忘れないで
2008/02/28 20:45 格納先: Personal
子供の瞳ほどすべてを映す鏡は無い。子供の視線ほどすべてを見通す光は無い。たとえば映画「たそがれ清兵衛」の成功は、あどけない子供の大きく見開かれた瞳によって約束されていたように思います。
縁あって見ることのできたドキュメンタリー「忘れないで〜瀬戸内ハンセン病療養所の島」(NHK)もまた、三人の子供たちの眼差しによって導かれ、蒙を啓かれる、美しい作品でした。
日本の負の歴史は内に外に多々あるけれども、ハンセン病患者の隔離政策もまた、その一つに違いありません。まるで近代日本が、ぼくたち日本人が、忘れようと努めてきたかにみえるハンセン病を見据える「忘れないで」。そのテーマはとても重いのです。美しい差別などはなく、美しい罹患も考えにくい。
それでいて見終えたあと、自分の中に何かしら明るい希望のようなものが兆し、表現しにくいけれども清涼感とすら呼べそうなあるものに浸されるように感じられるのは、隔てる壁を軽々と乗り越える子供たちの無垢なバイタリティーのおかげ。さらにはしっとりときめ細やか、そして深々とした奥行きをもつ、美しい映像の賜物でしょう。
作品のラスト、わずか三人の子供たちを送る大島青松園の入所者を交えた卒業式・終業式を終え、島を後にする子供たちの表情は明るい。子供たちは未来を生きる存在です。大島でさまざまな名人たちを知り、学んだことは、子供たちのこれからの歩みを通して未来に語り継がれていくに違いありません。
「忘れないで」は制作者のメッセージ、元患者さんたちのメッセージであると同時に、大島の学校を巣立った子供たちの、みずからに対する決意でもあるようです。前をむいて歩んでいく子供たちの姿に、島に生きる人たちと一緒に手を振ろう。
縁あって見ることのできたドキュメンタリー「忘れないで〜瀬戸内ハンセン病療養所の島」(NHK)もまた、三人の子供たちの眼差しによって導かれ、蒙を啓かれる、美しい作品でした。
日本の負の歴史は内に外に多々あるけれども、ハンセン病患者の隔離政策もまた、その一つに違いありません。まるで近代日本が、ぼくたち日本人が、忘れようと努めてきたかにみえるハンセン病を見据える「忘れないで」。そのテーマはとても重いのです。美しい差別などはなく、美しい罹患も考えにくい。
それでいて見終えたあと、自分の中に何かしら明るい希望のようなものが兆し、表現しにくいけれども清涼感とすら呼べそうなあるものに浸されるように感じられるのは、隔てる壁を軽々と乗り越える子供たちの無垢なバイタリティーのおかげ。さらにはしっとりときめ細やか、そして深々とした奥行きをもつ、美しい映像の賜物でしょう。
作品のラスト、わずか三人の子供たちを送る大島青松園の入所者を交えた卒業式・終業式を終え、島を後にする子供たちの表情は明るい。子供たちは未来を生きる存在です。大島でさまざまな名人たちを知り、学んだことは、子供たちのこれからの歩みを通して未来に語り継がれていくに違いありません。
「忘れないで」は制作者のメッセージ、元患者さんたちのメッセージであると同時に、大島の学校を巣立った子供たちの、みずからに対する決意でもあるようです。前をむいて歩んでいく子供たちの姿に、島に生きる人たちと一緒に手を振ろう。
ドリームガールズ
2008/02/21 05:41 格納先: 本
雪折れや長山小路より暮るる(高橋零)
市立図書館から、スペンサーシリーズの新刊『ドリームガール』を借りてきました。これは、先月の新着情報にあったのを見つけてすぐに貸し出し予約をしておいたもの。その時点で既に三番目の予約者になっており、先週末にメールでは(貸し出しの準備ができると、図書館ではメールで知らせてくれます)さらに続く予約者が4人とあります。人気があるんですね、このシリーズはやはり。
昔は本は買うものと心得、すぐに読めるかどうかは別にして気になる本を見つけると衝動買い、そして読むときはラインマーカーを引きあるいは頁を折るなど、自分のモノでなければ出来ないような乱暴な所行だったが、借りた本ではそうもいきません。今は付箋を活用しています。そしてもちろん、返す前に必要な箇所をパソコンに入力しておくわけです。
シリーズも長くなり、『初秋』の頃のような感動はもう望むべくもありません。それでも新刊を手に取りたくなるのは、やはり主人公たちの人間味溢れる、知性あふれる会話の故でしょうか。
市立図書館から、スペンサーシリーズの新刊『ドリームガール』を借りてきました。これは、先月の新着情報にあったのを見つけてすぐに貸し出し予約をしておいたもの。その時点で既に三番目の予約者になっており、先週末にメールでは(貸し出しの準備ができると、図書館ではメールで知らせてくれます)さらに続く予約者が4人とあります。人気があるんですね、このシリーズはやはり。
昔は本は買うものと心得、すぐに読めるかどうかは別にして気になる本を見つけると衝動買い、そして読むときはラインマーカーを引きあるいは頁を折るなど、自分のモノでなければ出来ないような乱暴な所行だったが、借りた本ではそうもいきません。今は付箋を活用しています。そしてもちろん、返す前に必要な箇所をパソコンに入力しておくわけです。
シリーズも長くなり、『初秋』の頃のような感動はもう望むべくもありません。それでも新刊を手に取りたくなるのは、やはり主人公たちの人間味溢れる、知性あふれる会話の故でしょうか。
今日、「偲ぶ会」
2008/02/17 05:09 格納先: 茨木のり子
いよいよ今日は、「詩人茨木のり子さんを偲ぶ会」が午後、菩提寺の浄禅寺で開催されます。ここしばらく荒天が続き、心配されたお天気もひとまず落ち着いたようで、交通機関の乱れなどもなく予定通りの開催となるでしょう。とはいえ真冬、しかも会場は市の中心から離れた海辺の町にありますから、参加者がどのくらいになるのか、いささか心配ですね。……と、そういう自分自身、県外での仕事が入ってしまって。情けない限りです。
ようやく読了
2008/02/11 16:11 格納先: 本
8日の夜は市民劇場の例会で、三谷幸喜作・演出の「エキストラ」を観劇しましたが、少しばかり期待はずれでした。薄っぺらな、奥行きのないコメディー、といったところでしょうか。そもそもだれが主人公なのかもわからなくて。これって、落ち着きませんよね。
さて今日は、米原万里の『パンツの面目ふんどしの沽券』をようやく読了。このところ公私に忙しく、図書館から借りていたこの本を、なかなか読み進めることが出来ずにいました。昨日の日曜は仕事だったものの、今日は休みなので午前の時間をあててようやく、です。
米原万里、面目躍如の「禁断のエッセイ」。博覧剛毅、つきぬ探求心、目を見張る演繹力。惜しい人をなくしましたね、本当に。
さて今日は、米原万里の『パンツの面目ふんどしの沽券』をようやく読了。このところ公私に忙しく、図書館から借りていたこの本を、なかなか読み進めることが出来ずにいました。昨日の日曜は仕事だったものの、今日は休みなので午前の時間をあててようやく、です。
米原万里、面目躍如の「禁断のエッセイ」。博覧剛毅、つきぬ探求心、目を見張る演繹力。惜しい人をなくしましたね、本当に。
詩人茨木のり子さんを偲ぶ会
2008/02/09 06:17 格納先: 茨木のり子
このところ毎月一枚ずつショスタコービッチのCDを買う(ダウンロードする)ことにしています。先月は第2番の交響曲で、今月は、近郊のショッピングセンターに出店している大規模書店の書棚から、NAXOSレーベルのショスタコービッチ「ヴィオラソナタ」「チェロソナタ」を購入。渋いかも。
ヴィオラソナタはショスタコービッチの白鳥の歌とも称されていて、特に第三楽章は心に染み入ると言います。キャッチコピーに惹かれての購入だったけれど、後悔はないな。名曲です。例によって屈折しているけれども。
さて先日の集まりで、「六月の会」主催による「詩人茨木のり子さんを偲ぶ会」の要旨が決まり、地元ミニコミ紙等でも紹介されています。菩提寺を会場として、宮城教育大学教授の渡辺善雄先生による講演を中心にしたプログラム。茨木さんを偲び、また彼女をより深く知る絶好の機会です。ご参加ください。詳しくはこちら。
ヴィオラソナタはショスタコービッチの白鳥の歌とも称されていて、特に第三楽章は心に染み入ると言います。キャッチコピーに惹かれての購入だったけれど、後悔はないな。名曲です。例によって屈折しているけれども。
さて先日の集まりで、「六月の会」主催による「詩人茨木のり子さんを偲ぶ会」の要旨が決まり、地元ミニコミ紙等でも紹介されています。菩提寺を会場として、宮城教育大学教授の渡辺善雄先生による講演を中心にしたプログラム。茨木さんを偲び、また彼女をより深く知る絶好の機会です。ご参加ください。詳しくはこちら。
ステンドグラス展
2008/02/04 22:10 格納先:
音楽とか美術とか演劇
酒田市松山にある「松山文化伝承館」に行ってきました。「藤田フミ子ステンドグラス展」を見るためです。絵画的であり、物語を感じさせる作風に惹かれましたね。ランプや足下灯も美しいものでしたよ。
町に住む人たちにとってはやや不便なところにあるためか、日曜なのにぼくたちの他には鑑賞する人影もなく、それが少し寂しかったですね。旨いものを食べるためならどんなに遠いところにも出かける人が多いのに、美しいものの展示には、足が向かないのでしょうか。