「ターネーション」(2004/アメリカ)


こんなにも自分自身を、自分の母を、そして彼らの背負っている業をさらけ出してしまうのは痛い。でも彼はそうすることでしか自分の存在を確かめられなかった。

いやー痛い。なんとも痛い。
精神病の母親と自分をドキュメンタリータッチで撮った自伝的映画だっていうので、「HARUKO」 みたいな心温まる物語を想像しているとヤケドした。
とにかく彼らの境遇はハンパない。





テキサスのとある街。ひとりの女の子が生まれた。もともと見た目のキレイだった彼女は地元誌のモデルやテレビCMなどに出ることになる。しかし、ある事故がきっかけで体が麻痺。それを治そうと両親は「電気ショック療法」を繰り返し施し、彼女の精神は徐々に蝕まれていったのだ。
彼女は結婚してひとりの男の子:ジョナサンをもうける。
幼くして両親の離婚や、母の病気、里子に出されて虐待を受けるなど、ジョナサンも悲惨な幼少期を過ごす。彼は「離人症」という精神疾患に罹ってしまう。ココロとカラダが分離してしまうというのだ。

自傷行為を繰り返し、ドラッグに溺れる日々。彼はゲイというセクシャリティを自覚し、精神のバランスを保つために11歳から膨大な量のフィルムを撮っていく。家族、そして自分の赤裸々な姿、声。

映画の核を成すのはこのジョナサン・カウエット自身が撮りためた1300本を越える記録映像であるが、その構成ぶりはブッ飛んでいて容赦がない。まるで悪夢かクスリでバッドトリップしているかのような映像が押し寄せてくるのは正直言ってあんまり好きじゃない。生い立ちの説明も文字が続き、2chでよく見るFlashムービーのようで辛い。
だがしかし、こうすることでしか彼は「自分」という存在を確認することができなかったのだ。
強烈な自画像。自らの耳を削いだゴッホの自画像。痛々しいまでに自分の名前を刻印したショスタコーヴィチの交響曲。この映画は同じような系譜にある。

そしてこの映画のホントウの力は別にある。それは強烈なまでの母子の繋がりだ。

30歳を越えたジョナサンはニューヨークで彼氏と同棲中。ある日、母が治療薬リチウムの過剰摂取で大変なことになったと知らせがある。急遽故郷テキサスへ向かうジョナサン。童女のように無邪気に戯れる母親。無責任な発言を繰り返す祖父。彼は母をニューヨークに連れて行った。
強烈なまでのマザコン。そしてナルシシズム。どことなく寺山修司を思い出す。ここで敢えて陳腐な言葉を使いたい。「天才となんとかは紙一重」だと。


「神様は、生まれてくる前の人間にこの世の全てを見せるんだ。でもその記憶は生まれる前に天使によって消されてしまう。鼻の下にあるくぼみはその痕なんだよ。」

いつか祖父がそんなことを言っていた。それを象徴するかのようなラストシーン。スヤスヤと眠る母の傍に寄り添うジョナサン。彼女の鼻の下のくぼみにカメラが寄る。
そして、およそ家族からの愛なんてマトモに受けたことがないだろうジョナサンが、今の彼氏との生活は愛溢れるものであることがうかがえるところもイイ。ジョナサンと母親と彼氏が3人でニューヨークの街を歩くシーンはちょっと感動的だ。

人間というのはたいがいの悲惨さや過酷さを背負っていても「なんとかなる」ものなんだなぁ、と感じた。

iMovie を使った編集で200ドルちょっとの制作費だったとか、ガス・ヴァン・サントや「ヘドヴィク・アンド・アングリーインチ」のジョン・キャメロン・ミッチェルらが絶賛しサポートを惜しまなかったという宣伝文句はどこへやら。映画を見終わってこんなに疲れたのも久しぶりだ。


→「ターネーション」公式サイト
http://www.herald.co.jp/official/tarnation/index.shtml

→「Tarnation」
http://www.i-saw-tarnation.com/

→「ターネーション」ブログ
http://blog.livedoor.jp/tarnation/

→「ターネーション」QuickTimeによる予告編
http://www.apple.com/jp/quicktime/trailers/herald/tarnation_large.html

→シカゴ発 映画の精神医学:ターネーション
http://eisei.livedoor.biz/archives/29944026.html

Posted: 日 - 9 月 4, 2005 at 10:01 午後              


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