難した高名な評論家までいたというのですから、今ふり返ってみればとりもなおさず、日本という国の抱える病巣の深さをあらわにした事件といっていいのかもしれません。世界の反応とは正反対だった日本人の反応、政府の対応。それこそ「世界基準」にはほど遠いものだったことに、ぼくたちは気づいていただろうか。
 さてまた昨今、ミャンマーの反政府デモを取材したジャーナリストの死が連日報じられています。その死を悼む手厚い報道の数々。無謀と非難し、自己責任を問う声はありません。軍事独裁国家の危険性は明らかだったはずなのだが。趣味ではなく仕事だったから? 救うべき人を救おうとした人が非難され、伝えるべきことを伝えようとした人が讃えられるのはなぜ?
 ぼくたちの中では無意識に自分を守ろうとする力が働く。ボランティアという仕事はぼくたちに近い。安閑として何もせず怠惰をむさぼるぼくたちは心がいたい。だからぼくたちは、彼ら真の英雄たちの失敗を好事としその非を問うことで、何もしない自分を正当化するのだ。ぼくたちはただの卑怯者にすぎない。

ハクチョウ飛来

 昨日の朝、わが家の前の狭い通りの空を、白い鳥が横切ったように思ったのです。一瞬「ハクチョウかな?」と思ったのです。でもまだ10月に入ったばかりだし、シロサギだったか……。
 さて、今日の朝刊・地方版を開くと、「ハクチョウ早めの飛来」とありました。「鶴岡市大山の下池で6日、ハクチョウの飛来が確認された」。去年より4日早い飛来とか。まだ紅葉もしていないけれど、季節は確実に冬に向かっています。

季節はずれの海

itoko

 9月の下旬、湯野浜温泉龍の湯でいとこ会をおこないました。関西に住むいとこたちと久々の再会です。人生いろいろ、苦労もいろいろ。こうして会うことができるだけでも幸せなのかもしれないと、足湯に浸かりながら思った次第。
 翌日は足を延ばして一部メンバーと遊佐町吹浦へ。季節はずれの海は人の手が入らず、漂流物がそこかしこに散在しています。それでも海は良い。秋の海はあくまでも澄み渡り、心が風に乗って海原を駆け抜けていきます。流木に腰を下ろし、しばらくぼんやりと時を過ごした、贅沢な一日です。
 ところで、「暮しの手帖」の最新号(第30号)に「茨木のり子さんの家をたずねて」という記事が載っています。時代おくれを自任する茨木さんのお宅は、しかしとても気品に満ちて落ち着いたものです。人が、その思想が暮らしの形になるのですね。うれしい記事でした。

この国の民

 自民党総裁選候補者の遊説を聞くために街頭を埋め尽くす国民を見ていると、いったいこの国の民は何を求め、何を考えているのかと思いますね。選挙権があるわけでもないのに、同じ穴のムジナの政治家たちに何を期待しているのか。あの怒りは何だったのか。お祭り騒ぎが好きなだけじゃないのかい?
 首相は不在、国会は休み、マスコミは一党の総裁選挙報道一色。それでも何ということもなく毎日が過ぎていくのだから、日本は平和なものです。一国のトップが職を辞さなければならないほど緊急の課題があったはずなのに。
 やっぱりなんだかんだいっても官僚が優秀なのでしょう。だからやっぱりなんだかんだいっても日本は変わらないのだな。開発途上国なら政治家や官僚が腐敗すれば軍事クーデターが起こったりするけれど、日本はそれもない(たぶん)。政治家も官僚たちも安泰なわけだ。
 
 内部からいつもくさってくる桃、平和
 
 日々に失格し
 日々に脱落する悪たれによって
 世界は
 壊滅の夢にさらされてやまない。(茨木のり子「内部からくさる桃」)

九ちゃん

 「BSまるごと大全集 永遠の笑顔 坂本 九」に大感激。昔いつもかじり付くようにして観ていたテレビ番組「九ちゃん」や「新八犬伝」の映像も見られたのが良かった。不足していたのは俳優・坂本九くらいでしょうか。
 本編に続いて、九ちゃんのヒット曲を当代の人気シンガーたちがカバーする番組もあり、こちらも意外に楽しめましたね。歌を披露するだけではなくって、編曲者を交えた話などもありましたから。こういう番組を目にすると、テレビもたまには悪くないと思います。
 ところで、DVD作りがやはり順調に進まないのです。パソコン内蔵のハードウエアの問題かもしれません。一時的でもパソコンを点検・修理に出すのは辛いので、困っています。

iPod

 新しいiPodシリーズ。ため息ですね。欲しいけれど、優先順位から言えば他にもいろいろあるし、ここはガマンでしょうか。
 先日仕事の関係から新庄のニューグランドホテルで会食。いや、大した予算じゃないのにまことに美しく、かつ美味しい。去年も頂きましたが今年もgood。今度は家族連れで来てみようか。
 会社全体としてはヒマなのに、なぜかぼくのポジションは忙しい昨今です。休みなしの3週目は体が重く、アタマも冴えません。次の日曜こそは休んで、復活したいな。

平安の風わたる公園

heian

 横手市・大仙市での仕事の途中、以前から気になっていた「平安の風わたる公園」に立ち寄りました。なかなか良いネーミングで、くたびれた叔父さんの癒されたい気持ちをソソリます。
 案内パンフレットにもよく登場する三連橋は遠めには美しいものの、実際に渡ってみると鉄橋に木を貼り付けただけの造作のようだし、ところどころコンパネで補強してあったりなどもして侘びしい。いやじつはそんなことよりも、東北の地にある古戦場にしては、東北からのメッセージが弱いのが気になりました。上に掲げたレリーフも主役は(碑文を読む限りでは郷土の英雄を非道に遇した)源義家だし、いったい誰のための、何のための施設なんだか。
 吹き渡る風は気持ちよかったものの、ちょっと?の歴史公園でしたね。

夕星

 朝日ホット(朝日新聞庄内版に折り込みの情報紙)に連載の「夕星(ゆうずつ)──下編」(真冬理華)がなかなか刺激的です。
 何気なく目をやると「松本十郎」が目に入り、熟読。やりますねぇ。よく書いてくれるワ。地元では偉人賢人扱いされることの多い幕末維新期の庄内藩家老・菅実秀らを、「元藩士や旧幕府の武士らを奴隷同然に苦役させ、逃亡するものを容赦なく斬首した」悪人と断じてますよ。権力者が嫌いなぼくは、こういう文章を読むとぞくぞくしますね。
 ちょっと気になったのは、「新撰組の沖田総司の姉、沖田みつも松ヶ岡にいたが、それ以降の消息はわかっていない」というくだり。ウィキペディアではその後東京へ戻り、満州で亡くなったことになっているけれど、どうなんだろう。

ご招待

kurage

 先週末は娘夫婦の招待で湯野浜温泉「龍の湯」へ。嫁ぎ先のご両親も一緒です。
 古くからある湯治旅館ですが、近年のリニューアルで見事に蘇りました。リーズナブルな料金体系、清潔な部屋、静かで落ち着いた佇まいの館内。美術書の備わるロビーは無線LAN対応だし、憩いの宿といった印象です。娘夫婦に感謝しないと。
 日曜は数十年ぶりに近年売り出し中の加茂水族館に行きました。クラゲが当りましたよね。実際キレイなんですよ。困ったクンだって使いよう、つきあい方ひとつで宝になるんですね。

夏風邪で寝込む

sasagawa

 半年間の疲れもあったのでしょうが、珍しく夏風邪を引き、寝込んでしまいました。風邪で(一日とはいえ)休むなんて小学校以来のこと。情けなかったけれど、もう無理をするようなトシでもありませんから。
 最近ショスタコービッチのピアノ協奏曲第2番第2楽章を良く聴いています。今までなんで知らないでいたの? と思うくらい美しいピアノの旋律に酔う。第1・第3楽章は、彼らしいといえば彼らしい楽想だけれども少し気忙しいもので、第2楽章とは合わないような気がして全体としては傑作になり損ねているのかも。それでも第2楽章はすこぶる感傷的。もちろんそれが心に染み入るのです。
 体調がほぼ戻り、先日の茨木のり子追悼公演の録画ビデオ編集をこの月曜から再開。編集用に320GBの外付けHD(
IEEE1394aを2ポート搭載)を買っています。少しうるさいけど、ぼくのように内蔵HDが小さい機種を使っていると、デイジーチェーンが出来るHDがないとビデオの編集なんて出来ません。
 付け加えるなら、地元紙でたまたま見かけた、現在酒田市美術館で開催中の「新田嘉一コレクション展」の解説(論評?)があまりにお粗末で、元美術評論家志望のぼくとしてはフツフツとたぎる批評家魂を抑えきれずに悶々とする日々でもありましたね。論旨不明、稚拙な表現に加え、提灯持ちのような記述は不快。論説委員がこれでは困る。

いけばな展

 鶴岡アートフォーラムでいけばな展を観ました。本格的ないけばな展を見るのは初めてかも知れません。「創流80周年記念草月会山形県支部鶴岡地区 いけばな展/あした・花・ひらく」。洒落てます。
 いけばなって、もっとオバサン趣味の地味なものかと思ってた。けれども実際にはかなりアートで、はっきりいってオブジェです。彫刻展の会場にあってもおかしくないような作品がいっぱいあるんです。とても面白くて、そしてそれがおそらく多くの人の感想らしいと確信させる根拠は、来場者の数の多さ。しかも老若男女だもの。
 少し盛り込みすぎかな? と思われるものも中にはあったし、自然よりも人工物を感じさせる、つまりはオブジェになりすぎと感じさせるものもありましたが、しかしそれにしても力作ぞろい。ただただ感心しつつ、会場を後にしましたよ。

月山道を行く

gassan

 山形出張。一泊+日帰りでしたが、月山道は気持ちよく晴れ上がり、まだ雪を抱いた山並みも美しいものでした。月山湖の付近から撮った写真です。

子供神輿

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 毎年6月5日は地元・大山の犬祭り。わが家でも子供たちが小さかった頃は、町単位の割当でよく参加したものですが、今はもうそれもなくなりました。
 昨日はお祭り前の日曜日ということで、子供たちによる小さなお神輿が各町内を廻りました。こんな小さな行事でも近所の人たちが沿道に出て立ち話をして、生れて間もない赤ちゃんの話やかわいがっているペットの話でしばし盛り上がります。ご祝儀をもらいながら路地を回る子供神輿は、地域を繋ぎ、地域を作る大切な行事でもあるようです。

庄内平野点描、そして。

jizo

mura

tabu

 それにしても。
 子供より、イイ年をした大人に命の大切さを説かなければならない昨今のようだ。……とはいえ、その死を「武士」の死と形容するアホが行政のトップにいるような日本では、それも難しかろう。
 少し前までなら不埒な言動はとりあえず裁かれたものだが、今の日本はなぁ。とにかく居直り、居座るものなぁ。宰相も、総裁も、党首も、首長も。悔しい。空しい。

オープンキャンパス

 昨日の日曜日は、高二の娘たちを連れて某大学のオープンキャンパスへ。市内を見下ろす小高い丘にあるキャンパスは広大で、環境も設備も申し分ありません。
 ぼくは終わりの時間まで娘たちと別れ、構内の緒展示を先生や学生たちの解説を聞きながら見たり、学食の一画に陣取って本を読んだり、持参したパソコンで自分の仕事をしたり。受付でランチ・チケットまでいただいたので、無駄な出費もなしです。スタッフの対応も親切そのもの。今はどの大学も皆こんな感じなんでしょうか?
 オープンキャンパスの一日は、親にとっても贅沢な一日でした。学びの雰囲気って良いなぁ。

ある女優からの手紙

 新聞の値打ちは特集でありコラムだ、とあらためて実感する記事が、朝日新聞5月20日付紙面に。シリーズ「家族」──ある女優からの手紙。投稿だったようです。
 その女優とは、江角マキコさん。高一の時に父を亡くし、そして去年、支え合って生きてきた弟を癌で失ったといいます。まだ36歳。妻子を残して。
 大切な弟を見取った江角さんの悲しみを絞るような手紙が心をうち、離れません。「父が、弟が、心の中にいます。残された弟の家族は、私の、私たちの大切な家族です」。

孟宗汁

moso

 海坂の地・庄内は今孟宗汁の季節です。地物も出回り、連日孟宗三昧。昨日はあろうことか「素」孟宗汁でしたが、今宵は油揚(=厚揚げ)とシイタケ入りの正調(?)孟宗汁が食膳に並びました。酒粕仕立ての孟宗汁。おいしいですよ。

なかなか美味

 ぼくにとっては3連休の2日目。遠出をしようかという話もあったが、その体力無しカネ無し時間無し。目と頭が痛いこともあってなるべく体を休める一日。
 といって何もしないわけにも(父として夫として)いかないので、お昼はレストランでとることにする。前から気になっていた西洋料理「しもん」に入ると、なかなか雰囲気も良く、料理も美味。野菜たっぷりで和風に近い味付けが50男にはうれしく、客層もまた良しと見ました。懐具合が許せば、今度はディナーをいただきたいものですね。ボトルワイン半額券も手にしたことだし。

「茨木のり子追悼公演」鶴岡実行委員会

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「茨木のり子追悼公演」鶴岡実行委員会HP。ブログのページもあります。アクセスお願いします。

今年の桜

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 昨日鶴岡公園の前を通ったら、もうぼんぼりは外れ、屋台も撤去されていました。桜はほとんど散っています。
 我が大山公園の桜はまだほんの少し余命を残していますが、今週で終わりでしょうね。2007年の記念に、満開の頃に撮影した家の前の通りにある古木の雄姿をお見せしましょう。

ページ追加

 「メモリーズ 高橋治郎・レイ ふたり展」のページを追加しました。
 「茨木のり子追悼公演」鶴岡実行委員会ホームページに
観劇ツアーのページを追加しました。

 他にも書きたい事があったのだけれど、とんでもないニュース(「JR特急車内で女性暴行 乗客の目前、誰も制止せず」)を聞いて心が乱れ、書けません。

頼りにならない

 郵便局はホント頼りになりません。
 最近ゆうパックで小荷物が届く事が多くなりましたが、わが家は日中不在。クロネコやペリカン・佐川急便ならその日の夜に再配達してくれる。ところがゆうパックはねぇ。営業時間が午後6時までらしいのですよ。ついこの間まではTELでの問い合わせも6時で終わりで、ある時念のために6時半頃電話してみたら「今帰るところです」なんて言われたことがあって……。気の弱いぼくはそれで引っ込みましたが。
 今日は楽しみにしていたアルバムが届いたらしく不在票がポストにあり、8時まで電話OKだったので連絡をとったところ明日再配達するとの事。──日中は誰もいないんだって。留守の時間帯に何度再配達されたって困るのよ。わずか1時間のお昼休みにぼくが取りに行くしかないじゃない。
 ぼくは通販をよく利用します。業者の皆さん。郵便局は書簡などの郵便物にしか使わないでください。荷物は共稼ぎの家には届きません。

期待も膨らむ

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 一昨日市民劇場の例会で劇団朋友公演「明日の幸福」を観ました。キャストが金田龍之介・渡辺美佐子・竹脇無我・長山藍子さんらテレビでおなじみの顔ぶれだったせいか、あるいは演出が石井ふく子さんだったせいか、あるいは単に脚本のせいか、テレビのホームコメディっぽい軽い仕上りでしたね。でも愉しめました。
 会場入口で手渡された機関誌には「朗読劇 茨木のり子の世界」の案内パンフレットも挟まれていて、するとつい、周りが気になります。開演を待つ間、あるいは幕間にじっくり読んでくれている方を目にすると、ぼくの期待も膨らみます。
 そして面白いもので、ぼくがこんなふうに期待をかけて周囲を見回していると同様、挟んである他の公演や上映の関係者もこの会場にいて、同じ気持ちでいるのだろうなと思われ、できれば全部観てあげたいような気持ちになります。

「茨木のり子追悼公演」鶴岡実行委員会ホームページ

 実行委員会ホームページがオープンしました。

http://web.mac.com/hisashit/

日曜も忙しい

 最近は日曜日も忙しくて、ゆっくり休む暇もありません。
 昨日の午前はまず「朗読劇 茨木のり子の世界」入場チケットを作り、プリントの合間に選挙。仕事で気掛かりなこともあり酒田に足を運び、戻ってから次女を学校へ送る。
 午後はもっぱら、先般長女の結婚式で撮ったビデオをiMovieで編集。カットのしどころが難しいですね。結局70分くらいの映像になりました。ぼくが吉野弘さんの「祝婚歌」を朗読した部分は、少しカットしても良かったのですがね。
 そして夜、披露宴でも流したスライドと合わせ、DVDに仕上げる。長編のせいかずいぶん時間がかかるので、途中寝ちゃいましたよ。

 今週は「朗読劇 茨木のり子の世界」のチラシ・ポスターを公開します。

Wedding

wedding

 長女の結婚式が無事終了。ホッと一息です。
 オーソドックスな流れの中にも手作り感をそこかしこにちりばめ、手前みそですが良い結婚式だったと思います。関係者の皆様、ありがとうございました。そして新郎新婦の二人、ご苦労さま。
 まだ3ヶ月しか経っていないのに、2007年はその数倍の密度で経過していくようです。義母の葬儀があり、「茨木のり子追悼のつどい」があり、両親の作品展があり、結婚式があり。そしてこれからは、6月の「朗読劇 茨木のり子の世界」開催に向けて、疾走しなければなりません。

「ふたり展」最終日

 怒濤の5日間も今日で終わり。ホッとする気持ちと、もったいないという気持ちと。
 最終日もたくさんの方が朝からご来場下さいました。二度目、三度目の方も。ありがたいと思っています。
 今回の作品展の特徴として、曜日に関係なく尻上がりに客足が伸びたということがあります。友人知人だけではありえないことで、やはり内容が良かったからだと、手前みそですが考えています。一度観賞した方が次には友達や家族を連れてやってくる、というケースも多かったのです。うれしい5日間でした。素人の作品に、1,000人近くの方が来てくれたわけですから。

last1 お土産に絵はがきを1枚。

last2 最終日の展示室。

last3 会場前に設置された看板。

last4 外から会場内が窺えます。
 

「ふたり展」四日目

 前日をさらに上回る270名ほどの方がご来場。
 父は連日朝から晩まで、ほとんど休む暇もなく応対に追われています。あと一日。ぼくも最終日は会場に貼り付けるし、子供たちにも手伝ってもらえる。ガンバロー!

「ふたり展」三日目

 昨日を上回る来場者。230人くらいでしょうか。高をくくって用意していた「しおり」もすぐになくなり、途中二度も補充するハメに。絵はがきなどは2、3時間でなくなります。
 ぽつぽつとメモ用紙に感想を書いてくださる方もあり、その中の一枚で、おそらく友人だった方が書かれたのであろう「レイさん、あなたはすばらしい」という一文が目に留まり、思わず目頭を熱くしました。もう流し切ったと思っていた涙がなお一筋、頬を伝わろうとします。
 一年を経てもまだ慕ってくれる友の心の温かさ。それはまた、母の温かさでもあるのでしょう。ありがとう……。

「ふたり展」二日目

 玄関の戸を開けてみると、一面の銀世界。露天駐車の車の屋根には雪がもっこり積もっていて、困りましたねぇ。これじゃ「ふたり展」も開店休業状態かと案じたのは朝。ところが。
 お昼休みを利用して会場に足を運ぶと、ナント、会場は昨日以上に人、人、人。たくさんのお客様が本日もご来場です。二日目なのに……。
 じつは昨日、地元紙の取材を受けていて、それが朝刊に載ったらしいのです(らしい、というのは、わが家では中央紙しかとっていないので)。それを見て来場された方も多かったようで、マスコミの威力を痛感しました。地元密着型の新聞も良いですね。って、今さらσ(^_^Winking
 2日続けていらした方もあり、結局昨日を上回る数のお客様に、両親の作品を見ていただくことができました。感謝です。

futari5 カレンダー仕立ての水墨画

「ふたり展」本日より開催!

 ようやく開催にこぎ着けました。「メモリーズ 高橋治郎・レイ ふたり展」。
 折悪しく今日は久しぶりの雪降り。今までろくに降りもせず、何で今日降るの! と怒ってみても泣いてみても仕方ない。祈る気持ちで待っていると、降雪をものともせずにたくさんの方がご来場下さいました。お花もたくさんいただきました。お祝いもいただきました。本当にありがとうございます。
 不肖の息子としては、これだけたくさんの方に慕われ、愛された両親の人徳を今さらのように思います。これだけはマネできないなぁ、と。追いつけないだろうなぁ、と。作品自体も良いと思うけれど、人間力も素晴らしかったのです。

futari_1 オープン直前

futari_2 展示室前

futari_3 父の水墨画三部作

futari_4 開場!

ふたり展のご案内

「メモリーズ...高橋治郎・レイ ふたり展」のご案内、再掲です。いよいよ開催日が迫って来ました。皆々様、よろしくお願いします。

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Memories...「ふたり展」のご案内

ぼくの両親の作品展、「メモリーズ 高橋治郎・レイ ふたり展」のご案内です。

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喪中

喪中につき年末年始のご挨拶
      ご遠慮申し上げます

グッド・バイ東京

 朝日新聞24日朝刊経済面のコラム「グッド・バイ東京」は、鶴岡に住むぼくにはとりわけ興味深いものでした。「知的創造の拠点」として、首都東京ではなく東北の片隅にある鶴岡に設立された、慶応大学「先端生命科学研究所」が取り上げられていたからです。
 けっして余裕の無い市の財政から、1大学の1研究施設に対して、それも直接は地域の産業に貢献することはない(だろう)1分野(メタボローム)の研究に対して巨額の拠出をする。そのことへの批判は当然あって、正直なところぼく自身冷ややかに見ていました。かつて山形市に某有力経済人の肝いりで作られたバイオ研究施設などは、後ろ盾を失ったとたんに消滅しましたしね。経済人にしろ政治家にしろ、彼らはある程度成功すると、最後には何かカタチになるモノ=業績を残したがる人々のようです。
 お隣り酒田市の「土門拳記念館」などもそうしたモノのひとつだったはずで、事実批判も浴びたけれど、今になってみれば成功している。朝日の記事を読むと鶴岡市の「先端生命科学研究所」もそうした成功例のひとつになりそうな気がしてくるから不思議です。
 編集委員の安井孝之さんは、地元代議士の話を引用しながら、「六本木ヒルズで新しいビジネスは生まれるが、世界をリードするような英知は生まれない」と書いていらっしゃいます。また「鶴岡の挑戦」とも。これは少々ウツクシすぎる表現だけれど、とりあえずは注目しましょうか。

冷凍食品って便利

 冷凍食品って、便利なものですね。
 いつもは弁当のおかずとして大活躍の冷凍食品。安い時に買いだめするわけですが、先日、帰りが遅くなった夜に冷凍の豚汁を使い、夕餉に供しました。冷蔵庫にあったお豆腐や白菜を加えただけで結構なボリュームになり、皆大満足ですよ。
 そして翌朝、少し残っていた豚汁を水増し。白菜をさらに加え、買い置きの練り物も入れると、前の晩よりもっと美味くなって。
 最近は具材系の冷凍食品がいろいろと、しかも安価に出回っているようなので、賢く利用したいと思いましたよ。

諸事情によりUpが遅れ

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 諸事情によりupが遅れてしまった松ヶ岡開墾記念館のダリア園写真。11月5日撮影。終わりかけのダリアです。
 松ヶ岡はぼくの大好きな、本来は静かで近代日本を感じさせるスポットですが、先年映画「蝉しぐれ」のロケセットが作られ、そして現在はまた新たな映画(マカロニならぬスキヤキウエスタンらしい)が撮影中とあって、訪れる人もいや増す注目の観光地。そのせいかどうか……。
 少し人口密度が高すぎるかもしれません。それに、併設レストランの様子もすこ〜し前とは違ったような。あんなに美味しかったとち餅汁粉がメニューから消えていたし、だだ茶豆アイスは驚愕の? そのまんまサービス。お皿にのっけただけなんて、ちと味気ないなぁ。

大曲へ

yukigakoi

 一昨日は仕事があって本荘経由で大曲(大仙市)へ。上掲の写真はその折に見かけた旧家周辺を撮影したものです。茅葺きの立派な母屋(大きな作業小屋まで茅葺きだったが)はさすがに躊躇われたので、広い敷地の周囲に巡らされた雪囲いをメインに撮影。今どきこうまでするお宅は、そうそうありませんよね。
 ところで、木下順二さんまでもが亡くなられました。今年は本当に、大切な人たちが相次いで旅立たれました。自分に、自分たちに、若者の未来に確信が持てないぼくなどは「日本はどうなるんだ!」と叫びたいくらい。
 いつまでも彼ら、大人らしい大人、誠実な人間=オネトムを頼ってちゃいけないのだが。

ビックリ

 ビックリしました。
 たまたま、本当にたまたまテレビでBS2にチャンネルを合わせていたら、「ステージ101」の最終回の録画が流れているではないですか。始まりから涙、涙の「涙をこえて」が。ぼう然としてしまって、ただ食い入るように画面を見つめていたのだけれど、途中我に返ってビデオ撮り。空のテープが見当たらないので先週の寅さんのテープの最後に入れたのだけれど、重なってないかしら。これは一生の宝物です。
 大好きだった九ちゃんも何度か登場。うれしい。岸洋子さんも懐しかったね。学生時代、病から復帰した岸さんのリサイタルをNHKホールで見た時のことを思い出しましたよ。力強く謳い上げる「希望」に胸が打ち震えた夜のことを。
 それにしても、中村八大さん、いずみたくさん。お二人とも素晴らしい曲をたくさん遺してくれましたね。ありがとうございます……って、今さらだけど。あ、そうそう、NHKにも感謝か。たまにはテレビも良いものだ。

灰谷健次郎さん

 まずは『兎の眼』に感動し、それから『太陽の子』、『我利馬の船出』、『海の図』、『砂場の少年』、『少女の器』などなど。ぼくも一頃、灰谷健次郎さんをずいぶん読んだものです。
 命に根ざした明確なテーマを持ち、灯台の明かりのように彼方を照らしてくれる灰谷文学。それは時に明瞭にすぎ、コントラストが強すぎたかもしれません。またライフワークとしての『天の瞳』などは語り口や人物造形がパターンに嵌まりすぎていて、ぼくには読み進めることの出来ないものでした。だから、近年はまったく没交渉だったのだけれど……亡くなられたんですね。
 大人も子供も、あるいは自ら命を絶ち、あるいは互いに殺し合うことによっての他「何か」を伝えることが出来ないかのような現代。灰谷文学の意味はますます大きくなってきているような気がしています。

ボストンと言えば

eisenji

 最近やたらと「ボストン」が話題に上るので、ここ数年遠ざかっていた「スペンサーシリーズ」が急に懐しくなり、昨年12月刊行の『冷たい銃声』を購入。ぼくにとってはボストン=スペンサーです。
 新味はないのです。ドキドキハラハラするわけでもない。それでも今まで読み次いできて、表紙を開くや否やページを繰る手が止まらなくなるのは、私立探偵スペンサーや恋人スーザン、そして相棒ホークの存在感の故。そして彼らの遠景にあるボストンという、少し古風にすら感じられる街の懐しさ。外国の、行ったこともない街が懐しいと言うのもヘンな話だけど、それだけパーカーの語り口、描写が上手いってことか。
 ただ、これからこのシリーズを読もう、って人には、最近の作品はお薦めしません。まずは『初秋』でハマっていただき、それからシリーズ一作目に戻って順に辿っていくべきでしょう。軽めの中毒患者でも、『告別』あたりまで病は癒えぬはずです。
 さて、『冷たい銃声』で見つけた、スペンサーとホークの気になる会話。

 「お前がやる時は復習だ。国がやる時は、社会的報復だ」
 「それを、国は正義と呼ぶ」
 「その通り」私が言った。「立場が変われば、すべて好都合だ」
  ホークが私を見てにやっと笑った。
 「どっちが正義だ」彼が言った。「どっちが泥棒だ?」

忙しかった日曜日

 いつもながら忙しかった先の日曜日。午前はいよいよ車椅子生活となった義母のために室内を整理整頓、介護ベッドの移動。そして午後は市内某所でサロンコンサート。
 といってそんなに堅苦しいものではなく、普段着で気楽に聴ける井戸端コンサートのようなもの。フランス音楽を中心に据えた、なかなか好企画のミニコンサートでしたね。
 大瀧実花先生のプーランクは素敵で、あまり好みではないリストも「コンソレーション第2番」などは印象派っぽい響き。
 ラフマニノフ+長田弘は斬新。贅沢を言うなら共演のソプラノが少し細く、詩がフランス語に聞えなかったことか。朗読(日本語)は上手だったのですがね。とはいえ、良い時間を過ごしました。

資料の届く週末

 週末にかけてAmazonから『藤沢周平未刊行初期短篇』(文藝春秋)、国立国会図書館から森有正関連の資料数編のコピーが届く。
 森については、月に何度かネットで検索をかけ、資料探しをしています。国立国会図書館の蔵書検索も時に。今回は雑誌や大学の紀要で発表されたものを入手したのですが、内容的には、特に目新しいものではなかったようです。
 そもそも森有正について語ること、森有正の思想を解説すること、は難しいのです。あるいは無意味と言っても良いのかもしれません。最良のテキストがすでにあるのだから。
 ぼくたちは、彼自身の表現を借用するなら「レゾナンスを語る」ことしか出来ないのだし、あるいは彼の畏友・木下順二が語るように「森をほんとうに自分のものにしたいのだったら、自分のなかにcreateする他ない」のです。つまりはいつか自分の中で森有正に出会うまで、歩き続けるしかないのです。

カーズ

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 「カーズ」のDVDが届いたのでさっそく観賞。あっぱれな面白さです。車に感情移入できるか? と心配だったんですがね、なんのなんの、最後には小生意気だったマックィーンが大好きになり、メーターと話をしたくなり、サリーに恋をします。
 Pixerのアニメは技術的に優れていることはもちろん、そのテーマも非常に良いのです。友情・家族愛・信頼。みんな望んでいるのに、なかなか得られない。みんな夢見ているのに、なかなか信じられない。予定調和と言わば言え、ハラハラドキドキの末のハッピーエンドは、見る人の心を温かくしてくれる。
 今回の作品はいつにもまして、効率至上・勝利第一の世情に軽くジャブを食らわせ、仲間とともに生きる温かい社会の大切さを謳っていたように思います。それが、神の視点でないのが好ましい。アメリカ人の視点に過ぎない、って揶揄する向きもあるだろうけど。

立山は雄大

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 立山はやはり雄大でした。
 先週末、長男の学校の集まりもあって富山に行き、せっかくなので夜は立山に泊まることにしました。公共の宿への宿泊でしたが、食事は十分に美味しく、白エビの唐揚げを含め、富山の味を堪能。
 さて翌日はお昼までしか時間がない。書斎派? いや、モノグサなぼくはどちらかといえば立山博物館で山岳仏教に触れたかったのだけれど、同行の父たちの希望に従い室堂まで登ることに。しかしこれが正解でしたね。
 さすがに紅葉は過ぎ、それどころか雪まで抱えた山肌が間近に迫る室堂付近は爽快の一言です。好天に恵まれました。観光客は多いけど、なにしろ広いのであまり気になりません。気温0度。キリリと引き締まった山岳の冷気が心地よい。生き返りましたよ。次回はアルペンルートを通り抜けたいものです。

音遊人

 ヤマハから送られてくる雑誌「音遊人(みゅーじん)」がなかなか面白いのです。音楽好きのための雑誌ということで、一定のトーンが流れていて、取り上げるテーマの善し悪しだけでなく、寄稿する人、インタビューに答える人たちのレベルも揃っている。
 12月号の特集は「読書の秋はパリの音を読む」。読書もパリも好きなぼくにはピッタリ。といって、ぼくはパリに行ったことがあるわけでもなければ読書だって質量ともに貧困です。ただ好きなだけなんだ。
 それにしても。
 パリの書店めぐり──良いですねぇ。このゆったりとした、まるで図書館のような空間は何なんだろう。お洒落だしね。さすがパリ! もしぼくにゆとりのある老後が残されているのなら、ぜひ一度は行ってみたい都市だな、やっぱり。
 「Book Guide/パリに行く前に読みたい10冊」では、『森有正エッセー集成〈3〉』が取り上げられていました。紹介文は凡庸ながら、取り上げてくれただけでも嬉しくて、ますます「音遊人」が気に入ってしまった。

秋を満喫

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 週末の日曜日は久々に気持ちの良い散歩になりました。昨年来でしょうか、下池を一周して、里の秋を堪能。
 下池ではたくさんの水鳥たちが羽を休めています。多くの白鳥たちはすでに「出勤」済みで平野に散り、落ち穂拾いに専念しているというのに、まだ湖畔をうろうろしているナマケモノ(?)が若干羽。ただ、湖畔一面我が物顔で泳ぎ廻っているのは真鴨で、コハクチョウは遠慮深いのか用心深いのか、池の一番奥の片隅に固まっているのが面白い。
 あんなに天気がよかったのに、遊歩道で出会う人はやや少なめに思えます。もっとも、ぼくたちも少ないのです。二人だけでしたから。
 父と母、そして帰省していた妹、ぼくたち夫婦にペットのハナを加えてこの道を散策したのは一昨年だったか、さらにその前だったか。父は今長い距離は歩けず、母はもうこの世の人ではありません。
 湖畔巡りの最後は、わが家の裏庭すなわち大山公園(太平山)で、誰かに連れられてきたペット? まさか野生ではあるまい白くかわいいウサギが近づいても逃げもせずお尻をついているのを眺めながら、初詣にも訪れた神社を拝みつつ山を下る。わずか一時間あまりでこれだけ自然を堪能できるのだから、大山に住む人たちはまっこと幸せ者ですな。
 幸せついでに件の福田屋さんに立ちより、今年最後のとち餅を買いました。福田屋さんのとち餅は季節限定&曜日限定です。10月いっぱいだそうですが、今度の日曜は外出予定なので、わが家は今日が最後。まだお昼だというのに、わずか4個しか残っていなかったのが残念。ま、幸せはみんなで分けあって、ということで、我慢しましょう。

ポータブルHDを購入

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 とても安かったので意を決して購入しました。LogitecのポータブルHD。じつは今まで日々のバックアップに困っていたのです。IEEEで使えるのが良い。
 またぼくのパソコンは内蔵ハードディスクが小さいので、ビデオを編集しようとするとどうしても外付けが必要になります。しかもそれはIEEE1394のインターフェースを持っていないと話にならない。
 40GのHDだからガンガン使えるわけではないけれど、とりあえずは写真や音楽を含めた大切なデータを全部保存して、ホッとしています。お金があれば外付けHDよりも、新しい本体、HDの大きなMacBookを買うんですけどね。優先順位はやはり生活費や教育費が上ですから、仕方ありません。

「もっけの幸い」

 いったい教育現場はどうなっている──そう息巻くキャスターやコメンテーターの現場周辺・ご自身がどうなっているかわかったものではないのに、素知らぬ顔で正義の味方、聖人君子になれるからテレビは怖い。
 「いじめ」といえばすぐに学校を連想する人が多いけれども、じつはこれ、大人社会の方が酷いもんでしょう。学校だったらまだ守ろうとする人、指導する人がいるし、事が公になればみんなで騒いでもくれるけど、大人社会では自分で身を守るしかありません。誰かに泣きついても、「世の中ってそんなもの。我慢して頑張りなさい」で終わりでしょう。
 セクハラやパワハラだっていじめです。それでも大人たちは仕事を辞められるからまだマシかもしれず、逃げ場のない子供たちは自分を責め、自分を傷つけていくしかないのです。
 この混乱を逆に「もっけの幸い」として、特定の立場の人たちの利益にしかならない教育改革が頭をもたげるとしたら、それこそがもっとも警戒すべきことでしょう。

山形県高等学校美術展

 山形市で「山形県高等学校美術展」を観てきました。なかなか立派な石垣の残る霞城公園内の体育館での展示です。照明などの条件は劣悪ながら、作品そのものは力作ぞろい。やるもんですね。
 それにしても、身辺の自然や静物などに正面から向き合うものが少なく、やや観念的なテーマの作品が多かったのは意外でした。大人社会や受験を前にした心の不安、また争いの絶えない世界の中の自分、人間の運命への思い。
 ぼくにも身に覚えはあるけれども、若き日々はどうしても頭や目で見た情報が勝ってしまうので、その真摯さは伝わっても、今一つ説得力が足りない。とはいえ、少なくとも絵を描く人たちは、ただぼんやり漫然と、面白可笑しく毎日を過ごしてるわけじゃないって事だけは、十分に理解できたのでした。
 わが娘の作品「そして消え」は原爆をテーマにしていて、ひとりの娘が、平和の希望の灯るロウソクの明かりを激しい爆風から守ろうとしている。油彩を描き始めてまだ間もないにしては、しっかりした描写だね。少なくともぼくよりは上手い。安心しました。

白鳥が来た

 いつものように愛犬ハナと朝の散歩をしようと玄関に下り立つと、微かに白鳥の鳴き声が聞えます。まだ10月も半ば、早いような気もするけれど。
 戸外に出て空を見上げると、抜けるように爽やかな青空です。やはり時々、白鳥の鳴き声も聞えてきます。ハナの小用につきあい、ウンチを拾いながら空を見渡すこと数度。いました、いました。小さな白鳥の群れが。
 結局、今朝は二つの群れを目にして自宅に戻りました。大山の冬は近いようです。

フェルメール

 新聞の読書欄を読んで、朽木ゆり子さんの『フェルメール全点踏破の旅』(集英社新書)を求めました。ぼくは画家では断然ゴッホとフェルメールが好き。恥ずかしながら典型的な日本人というわけです。
 フェルメールの作品を一点だけ実際に見たことがあります。ドレスデンにある「窓辺で手紙を読む女」がそれで、学生時代に東京で開催された展覧会に出展されていて、これはもう、足を止め、身動きできず状態。会期中何度も会いにいきました。
 永遠の一瞬を封じ込めたかのように静謐な空間。窓から差し込む柔らかな光。世俗なのに聖性を感じさせるひとりの女。感動というのは、捉えられることなのですね。
 読み始めたばかりのぼくが紹介するのは反則と知りながら、敢えて朽木さんの結論を引用すると、 

 信仰の種類が何であろうと、何か自分よりずっとレベルの高い存在を認め、それに対して技術を尽くして捧げるように作った芸術品には存在としての強さがあるということだ。そしてその強さと深さは、時代を超え、宗教を越えて、見る人の心を揺さぶる。(247頁)


  現代は、自分(たち)のレベルの高さを声高にアピールするオブジェがあまりに多いような。高きものに尽くし捧げるのではなく、自分を売り込み対価を勝ち取ろうとする。つまりはその心根が卑しいから、存在が軽いのだ。

周防大島

 周防大島といえば宮本常一。見ないわけにはいきませんね、NHK「鶴瓶の家族に乾杯」を。山口県周防大島町の旅、第二回。
 お年寄りばかりで日中人影も少なく、淋しいと言うしかない町なんだけど、一人一人に接すると何とも言えず温かく、滋味深い。番組の最後で前川清さんが独り住まいのお年寄りの家を訪ね、こみ上げるものを抑えきれずにいたけれども、ぼくの頬にも一筋流れる涙がありました。
 寡黙につつましく、なにをひけらかすこともなく、感謝と自足の日々を静かに送る人。「忘れられた日本人」を今日ぼくは見た。……そんな気がしました。

美しい国?

 美しい国──だなんて、そんな歯の浮くような言葉をよく軽々しく口にできるものです。政治家というのは、よほど面の皮の厚い人種と見えます。そもそもいったい、誰にとって、どう美しい国なのか?
 答えは言わずとしれてる、って言うか、すぐに露見するんだが、劇場政治に目を奪われてるすきに足下がどんどん崩されちゃってて、しかもそれに慣らされる。荒れてるのは教育現場よりも大人社会なんだよ。欲得、計算、打算。美しい人々はもはや、寅さんや藤沢さんの世界にしか住んでいないような……。いやじつは、ぼくたち一人一人の心の中でまだ微かに息づいているんですけどね。まだ生きてるから、共鳴(感動)できるわけで。
 さて、HP作成ソフトのRapidWeaverがバージョンアップ。メニューが日本語表記になったのが嬉しい。そんなに難しいソフトじゃないから英語のままでも不自由はしなかったし、日本語入力も問題なかったけど、でもやっぱりローカライズされていると安心します。
 といって、ぼくのホームページのどこがどう変わるというわけでも、たぶん、ないんですけどね。

連休だというのに

 せっかくの連休。しかも気持ちの良い秋晴れだというのに尻拭い系(?)の仕事が2日連続で入ってしまい、どこにも行けず。細切れの時間でデータベースソフト(FileMaker Pro)のお勉強をしてました。
 リコールになっていた、愛機iBookのバッテリーが届いたのは先週。散々使って弱りかけていたバッテリーが新品に無料交換だなんて、何だか申しわけないような。そういえば、例のナショナルのFF式暖房機の一件でも、死者が出たから大騒ぎになったけど、十数年も前の機種の部材の劣化の責任をいまだにとっているわけです。
 そういう時代なのです。なくてもいいような仕事とはいえ、ぼくも一応客商売(人間嫌いなのに)。悪い話ほど積極的に、攻める姿勢の守りをしなければ。それが災いを福に転じてくれると信じて。
 ところで先週土曜日放映の寅さん。笑いましたねぇ。そしてあらためて思いました。寅やは駆け込み寺だって。あの世界で暮らすことが出来たら、ぼくも人間好きになれるんだろうなぁ。

別冊太陽

 「別冊太陽」の藤沢周平特集号をナナメ読み。全体の構成はありきたりかもしれないけど、彼の故郷の取材もあり、郷土の研究者による寄稿もあり、読みごたえ、見ごたえは十分。
 特に参考になったのが、藤沢周平自身の文章と写真、そして学生時代の詩作品2編が掲載された「半生の記」でしたね。地元に居るにも関わらずほとんど文字だけからぼくの中にイメージされてきた彼の半生に、少し奥行きが出た気がします。
 思わず納得、は小林忠さんの「まさに正鵠を射る浮世絵評」です。先年出版された「別冊宝島 藤沢周平」では松井英男さんが周平の浮世絵理解を酷評されていただけに、浮世絵は素人の一周平ファンとしては、ただ単純に「ホッ」とした次第。
 近く公開される映画「武士の一分」がますます楽しみになってきました。

iTS

 iPodもiTS(旧iTMS)もリニューアルですか。なかでも新しいiPod shuffleはとても便利そう。とはいえなかなか買えないけど、iTSならネ──というわけで、最近登場した沢田研二懐しの名曲「時の過ぎゆくままに」と「コバルトの季節の中で」をダウンロード。イイですなぁ。アオくて、瑞々しくて、少しイタくて。
 お待ちかねだった人も多かったのか、Top songのリストなぞを見ると彼の曲がけっこう上位に食い込んでいます。今朝は「勝手にしやがれ」が16位ですね。ほか3曲もベスト100にランクインしている。何となく嬉しい、今日この頃。

それぞれ

 韓国では野の花にあまり興味がないのか、野に咲いている花の名を尋ねても「さあ、知らない」という答えが返ってくることが多いと、茨木のり子さん(『茨木のり子集/言の葉 3』、139頁)。
 一方、日本語では、「雀のてっぽう」「あつもり草」「ほととぎす」「ぺんぺん草」など、たくさんたくさん。

  日本人の緻密さ、韓国人のおおらかさ、それぞれである。

 また花を生ける習慣も韓国にはないといい、茨木さんも、訪れた韓国人の家で花が生けてあるのを見た記憶がないのだとか。

   野草であれ、高山植物であれ、珍しいものを見つけると、思わず引っこぬき、盆栽や庭に植えて、我がものとして愛でなければ気がすまない日本人と、
  〈花は野に置け〉
  の韓国人との違いでもある。

 優劣ではなく、「それぞれ」なのだ、という一文。印象に残ります。

愛の旅人

 先週の朝日新聞「be on Saturday」。あれ? と思いました。シリーズ「愛の旅人」に近藤善文監督作品「耳をすませば」が。ジブリとしては小ぶりなこのアニメがこんなに大きく取り上げられるなんて。しかしよくよく考えてみればこの作品、95年の邦画収入第1位の作品ではあったのです。
 「ファンのサイトに『聖蹟桜ヶ丘に行った』という書き込みが、公開から11年たっても見受けられる」というほど、静かな人気をいまだ保っている「耳をすませば」。ぼくも好きだなぁ。マイ・ベストの「紅の豚」が洒脱なら、「耳をすませば」はナイーブ。大仰な物言いなんて一切ない。
 等身大を思わせながらじつは彼方にある若い二人。そして彼らを包む不思議な大人たち。どこにでもありそうな、だけどめったになさそうな、天空の視界を持つ街。ギリシャ神話っぽい世界かも知れないな。素朴な歌いっぷりの「カントリーロード」も心地よくってね。干天に慈雨って感じで、染み入ります。
 近藤監督は47歳で亡くなられたそうです。時に繊細すぎる! とさえ感じさせる描写は、早すぎる死を予感させるものがあるような気がします。

寅次郎かもめ歌

nemunoki

 なるほどねぇ。寅さんシリーズ第26作「寅次郎かもめ歌」は、あの名作「学校」シリーズのルーツでしたか。

 挿入された定時制高校の授業のシーンで印象的な残響の残る音の取り方について、山本晋也さんは、人数の少ない夜の学校の雰囲気が良くでていると評していらっしゃいました。全編のストーリーにはさほど関わりのない挿話なのに、それでもキチンと大切に撮影していることに感心しますが、おそらく山田監督は取材を重ねる中で、定時制課程の持つ「学校」というものの本質的な部分、そこに通う生徒たちそれぞれの人生に惹かれていったのでしょう。
 その授業の中で、松村達雄さん演じる先生は「便所掃除」(濱口國雄)という詩を朗読・解説します。ぼくも昔、数年勤めた学習塾の講師時代、この詩を子供たちに読んで聞かせたことがありました(子供たちは詩が大好きです)。汚水と格闘する労働者の日常作業を淡々と描写しながら、最後には見事な昇華、茨木のり子さんの仰有る「離陸の瞬間」を持つ、奇跡のような作品。
 松村さんの授業のように、大笑いしながら聞いていた生徒たちが、終わりの四行に出逢ってシーンと静まり返る。そんな時間を演出できればシメタ! なのだけれど、ぼくの授業はそんなわけにはいかなかったような気がする。子供たちは何といっても幼く、ぼくも若かった。
 でも、あの時の子がひとりでも「寅次郎かもめ歌」を見てくれていて、昔の授業のことをチラとでも思いだしてくれたらうれしい。アウトローのタカハシセンセイのことも。

浮かばれない

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 14日はテレビなどで戦争をテーマにした良質の特別番組がいくつかあり、日本もまんざら捨てたもんじゃないと思ったのに、翌15日、敗戦を迎えた日は朝から首相の靖国参拝で大騒ぎ。最後まで劇場政治を見せつけてくれる政治家と、そしてそれを盛り上げるメディアの「狂騒曲」に憤然としていたところ、くわえて当地鶴岡では首相の姿勢に批判的な加藤紘一代議士自宅への放火・割腹? 騒ぎまで出来して、これは一種の自爆テロなのだろうか。 香山リカさんご指摘のプチナショナリズムも肥大増殖。これでは、国内外の戦争被害者も浮かばれない。
 もう何年も前のテレビ討論(あるいは雑誌のそれだったか)で、中国か朝鮮半島の侵略被害が話題に上った時、ある著名人が「戦争だから仕方ない」と発言したのに驚き、強い憤りを覚えたことを思いだします。加害者の立場にある日本人に言えることではないだろう。どう考えたって。被害者の心を思いやることが出来ない日本人。クリスチャンである彼女でさえも……。
 至るところでまかり通る「強者の論理」。ペシミズムはすでに敗北主義だけれど、希望を紡ぐことも難しい、昨今です。

いいなぁ〜

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 ある中学校の敷地内に下げられている鐘。しっかりとつり下げられていたので、まだ実際に使われているのでは。いいなぁ〜。

摩耗した石仏

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 風雪に晒されたせいか随分摩耗してしまった石仏。不動明王のようにも見えるけど、どうなのか。このところよそ見をしながら車を走らせていますね。

 少年犯罪においては、加害者もまた被害者なのだ。以前にそんなことを書いたことがあります。奈良県田原本町で起きた高校生の長男による自宅放火事件などもまさにその通りで、哀れというほかありません。
 「原因つくったパパも罪を償う」。面会に訪れた父と息子の会話を聞くと、ようやく二人は本当の親子になれたんだなと感じるけれども、あまりにも大きな代償を払ったものです。実際には償いきれない代償を払って、ようやく親子になれたのだと。
 これがひと昔前だったら、子供にも逃げ道はいっぱい在ったんだろうけどな。だから理想的な家族、理想的な親子関係である必要は必ずしもなかった。ぼくの叔父さんたちも義務教育を終えたくらいで家を離れ、立派にたくましく生きてきたし。でも今の子供たちは、親を離れては生きて行けない。なかなか大人になれない。

「泣く」こと

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 遊佐町吹浦の山荘では、母が大切にしていた額紫陽花が咲いています。

 昨日のテレビ番組で、泣くことの効用が話題になっていました。ストレスを解消するのに良いというのです。確かに、泣くことはなによりの精神安定剤のようです。

 数年前のことになりますが、ぼくも一時「鬱」と言われるような症状に陥り、薬を処方してもらったことがあります。幸い仕事を休むほどひどくはならず、2ヶ月ほどで心の健康を取り戻しました。そして、その、良くなるきっかけが、「泣く」ことであったのです。
 その瞬間は突然やってきて、山道を独り車を走らせていた時、涙が次から次へと溢れ出てきたのです。運転なんかとても出来なくて、ぼくは道路の傍らに車を停め(交通量の少ない山中の一般道で良かった!)、声を上げて泣きました。泣くだけ泣いて、独りで泣くだけでは足りずに自宅に電話を掛けそこでも泣いて、裸の自分、情けない自分、弱い自分をさらけ出して、そしてその日以降ぼくは、信じられないくらい心が晴れやかになって、憂鬱な日々から復帰することが出来たのでした。
 日々の生活では、なかなか弱みを人に見せることが出来なかったりしますよね。頑張らなきゃいけないことが、職場ではもちろん、家庭でも多かったりする。気づかないところで心は疲弊し、悲鳴を上げているのでしょう。時々は「泣く」ことで自分を解放してあげたいものですね。
 最近のぼくですか? そう、母が亡くなって、葬儀の日はもちろんこみ上げてくるものを抑えることが出来なかったし、だけどやっぱり人前では泣ききれず(まだ強がってる)、でも何日か経って、深夜自宅でしっかりと泣かせてもらいました。おかげで、疲労は積もり積もっているけれども、心はなんとか元気です。

亡霊塔

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 じつはわが家の近くにもヘンなものがあって、歩いて5〜6分、「下池」脇の農道からちょっと外れた畑の中に「亡霊塔」が立っているんです。写真がそれですが、年代は不明ながら手前に立てかけてある石碑はちょっと古そうですね。持ち上げて裏を覗き見る勇気は、無し。
 噂によるとこれはかつて当地を治めた武藤家の滅亡に関わるもののようで、ウチの妻なども「夜になると鎧をまとった武者が歩く」なんて話を聞き知っておりました。

 さて、見事にもてあそばれた(ライバルからもご主人様からも)「安保理、対北朝鮮決議」もさることながら、イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザ侵攻、対レバノン攻撃は酷い。無人の海にむけてミサイルを発射したわけじゃない。他国の領土、他国の施設・人家を直接爆撃しているわけだから。人がたくさん死んでいる。
 アメリカは国連安全保障理事会のイスラエル非難決議に拒否権を行使ですって!? 正義も道義もあるものか。ようするに力関係、利害関係なんだ。どっちもどっちと静観することは、強者に味方してると同じことなんだけど。
 今朝はまた目を覆うようなニュースも報じられていて、「障害者男性独りの死」「脱水症状でも水道停止/生活保護申請断られ」ですと。また先日のテレビでは、ある一人暮らしのおばあさんが、年金を減らされ100円の魚の切り身を何回かに分けて食べる生活で、〈国に捨てられた気がする〉と語っていました。国民を守れない国が国民に国を愛することを強要する、現代日本です。
 

米原流「幸せになる方法」

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 蒸し暑くて敵いませんね。2日ほど新潟にいましたが。
 さて、鞄に米原万里さんの『魔女の一ダース』を忍ばせ、折りに触れ頁を繰ってみる。と、これはなかなか刺激的な読物で、じつに勉強になります。
 穏やかなところでは「幸せになる方法」(137頁)。彼女によると、「上昇志向の強い人間は、なかなか幸せになりにくい」。例示された10年以上前のアンケートの結果では、世界6カ国(日本、アメリカ、韓国、フランス、エジプト、ソ連)の子供の意識調査で、日本の子供がずば抜けて不幸福感が強く、自分に不満だったというのです。
 「幸せとは、自分を見つめる、もう一人の自分が、自分に満足である時に感じるこころの状態」。社会が規定するひとつの基準、ひとつの物差しに自分を四六時中照らし合わせていて、それで幸福感に浸っていられる子供の数なんて少ないはずです。優等生にしても、いつ脱落するかわからないというプレッシャーをひしひしと感じているのでしょう。
 とうに指摘されていることですが、最近の子供をめぐる問題・事件の主役になるのは、いわゆる落ちこぼれなどではなくむしろ「良い子」や「出来る子」であったり、せいぜいが「目立たない子」であったりすることが多いようです。それだけ問題は根深いということでしょうか。
 おっと。肝心かなめ、米原さんオススメの「幸せになる方法」ですが、「努力次第で改善が見込める分野にはどんどん理想パターン(比較対照する物差し──引用者注)を取り入れ、容貌とか年齢とか努力の余地のない分野にはゆめゆめ理想パターンなど描かないこと」だとか。頑張るところは頑張る。あきらめるところはあきらめる。ってことでしょうか?

 ところで上の写真は、酒田市の新田目(あらため)城趾前にある時計……なんだろ? 「台」ではないし、「カバー」というかなんというか。とにかく、目についたので。

樽平酒造さんの屋根

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 置賜を走っていると、茅葺き屋根のお宅がけっこう目に付きます。
 で、写真は川西町にある樽平酒造さんの母屋。社屋全体が茅葺き、というわけではもちろんなく、一部に残されているんですね。通るたびに気になっていて、先日思い切って車を停め、煙出し? の部分をクリップしました。
 ぼくはこういう、生活を感じ取れる細部が好きです。映画「たそがれ清兵衛」でも冒頭、こんな感じの煙出しから一筋の煙が立ち上るシーンがあって、清兵衛さん一家とその時代を、身近に感じさせてくれましたよね。

徳良湖でお昼

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 一仕事終えるとちょうどお昼時。トコロは尾花沢。弁当持参の日でもあり食堂もしくはレストランに入るのは憚られる。地元の方に「野外で気持ちよく弁当ごっこが出来るところ」を尋ねると、「徳良湖がある」と教えてくださいました。
 なるほど、町中かからほんの数分の距離で高原気分の場所に出、左肩を見やると湖水が。良いなあ、近くにこんなところがあって。 
 徳良湖は潅漑用水湖として造られた人造湖。〈民謡「花笠音頭」は、この工事の際に唄われていた「土搗き唄」から生まれたもの〉といいます。
 平日のこととて人影は少なく、釣り人が何人か糸を垂れているばかり。昼食休憩には良い案配だが、ベンチくらいはあると良かったのにね。

金の亡者

 どいつもこいつも金の亡者ばっかりで──と毒づきたくもなります。テレビでチラと見かけたライブドアの株主総会。ある株主曰く、「何をしてる会社なのかわからない」。ん? ぼくには、そんなわからない会社に投資してるあなたの方がよっぽどわからないけど。資本主義システムの爛熟で腐臭漂う気配。
 ところで、「サライ13号」の特集は「『寅さん』を旅する」でした。いいな〜。絶好のタイミングでの登場は、饐えた空気が吹き払われる感じがする。
 32ページ。第7作「奮闘編」の団欒場面には、少し前までは当たり前だった、家族・家庭の温かさが溢れています。アニメのサザエさんと同じ光景ですよね。どんなに豊かになっても、決して失ってはいけない空気だと思うのですよ。人間の生活って、こういうものでしょう。
 今の世には到底生きられそうにない寅さん。でもこんな時代だからこそツイと傍らに現れて、「地道な暮らし」を語ってほしい寅さんです。

始まりました……

 ワールドカップ初戦の対オーストラリア戦。ヒディング監督と日本選手の戦いと思っていましたが、選手は現場で激しく動き疲弊しているので、外から冷静に戦況を見つめ、手を打ってくるヒデングの監督力に、最後は屈してしまいました。
 攻守のバランスについては、W杯が始まる前すでに頭脳明晰・理路整然のオシム監督(ジェフ千葉)やトルシェ前日本代表監督などから指摘されていましたね。今さら如何ともしがたいこと。
 ただ、次のクロアチア戦は意外にいい結果が出るかもしれません。彼らもたぶんブラジル相手の初戦を落としているはずだし、必死に攻めてくるのでは。そのぶん、つけ入るスキがあるかもしれません。

人生の贈り物

DACARPO

 父を隣に載せ、iPodを聴きながら車を走らせているとある曲のところで突然、「これを歌ってるのは誰だ?」。ダ・カーポのアルバム「ベストパートナー」に収められた「人生の贈り物〜他に望むものはない〜」だったのですが。
 
 季節の花がこれほど美しいことに
 歳を取るまで少しも気づかなかった
 美しく老いてゆくことがどれ程に
 難しいかということさえ気づかなかった
 
 見ると、訳詩・作曲はさだまさし。なるほど納得です。'04年発表の曲らしい。サイン欲しさにコンサート会場で購入したアルバムで、ようやく出会えたのはよかったとしみじみ思った次第。

マイホーム主義

 いつものように『茨木のり子集 言の葉(2)』を読み返していると、160頁の7行目に蛍光ペンが引かれています。すっかり忘れていたのでしたが。

 マイホーム主義が思想の原点ともなる──ということを日本人は知らなかったし、今も知らないと言える。


 日本の男たちが「男らしさ」を強調するのはその本質が「女々しい」せいだし、やたら天下国家を語りプチ・アドベンチャーに出かけたがるのは母なる港に舫う安心感あってこそ。いっそむき出しの自分を露出して見せなよ。それに徹底的にこだわってみなよ。

 金子光晴の抵抗は何かの特殊で偉大な思想に依ったのではなく、拠点はマイホーム主義であり、生きのびる思想であったのだ。


 家庭を守ると言うのは決して保守的な行為ではありません。その究極は「さよならにっぽん」をも覚悟することでなのでしょう。

心までの道が遠すぎる

 亡き母が好きだったという、さだまさしの「さよならにっぽん」。ぼく自身、父からその話を聞くまで長く知らずにいたけれど、しみじみと深い佳曲です。その一節。

 何でもそろうこの国では
 心までの道が遠すぎる
 
 ぼくはふと、「ハウルの動く城」の終幕近くでソフィーが語りかける、「そうなの。心って重いの」を思い出しました。もっともこの場合の心は「愛」に近いし、シチュエーションはまったく違うのですがね。それにしても。
 ──見かけの豊かさの中で心が見えない。心が遠すぎる。心の重さがわからない。最近のさまざまな事件のことだけではなくって。

be on Saturday

 朝日新聞の土曜日のお楽しみは「be on Saturday」。エネルギッシュな仕事人が毎週登場します。特に魅力的なのは女性ですね。男は仕事しか見えないことが多いけれど、女性は生活がかいま見えます。つまり人間として、トータルで魅力があるのがビジネスウーマンなんですね。
 さて、一昨日登場したのはメディヴァ社長の大石佳能子さん。「患者の立場からいまの医療を変えたい」。Macを小脇に抱えての登場です。
 医療改革の流れの中で、行き場を失っている患者、肉体的にも精神的にも追いつめられている家族がたくさんいる。それをただ嘆くのではなく実践で乗り越えようとする大石さんの試みは、まだ「2合目」とはいいながら十二分に輝いています。「患者の視点に立った医療改革っていうのは、世直しなんです」。
 それにしても「患者のニーズと医師の実現したい夢があれば、あとの投資などは、どうにでもバランスさせられます」と言いきれるのは、世界でビジネスを学び、第一線にいるものの強みでしょう。凄いパワーですね。

朝から五月蝿い

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 ウチの娘ときたらテレビのある部屋にはいるや否やスイッチを入れるんですよね。テレビっ子とでもいいますか。
 そりゃ、ま、わかってますよ。悪いのは娘というよりも、テレビに子守りをさせた親だということは。しかしそれにしても、もちっと、まともな番組を見て欲しいものだ。
 一応ぼくも子供には言い聞かせてるんです。テレビを見るとバカになるって。ただ最終的な判断はまかせてる。……ぼくなんざ、間の抜けた顔で「ヘェ〜」なんて軽薄な相づちを打つだけのアナウンサーをチラと見るだけでも虫ずが走るけど。
 ナントカという、解説委員だか論説委員だかもヒドくって、朝からスピッツみたいにキャンキャン吠えてる。五月蝿い。自分に都合のいいところだけ切り取って言挙げするのは、解説でもなければ論説でもない、ただの「煽り」だよ。
 「昔は良かった」なんて言い始めるといかにもトシなんだけど、たとえばかつての「スタジオ102」なんて落ち着いた良い番組でしたよね。アナウンサーも大人だったし。お味噌汁と炊き立てのご飯が似合う番組。今は……ファーストフード?

建物の棟が良い

yahagike

 仕事の合間に(ホントに合間なんですから……)、新庄市にある旧矢作家住宅を見学。
 棟の造作がねぇ。旧いといってしまえばそれまでだけれど(受付でいただいたパンフレットによれば、「芝土『くれ』をのせて棟を固めたいわゆる『くれぐし』で、棟の構造としては原初的なもの」という)、なかなか良い。
 もっとも、見せ物になり生活臭を失ってしまった家というのはどこか薄ら寒くて、あまり居心地のいいものではありませんけどね。

米原万里さん

 『ガセネッタ&シモネッタ』と『オリガ・モリソヴナの反語法』の2冊しかまだ読んでいないのですが……同時通訳者・作家の米原万里さんが亡くなりました。惜しい。もったいない。がしかし、その活動を考えると、常人の数倍は生きた人のような気がしないでもありません。
 訃報を聞いてまた彼女の博識、彼女の超絶話法に触れたくなり、Amazonに文庫本2冊を注文しました。巷で話題の(?)さだまさしのニューリリース「がんばらんばDVD」もあわせて。

十六羅漢

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 昨日は訳あって代休をとり、遊佐町吹浦へ。空いた時間でひさしぶりに、海岸の岩に刻まれた十六羅漢様に会ってきました。「十六羅漢」(実際には22体あるのだとか)は庄内の名所のひとつですが、そんなに古いものではないし、また芸術性を云々するようなものでもありません。
 しかしそれにしても、日本海の風雪と荒波にさらされ続けてきた羅漢様。いいお顔をなさってるではありませんか。

発掘短編

 「オール讀物」6月号収録の藤沢周平発掘短編は「木地師宗吉」一編のみ。そしてこれもまた「庄内もの」で、プレデビュー期の作品とはいえこれだけナマの庄内を舞台にした作品が続くと、海坂ものや江戸を舞台にした作品群と同列に論じられていい「くくり」のような気がしてきますね。
 日曜日にじっくり読むぞ、といいたいが、仕事の予定が入っている。今夜にでも頑張って読みますか。

バタバタしてます!

 たぶん、HPのテーマ(デザイン)を変更してから、HPが見られないとか文字化けするとかのお話をいただくようになった気がします。で、とりあえずもとに戻してみましたが、関係あったかどうか。
 ぼくも年数の割にあまり詳しくないけど、文字化けならテキストエンコーディング(文字セット)絡みですよね。これは「UTF-8」になっています。普通はブラウザが自動判別してくれると思うけど。レイアウトが乱れるようなら、キャッシュをクリアすれば良さそうです。
 気まぐれで模様替えするからバタバタしちゃう。当分変えるのは中身だけにしましょう。

正法寺山門

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 武藤家の菩提寺・正法寺の山門が吹き替えられたという話を聞いていたので、休日の散歩の足を延ばして馬町まで。江戸時代に再建されたものとも聞きますが、それにしても立派な建造物です。

Tapestry

 ぼくの学生時代は「学生運動」の終末期。自己崩壊の過程を辿り、内ゲバがあちこちで頻発してました。大崎善生さんの「Tapestry」(「オール讀物」2006年5月号所載)はそんなぼくの青春時代と重なるもので、熱く燃えることや共通の理念にのめり込むことが苦手なぼく自身はそういう運動には一切関わらなかったものの、しかしそれはそれとしてやはり懐かしく、心に響く何かがあります。
 もっともレシピに新味はないようです。いかにも大崎善生流の手際と味付けで、少しばかり飽きがこないわけでもない。それでも相変わらず、ウマイこという、大崎さんです。──スウィッチをうまく見つけること。
 スウィッチとは、ほんの少しの勇気。小さな一歩。自分が動き出すための、自分が変わるための、きっかけ。教えることは難しい。導くことは出来ない。自分でうまく見つけないと。
 「Tapestry」の主人公・洋子にとってのスウィッチは、毎週彼女の看病のために札幌から駆けつけてくる母に、「ありがとう」を言うこと。

「あ、り、」と私は言った。
 精一杯の力と、体中にある母への感謝の気持ちをこめて。きっとそれが、スウィッチだ。
「あ、り、が、と、う」
 母の背中がビクッと震えた。
 頭を覆う白髪が細かく揺れている。
「お、か、あ、さ、ん」

 泣かせますね。

最上地方を走る

mogami

 急な仕事で、朝、鶴岡から舟形(最上地方)まで走りました。狩川から最上川沿いに車を走らせ、新庄市を通り、舟形町まで。川と田畑が入り組んで、美しい風景を作りだしています。
 庄内地方だったら遠くの山並みまで平坦に田圃が拡がるばかりなのに、最上地方の風景の造作はいかにも複雑。絵に描きたいような。でも何で描いたらいいだろう?
 冬なら間違いなく水墨画。でも春は、水彩ですかね。今からだったら油彩でもいいような気がします。コローのような絵が描けるかもしれません。……って、ムリか。
 ところで、MacBookが出ましたね! 欲しいです。今のiBookはもうハードディスクが満杯だし。財布はカラだけど。

日本代表メンバー発表

 サッカー・ドイツW杯の日本代表メンバーが決定しました。……が、どうもぼく自身、4年前のような関心も思い入れも持てずにいます。集団が嫌いでスポーツマンでもないぼくには、今が「常態」とも言えるのだけれど。
 理由のひとつには、今のチームの進歩がよく見えないということがある。トルシエ・ジャパンの時は、一歩一歩強くなっていくのが素人目にもわかったけれど、今のチームは強いんだか弱いんだかよく分からん。運良く勝てた、って試合が多いような気がしてね。もちろん、運も実力のうちですけど。
 それからもう一つ。これが大きいのだけれど、ジーコ監督に戦術が感じられなくって。
 今はまったく見ることのないプロ野球。かつて好きだったのは広岡監督、そして森監督時代の西武でしたね。変わってる? 要するにぼくは、監督で野球を見てたわけ。選手ではなく。個々の選手が主役のオールスター戦の(試合としての)「つまらなさ」は挙げるまでもありません。
 またぼくは(長嶋? 渡邊?)巨人が嫌いだけれど、それはオールスターのような戦い方しか出来なかったからで、有能な選手をお金で集めれば勝てる、ってほど、野球というチーム競技は単純じゃないでしょう。戦術・戦略・選手のモチベーションの高め方等々、ようするに管理能力が必要でしょう、と。
 面白いことに、遅れて世界に挑戦し始めた野球の場合は、WBCを機にチーム戦術・組織力が世界を制すると分かったようです。
 以前から世界と戦っていた日本のサッカーは逆にそこから離れてしまったような気がして、それを成長と見る人もいるだろうけど(サッカー好きに多いかも知らん)、ぼくは疑問なのですね。

昨日、今日

 昨日早朝。地域一斉の側溝掃除。それから出勤。19時半頃帰宅。
 今朝。地区公民館の勤労奉仕日で草むしり。解散後、狂犬病予防接種のためペット犬のハナを連れて市役所へ。やたらに騒ぐ他の犬たちを尻目にハナは粛々と一鳴きもせず接種を受ける。
 わずかに時間が残ったので、近くの喫茶店(というか、施設の喫茶コーナーなのだが)で安価にコーヒーを喫し、昼近く帰宅。
 義母に昼食を提供し(もっともすでに、手近にあったアップルパイを糖尿病にも関わらず部分摂取していたが)、自分は朝の残りを少量摂取。
 午後は娘の高校のPTA総会。運悪くクラスの役員になってしまい、サボれません。苦手なんだけどなぁ、人間たちの集まりは。
 年次総会のみの出席とし(スミマセン)、夕餉の食材を求めつつ帰宅。夕方まで休めるかと思ったが甘かった! 「介護」の現実に遭遇。先に帰っていた娘と役割分担(感謝)しつつ対処。
 ふぅ。少し横にならせてください。

1000のバイオリン

 ザ・ブルーハーツの「1000のバイオリン」と「1001のバイオリン」をダウンロード。同じ曲なんですけどね、編曲が違う。後者のオーケストラバージョン? はバイオリンが印象的。CMに使われてるらしいけど、センス良いね。
 ともあれ、傑作です。歌詞が凄いもの。若者が若者らしかった時代の曲です。
 
 夜の扉を開けて行こう
 支配者達はイビキをかいてる
 何度でも夏の匂いを嗅ごう
 危ない橋を渡って来たんだ
 
 でもたぶん、彼らのウタに共感できるのは、「昔」若者だった世代だけなんだろうな。

他所を知り自分を知る

 日ごろ何気なく口にされ、よく耳にする言葉、いわば常識として誰も疑わないようなことをあえて疑うことって、大切なような気がします。たとえば、「日本のことも知らないのに〜」と言うフレーズ。 

 「日本のことも知らないのに〜」というフレーズが口にされるとき、それは「日本のことを知る」ことを促す機能は決して果たしていないということです。まず間違いなく、「日本以外のことを知る」ことを〈禁ずる〉ため、「日本以外のことを知る」ことから逃げるために口にされるのです。(ABlog:http://www.tkyabe.com/blog/)

 
 「外国のことを理解するにはまず日本のことを知らなければならない」も同じことで、「『日本のことを知る』ことを促すよりは、「外国」に近づくことを禁ずる機能を果たしている場合が大部分」。
 そのテの発想って、自分を正当化するための手段、自己保身なんじゃないかな。実際のところは、上記Blogを主催するprofessorが言われるように、「日本をつかまえるためには他所のことを知らなければならない」んじゃないか。比較してはじめて、自分がわかるんですよね。
 もっとも、「他所を知る」ってことは存外胆力のいる作業のようで、多くの人は早晩疲れ果ててしまい、「日本を知る」発想に引きこもってしまうのかもしれません。

市立図書館へ

tanohana

 何年ぶりかで市の図書館に立ち寄りました。第一駐車場は満車状態で、日曜というのに(日曜だから?)館内はかなりの盛況です。
 昔の図書館は日曜はお休みで、子供議会か何かで市への要望ということで日曜開館を取り上げたことがありましたっけ。それがいつからか実現していたんですね。
 2階は郷土資料のスペースになっていて、フロアの一部を仕切ってちょっとした展示を行っていました。市中心部の昔の写真とか、江戸時代の歴史資料とか。ぼくが小さかった頃に繁盛していた「佐金デパート」やスーパー「ヤマリン」のチラシまで展示されていて、価値なんてあるのかどうかわからないけど、一番興味深かったし、懐かしかったですよ。

「四季」終刊丸山薫追悼号

 「四季 終刊 丸山薫追悼号」をネット古書店から手に入れました。2000円ということで、決して安くはないのですが、執筆陣は充実しています。
 あろうことか古書店に売られてしまったらしい丸山薫への贈呈本に、あるファンからサインをねだられた石垣りんさんの、可笑しくも哀しい、でも何となく納得してしまう「へんなオルゴール」という詩も掲載されていたりして。
 つまりは巻頭に置かれた丸山の講演録「郷愁」で語る、彼の詩の核心。「物理的叙情」ということ。

 私の詩は、はじめは物理的叙情から出発したのが、途中でだんだん湿りを帯びてきました。次元が低いところにいったわけですが、そういう詩がかえってよろこばれる場合があるのですね。しかしまたこの頃は、そういうところを切り捨てて、非常に乾いた詩になってきました。これを桑原武夫さんは物理的叙情という言葉で批評し、それは最初にあった彼の詩の原点とつながるものである、と言ってくれました。私は、たいへんうれしく思っています。(「四季 終刊 丸山薫追悼号」、17頁)


  湿り、ですかぁ。ぼくはたぶん、彼のそういう時期の作品にこそ共感を覚えているのかも。湿りって、地べたにある「暮らし」とか「人生」でしょう? 処分されちゃった石垣りんの詩の、底にあるもの。
 次元の問題ではないと思うのだけれど、丸山の美意識にとっては、そもそも異質だったかもしれません。

藤沢周平「幻の短編」

 「オール讀物」掲載の藤沢周平「幻の短編」4編を読む。連休の読書は結局これでした。
 4編のうち3編までがナマの庄内藩もの。残りの14編の舞台がどうなっているかはまだわかりませんが、興味深いことです。いくら大衆小説、作り話といっても、そこは生真面目な藤沢周平のこと、史実とのかねあいもあって勝手知ったる郷土に材を求めたものでしょうか。あるいは、また……。「発掘」された14編を読み通すことで、海坂以前の彼の心境がいくらか読み解けるかもしれません。
 さて、ぼくが特に面白いと思ったのは「無用の隠密」で、そのラストがねぇ。傑作『蝉しぐれ』をチラと、想起させるんですよ。もちろんまったく違う話、まったく違う立場の二人だけど、二人の心の通い合いがね。完成度の高い作品と感じました。

庄内の笹巻

sasamaki

 庄内の笹巻がおいしいんです。「灰汁(あく)」で煮込んだ黄色い笹巻に黒蜜をからめ、黄な粉をまぶして食べる庄内の笹巻がね。今風に言えば「極上のスイーツ」ですよ。
 さらにいまの時期、地物の孟宗も出回りこれもまた庄内名物「孟宗汁」の最盛期。酒粕仕立てでクセになる味。桜はもう終わりだけれども、味覚の方はまだまだ春爛漫だ!

ボーッとしてるとヤバいかも

 昔、教育原理の講義で聞いたような気がします。義務教育の「義務」というのは、親には子供に教育を受けさせる義務があるということだ、と。いまでも国や地域によってはそうなのでしょうが、子供を労働力として駆りだす親、それが当たり前の社会があり、そういう過酷な環境から子供を守るのが義務教育だというのですね。
 子供に対して絶対的な力を持つのは、親を始めとする大人社会。その権力者に対して、やるべきこと、やってはいけないことを定めたのが、教育に関するさまざまな法律なのかもしれません。
 ところで、憲法学者の田村理さんは「キムタクの『目』と憲法」(「朝日新聞」2006年5月3日付)のなかで、「憲法は公権力にしてもらっては困ることを定める法である」(「してもらっては困ること」に傍点)と書いていますが、これもまた同じことなのでしょう。権力者の横暴に釘を刺すものが憲法。だからこそ権力者は憲法が出来るだけ自分たちにとって緩いものであることが願わしいし、その方向に世論をリードしようと、内外に危機感をあぶり出しつつ画策もするのでしょう。
 でもぼくたちは過去の歴史を学んで知っているし、同時代に起きていることを知る手だてをもっています。衆愚政治に陥るいわれなどないはずなのだけれど。しかし。
 彼らのやることは巧妙だからな。田村さんのおっしゃるように、「ボーッとしてるとヤバい」のは確か。あの、権力の中枢にいた村岡兼造・元官房長官をさえ「いけにえ」に仕立て上げてしまう公権力の怖さに、鈍感でいるのは本当にヤバい。
 いま、憲法の改正論議が盛んに行われているけれど、それがいったい誰にとっての改正なのか、誰が得をする改正なのかをよ〜く見極めていないと、ほんとうにヤバいことになりそうです。

緑の教室

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 『緑の教室』という小さな詩集があります。「丸山薫少年少女詩集」という副題が付いていて、西川町教育委員会編。
 昨日父と訪れた丸山薫記念館の方のお話では、ここでは、小学校の生徒は皆この小冊子の中から詩を選び、めいめい校長先生の前で暗唱するのだそうです。それが岩根沢小学校だけの伝統なのか、西川町全体で行われているのかは聞き漏らしましたが、もし岩根沢だけの話だとすると、来年の統合による休校以降、失われてしまう伝統かもしれません。
 ささやかで静かな館内には丸山薫関連の書籍資料もあります。ぼくは「四季 終刊丸山薫追悼号」(昭和50年5月発行)のなかに茨木のり子さんによる追悼詩を見つけ、記憶にない作品だったので手帳に書きとめました。が、なにしろ悪筆。いま開いてみると、自分の字であるにも関わらず、判読できない箇所があったりなんかして……。求められるものなら、古書店のサイトから雑誌を検索し、購入したいものです。目次には石垣りんさんや山室静さんの名前もありましたし。
 ところでこの資料館。入館料は大人200円と信じられないくらい安いのに、スタッフの方は気さくにお話ししてくださり、お茶までサービスしてくださいます。その温かさに、地域に生き続ける詩人の心を感じました。
 国道112号線・月山道を走る機会があったら、ぜひ岩根沢に立ち寄ってみてください。

俺たち最高

 沢田研二の新曲「俺たち最高」。ガラにもなくダウンロードです。じつはぼく、あんがい彼が好きだったりして。
 iTMSが始まって期待してた一人が沢田研二でして。CDを買うほどじゃないけど、聴きたい。「君をのせて」とか、「時の過ぎゆくままに」とか、「コバルトの季節の中で」とか。
 正直な話、「俺たち最高」は「TOKIO」の二番煎じっぽいけどね。でもいいなぁ。なんか、元気があるし。
 おっと、それから、今日気付いたけど杏里の曲もごそっとアップされてますね。好きな曲が多いです。昔よくカラオケで歌ってました。

ダ・カーポ

 昨夜のダ・カーポ コンサートで、「野に咲く花のように」を歌ってきました。
 彼らのCDやレコードはけっこう持っていて、ぼくのiPodにも入っています。心地よく聴けるのが良いんですね。帰り際にはニューアルバムを買って握手までしてもらうというミーハーぶり。けっこう恥ずかしい。
 ヒット曲の「結婚するって本当ですか」や「宗谷岬」を生で聞けたのはうれしかったし、「さらば青春」のような懐かしいフォークソングを何曲か歌ってくれたのも良かった。
 ところで、榊原さんがトークの中で、鶴岡は「ゴミひとつ落ちてないきれいな街」と評してくれていて、それがとても印象に残りました。普段ぼくたちは、自分の住む町の良さなんてなかなか気付きません。しかし言われてみると、なるほどぼくたちの街は、ゴミが落ちていない。わが家の裏山の公園でさえも、あまり人気もないところなのにゴミひとつ、空き缶ひとつ、見かけることがありません。
 これって胸を張れることなのでは? ぼくの前の営業エリアだった仙台市なんて、公園は雑草が繁茂しコンビニの空弁当が散乱、住宅街の道路だってあちこち犬の糞だらけだったりしてましたよ。
 まあ、そんなちょっとした「気付き」もあって、とても楽しくこころ温まる時間を過ごしました。

桜花爛漫

sakura

 今日にも満開……でしょうか。桜花爛漫。わが家の裏庭・大山公園に春がきました。華やいでいますよ。
 お天気にも恵まれたので、朝は愛犬を連れて山に登りました。まだ花見遊山の人影もなく、のんびりとした散歩。ぼくはところどころで写真を撮り、ハナは所用をたします。UPしたのはその写真の一枚。
 ところで、偶然に知ったチェン・ミンの奏する「ジュピター」、en-Rayの「あの素晴らしい愛をもう一度」は良かった。サントリー烏龍茶ソングコレクションに収められていて、コマーシャルに使われたものなんでしょうか?
 あまりテレビを見ないので知らないんだけど、en-Rayって実力派ですね。声は濁りなく、伸びやかです。めっぽう気持ちいいです。

ようやく

 ようやく芥川也寸志さんのCDを手に入れました。NAXOSの「日本作曲家選輯」。
 以前(iTMSで)求めた諸井三郎さんも良かったけど、芥川さんの曲も聞き応え十分。「オーケストラのためのラプソディ」「エローラ交響曲」「交響三章」ですが、ライナーノーツを読んでも選りすぐりの3曲であることがわかります。
 芥川さんといえば、やはり生前黒柳徹子さんと一緒にテレビの音楽番組に出演なさっていた頃の印象が強いですね。ダンディという表現がピッタリで、ソフトな印象なんだけど、でも実際の彼はその音楽同様けっこう個性的な、押しの強い、時にワイルドでさえある、ピリカラ人間だったようです。う〜ん、いかにも芸術家。
 ついでに? 武満徹さんのCDも買い求めました。NAXOSは一枚1000円だから買いやすいんです。
 正直な話、ぼくはまだ武満さんを理解できていません。彼の音楽はなかなか流れないから。でも、何年か前に仕事で出会った人が、彼の曲はとても易しく、分かりやすいといっていたのです。ぼくの印象と180度違っていたので、ぼくはそれからずっと気になっていたんだけど。
 それが今回、NAXOS版を聴いて、「そして、それが風であることを知った」や「雨の樹」を聴いて、少なくともその響きの美しさだけは感じ取ることが出来たように思います。理屈抜きに「美しい音」です。スタート台には立てたかな?

王昭君

 ボッティチェルリを思い出しました。「春(プリマヴェーラ)」や「ヴィーナスの誕生」で有名なイタリア・初期ルネサンスの画家、ボッティチェルリです。
 今日、市内にある致道博物館に行って庄内地方の文化財の展示を見てきたのです。目当ては善宝寺所蔵の重要文化財「王昭君」(菱田春草作)。王昭君や、付き従う、あるいは見送る侍女たちの薄絹の表現がね、ボッティチェルリを思わせませんか? そしてまた彼女たちの横顔がいかにもルネサンスの絵画に似て、特に手前の列右から二番目の女性の横顔は印象的。
 それにしても、これだけの作品が展示されているのに、会場は閑散としています。ぼくたちは敷地内にある小さな食事処で昼食をとったのですが、そこで同席した、東京から観光にやって来たという初老のグループも、館内での展示には無関心のようすです。
 食事が終わる頃には、ガラス窓から駐車場を見やると山形ナンバーなども見受けられて、いくらか混み合ってきたかな? すこしホッとしたけれど、でもやっぱり、残念。

りゅうりえんれんの物語

 茨木のり子という詩人は、長編詩「りゅうりえんれんの物語」一篇だけでも、長く歴史に残る人ではないでしょうか。
 北朝鮮による日本人拉致事件は連日大きく取り上げられ、また終戦を知らず南洋の島々に30年近く潜んでいた旧日本兵(横井庄一さん、小野田寛夫さん)の話題も時には口の端に上るのに、「りゅうりえんれん」の悲劇が語られることは、ほとんどないようにも思えます。
 りゅうりえんれん。戦時下に旧日本軍によって中国山東省から強制連行され、北海道の炭坑労働に従事。のちに脱走して山中に13年間潜み生き延びた、中国の人。
 詩集『鎮魂歌』の、実に半分近くを占めるこの長編詩にかける茨木さんの強い思いを、ぼくたちはしっかりと受けとめなければならないのだけれど、思うだけのぼくなどとは違って実際に行動する人たち──「りゅうりえんれん」を詩劇などに仕立てて公演するグループが、あるようです。茨木さんの高い志はこうして受け継がれ、生き続けるのですね。心強いことです。

朔太郎の与謝蕪村

 たまたま聴いていたラジオで、ある先生が萩原朔太郎の『郷愁の詩人 与謝蕪村』を紹介されていました。〈この本から古文に入った〉とも話されていて、がぜん興味を持って、岩波文庫にはいっている同書をget。
 
 君あしたに去りぬ
 ゆうべの心千々に何ぞ遥かなる
 君を思うて岡の辺に行きつ遊ぶ
 岡の辺なんぞかく悲しき
 
 朔太郎が冒頭に指摘する通り、「この詩の作者の名をかくして、明治年代の若い新体詩人の作だと言っても、人は決して怪しまないだろう」。
 懐かしき? 岩波古語辞典なぞを開けばさらに興趣尽きず、たとえば「あした」とは、「夜を中心とした時間の区分のユウベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタの最後の部分の名」、昼の区分の最初「アサ」と同じ時間を指すが、「ただ『夜が明けて』という気持ちが常についている点でアサと相違する」。
 ……となると、「君あしたに去りぬ」もいちだんと情感が深くなりますよねぇ。ただ日付が変わるんじゃなく、「夜が明けて朝になると」、あなたは去ってしまうわけだから。濃密であり、浪漫的ですね。
 今さらお粗末ですが、良い本に出会ったと喜んでいます。

埴輪

 ラジオドラマ「埴輪」は、1958年、茨木さん32歳の年にTBSラジオ芸術祭参加ドラマとして放送された作品。名優の誉れ高い滝沢修さんや山本安英さんらが参加されたこの詩劇もまた、茨木さんの面目躍如といった感があります。
 たとえば、埴輪造りをさせられている奴隷の一人が語り部の翁に言うセリフ。

 語り部の長の口ウツしに、ありきたりのでっちあげの物語をしゃべるんじゃなくさ、おばばの眼が本当に見たもの、おばばの耳が本当に聴いたものを語れよ。


 して怖いのはそのあと。唆された? おばばが、「下積みの者たちのざれ歌」「いま生まれたばかりの話」を口にしたとたん、それを耳にした倭の役人・野見宿禰に消されてしまう。

 はみ出すことは許さぬ。もはや倭は……

 
 加えて紹介するなら、やはりラストでしょうか。 

 自由、自由という日本語、なんてゴロが悪いんだ、なんて坐りごこちが悪いんだ。/「自由」には僕たちの血がまだ流れていない。/「自由」には僕たちの肉がまだくっついていない。

 
 「埴輪」が書かれてから半世紀が過ぎたのに、まだ「自由」には、ぼくたちの血が流れていない。まだ「自由」には、ぼくたちの肉が、くっついていない。ぼくたちが許し、許されているのは、いわば他律的な自由にすぎない。

60刷

 4月から高校生になる娘のために、今年も『詩のこころを読む』を購入しました。何冊目になるかな。
 奥付を見ると60刷。Amazonのデータでは岩波ジュニア新書中第1位の売上を誇っています。すごいなぁ。それに、うれしいなぁ。『詩のこころを読む』が読みつがれるかぎり、日本にはまだ未来が残されているような気がする。って、大袈裟?
 でもホント、力づけられるし、うれしいんです。ネット上に茨木さんに関する話題が溢れていることも。
くろねこ@国語塾のblogも良かったね。

茨木さんの散文

 ぼくの一番好きな、詩人・茨木のり子さんのお仕事(作品)が、じつは『詩のこころを読む』(岩波書店)だったりします。ご自身の詩は一編も収められていないけれど、さまざまな詩人の作品を紡ぎ、紛う方ない茨木さんの詩の世界を織り上げる、その手際の鮮やかさ。
 この本は全体が人生を謳い上げる詩になっています。だから、ぼくは今までにも何冊か、卒業あるいは進学・就職のお祝いとして、子供たち、甥っ子たちにプレゼントしてきました。視界がはるばると拓けていく本ですから。
 面妖な大人社会の入口に立つ青少年にとって、またそのころの「感受性」を失うまいと願う大人たちにとって、『詩のこころを読む』は生涯の羅針盤、あるいは清水を組み上げる井戸となるに違いありません。
 茨木さんの散文は素晴らしい。毎日『茨木のり子集/言の葉』(筑摩書房)を読み返していて、つくづくそう思います。
 深澤忠孝さんも「現代詩手帖」(思潮社)の「茨木のり子追悼特集」で触れておられますが、「はたちが敗戦」の中の、「二十五年間を共にして、彼が癌で先年逝ったとき、戦後を共有した一番親しい同志を失った感が痛切にきて虎のように泣いた」という一節。「虎のように」とは、なんと激しい、傷みに満ちた表現であることか。後を追いたいと綴り、生きていたくないと話していた彼女の生身の悲しみが、簡潔であるがゆえの痛切さで迫ってきます。詩人ならではのエッセイ。
 ところで、深澤さんは〈茨木さんも鶴岡にある夫のお墓に入られるはず〉と書いておられました。たとえお骨になったとしても、彼女が近くにいてくれるのは、ぼくにはとてもうれしいこと。倚りかかるつもりはないけれど、見守ってくれるということは。
 それにしても茨木さん。「寂寥だけが道づれ」の日々がようやく終わりましたね。あなたのたたかい、あなたの浴びた返り血が無駄にならないよう、ぼくは生きるつもりですよ。

吹浦の春


fukura2

fukura3

旅立ちの日に

 昔からの「トワ・エ・モワ」ファンとしては、彼らのニューリリースが話題になるのはとてもうれしい。たとえカバー曲であっても。そう、「旅立ちの日に」の事ですが。
 これはトワ・エ・モワ、特に白鳥さんにぴったりの曲ですね。清涼で滑らかな歌唱がとても美しい。詳細を知ろうと思い検索すると、
tamyレポートでは、 

 14年前、埼玉県の秩父市立影森中学校で、退職を間近に控えた校長が「卒業生を送る会で歌えるものを」と、一晩で詩を書き、翌朝には音楽の先生の机の上に。授業のなかった一時間目のわずかな時間で曲がつくられたそうだ。教職員はひそかに練習して、1991年3月の「卒業生を送る会」で教職員の「出し物」として初めて披露。反響は広がり、翌年にはCDが発売され、全国に。秩父市は昨年、秩父から全国に大きな感動を発信した功績をたたえて、二人に「ふるさと文化賞」を贈っている。

 
と、紹介されています。ぼくはこういう話しに弱くって。ますますこの曲が好きになりました。先日の娘の卒業式でも歌われ、涙を誘いましたね。

雛菓子


ひな菓子

 田舎暮らしの特権はなんといっても、四季を全身で感じながら生活できる、という点にあるでしょう。ここ鶴岡の早春の味覚は──いえいえ、舌だけではなく目にも強く訴えるかわいらしいお菓子なのですが──雛菓子です。市内の老舗のお菓子屋さんが腕を競って店頭に揃え、スーパーにもその廉価版が並ぶという季節のお菓子。今年は木村屋さんから、小さなものですけど、求めました。

伊丹十三のエッセーが面白い

 伊丹十三のエッセーが面白い! という話は以前から耳にしていたが、まさかこれほどとは、ネ。『ヨーロッパ退屈日記』(新潮文庫)。どこで見たものか、誰から勧められたものかは忘れてしまったけど(まあ、いずれかのサイトには違いないのだが)、複数の書店の書棚には見つからず結局ネット書店から入手(ほら、ネット書店はやっぱり便利。八文字屋の社長から子供呼ばわりされようと、ぼくはネットで買うね)、つれづれに読み終えましたよ。今さら、でしたね。
 彼の文章は、たとえばこんなふう。

 パリへ来るたびに、わたくしは、ドライヴ用の手袋を買うことになっている。シャンゼリゼの、リドのアーケードの裏門に近い男物の店に、絶妙の手袋があるのだなあ。これは、少なくとも六双は買いたい。 その向かいが、「エディ」。スウェイドのコートや、アルパカのコートなんかを勧めたいね。まず、わたくしの買い物はそんなところだ。(212頁)


  「ドライヴ」や「スウェイド」という表記に注意。そう、彼はこだわりの人なのだ。あるいは原則の人、なのだ。じっさい「原則の人」と題する一節があるが、「世の中には、生活のあらゆる細目に亘って独自の見識を確立し厳密なプリンシパルを設け、それに従って行動しなければ気がすまない」人がいるって、彼のことではないのかね。
 いわく、「新聞は死亡広告から読むのが正しい読み方だ」「仏文学者、辰野隆先生の名前はユタカが正しい」「アルファベットのNやMは左右の縦棒を先に書くのが正しい筆順だよ」。
 蘊蓄満載。貴族趣味。それでもちっともイヤ味を感じさせないのは、解説にもある通り、「芸」ですな。つくづくと、惜しい方をなくしたものです。彼が逝って、もう8年以上が過ぎましたか……。

訃報を聞く

 そう遠くない日に訃報を聞く事になるだろうと、覚悟はしていたのです。朝、新聞を開くと、かすかに不吉な予感を抱きながら社会面に目をやる朝が続いてもいたのです。
 しかし不覚でした。それは突然やってきました。まだエアポケットから完全には抜け出せずにいたぼくの前に、茨木のり子さん逝去の記事が。
 角田光代さんは、「歳月を経る」とは出会うこと、と教えてくれました。然り──されどまた、歳月を経るとは、失うことでもあったのです。
 当然のことなのでした。人生の半ばを過ぎた今、失うことの多い、失う人の多い朝は、止むことがないのです。
 
 昨夜から『茨木のり子集 言の葉』(筑摩書房)を読み返しています。失ってしまった茨木さんと出会うために。そうして、失った歳月を少しでも、出会う歳月とするために。

貝殻の詩(パッチワーク)


貝殻の詩

サンタンカ

サンタンカ(山丹花)とは、アカネ科の植物で熱帯アジア原産。橙赤色で十字型の小さな花をボール状にたくさんつけ、多くの園芸品種がある。

 亡くなる2〜3日前、サンタンカを調べて欲しいと頼まれたぼくはその夜にネットで検索し、いくつかのホームページをプリントアウトしました。翌日病院に持っていくと、母は食い入るようにしてそれを読むのです。草花、とくに山野草にはとても詳しい母でしたが、サンタンカは知らなかったようで、「もっと知りたいことがある」と呟いたものでした。
 残された日々があといくらも無いことは誰よりも分かっていた母であり、だからこそ、葬儀には大好きな「小さな木の実」(大庭照子)を流すことや、弔辞を誰に頼むかといったことまで自分で決め、ノートに書き残していた母でしたが、最後まで生き方を変えない母でもありました。
 命尽きるまで生きること──これが、母が私たちに身をもって教えてくれた、人としての姿勢であったように思います。私もまた、かくありたいと願うのです。

どうかしてます

 日比野克彦さんだったかなぁNHKのとある番組で、ネットトレーディングにハマってる青年に人生の目標を問い、ぼくたちは自分の目標を一生懸命に追い求めている、成功はその先にしかないよ、と熱く諭したのは。まさしく正論。よくぞ言いにけり。
 しかしくだんの青年は、わかっているのかいないのか終始爽やかな微笑みで、軽やかに画面から姿を消したのでありました。うーん、コミュニケーション不全。
 堀江某の「お金がすべて」発言は非難にさらされることが多いけれど、それにしては最近、あちらこちらで株の話が聞かれます。煽るのが得意なテレビはもちろん新聞にまでそのテの記事が登場して、まともな評論家・専門家と思っていた人たちが自己防衛の勧めかなんか知らんけど、トレーディングを勧めてくる。またそんなのを見聞きしてるから会社では、生活費にキュウキュウするレベルの人間までもが株の話で盛り上がっている。どうかしてます。この社会。
 お金はやっぱり額に汗して稼ぐもの。時間と日数をかけて稼ぐものではありませんか? そんなふうにして社会に働きかけて、還元されてくるものではありませんか? 自宅のパソコンだけを相手に数分・数秒のタイミングで大金を得たり吐き出したりするなんて、どう考えてもまともじゃないなぁ。またそんなふうにして稼いだお金が、日本国内や世界の中で、生きた使われ方をすることなんてあり得ないような気がする。

伝統は未来である

 西江雅之先生のご著書は、専門書を除けばかなり読んでいます。本よりもお話の方が断然面白いんですけどね。
 最近読んだのが『「食」の課外授業』(平凡社新書)。学生時代に散々、先生の冒険譚は伺ってきました。もちろんいろんなものを食べた話も。記憶では、先生は原形をとどめたものなら何でも(ネズミでもゴキブリでも)食せるそうで、逆に味噌汁のようなグチャグチャしたのは苦手なんだとか。
 ところで、ぼくが特に興味と共感を抱いたのは第七話の「『食べ物』の『伝統』を考える」でした。その要点は、

 1、「伝統」とは、基本的には「未来」である
 2、現代の「伝統」は、人々によって意図的に創られるものである
 3、「伝統」は、それを構成するいくつかの「要素の束」から出来ている
 
 「伝統」が意図的に創られる、というのは、「伝統」なるものの起源を辿れば誰にでも首肯できるものです。たとえばスコットランドのタータンチェックがケルト由来なんて眉唾だし(高橋哲夫『スコットランド 歴史を歩く』)、日本の神前結婚式だってキリスト教のそれに対抗すべくねつ造された「伝統」のようです。『「食」の課外授業』では江戸前寿司が例として上げられていましたが。
 このように「伝統」というものが、ある意図をもってでっち上げられるとすれば、それは当然未来を向いている。〈「今から」何かを行う、ということに関わることだから、「伝統」は「未来」〉なのです。
 ……というわけで、「伝統」にはくれぐれも注意しなければなりません。「伝統」を喧伝する人々の頭の中にある、「ある意図」に。(060115)

ピアノ発表会

 昨日は娘の通っているピアノ教室の発表会があり、市の中央公民館へ。送り迎えやら花束の調達やら、加えて実家の両親の誕生日会もあって、忙しい日曜日でした。連休で良かった。
 さてその発表会ですが、今年は例年に比べてミスタッチをする子が(我が子を含めて)多いような気がしました。練習不足といってしまえばそれで終わりですが、今の子供たちも忙しいですからね。
 プロのピアニストでもある先生の演奏はさすがなもので、同じピアノを弾いているはずなのに全然違う音に聴こえてきます。テクニックとかスコアの解釈とかいうこととは別に、演奏には何か秘密があるのでしょうか。
 記念にビデオ撮りを、と思って昨秋買ったばかりのビデオを持参したにも関わらず、撮影には失敗。なんのことはない、ぼくが操作方法をすっかり忘れていたのです。数カ月前に撮影したばかりなのに! ケータイの使い方がよく分からなかったり、AV機器の操作方法に悩んだりすると、自分でもオジサンだなぁと思いますよ。パソコンだけはまだ自信があるけれど。

初詣の真似事

 元旦は初詣の真似事。わずかに一人分踏みしめられた雪の中の道を辿って裏山に登り、田舎町にしては見事と一人感じ入っている彫り物のある神社に詣で(というか、通過して)、愛犬とともに新春の日差しを受け、怜悧な空気を胸いっぱいに吸い込む。いいなぁ、お正月は。三日間も休みだし……と、書いている今日は、はや3日。はかないお正月でしたね。

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さて、今年の目標は

 雪深いお正月になりました。昨年末は荒天も続いて、地吹雪の舞う、庄内らしいといえば庄内らしい冬になっています。元旦は青空が覗きましたが。
 さて、今年の目標。まずは去年やろうとしてできなかった、拙著『ひとりの夜の愉しみは』の改定ですね。T-Timeの新バージョンではレイアウトが乱れるようなので、早く手を入れなくては。
 それからマイ・ホームページのデザイン。Topページは変えてるけど、手付かずのページがたくさんあります。最近は「RapidWeaver」というアプリケーションでインスタントに作っているのですが、まだ使いこなせていないこともあって、ツギハギ状態です。何とかしたいものです(オリジナルデザインのページが無くなってしまうのは寂しいけど)。
 そして最後に。──たぶん無理だと思う。思うけど、一本くらいはまともな質量の文章を書きたい。きちんと調べて、悩んで、苦しんで、多少なりとも存在意義のあるモノを生み出しておきたい。安直な日記文だけではなくってね。

謹賀新年

eto2006


本年もよろしくお願い申し上げます。

1973年5月26日のCD

 1973年5月26日の東京文化会館に、ぼくもいました。初来日した旧ソ連の指揮者、エフゲニー・ムラヴィンスキーのショスタコーヴィッチを聴くために。当夜の演奏が、なんとCDになっていたのですね。それだけでなく8枚組のボックスセットまで発売され、それはリハーサルの模様までもが含まれた、初来日時の演奏の完全復刻版なのだとか。
 お金に余裕があれば買いたいものですが、それは到底無理なので、ぼくはショスタコーヴィッチの5番のみを購入。そうそう、この音、この演奏ですよ。出だしから背筋がぞくぞくするような。一糸乱れぬのはレニングラード・フィルのみではない。聴衆もまた。
 ああ、あの日のぼくが、ここにいる! 演奏終了直後から放たれたブラボーと嵐のような拍手。あの、何千分の一かが、若き日のぼくです。それを思い、それを感じると、50男の胸に熱いものがこみ上げてきます。年の暮れに、いい音を聴かせていただきました。

Presentsを受け取る

 25日に近くで起きた列車事故(特急いなほ14号の脱線)には驚きました。天災人災ともに少ない土地がらと思い込んでいただけに、なおさら。「いなほ」は時にぼくや家族も乗ることがある列車です。事故とか死を、身近に感じてしまいました。人間はしょせん皆死刑囚とは承知していても、その突然の、そして非情・無残な執行には、暗澹とせざるを得ません。人の世とは、このようなものなのでしょうか。
 さて。
 最近の愉しみは、夜、ベッドの中で本を読みながら少しの時間を過ごすこと。枕元にあるのは角田光代さんの『Presents』。深夜にふさわしい作品です。
 『エコノミカル・パレス』からいきなり『Presents』では拍子抜けしたかもしれない。最初から『Presents』では底を感じることができず、物足りないと思ったかもしれない。またはじめに手にした作品が『エコノミカル・パレス』だったら、おそらく読み切ることすらできなかったろう。ぼくは人生の後半を、角田さんとは無縁に過ごすことになったかもしれない。
 はじめて触れた角田さんの著書が『対岸の彼女』でよかった。この幸運のおかげで、ぼくは、『Presents』を受け取ることができる。

「常識」10刷

 『いまどきの「常識」』(香山リカ)、好評既刊たちまち10刷──と、今朝の新聞広告にありました。岩波新書の9月新刊です。ふむ。10刷がどれほどのものかは分からないけど、まっとうな「常識」が流行らなくなってしまい、勇ましく過激な「常識」がそれに替わって抵抗もなく受け入れられる時代の中での10刷。小さく手をたたいても良いよね?

乗り越えられない、乗り越えてはいけない過去というのもあるのだ。


という、文字通りの「常識」に、ぼくたちはいつ気付くことができるんだろう。

NAXOS

 先日、ついでがあって新しくできた郊外型書店に立ち寄ったんです。角田さんの新著『Presents』を買い、店内をふらつくとNAXOSというレーベルのCDが一画を占めています。見ると名前も知らない、あるいは名前しか知らない作曲家の作品がたくさん。また在庫はなかったものの、リストには日本人の作曲家たちの名前もあって、それで思い当たりました。以前、何かの理由で芥川也寸志さんのCDを検索して、「日本作曲家選輯」というCDのシリーズに入っているのを見つけたことがあったのを。そのシリーズを出しているのがNAXOSだったんですね。
 結局その日はカタログをもらってきただけで何も買わなかったのですが、昨日、自宅でiTMSにアクセスして諸井三郎さんの作品集をダウンロードしました。「日本のブルックナー」と形容する人もいるようで、そそられたんですよ。なるほど交響曲第3番などはブルックナーを思わせる雰囲気があり、またショスタコーヴィッチ風なところ、シベリウスの響きもあるような。
 美術作品なら日本の近・現代のものでも美術館で気軽に鑑賞できるのに、音楽作品となるとめったに接する機会がありません。その意味ではNAXOSの仕事は貴重ですね。値段も廉価で、気軽に……とはいわないまでも、なんとかコレクションすることができそうです。

スローバラードがたまらない

 忌野清志郎さんの「スローバラード」を聴かなきゃと、思ってたんです。『これからはあるくのだ』(角田光代)を読んでからずっと。で、iTMSで忌野清志郎を検索したのだが、そんな曲はリストアップされていない。??? で、曲名で検索すると、あるじゃないですか、RCサクセションで。──あ、そっか。彼はあのグループのメンバーだったんだ。バカなワタシ。
 試聴一番、あ!あの曲か! 記憶の底から起き上がってきました。確かに良い曲。そして購入の上あらためて聞き直すと、「泣きそうに」まではならないにしても、清志郎さんの声はもちろん編曲も痛切きわまりなくて、誰にとっても人生のある時期の記念碑のような歌だな、あるいは墓標かもしれない……と思うのでした。
 昨日などは朝から晩まで、車での移動の途中、ベッドにはいってからも繰り返し聴いてましたよ。今日も1日聴き続けるな、きっと。

カルミナ・ブラーナ

 びっくり仰天の「第10回鶴岡江戸川友好交流演奏会」(12月4日、於鶴岡市文化会館)。プロは指揮者(船橋洋介さん)とソリスト三人だけなのに、ショスタコーヴィッチ「祝典序曲 Op.96」とオルフの大作「カルミナ・ブラーナ」を迫力満点、あんなに見事に演奏しきるなんて。脱帽です。
 「祝典序曲」はひたすら疾走。うまいワ、東京音大のオーケストラ。ショスタコにすれば体制迎合、妥協の産物かもしれないけど、ぼくなどには正直、それらの方がはるかに聴きやすく面白い。最後は前方のステージと背後からの挟み撃ちで金管が鳴り響き、もみくちゃにされてネ。興奮の一曲。
 「カルミナ・ブラーナ」のスケールもまた凄い。比類なきエンターテイメント曲。打楽器はガンガン鳴るし、音を出しきるということが、どれほど心身を打ち震わすかを、思い知らされました。また異教的・東洋的な響きも聴こえてワールドワイド、何でもアリというか、飽きるヒマのない超大作でしたよ。あまりの感動に自宅に戻ってからiTMSにアクセスしたりして。
 とにもかくにも久々、ナマの音楽鑑賞。関係者の皆様に感謝。とりわけ船橋さんに感謝。全身全霊をこめた躍動する指揮ぶりがまことに感動的でした。オフィシャルサイトを覗くと、休む暇など無い忙しさのようですね。また来年を楽しみにしています

文化っていったい……

文化っていったいなんなんでしょう?



と、荻窪圭さんがご自身のサイトで嘆いていらっしゃいました。

ああ、東京に比べて大阪は古い建物や街並みが残ってて、それが関西の新旧ないまぜになったよさだと思っていたのになあ。これで東京に乱立してる「最新型オフィスビル」みたいなのができたら目も当てられませんわ。ロンドンのリバティ、ニューヨークのメイシーズ。どっちも創業時そのままのビルでちゃんと百貨店が営まれていて、その風情がとてもよかったのだが、日本ではますますのぞむべくもなし。



 古いものをあっさりと捨て去る現実があるなら(事実そうなのだが)、それこそがおそらく、日本の文化なのでしょう。その証拠は今だけでなく、過去にもいっぱい見いだせるじゃありませんか。二十年ごとに遷宮する伊勢神宮然り、文明開化の断髪然り、排仏毀釈然り、敗戦直後の美術品海外流出然り。歴史に詳しければ、過去に遡ってそれこそ盛りだくさんの例証を開陳できるはず。新しモン好きが日本人、日本の文化なんでしょう。
 しかし一方、根無し草では寂しいから、対外的にみっともないから、自分たちの寄って立つ堅固な精神的支柱、倫理規範を探し求める心もある。新渡戸稲造はそれを武士道に求めたようですが、人口比で言えば6〜7パーセントほどにしかならないという武士階級の規範? を日本人全体の規範にしてしまったのはいかにもヘン。いまだに尾を引く、成り上がり文明国家の焦りが見て取れる気がします。

アートフォーラム

 鶴岡市に今秋、待望久しかった美術展示会場としてオープンしたアートフォーラムを初めて訪れたのですが、ちと寒々していましたね。近未来的で悪くはないんだけど、そっけない。
 金属的。最近造られている公立の小中学校が木をふんだんに使って温かくて柔らかい印象を持つのと対照的。街造りの大きなビジョンの中でどういう位置づけをされ、設計の方向性が決まったものなのか、疑問無しとしません。
 比較するのもナンだけど、酒田市美術館の場合は絶好のロケーションの中で建物も周囲とよく調和して、そこに身を置くだけで、心の「凝り」がほぐされる感じがします。レストランの窓際の席で珈琲を飲みながらボーッとするだけでも価値があるのです。そういう働きが、アートフォーラムには無い。
 ところで、昨日見た「田川児童生徒図画作品展」。小さな子供たちの作品はいつ見ても自由奔放で楽しい! このまま大人になれたらと思うのだけど、もちろんそうはいかず、高学年になるとよくも悪くも上手になってきます。
 ひとつ気付いたことがあって、これは娘の作品も含めてのことですが、特に中学生の場合、アニメの影響が出てきているような気がするのです。ほら、宮崎アニメの背景って絵画的でしょう? とてもリアルだし。ああいう雰囲気を持った絵がちらほら見られて、とてもいいんだけどあと一歩足を踏み出す(踏み外す)と別のジャンルの作品になる──と感じられる作品が出てきている。そんな気がする。

優しい強さ

 「ハウルの動く城」をようやく見終えました。傑作だワ、これ。参りました。
 難しいんですけどね。分かろうとすると難しい。ただ純粋に感じればいいんだろうけどな。だから、たぶん、子供の方が楽しめるし、このアニメの心にすんなり入っていけるんだろうと思う。
 宮崎アニメにしては(宮崎アニメだから!)公開時からさまざまな議論をよんで、批判的な声も多かったこの作品。ストーリーは複雑で不自然。結末は短兵急。キャスティングも疑問。誰もが称賛したのは音楽だけという感じだったと思いますが、いや、なに、それは感じる心が枯れていただけだよ。
 荒地の魔女をさえ慈しむソフィーの優しさ。優しさの強さ。魔法を解き、こころを静め、争いを平らかにしたのは、ソフィーの優しい強さでしたね。もっともっとそのことを、みんなに感じて欲しいと、強く思いましたよ。

ハウルの動く城

 予約していた「ハウルの動く城」が届きました。
 最近の宮崎アニメで気になっていた「岸田劉生化」がどうなっているか。舞台やテーマが「もののけ」以前のようなので、これは期待が持てるかも……。で、結果は?
 じつは、ワタクシ、まとまった時間がとれなくて、出だしのあたりを2〜3度見ただけなんですよ。だから感想は控えたいんだけど、色はちょっとねぇ、「デロリ」かも。
 もっとも、「アエラ」'05.11.21号、「スティーブ・ジョブズになりたい」という記事に挟まれた写真(アップルストア銀座店オープン初日のようす)を見て、ハッとしました。まさしくハウルの色! ニギニギしく原色をちりばめた、歌舞伎の国、歌舞伎の民。
 宮崎アニメは舞台はどこであれ、私たちの文化に根ざし、その感覚を伝えているのかもしれませんね。

授業参観

 週に一日しかない休日に予定が入っていると、朝から何となく気ぜわしいものです。昨日は娘の授業参観に行ってきました。
 授業は音楽。前回仕事で聴けなかった、クラス対抗の合唱祭で最優秀賞を獲得した合唱を、間近で聴けたのは収穫でした。子供たちは授業が始まる前から自主的に発声練習を始めていて、自信もつきチームワークも得たからなのか、皆ハツラツと元気そうでしたね。授業そのものもテンポよく、楽しい時間を過ごせました。
 その後は著名な方らしいUさんの講演会。吉本風の語り口でいかにも講演なれした感じながら、押しが強く自分のテンポだけでポンポン話してくるので、どうも親しみが持てません。お話の内容も、どこかで聞いたり読んだりしたようなことが大半でした。
 気になったのは、彼もまた子供たちに向かって「勝ち組になれ。頑張ればなんでもできる」と言っているように聞えたところ。今風の物言いですが、子供たちの抱える心の問題への処方箋にはならないでしょう。かえって害悪かもしれません。

「蝉しぐれ」と藤沢周平の世界

 文春ムック『「蝉しぐれ」と藤沢周平の世界』を買い求めました。彼のファンなら持っていても損はない、内容豊かな一冊です。
 なかで阿部達二さんは、「勁さと安らぎと」と題して、海坂ものの全体像を作品に則して論じておられます。阿部さんの分類によれば、海坂ものの長編は9編、短編は22編。そして、「故郷への熱い思い、早く務めを果たしてあの故郷へ帰りたいという恋にも似た思慕の念、その故地こそ海坂に他ならない」という、ほとんど結論とも言える一文が中ほどに挟まれている。
 この視点はぼくも小論「周平の故郷、海坂」の中で共有していて、意を強くしたのですが、ぼくの場合は、周平が隠しきれず蔵していたのは「思慕」に加えて「怨嗟」であって、そのバランス、その昇華具合が作品に反映している、と考えたのです。
 また井上ひさしさんの「藤沢さんの日の光」は、いつもながらに美しい文章でした。ぼくも〈はかない世の中〉というキーワードをてがかりにして、いま一度『蝉しぐれ』を読み直してみましょうか。

塩田美奈子さんに驚いた

 塩田美奈子さんの「紅屋の娘」に参りました。これって、スゴくない? 「昭和四年に佐藤千夜子のレコードが発売」されたという古めかしい曲が、こんなに楽しく、新鮮に聞こえるなんて。
 ネットで調べると、彼女、オペラ歌手ですって!? 普通、クラシック系の歌手の歌い方って、声をやたらに響かせて、何言ってんだかわからなかったりするでしょ。でも塩田さんは違うんだなぁ。余裕たっぷり、自在に遊んでますよ。
 ツヤのある声。そして美人。もっと聴きたいし、ステージも見てみたいなぁ。
 え……と、「紅屋の娘」が収められているのは、「日本のうたこころの歌 第48集」。ほかにも「初恋」「霧と話した」など、すてきな曲を聴くことができます。おススメです。

エコノミカル・パレス

 怖いもの見たさで? 角田光代さんの本を二冊続けて読みました。先週末は電車や飛行機での移動が多かったこともあります。
 ほとんど救いも光も見えない結末が『対岸の彼女』以前を実感させる『エコノミカル・パレス』は、事実2002年の作品。どこまで落ちるのかという恐怖が、読んでいるぼく自身にも迫ってくる。
 「私」のよるべなさ、「私」の不安、「私」の不満、「私」の焦りは決して他人事ではありません。
 さして長くはない小説のラスト。隣の公園に住む(ホームレスの)はしもっちゃんを銀行のATMで見かけた「私」は彼を追う。駅まで追う。改札口まで追う。何のために? 何を求めて? しかし無人改札は、非情に「私」を閉ざすのです。

 おそらくはこの索漠の先に、「なぜ私たちは年齢を重ねるのか」という小夜子の問いはあるのだ。「私」の出会いを祈ろう。

加賀百万石

 先週末、私用および公用で金沢・富山・大阪を回りました。金沢にははじめていったのですが……。美しい町でしたね。歴史が上手に活かされ、守られている。

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 武家屋敷跡に足を運ぶと、タイムマシンで江戸時代にタイムスリップしたような、不思議な感覚にとらわれます。

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 狭い区域を用水路が走り、下を覗くと排水口まで歴史モノ。な、中に潜り込んでみたくなるゥ。

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 清潔な公衆トイレも完備。周囲に溶け込んだ作りがさすがですね。なにせ庭付きのトイレですよ。

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 大通りはさすがにすっかり現代だけど、町の案内板が並じゃないんです。3D、いや立派な彫刻作品です。加賀百万石の底力というか、なんというか。脱帽しました。