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Home>ウォッチング最新号>バックナンバー一覧>2001年5月1日号
   21世紀の紅葉

   "腐った"紅葉
 「うわー!こりゃヒドイな」。
思わずこんなことばが口をついて出てしまった。
本来なら鮮やかに色づきはじめるはずのナナカマドの葉が焼けただれたように茶色くなり、九月の初旬だというのにすでに葉を落として坊主のものも多い。山肌いっぱいにひろがった"腐った"紅葉は見るも無惨で、底知れぬ無気味さを見るものに与える。

   異常な高温
 1998年9月、北海道大雪山系。この年は春から異常な天候が続いた。五月だというのに、オホーツク沿岸の網走や北見では真夏日になるほどの暑さ。毛虫の大発生。カッコーの鳴き声が聞こえない。例年ならまだ残雪が多く、白っぽく見える山がやけに青い。雪解けがひと月早かったせいだ。しかし本州の梅雨明けと同時に天候は一転し、八月はほとんど晴れ間がない。落葉樹のナナカマドやダケカンバのなかには早ばやと葉を落としはじめるものも見られた。

   五十年間で最悪
 そして九月――。例年のような急激な冷え込みがなく、気温はジワジワと下がる。木々の葉は色づくことなく、茶色く変色して散っていった。地元のベテラン登山者は「五十年山に入ってるけど、こんな悪い年ははじめてだ」と嘆いた。
 "腐った"紅葉はこの年だけの現象ではなく、99年、2000年と続いた。98年が「過去五十年で最悪の年」だとすると、99年は「ワースト2」、2000年は「ワースト3」だった。

   紅葉のメカニズム
 ナナカマドのような"広葉樹"では、秋になると葉と枝との間に「離層」と呼ばれる組織ができ、昼の間に光合成によってできた糖分を幹に送るのを遮ってしまう。行き場をなくした糖分はアントシアニンという赤い色素に変わり葉が紅葉する。昼間天気が良く光合成が盛んだと、原料になる糖分が多くつくられ、夜間の冷え込みでアントシアニンに変わる。ところが夜になっても冷え込みがないと、葉が元気に活動するため、昼間つくられた糖分が消費されてアントシアニンができない。つまり、きれいな紅葉にならない。昼間の好天と夜間の冷え込みが美しい紅葉をつくる、といえる。

   暖かい秋
 ここ三年間の九月初旬の天候をみると、昼間の天候とは関係なく夜間の冷え込みがなかった点が共通している。大雪山系では、例年九月初旬に色づきはじめる稜線部が「汚い」紅葉だったのに、朝晩の冷え込みがはじまる九月下旬に色づく山麓部は、ひかくてき「見れる」紅葉だった。これは朝晩の気温差が原因だったと思われる。
 「汚い紅葉」が二十世紀の世紀末現象で済んでくれればコトはさほど重大ではない。しかし……。

   百年で標高が千メートル下がる!?
 「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)が2001年1月に発表した報告によると、「1990年を基準とした2100年の地球平均気温の上昇は1.4-5.8℃」だという。最悪のシナリオを想定しても5.8℃?――というのはここ数年の劇的な「酷暑」からすると、そんなもんかな、ちょと遠慮してんじゃないの、と思ってしまう。1995年の報告が「平均2℃上昇」だったのにくらべると実感に近づいたともいえるが。
 でも、考えてみると5.8℃というのはすごい数字かもしれない。一般的に、標高が百メートル上がると気温が0.6℃下がるといわれている。5.8℃≒6℃ とすると、百年後には標高が(気候的には)千メートル下がることになる。単純に考えると、穗高や槍の山頂にダケカンバの大木が生えてもおかしくない。大雪山系でいえば山頂部まですべてがダケカンバ帯に入ってしまう(もちろん強風とか積雪の関係でそんなことになるとは思えないが)。

   動植物層に大きな変化
 そんなに"劇的に"山が醜くならないにしても、植物層や動物層が大きく変わるのは避けられないだろう。「ツンドラの飛び地」といわれる大雪山系の高山帯に生きる多くの高山植物が姿を消すかもしれない。チングルマやイワウメ・チシマキンレイカ・ウルップソウ・ウラシマツツジ、「氷河期の生き残り」ナキウサギ……。彼ら/彼女らのいないお花畑に、あなたは耐えられますか?

   我が亡きあとに洪水は来たれ
 『旧約聖書』のノアの方舟じゃないけれど、海面が88センチも上昇(IPCC報告)したら大洋にうかぶ小島のなかには国土が水没してしまう国もでてくる。日本でも甲府とか熊谷あたりでは夏の日中気温が40℃を超えることも日常茶飯事になる?暑さが苦手なひとは仕事どころじゃないだろう。ちょっと想像力を働かせればこの問題がわれわれの日常生活とけっしてかけ離れた遠い未来の話ではないことがわかる。
 今後の温暖化問題解決にむけての道筋を話し合うために、2000年11月にオランダのハーグで開かれた「気候変動枠組条約第6回締約国会議(COP6)」は、残念ながら時間切れのため合意にいたらなかった。1997年の京都会議(COP3)で『京都議定書』を採択したときの議長国・日本は、"金儲け命"のアメリカに歩調を合わせ、最後まで会議の足を引っぱった。「二十世紀の遺物」「現代の戦艦大和」である原発に、いまだにしがみついているアホな政府をみんなで蹴っ飛ばすのが、ひょっとして温暖化解決への第一歩だったりして……。
 いまさえよければ後はどうなってもいいやっ、と考えているひとたちには早いとこ死んでいただくしかないが、自分の子や孫に人類最後の日を見せたくないなら、すこし考えた方がいい。  

追記:アメリカ政府は3月28日「京都議定書」からの離脱を発表した。
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