愛の旅人

 先週の朝日新聞「be on Saturday」。あれ? と思いました。シリーズ「愛の旅人」に近藤善文監督作品「耳をすませば」が。ジブリとしては小ぶりなこのアニメがこんなに大きく取り上げられるなんて。しかしよくよく考えてみればこの作品、95年の邦画収入第1位の作品ではあったのです。
 「ファンのサイトに『聖蹟桜ヶ丘に行った』という書き込みが、公開から11年たっても見受けられる」というほど、静かな人気をいまだ保っている「耳をすませば」。ぼくも好きだなぁ。マイ・ベストの「紅の豚」が洒脱なら、「耳をすませば」はナイーブ。大仰な物言いなんて一切ない。
 等身大を思わせながらじつは彼方にある若い二人。そして彼らを包む不思議な大人たち。どこにでもありそうな、だけどめったになさそうな、天空の視界を持つ街。ギリシャ神話っぽい世界かも知れないな。素朴な歌いっぷりの「カントリーロード」も心地よくってね。干天に慈雨って感じで、染み入ります。
 近藤監督は47歳で亡くなられたそうです。時に繊細すぎる! とさえ感じさせる描写は、早すぎる死を予感させるものがあるような気がします。

寅次郎かもめ歌

nemunoki

 なるほどねぇ。寅さんシリーズ第26作「寅次郎かもめ歌」は、あの名作「学校」シリーズのルーツでしたか。

 挿入された定時制高校の授業のシーンで印象的な残響の残る音の取り方について、山本晋也さんは、人数の少ない夜の学校の雰囲気が良くでていると評していらっしゃいました。全編のストーリーにはさほど関わりのない挿話なのに、それでもキチンと大切に撮影していることに感心しますが、おそらく山田監督は取材を重ねる中で、定時制課程の持つ「学校」というものの本質的な部分、そこに通う生徒たちそれぞれの人生に惹かれていったのでしょう。
 その授業の中で、松村達雄さん演じる先生は「便所掃除」(濱口國雄)という詩を朗読・解説します。ぼくも昔、数年勤めた学習塾の講師時代、この詩を子供たちに読んで聞かせたことがありました(子供たちは詩が大好きです)。汚水と格闘する労働者の日常作業を淡々と描写しながら、最後には見事な昇華、茨木のり子さんの仰有る「離陸の瞬間」を持つ、奇跡のような作品。
 松村さんの授業のように、大笑いしながら聞いていた生徒たちが、終わりの四行に出逢ってシーンと静まり返る。そんな時間を演出できればシメタ! なのだけれど、ぼくの授業はそんなわけにはいかなかったような気がする。子供たちは何といっても幼く、ぼくも若かった。
 でも、あの時の子がひとりでも「寅次郎かもめ歌」を見てくれていて、昔の授業のことをチラとでも思いだしてくれたらうれしい。アウトローのタカハシセンセイのことも。

浮かばれない

benkei

 14日はテレビなどで戦争をテーマにした良質の特別番組がいくつかあり、日本もまんざら捨てたもんじゃないと思ったのに、翌15日、敗戦を迎えた日は朝から首相の靖国参拝で大騒ぎ。最後まで劇場政治を見せつけてくれる政治家と、そしてそれを盛り上げるメディアの「狂騒曲」に憤然としていたところ、くわえて当地鶴岡では首相の姿勢に批判的な加藤紘一代議士自宅への放火・割腹? 騒ぎまで出来して、これは一種の自爆テロなのだろうか。 香山リカさんご指摘のプチナショナリズムも肥大増殖。これでは、国内外の戦争被害者も浮かばれない。
 もう何年も前のテレビ討論(あるいは雑誌のそれだったか)で、中国か朝鮮半島の侵略被害が話題に上った時、ある著名人が「戦争だから仕方ない」と発言したのに驚き、強い憤りを覚えたことを思いだします。加害者の立場にある日本人に言えることではないだろう。どう考えたって。被害者の心を思いやることが出来ない日本人。クリスチャンである彼女でさえも……。
 至るところでまかり通る「強者の論理」。ペシミズムはすでに敗北主義だけれど、希望を紡ぐことも難しい、昨今です。

いいなぁ〜

kane

 ある中学校の敷地内に下げられている鐘。しっかりとつり下げられていたので、まだ実際に使われているのでは。いいなぁ〜。

摩耗した石仏

fudo

 風雪に晒されたせいか随分摩耗してしまった石仏。不動明王のようにも見えるけど、どうなのか。このところよそ見をしながら車を走らせていますね。

 少年犯罪においては、加害者もまた被害者なのだ。以前にそんなことを書いたことがあります。奈良県田原本町で起きた高校生の長男による自宅放火事件などもまさにその通りで、哀れというほかありません。
 「原因つくったパパも罪を償う」。面会に訪れた父と息子の会話を聞くと、ようやく二人は本当の親子になれたんだなと感じるけれども、あまりにも大きな代償を払ったものです。実際には償いきれない代償を払って、ようやく親子になれたのだと。
 これがひと昔前だったら、子供にも逃げ道はいっぱい在ったんだろうけどな。だから理想的な家族、理想的な親子関係である必要は必ずしもなかった。ぼくの叔父さんたちも義務教育を終えたくらいで家を離れ、立派にたくましく生きてきたし。でも今の子供たちは、親を離れては生きて行けない。なかなか大人になれない。

さっそく使ってみた

 さて、さっそく使ってみたegword Universal。Pagesで改訂作業に取り掛かっていた130頁ほどのマニュアルを、egword Universalで読み込み。直接は無理なので、いちどrtfに変換したものを読み込む。レイアウトはやや崩れるものの、それを含めて書き直すつもりでいたので、読み込みの速さを考えれば納得のいく結果。
 このワープロ、動作が軽快で気持ちいいですね。ぼくの時代遅れになってしまったパソコン(iBook G4)でも気持ちよく使えます。ぼくが仕事で作る資料は写真やイラストがたくさん入っていることが多いので、このサクサク感は貴重だな。
 スタイルシートの便利さもはじめて実感しました。機能自体は珍しくないけど、何となく今まで敬遠してきたスタイルシート。egword Universalのそれは敷居が低いというか、そもそも結果がリアルタイムで確認出来るのがイイんです。使える道具という感じ。

 ところで、元国立国語研究所長の野元菊雄さんが亡くなられたそうです。ぼくは子供たちには学年に応じて国語辞典を与えてきましたが、小学生・中学生の時にいつも用意したのが、野元さんが編纂された辞典でした。
 本で読んだのですが、ぼくの住む庄内地方は野元さんたちの調べておられた方言の調査地点になっていたということで、親近感を覚えたものです。そしてぼくが「です・ます」体で文章を書くようになったのも、野元さんに感化されての話。いや、意外に影響を受けてましたね。ありがとうございました。