詩集『歳月』を読む
2007/02/22 09:07 格納先: 茨木のり子
詩集『歳月』を読み、「てれくさい」として生前には出版されなかったその理由に思いを巡らせました。
一種のラブレターのようなもの──たしかに、赤裸々な告白、ナマな表現を得手としない彼女にしてはめずらしく、ずいぶんストレートに、失われた愛の生活を書き綴っています。たとえば「獣めく」。照れ臭かったのは確かでしょう。
しかし、それだけではないようです。
つまり、ぼくは率直に言って、収められた三十九編の詩のほとんどに、作品としては何か足りないと感じたのです。何かが違うと感じたのです。まず内容的には、「救いがない」。
たとえば冒頭に置かれた「五月」。絶望にふさがれ、立ち上がることすらままならぬ彼女の姿。エッセーに書く「虎のように泣いた」日々があられもなくぼくたちの前にさらけ出される。ナマの絶望が悪いわけではない。悪くはないのだけれど、それに最後までひきずられるのはやはり違う。
飛翔ということ。かつて彼女が書いた〈言葉が離陸の瞬間を持っていないものは詩とはいえない〉ということ。あるいは〈浄化作用(カタルシス)を与えてくれるか、くれないか、そこが芸術か否かの分かれ目〉ということ。
ぼくには『歳月』の作品の多くは「離陸の瞬間」を持たず、いや持てず、したがって読み手に「カタルシス」を与えてくれないように感じられます。それだけ絶望が深かったということでしょうか。その深さが、ダイアローグをこそという気概に溢れていたはずの彼女をすら、モノローグの世界に押し込めてしまったのでしょうか。
作品としての弱さ。しかしそれもこれも、第一級の詩人たる彼女には知れ切ったことであったに違いありません(同じように愛の詩でも、立派に離陸の瞬間を持つ「大男のための子守唄」などは詩集に収められ、出版されている)。……それでも捨て置き忘れ去るわけにはいかなかったのです。
これらの詩篇を世に出すことは照れ臭い。三浦のり子としても、茨木のり子としても。
にもかかわらず彼女はその存在をほのめかし、編集者とは出版の約束まで交わしていました。なぜならそこには、彼女にとって何者にもかえがたい、詩のミューズの入りこむ余地さえない、夫との愛の世界があったから、そこに素の彼女がいたから──に違いありません。そう思い至るなら、茨木のり子の人生は『歳月』を得たことによって見事に円環を閉じた、と納得できるのです。
そろそろぼくも彼女の眠る浄禅寺に足を運び、墓前に手を合わせる頃合いのようです。
一種のラブレターのようなもの──たしかに、赤裸々な告白、ナマな表現を得手としない彼女にしてはめずらしく、ずいぶんストレートに、失われた愛の生活を書き綴っています。たとえば「獣めく」。照れ臭かったのは確かでしょう。
しかし、それだけではないようです。
つまり、ぼくは率直に言って、収められた三十九編の詩のほとんどに、作品としては何か足りないと感じたのです。何かが違うと感じたのです。まず内容的には、「救いがない」。
たとえば冒頭に置かれた「五月」。絶望にふさがれ、立ち上がることすらままならぬ彼女の姿。エッセーに書く「虎のように泣いた」日々があられもなくぼくたちの前にさらけ出される。ナマの絶望が悪いわけではない。悪くはないのだけれど、それに最後までひきずられるのはやはり違う。
飛翔ということ。かつて彼女が書いた〈言葉が離陸の瞬間を持っていないものは詩とはいえない〉ということ。あるいは〈浄化作用(カタルシス)を与えてくれるか、くれないか、そこが芸術か否かの分かれ目〉ということ。
ぼくには『歳月』の作品の多くは「離陸の瞬間」を持たず、いや持てず、したがって読み手に「カタルシス」を与えてくれないように感じられます。それだけ絶望が深かったということでしょうか。その深さが、ダイアローグをこそという気概に溢れていたはずの彼女をすら、モノローグの世界に押し込めてしまったのでしょうか。
作品としての弱さ。しかしそれもこれも、第一級の詩人たる彼女には知れ切ったことであったに違いありません(同じように愛の詩でも、立派に離陸の瞬間を持つ「大男のための子守唄」などは詩集に収められ、出版されている)。……それでも捨て置き忘れ去るわけにはいかなかったのです。
これらの詩篇を世に出すことは照れ臭い。三浦のり子としても、茨木のり子としても。
にもかかわらず彼女はその存在をほのめかし、編集者とは出版の約束まで交わしていました。なぜならそこには、彼女にとって何者にもかえがたい、詩のミューズの入りこむ余地さえない、夫との愛の世界があったから、そこに素の彼女がいたから──に違いありません。そう思い至るなら、茨木のり子の人生は『歳月』を得たことによって見事に円環を閉じた、と納得できるのです。
そろそろぼくも彼女の眠る浄禅寺に足を運び、墓前に手を合わせる頃合いのようです。
「追悼のつどい」のこと
2007/02/19 06:12 格納先: 茨木のり子
(佐藤博子さん撮影)
17日の「茨木のり子追悼のつどい」。菩提寺・浄禅寺住職は「近くは隣りのおばさん、遠くは韓国」からも墓参にいらっしゃるファンの方の様子を紹介されました。人生の辛い時期に茨木さんの詩に出会い、励まされてきたというある女性は、お墓の前に立つなり「会いたかった」と号泣されたとか。わかります……。
また、亡くなる数カ月前にご自宅に伺ったという実行委員の一人は、その日に茨木さんが腰掛けておられた椅子について、「倚りかからずの椅子ですか?」と尋ねたときのことを語ってくれました。茨木さんのお返事は、なんと、命日に刊行されたばかりの詩集『歳月』に収められた、「椅子」と題する作品とまったく同じ内容だったそうです。
会場では最新詩集『歳月』をはじめ、現在入手できるかぎりの茨木さん関連の本が販売され、大勢の方が求めておいででした。これも嬉しかったことのひとつです。
一山越えた
2007/02/18 09:00 格納先: 茨木のり子
「茨木のり子追悼のつどい」は、おかげさまで超満員。用意したプログラムも数枚を残して捌けてしまいました。当日直接ご来場のお客様もかなりあり、最後は立ち見で入館いただきました。感謝です。
講演いただいた小田健也さんからの思いがけないプレゼント。同行したプロによる朗読は「さすが!」と感嘆するしかないもの。これで「500円」は安すぎます。
ぼくも今回はチラシやチケット・プログラム・ポスターの制作などで役目を果たせてホッとしました。取りあえず「一山越えた」という印象です。しかし大きな山が6月に控えている。「茨木のり子追悼公演」を必ずや成功させなければ。
全国の茨木ファンの皆様。次回は私たちとしては大きな、渾身の公演になります。時間と労力とお金をかけても価値のある舞台です。観劇に合わせて墓参されるのも良いでしょう。ぜひ鶴岡までおいで下さい。
講演いただいた小田健也さんからの思いがけないプレゼント。同行したプロによる朗読は「さすが!」と感嘆するしかないもの。これで「500円」は安すぎます。
ぼくも今回はチラシやチケット・プログラム・ポスターの制作などで役目を果たせてホッとしました。取りあえず「一山越えた」という印象です。しかし大きな山が6月に控えている。「茨木のり子追悼公演」を必ずや成功させなければ。
全国の茨木ファンの皆様。次回は私たちとしては大きな、渾身の公演になります。時間と労力とお金をかけても価値のある舞台です。観劇に合わせて墓参されるのも良いでしょう。ぜひ鶴岡までおいで下さい。
満員御礼
2007/02/04 11:29 格納先: 茨木のり子
先月お伝えした「茨木のり子追悼のつどい」。おかげさまですでに満席状態です。立ち見必至。意外なところに意外なファンがたくさんいらして、実動部隊メンバーのぼくとしてはうれしいかぎりでした。ありがとうございます。
6月には、ぼくたちとしては本番の舞台とも言える「茨木のり子追悼公演」が待っています。今回おいでいただけなかった方には、次回ぜひご参加いただきたいものです。昼夜2回の公演ですから、ご都合に合わせてぜひどうぞ。
さて、先日の朝日新聞文化欄に、山形交響楽団の定期演奏会評が載っていました。指揮は常任指揮者の飯森範親さん。「蔵王の春描く伸びやかな歌」となかなか好意的な批評で、普段このオーケストラを聴く習慣のないぼくでも、同じ山形県の人間として嬉しくなってしまう。
最後に聴いたのは確か99年、「はじめての町」初演のときで、予想以上の深さを持った音に関心したものでしたが、さらに進化しているようですね。
良い批評です。
6月には、ぼくたちとしては本番の舞台とも言える「茨木のり子追悼公演」が待っています。今回おいでいただけなかった方には、次回ぜひご参加いただきたいものです。昼夜2回の公演ですから、ご都合に合わせてぜひどうぞ。
さて、先日の朝日新聞文化欄に、山形交響楽団の定期演奏会評が載っていました。指揮は常任指揮者の飯森範親さん。「蔵王の春描く伸びやかな歌」となかなか好意的な批評で、普段このオーケストラを聴く習慣のないぼくでも、同じ山形県の人間として嬉しくなってしまう。
最後に聴いたのは確か99年、「はじめての町」初演のときで、予想以上の深さを持った音に関心したものでしたが、さらに進化しているようですね。
とても機能的で、しかも風土に密着した音楽のやれるオーケストラが出来上がりつつある。
良い批評です。