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2004/12/31
Column A-03
Condoglianza
イタリア語でcondoglianza といえばご愁傷様のあいさつである。ごくごく普通のあいさつの言葉だが、私はずいぶんこの言葉に助けられた。力づけられた。おそらくこの言葉はcon doloreからくるのだろう。すなわち苦しみを分かち合うという意味がもともとあるのだろう。父が死んだときたくさんの人がこの言葉でお悔やみを表してくれた。もちろん口先だけの人もいただろう。単なる社交辞令もあっただろう。でも私にはすごくうれしいものだった。ここで哀れみの気持ちを表してくれた人を分類し、ランク付けをするつもりははなはだないが、少し私が体験したことを記しておきたい。
一番最初にcondoglianzaを表し、本当に心から慰めてくれたのはあるアフリカ人たちであった。彼らもまた父親や母親を亡くしているのだ。戦争、飢餓、大量虐殺、疫病。自分たちも痛い体験をしているから、今痛んでいる人の痛みがよくわかるのだろう。
また、別の幾人かの人たちも心からの気持ちを表してくれた。聞けば彼らもまた若くして両親、あるいは片親をなくしているとのこと。だから私の気持ちがわかるのだという。日本からローマに戻った日、駅からタクシーに乗った。運転手さんも一ヶ月前に父親を亡くしたそうだ。本当かどうか知らない。でも嘘をつく必要もないだろうから事実なのだろう。彼もまたcondoglianzaを心から示してくれた。
人間は自分が体験した出来事を通じて、新たな心の地平を開くのだろう。体験したことを通じて、相手に対して優しくなれるのだろう。人間の素晴らしさのようなものを学んだ気がする。
しかし逆のこともあった。日本に帰ったとき同僚の何人かはご愁傷様と私に言う前に「昔は両親が死んでも家には帰れなかった。」とか「両親が死んで帰ってくるのは昔なら考えられない。」というコメントした。彼らは実際に親の死に目に会っていないのだろう。一方で哀れみと慰めの言葉をかける人がいるかと思えば、いきなり傷つけるような言葉しかかけられない人もいる。どちらも同じような悲しみの体験をしたにもかかわらずである。なんとも哀れみのないコメントをした同僚たちのなかには亡くなった父と同じ年代の人もいた。残念だが、仕方がない。彼らは親の死に目に返してもらえなかったというその一点からでしか物事を見れなくなってしまったのだ。人間の体験による限界をかいま見たような思いがした。
私は二つのグループの人々のどちらかに優劣をつけるつもりはない。ただもし人間としてより「正しい」のはどちらかといえばおのずと答えは明らかだろう。そして前者の人々も簡単に後者に成り得ることを気がついておく必要があるだろう。「俺の時はこうだった」とか「私の時はああだった」と出来事の事実だけから物事を見ることは可能だからである。あのアフリカ人たちが「俺のおやじは戦争で殺され、地面にほっぽり投げられたけど、おまえのおやじは病院のきれいなベッドで死んだんだからいいじゃないか。」と主張しだすのは簡単だからである。そして事実そんなようなことを言った人もいた。
問題は悲しい出来事をどう受け取るのか。どのように理解するのか。どんな光をこの出来事に当てるのか。ここなのではないだろうか。
人は自分の体験からしか出来事を見ることはできない。この人間の持つ限界を乗り越えていくには、何が必要なのだろうか。そんなことを年の瀬にローマの街角に立ちながら考えている。
Hiroshi Konishi (コニタン)
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