第17回 東京国際レズビアン&ゲイ映画祭


そうだったらいいのにな・・・

梅雨がようやく明け、今年も「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」に行ってきた。

一昨年くらいから彼氏くんの映画祭熱が上がりだし、それにつられて、今年はとうとう(スパイラルホールで上映の)全作品を見ることのできるパスを買った。

結局、おれは計9本、彼氏くんはなんと12本!を見た。
(おれは金曜日は仕事で行けず、彼氏くん一人で見に行っていたので)

とりあえず簡単に感想など書いてみようと思う。

■ヒストリー・オブ・ゲイシネマ(2007 / ドイツ、オランダ、フィンランド、オーストラリア )
ジョン・ウォーターズ、ガス・ヴァン・サント、ティルダ・スウィントンなどのインタビューを交え、ゲイ映画の近代史を辿るドキュメンタリー。
やっぱ「質の高い悪趣味映画の帝王」ジョン・ウォーターズは最高で、「ブローク・バック・マウンテン」についての質問に対し「うん。アノ映画は宗教右派達の心配したとおりゲイ人口を増やしたんじゃない?ただし、そいつらは2年に1回しかセックスしないんだけどね。キャハハハハ」だって。

シェイクスピアと僕の夢(2008 / アメリカ)
学校では「オカマ」だ「ゲイ」だとバカにされている主人公が、授業で「真夏の夜の夢」のパックを演じることでみんなに認められ、憧れのラグビー部員とデキちゃうというハッピーミュージカル映画。
ぶっかけられた後最初に目にした人に惚れちゃうという魔法の媚薬を使いまくる主人公によって、学園が、そして街中がゲイやビアンで溢れかえっちゃうという「そうだったらいいのにな」的希望が描かれる。
でもでも、とにかくラグビー部員クンを演じたNathaniel David Beckerがカワイッちゃんでカワイッちゃんで仕方がなかった。それだけの映画。

■特異なカップル(2008 / 日本)
始終ベタベタラブラブなゲイカップルと、二人を取り巻くちょっと「Strange」な友人達によるドタバタコメディ。
まぁ、小劇団ノリのバカ映画かなと思ったら、ギャグはそこそこ笑えたし、「普通」と「異常」の区別をすることの無意味さをノンケなりに考えて作った感じはまぁまぁだった。

■月のかげ(2007 / 日本)
日本映画学校の生徒による卒業作品。ブスで冴えない塾講師の女と、突然彼女の元に転がり込んできた中年オカマの心の交流を描く中編。
これが結構良かった!ノンケの描くゲイっていうとどうしても、中途半端に女装したオカマしか出てこないという「あ~あ感」は置いといて、二人の主人公の演技と、その感情を引き出した演出、流れの良い編集、そして脚本が良くできていて、映画として立派だと思った。一緒に見た彼氏くんはちょっと泣いちゃったらしい。

■不思議の国の女たち(2006 / フランス)
アメリカのパームスプリングスで行われる一大レズビアンイベントに密着取材したドキュメント。とにかく「オッパイ、オッパイ、オッパイ」「ヴァジャイナ、ヴァジャイナ、ヴァジャイナ」という女子エロのオンパレードで、見てるだけでゲップ出た。性への奔放さにかけてはゲイもビアンもどっちも負けてないと思う。これも「そうだったらいいのにな」的ユートピアか、はたまた「真夏の夜の夢」的饗宴の記録。

フリーヘルド(2007 / アメリカ)
「不思議の国の・・・」と同時上映の本作は、それとは全く正反対のシリアスドキュメンタリー。25年間、郡の警察官として勤め上げたビアン女性が癌に冒され、自分の命が尽きる前になんとかして同性パートナーに遺族年金が支払われるよう訴えていく様を記録したもの。
たとえ「パートナーシップ法」が州によって決まっていても、その運用が郡の判断に任されているという仕組み。一歩先を進んでいるように見えるアメリカにおいてもなお様々な問題があるという現実を見せられ、考えさせられた。
上映後のトークでゲストの尾辻さんが言っていたのだが、結局、ゲイやレズビアンという「マイノリティ」だけの力ではどうしようもないことというのが実際あって、それを打開していくには職場の同僚や地域住民といった「マジョリティ」を如何に味方に付けていくかという、「これから」の問題が示されているなと感じた。

誓いのKiss?(2007 / アメリカ)
出版社でバリバリ働くゲイのマット。彼の元に1通の手紙が届く。それは元彼で最初の男だったライアンからの結婚式の招待状だった!
なんとか彼を「クダラナイ結婚」から救うべく田舎に戻ったマットだったが・・・。
最後のオチはこれまでのゲイ映画からすると意外なものだったけど、それはそれでアリという、新しい形だと思った。
この映画、地元の人々がゲイである主人公を大好きな友人として暖かく迎え、一人のキャラクターとして尊重している点がとてもイイと思う。
偏見や差別を無くすために頑張ったり、報われずに悲劇に終わったりする従来のゲイではなく、「居て当たり前」という存在に変わってきているのを感じた。

パートナー法は突然に(2008 / イタリア)
進んでいるアメリカやオランダみたいな国がある一方、カトリックの保守の力が強いイタリアでは、同性を含むパートナー同士の権利を保障する法律の制定を巡って揉めている。それを追っかけて取材を続ける、付き合って8年目のジャーナリストゲイカップルの悲喜交々がもう一つの素材。
まぁ、とにかく街中でインタビューに答える堅物なオッサンや保守的なババア達の台詞の憎たらしいことといったら!
「ゲイは病気。自然に反するからダメだ」だと?!
小一時間以上問い詰めたい気分だが、そんな人たちは多分聞く耳を持たないだろう。
でも、これは日本でも似たようなもんじゃないか?
ここでもやはり「如何にして多数派を味方に付けるか」が鍵になるような気がしてならない。
「そうだったらいいのにな」を焦れったい程に感じた。

■アジア短編集
映画祭の醍醐味の一つであるショート・プログラム。これはアジアで制作されたか、もしくはアジア出身の監督による作品が集められたもの。
台湾の作品はどれもウォン・カーウァイや岩井俊二みたいな、キレイな絵にちょいと美少年を転がしてみました・・・って程度の写真集っぽい映画ばかりで「フーン」って感じ。
シンガポールの「カトーン・フーガ」「家族の肖像」は結構面白かった。あと、クラブで知り合ってヤった二人の翌朝の会話を描いた「JUST」も良かった。

シェルター(2007 / アメリカ)
カリフォルニアの港町サン・ペドロに住む青年ザック。家族の世話のため美大進学を諦め、日々燻っている彼の前に、親友の兄貴であるショーンが現れる。サーフィンの師匠として、また創作を生業とする先輩として尊敬し、接していく内に次第にショーンに惹かれていく・・・。
ザックが矢も楯も堪らずショーンの家を訪ねるや無理矢理キスして、服を脱がす時間も焦れったいくらい欲情と愛情をたぎらせるシーンが秀逸。
ここでも、ゲイであるショーンはみんなから好かれ、「彼は優しいし子どもの面倒見も良いとてもイイ人よ」と言われている。
ラストでは、夢みたいなハッピーエンドが訪れるのだが、これも以前ならばいくらでも不幸な展開や「そうだったらいいのにな」的ストーリーになったはずだが、今のアメリカではその幸せが叶うのかもしれない。

■レインボー・リール・コンペティション
一般公募作の中から観客の投票で1位を選ぶコンペ。
6本の短編が上映されたのだが、どれもこれもイマイチで、「まぁ、中でもこれかなぁ」というのが受賞したようだ。
とにかく、日本のゲイムービーはもっとしっかりせんかい!!!



というわけで怒濤の映画祭は終わっちゃった。
一度にこんだけ沢山の映画を見て少々疲れたが、それなりに収穫はあったと思う。
彼氏くんが見ていた、イスラム圏での同性愛を取材した「愛のジハード」や、スペインのお馬鹿コメディ「チュエカタウン」も見たかったがまたの機会に譲ろう。

ある国ではパートナーシップ制度が確立し、同性カップルでも男女の夫婦と同等程度の権利を得ることが出来、ある国ではその制定を巡って世論が割れ、ある国では同性同士がセックスしただけで有罪となり(場合によっては死刑)、ある国ではテレビやメディアのステレオタイプな取り上げ方が一向に変わらずいまだに同性愛に対する無理解無関心による偏見が根強い。

ゲイやレズビアン、その他セクシャルマイノリティといっても、別に大したことは何もない。そこら辺にウジャウジャ存在し、そこら辺で楽しくも悲しいハッピーな毎日を送っている。
差別も偏見も無く、謂われ無き弾圧も無く、当事者も負い目や理不尽を感じることの無い、「そうだったらいいのにな」な社会はきっと訪れると思う。
今回の映画祭では、そんな考えのささやかな足しになる何かを感じた。

セクシャルマイノリティのシンボルであるレインボー。その存在数に関係なく、様々な色が等幅に並び、共存している。そして、それは至って「自然な」ものとしてそこにある。
「そうだったらいいのにな。そうだったらいいのにな。」

Posted: 木 - 7 月 24, 2008 at 12:35 午前              


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