すばらしい日々



約10年間付き合った彼氏くんと別れることにした。

さっき電話で二人で話してそう決めた。

10年も付き合って、「別れよう」って決める電話はたった1時間。
呆気ないもんだ。

とは言うものの、こんな話は昨日今日降って涌いたワケではもちろんなくて、ここ数週間、もっと遡れば今年の春なんかにも一度考えたことではある。
だが、その度に思いとどまってこれたのは、この10年という年月と、二人の関係の深さが、切っても切れないものだと信じてきたから。


単に「好きじゃなくなった」「キライになった」というわけではない。むしろ、「好きだ」という気持ちは変わらないどころか増す一方だ。
理由は、いろいろと複雑にあるし、いまだに納得がいくかというとそうではないし、実際の所はよく分からない。

ただ、「遠距離恋愛」なんていうのは、「お互い好きだ」「愛してる」っていう以外に、お互いの信頼関係とか、お金や時間の余裕、マメさ、大らかさなど、色々必要なんだけれども、最も大事な「付き合いを続ける気力」っていうかモチベーションみたいなものを、今後保っていけるだけの自信が無くなってきたってことなのだと思う。

やはり今さらながらに「距離に負けた」というのだろうか?
イヤ違う。
距離は負担だったし、時に障害だったりしたが、それ自体が付き合いを妨げるものではない。10年前と比べれば、電話も話し放題になったし、新幹線も便利になったし、二人とも経済的にも多少余裕が出てきて楽になってきている。
ただし、おれも歳をとってきて、この先、「近くにいてくれたら」とか「一緒に住めたら」とか、そんな希望が今後あまり叶いそうにないことを徐々に確信して来だしたのは一因だったと思う。



それよりも直接の原因は、誤解を覚悟で、端的に言うとすると、「彼氏の浮気」だ。
ここ数年二股かけられていたのだ。
しかし、彼氏の名誉の為にこれだけは言っておくけど、彼は悪くないのだ。もし、悪いモノがあるとすれば、彼氏がその浮気相手と知り合ってしまった「運命」というものなのだろう。
「誰かを好きになる」ということは、何人(なんぴと)の場合も、誰にも止められないのだから。


おれは二人の為に身を引いたのだろうか?
イヤ違う。
これはさっきも言ったようにモチベーションと気持ちの問題だ。
このまま、彼氏くんの居心地の良さに甘え、依存していくことに、何の展望も進展も望めないと思った。
それを「潮時」というのだろう。

おれはしばらくは落ち込んで、しんどい日々を過ごすだろう。
しかし、これ以上、付き合いを続けていく方が辛いと判断したのだ。
色々としみったれたことや、めめしいことや、やけっぱちなことも考えるだろう。でも、それはやっぱり虚しいことなのだ。


こういった類のことを、こんな日記なんかに書くのは良くないかもしれない。
ただ、こうやって意思表示をし、アピールをしないと、思い切って踏ん切りを付けた心が挫けてしまいそうなのである。
これまで二人の付き合いを応援してくれた皆さんへの報告とお礼という意味もあるし。




彼氏くんほど、気の合う、馬の合う、趣味の合う、間の合う、話の合うヤツは居なかった。かわいくて、頭が良くて、よく気が利いて、ユーモアに溢れていて、心根の優しくて、誇り高くて、そんな人に出会うことは人生の中でそうそうないだろう。
彼から受けた影響は計り知れない。彼と付き合うことでおれは大きく変わったと思う。
そんなすばらしい彼氏くんと10年も付き合うことが出来たこと自体に感謝したい。


明日から、10年ぶりの独り身の暮らしが再開する。
この、ただでさえ心寂しい秋という季節にはこたえるだろうが、それもまた人生の味なんだろうと思う。







ぼくらは離ればなれ
たまに会っても、話題がないことはない
一緒に居たいけれど、とにかく何かが邪魔する

人が居ないとこに行こう
休みが取れたら

いつの間にかぼくらも
若いつもりが歳をとった
暗い話にばかりやたら詳しくなったもんだ

それぞれ二人忙しく
っていうか適当にダラダラして

すばらしい日々だ
力あふれ
すべてを捨ててぼくは生きてる

きみはぼくを忘れるから
その頃にはすぐにきみに会いに行ける

懐かしい歌も
笑い顔も
すべてを捨ててぼくは生きてる

それでもきみを思い出せば
そんな時は何もせずに眠る

朝も夜も
歌いながら
時々はぼんやり考える

きみはぼくを忘れるから
そうすればもうすぐにきみに会いに行ける

奥田民生 詞・曲
「すばらしい日々」より

Posted: 木 - 10 月 9, 2008 at 01:37 午前              


©