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2004/12/19
Column A-02
父親の死とその後。覚え書きとして
2004年12月4日に父は帰天した。
午後1時半だったそうだ。
遺体はすぐにあれほど帰りたがっていた自宅へ。
ひっきりなしに弔問客がやってきた。母はこの日をあらかじめ想定してこの夏、家の改造をおこなっていた。
父が自慢にしていた、そして一緒に選挙を闘った地元選出の国会議員も弔問に来る。異例のこととか。
6日月曜日、私はローマから駆けつけて到着。その日の夕方出棺。6時より地元の教会で通夜。聖堂が一杯となる。通常通夜には親族が一晩を共にするのだが、それは行わなかった。
7日火曜日。葬儀。司式は私がおこなう。説教ではできるだけ父親のことを「父○○」とは呼ばないように心がけた。なぜなら私個人の葬儀ではなく、みんなの葬儀だから。聖堂は入りきれないほど。およそ350人の参列者。告別式の後、火葬場へ。さすがに骨は拾えなかった。それからこの地方独特の習慣としてのお清めを兼ねた「個人を偲ぶ会」をホテルにて行う。夜6時終了。
8日水曜日。特に変わりのない一日が始まる。母はかなりのダメージらしいがそれでもなんとかやっていた。葬儀後の残務整理がこんなに大変かと思った。
9日木曜日。叔母の家に遊びにいく。
10日金曜日。朝、ウルスラのシスターのところでミサ。家族とともに。それから市営のリサイクルセンターへ。父が帰天の際に使ったものなどを処分。一度戻って、父の部屋を後片付け。母があらかじめだいぶやっていたのですぐに終わる。カーペットを引きはがす。ゴミを再び車につけてリサイクルセンターへ。帰りに南郷村のそば屋へ。すこぶるうまい。父もこの店は好きだったとのこと。
11日土曜日。私も妹もいる間に納骨をということで、一時より納骨。これで一通り葬儀関連のことはおわる。
12日日曜日。教会でミサ。葬儀に協力してくれた人々に感謝。
Hiroshi Konishi (コニタン)
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