10 月 2006

立山は雄大

tateyama

 立山はやはり雄大でした。
 先週末、長男の学校の集まりもあって富山に行き、せっかくなので夜は立山に泊まることにしました。公共の宿への宿泊でしたが、食事は十分に美味しく、白エビの唐揚げを含め、富山の味を堪能。
 さて翌日はお昼までしか時間がない。書斎派? いや、モノグサなぼくはどちらかといえば立山博物館で山岳仏教に触れたかったのだけれど、同行の父たちの希望に従い室堂まで登ることに。しかしこれが正解でしたね。
 さすがに紅葉は過ぎ、それどころか雪まで抱えた山肌が間近に迫る室堂付近は爽快の一言です。好天に恵まれました。観光客は多いけど、なにしろ広いのであまり気になりません。気温0度。キリリと引き締まった山岳の冷気が心地よい。生き返りましたよ。次回はアルペンルートを通り抜けたいものです。

音遊人

 ヤマハから送られてくる雑誌「音遊人(みゅーじん)」がなかなか面白いのです。音楽好きのための雑誌ということで、一定のトーンが流れていて、取り上げるテーマの善し悪しだけでなく、寄稿する人、インタビューに答える人たちのレベルも揃っている。
 12月号の特集は「読書の秋はパリの音を読む」。読書もパリも好きなぼくにはピッタリ。といって、ぼくはパリに行ったことがあるわけでもなければ読書だって質量ともに貧困です。ただ好きなだけなんだ。
 それにしても。
 パリの書店めぐり──良いですねぇ。このゆったりとした、まるで図書館のような空間は何なんだろう。お洒落だしね。さすがパリ! もしぼくにゆとりのある老後が残されているのなら、ぜひ一度は行ってみたい都市だな、やっぱり。
 「Book Guide/パリに行く前に読みたい10冊」では、『森有正エッセー集成〈3〉』が取り上げられていました。紹介文は凡庸ながら、取り上げてくれただけでも嬉しくて、ますます「音遊人」が気に入ってしまった。

秋を満喫

shimoike1shimoike2
shimoike3shimoike4

 週末の日曜日は久々に気持ちの良い散歩になりました。昨年来でしょうか、下池を一周して、里の秋を堪能。
 下池ではたくさんの水鳥たちが羽を休めています。多くの白鳥たちはすでに「出勤」済みで平野に散り、落ち穂拾いに専念しているというのに、まだ湖畔をうろうろしているナマケモノ(?)が若干羽。ただ、湖畔一面我が物顔で泳ぎ廻っているのは真鴨で、コハクチョウは遠慮深いのか用心深いのか、池の一番奥の片隅に固まっているのが面白い。
 あんなに天気がよかったのに、遊歩道で出会う人はやや少なめに思えます。もっとも、ぼくたちも少ないのです。二人だけでしたから。
 父と母、そして帰省していた妹、ぼくたち夫婦にペットのハナを加えてこの道を散策したのは一昨年だったか、さらにその前だったか。父は今長い距離は歩けず、母はもうこの世の人ではありません。
 湖畔巡りの最後は、わが家の裏庭すなわち大山公園(太平山)で、誰かに連れられてきたペット? まさか野生ではあるまい白くかわいいウサギが近づいても逃げもせずお尻をついているのを眺めながら、初詣にも訪れた神社を拝みつつ山を下る。わずか一時間あまりでこれだけ自然を堪能できるのだから、大山に住む人たちはまっこと幸せ者ですな。
 幸せついでに件の福田屋さんに立ちより、今年最後のとち餅を買いました。福田屋さんのとち餅は季節限定&曜日限定です。10月いっぱいだそうですが、今度の日曜は外出予定なので、わが家は今日が最後。まだお昼だというのに、わずか4個しか残っていなかったのが残念。ま、幸せはみんなで分けあって、ということで、我慢しましょう。

ポータブルHDを購入

hana

 とても安かったので意を決して購入しました。LogitecのポータブルHD。じつは今まで日々のバックアップに困っていたのです。IEEEで使えるのが良い。
 またぼくのパソコンは内蔵ハードディスクが小さいので、ビデオを編集しようとするとどうしても外付けが必要になります。しかもそれはIEEE1394のインターフェースを持っていないと話にならない。
 40GのHDだからガンガン使えるわけではないけれど、とりあえずは写真や音楽を含めた大切なデータを全部保存して、ホッとしています。お金があれば外付けHDよりも、新しい本体、HDの大きなMacBookを買うんですけどね。優先順位はやはり生活費や教育費が上ですから、仕方ありません。

「もっけの幸い」

 いったい教育現場はどうなっている──そう息巻くキャスターやコメンテーターの現場周辺・ご自身がどうなっているかわかったものではないのに、素知らぬ顔で正義の味方、聖人君子になれるからテレビは怖い。
 「いじめ」といえばすぐに学校を連想する人が多いけれども、じつはこれ、大人社会の方が酷いもんでしょう。学校だったらまだ守ろうとする人、指導する人がいるし、事が公になればみんなで騒いでもくれるけど、大人社会では自分で身を守るしかありません。誰かに泣きついても、「世の中ってそんなもの。我慢して頑張りなさい」で終わりでしょう。
 セクハラやパワハラだっていじめです。それでも大人たちは仕事を辞められるからまだマシかもしれず、逃げ場のない子供たちは自分を責め、自分を傷つけていくしかないのです。
 この混乱を逆に「もっけの幸い」として、特定の立場の人たちの利益にしかならない教育改革が頭をもたげるとしたら、それこそがもっとも警戒すべきことでしょう。

山形県高等学校美術展

 山形市で「山形県高等学校美術展」を観てきました。なかなか立派な石垣の残る霞城公園内の体育館での展示です。照明などの条件は劣悪ながら、作品そのものは力作ぞろい。やるもんですね。
 それにしても、身辺の自然や静物などに正面から向き合うものが少なく、やや観念的なテーマの作品が多かったのは意外でした。大人社会や受験を前にした心の不安、また争いの絶えない世界の中の自分、人間の運命への思い。
 ぼくにも身に覚えはあるけれども、若き日々はどうしても頭や目で見た情報が勝ってしまうので、その真摯さは伝わっても、今一つ説得力が足りない。とはいえ、少なくとも絵を描く人たちは、ただぼんやり漫然と、面白可笑しく毎日を過ごしてるわけじゃないって事だけは、十分に理解できたのでした。
 わが娘の作品「そして消え」は原爆をテーマにしていて、ひとりの娘が、平和の希望の灯るロウソクの明かりを激しい爆風から守ろうとしている。油彩を描き始めてまだ間もないにしては、しっかりした描写だね。少なくともぼくよりは上手い。安心しました。

白鳥が来た

 いつものように愛犬ハナと朝の散歩をしようと玄関に下り立つと、微かに白鳥の鳴き声が聞えます。まだ10月も半ば、早いような気もするけれど。
 戸外に出て空を見上げると、抜けるように爽やかな青空です。やはり時々、白鳥の鳴き声も聞えてきます。ハナの小用につきあい、ウンチを拾いながら空を見渡すこと数度。いました、いました。小さな白鳥の群れが。
 結局、今朝は二つの群れを目にして自宅に戻りました。大山の冬は近いようです。

フェルメール

 新聞の読書欄を読んで、朽木ゆり子さんの『フェルメール全点踏破の旅』(集英社新書)を求めました。ぼくは画家では断然ゴッホとフェルメールが好き。恥ずかしながら典型的な日本人というわけです。
 フェルメールの作品を一点だけ実際に見たことがあります。ドレスデンにある「窓辺で手紙を読む女」がそれで、学生時代に東京で開催された展覧会に出展されていて、これはもう、足を止め、身動きできず状態。会期中何度も会いにいきました。
 永遠の一瞬を封じ込めたかのように静謐な空間。窓から差し込む柔らかな光。世俗なのに聖性を感じさせるひとりの女。感動というのは、捉えられることなのですね。
 読み始めたばかりのぼくが紹介するのは反則と知りながら、敢えて朽木さんの結論を引用すると、 

 信仰の種類が何であろうと、何か自分よりずっとレベルの高い存在を認め、それに対して技術を尽くして捧げるように作った芸術品には存在としての強さがあるということだ。そしてその強さと深さは、時代を超え、宗教を越えて、見る人の心を揺さぶる。(247頁)


  現代は、自分(たち)のレベルの高さを声高にアピールするオブジェがあまりに多いような。高きものに尽くし捧げるのではなく、自分を売り込み対価を勝ち取ろうとする。つまりはその心根が卑しいから、存在が軽いのだ。

周防大島

 周防大島といえば宮本常一。見ないわけにはいきませんね、NHK「鶴瓶の家族に乾杯」を。山口県周防大島町の旅、第二回。
 お年寄りばかりで日中人影も少なく、淋しいと言うしかない町なんだけど、一人一人に接すると何とも言えず温かく、滋味深い。番組の最後で前川清さんが独り住まいのお年寄りの家を訪ね、こみ上げるものを抑えきれずにいたけれども、ぼくの頬にも一筋流れる涙がありました。
 寡黙につつましく、なにをひけらかすこともなく、感謝と自足の日々を静かに送る人。「忘れられた日本人」を今日ぼくは見た。……そんな気がしました。

美しい国?

 美しい国──だなんて、そんな歯の浮くような言葉をよく軽々しく口にできるものです。政治家というのは、よほど面の皮の厚い人種と見えます。そもそもいったい、誰にとって、どう美しい国なのか?
 答えは言わずとしれてる、って言うか、すぐに露見するんだが、劇場政治に目を奪われてるすきに足下がどんどん崩されちゃってて、しかもそれに慣らされる。荒れてるのは教育現場よりも大人社会なんだよ。欲得、計算、打算。美しい人々はもはや、寅さんや藤沢さんの世界にしか住んでいないような……。いやじつは、ぼくたち一人一人の心の中でまだ微かに息づいているんですけどね。まだ生きてるから、共鳴(感動)できるわけで。
 さて、HP作成ソフトのRapidWeaverがバージョンアップ。メニューが日本語表記になったのが嬉しい。そんなに難しいソフトじゃないから英語のままでも不自由はしなかったし、日本語入力も問題なかったけど、でもやっぱりローカライズされていると安心します。
 といって、ぼくのホームページのどこがどう変わるというわけでも、たぶん、ないんですけどね。