サラダ記念日

 昨夜はお楽しみ寅さん。俵万智さんのサラダ記念日をモチーフに、人生の老い、終末期医療の問題、そして学問の意味が問われる秀作。笑わせてくれ、泣かせてくれ、そして考えさせてくれる映画でしたね。
 それにしても冒頭の、鈴木光枝さんと三田佳子さんのやり取りが凄い。三田さんは役に見事に合ってるし、鈴木さんはただただ上手い! と、感嘆するのみ。もう戻れないことを察しながら病院に向かおうという鈴木さん扮するおばあさんが、自宅に向かって手を合わせるシーンなど、それだけでもう、一篇を未終えたような充足感がありますよ。
 鈴木光枝さんは紛れもない名優。ぼくは以前、彼女の舞台「荷車の歌」を観劇したことがあります。宝物のような体験でしたね。
 さて。日曜日の今日は降雪に備えてタイヤ交換を。業者に頼むと費用もバカにならないので、ここ数年自分で交換してます。もうすぐ12月。冬への備えを急がなければ。

ビックリ

 ビックリしました。
 たまたま、本当にたまたまテレビでBS2にチャンネルを合わせていたら、「ステージ101」の最終回の録画が流れているではないですか。始まりから涙、涙の「涙をこえて」が。ぼう然としてしまって、ただ食い入るように画面を見つめていたのだけれど、途中我に返ってビデオ撮り。空のテープが見当たらないので先週の寅さんのテープの最後に入れたのだけれど、重なってないかしら。これは一生の宝物です。
 大好きだった九ちゃんも何度か登場。うれしい。岸洋子さんも懐しかったね。学生時代、病から復帰した岸さんのリサイタルをNHKホールで見た時のことを思い出しましたよ。力強く謳い上げる「希望」に胸が打ち震えた夜のことを。
 それにしても、中村八大さん、いずみたくさん。お二人とも素晴らしい曲をたくさん遺してくれましたね。ありがとうございます……って、今さらだけど。あ、そうそう、NHKにも感謝か。たまにはテレビも良いものだ。

灰谷健次郎さん

 まずは『兎の眼』に感動し、それから『太陽の子』、『我利馬の船出』、『海の図』、『砂場の少年』、『少女の器』などなど。ぼくも一頃、灰谷健次郎さんをずいぶん読んだものです。
 命に根ざした明確なテーマを持ち、灯台の明かりのように彼方を照らしてくれる灰谷文学。それは時に明瞭にすぎ、コントラストが強すぎたかもしれません。またライフワークとしての『天の瞳』などは語り口や人物造形がパターンに嵌まりすぎていて、ぼくには読み進めることの出来ないものでした。だから、近年はまったく没交渉だったのだけれど……亡くなられたんですね。
 大人も子供も、あるいは自ら命を絶ち、あるいは互いに殺し合うことによっての他「何か」を伝えることが出来ないかのような現代。灰谷文学の意味はますます大きくなってきているような気がしています。

ボストンと言えば

eisenji

 最近やたらと「ボストン」が話題に上るので、ここ数年遠ざかっていた「スペンサーシリーズ」が急に懐しくなり、昨年12月刊行の『冷たい銃声』を購入。ぼくにとってはボストン=スペンサーです。
 新味はないのです。ドキドキハラハラするわけでもない。それでも今まで読み次いできて、表紙を開くや否やページを繰る手が止まらなくなるのは、私立探偵スペンサーや恋人スーザン、そして相棒ホークの存在感の故。そして彼らの遠景にあるボストンという、少し古風にすら感じられる街の懐しさ。外国の、行ったこともない街が懐しいと言うのもヘンな話だけど、それだけパーカーの語り口、描写が上手いってことか。
 ただ、これからこのシリーズを読もう、って人には、最近の作品はお薦めしません。まずは『初秋』でハマっていただき、それからシリーズ一作目に戻って順に辿っていくべきでしょう。軽めの中毒患者でも、『告別』あたりまで病は癒えぬはずです。
 さて、『冷たい銃声』で見つけた、スペンサーとホークの気になる会話。

 「お前がやる時は復習だ。国がやる時は、社会的報復だ」
 「それを、国は正義と呼ぶ」
 「その通り」私が言った。「立場が変われば、すべて好都合だ」
  ホークが私を見てにやっと笑った。
 「どっちが正義だ」彼が言った。「どっちが泥棒だ?」

忙しかった日曜日

 いつもながら忙しかった先の日曜日。午前はいよいよ車椅子生活となった義母のために室内を整理整頓、介護ベッドの移動。そして午後は市内某所でサロンコンサート。
 といってそんなに堅苦しいものではなく、普段着で気楽に聴ける井戸端コンサートのようなもの。フランス音楽を中心に据えた、なかなか好企画のミニコンサートでしたね。
 大瀧実花先生のプーランクは素敵で、あまり好みではないリストも「コンソレーション第2番」などは印象派っぽい響き。
 ラフマニノフ+長田弘は斬新。贅沢を言うなら共演のソプラノが少し細く、詩がフランス語に聞えなかったことか。朗読(日本語)は上手だったのですがね。とはいえ、良い時間を過ごしました。

資料の届く週末

 週末にかけてAmazonから『藤沢周平未刊行初期短篇』(文藝春秋)、国立国会図書館から森有正関連の資料数編のコピーが届く。
 森については、月に何度かネットで検索をかけ、資料探しをしています。国立国会図書館の蔵書検索も時に。今回は雑誌や大学の紀要で発表されたものを入手したのですが、内容的には、特に目新しいものではなかったようです。
 そもそも森有正について語ること、森有正の思想を解説すること、は難しいのです。あるいは無意味と言っても良いのかもしれません。最良のテキストがすでにあるのだから。
 ぼくたちは、彼自身の表現を借用するなら「レゾナンスを語る」ことしか出来ないのだし、あるいは彼の畏友・木下順二が語るように「森をほんとうに自分のものにしたいのだったら、自分のなかにcreateする他ない」のです。つまりはいつか自分の中で森有正に出会うまで、歩き続けるしかないのです。

カーズ

mamurogawa

 「カーズ」のDVDが届いたのでさっそく観賞。あっぱれな面白さです。車に感情移入できるか? と心配だったんですがね、なんのなんの、最後には小生意気だったマックィーンが大好きになり、メーターと話をしたくなり、サリーに恋をします。
 Pixerのアニメは技術的に優れていることはもちろん、そのテーマも非常に良いのです。友情・家族愛・信頼。みんな望んでいるのに、なかなか得られない。みんな夢見ているのに、なかなか信じられない。予定調和と言わば言え、ハラハラドキドキの末のハッピーエンドは、見る人の心を温かくしてくれる。
 今回の作品はいつにもまして、効率至上・勝利第一の世情に軽くジャブを食らわせ、仲間とともに生きる温かい社会の大切さを謳っていたように思います。それが、神の視点でないのが好ましい。アメリカ人の視点に過ぎない、って揶揄する向きもあるだろうけど。

藤沢周平の世界

asahi

 「藤沢周平の世界」創刊。全三十巻とのこと。こういう企画が成立すること自体が嬉しいですね。郷土の作家、大好きな作家が大きく取り上げられることが。
 映画やテレビドラマの影響もあって、ここ数年藤沢周平がさまざまな雑誌で特集され、あるいはムックなどが出版されています。すると当然、海坂藩のモデルと目される鶴岡が取り上げられることにもなる。このシリーズでもさっそく、「海坂藩のモデル・鶴岡の歴史」と題した郷土史家による一文が掲載されています。
 定番の企画は「鶴岡探訪」でしょうか。山本一力さんが6月の初め、鶴岡を取材に訪れたようです。「大山で犬まつりに遭遇」とありますから、6月5日にはぼくの住む大山にも足を運ばれたらしい。素朴な田舎の祭りですけど、広く知っていただけるのはやはり、その地に住むものにとっては心躍ることに違いありません。