「ドッグヴィル(DOGVILLE)」(2003/デンマーク)


「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のラース・フォン・トリアー監督がニコール・キッドマンを主役に迎え放つ問題作。色んな意味でオモロイ映画。でも、もう一回観たいか?と訊かれると・・・・・

むかしむかしあるところに、「ドッグヴィル(犬村)」という小さな村がありました。そこでは貧しいながらもセッセと閉鎖的に暮らす15人の人々(+子供)がいました。そこに一人の美女(ニコール・キッドマン)がナニモノかに追われて逃げ込んで来る。村はその「よそ者」を匿うか、追い返すかの選択を迫られるが、自称小説家・哲学者の青年の提案で彼女を村に置いて、試すことに決定。彼女はだんだんと村人たちと打ち解け、いつしか村人は彼女に「ずっとここに居てくれ」なんて言うのでした。しかし、そんな幸せな関係は長く続くワケもなく、上り坂のてっぺんからゆっくりと転がり始めていって・・・・・・・・。



まず、この監督の趣味に合うかどうかが、観る人を選んでくる。手ぶれカメラの生々しさと自己犠牲話(「奇跡の海」)、ミュージカル調の救いのない寓話(「ダンサー・イン・ザ・ダーク」)、そして、路上に書かれただけのセットで繰り広げられる人間のイヤ〜なとこあぶり出し劇(「ドッグヴィル」)。こういうの好きになれない人は、とことんダメなのだろうね、きっと。

「これは9章のエピソードとプロローグからなる物語である」なんつって始まる最初からして、「むかしむかしあるところに・・・・」みたいな普遍的な教訓話を喚起してて身構えちゃったりするが、その後映し出される「異様なセット」(!)にはさらに口ポカン。それに慣れるのと、登場人物や舞台となる村の状態を把握するのにしばらく時間がかかる。でも、しばらく経ったころから物語にグイグイ引き込まれていくんだ。こういうのはサスガ。この後8章くらいまではホント熱中して観られる。3時間?長いけど、観てる間はそんなに長さは感じなかったよ。

人間の二面性、簡単に言うとイイ面とイヤな面を、すごーく意地悪げに提示してくるのがこの監督お得意の手だ。登場人物(そしてすべての人間)誰もが持っているその二面性。彼らは、時に純真な天使の様に穏やかな笑顔になり、時に牙を剥きヨダレを垂れ流して欲望をさらけ出す悪魔の相になる。そのどちらも正しいのだと彼らは言う。それは自分達の為でもあるし、村に入り込んだ異物である彼女の為でもあると勝手に決めつける。しかし、彼女は何かとてつもなく大きな罪を背負っていて、それを償おうとでもしているかのように、彼女にとってのその「苦」を受け入れようとする。村人はますます増長する。「こんなヒマな村におまえみたいな、なまじ綺麗な女が来るからイケナイんだ」と、彼女を慰みものにする村人達。「奇跡の海」でも「ダンサー・イン・ザ・ダーク」でも、こういうレイプシーンが有ったと思う。それは、おれの目には、決まって痛くも辛くも映らず、ただただ「悲しい」諦観だけが残る。「はぁ、人間ってダメな生き物ね」というような。。。。(ちなみにこの映画でのレイプシーン。どっかの家の中でニコール・キッドマンが犯されるんだけど、家の壁も塀もないセットなので、ニコールに覆い被さるオッサンがケツ丸出しで腰動かしてる向こうで子供達が遊び、オバハンが井戸端会議してるっていう随分シュールな絵なのだ。監督。コレやりたかっただけなんちゃう?)
そして最後。おおかた予想はついたんだけど、それを「する」決断を下した彼女。そんな彼女さえも「彼らの為」「世の中の為」とか「自分で責任とる」とかなんとか言って正当化する。そう正当化するんだ。このラストはしかし、分かりやすいし腑に落ちる。「奇跡の海」のなぁんか綺麗事過ぎるラストや「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の崖から突き落とされたようなラストとは違う。「やっぱ、そうだよね。そうするよね。」と納得するのだ。

「行ったコトもない国(アメリカ)を舞台にして、よくもヌケシャーシャーと映画撮ってカンヌで賞なんか貰いやがって」などとアメ公に言われて意地になった監督は、またもアメリカにこだわる。文字や映画でしか知らないアメリカを徹底的に描いて見せようとする。しかも、ロケもセットもSFXもナシに。
しかし、これは皮肉だけでもバカにしてるだけでもなさそう。戦争の大儀を正当化し、ボロが出て突っ込まれそうになっても下手な言い逃れで強大な武力を振り回すことをあくまで「みんなの為」と言ってのける「あの美しい国(韓国や中国ではアメリカは美国って書くのよね。どこがだよ?)」を見て「他の国だって一緒だよ」とイヤな苦笑いを浮かべているに違いない。タダ単にその見本にはあの国が丁度よさそうなのだ(そしてまた、あんな巨大でマッチョな国にもこういうミクロで縮こまった「村」が有るという事実を示してもいる。)。人間はドイツもコイツも見た目や話す言葉は違っても可笑しくて悲しい生き物に変わりないんだということだ。最後に現れた「犬」がそう吠える。

それにしても、3時間の映画。3時間っていう時間は長いね。終了後、トイレで並んでシッコしてる人の列も長けりゃ、そのシッコの出てる時間も妙に長い!

→ドッグヴィル オフィシャルサイト

Posted: 水 - 3 月 17, 2004 at 03:45 午前              


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