「HARUKO」(2004/日本)


辛酸舐め尽くし、家族のためになりふり構わず生きてきた強さ。その「顔」の愛らしいこと!在日魂。いや、母親魂、人間魂のあっぱれなこと!ホント泣きました。

在日のドキュメント、というと、なんか重ーい内容を想像して敬遠してしまいがちですが、これは観て良かった。ほんと良かった。





現在87歳の在日1世のおばあちゃんHARUKOの壮絶な半生。
同じ済州島出身の色男と結婚。日本に渡り3男4女に恵まれるが、夫は「飲む・打つ・買う」の放蕩三昧で、いつも愛人の元に。長女は済州島に残り次女は家出、三女は北朝鮮へ嫁いだきり音信不通。長女といっしょだった四女は幸せな家族との生活を夢見て日本に来るが、あまりのギャップに絶句。一方長男は、闇商売で家計を支えて逮捕→釈放を繰り返す母の姿をフィルムに記録していた。済州島出身の男は働かないので有名だそうだが、この一家、概して、男は気弱で優男でダメ。女は気丈で頑張り屋で強い。






それにしても、この人、スゴイ顔だ。ま、はっきり言ってブスの部類なんだが、とても強烈な味のある顔だ。いい顔だ。それは、大久保のバラックで不法な商売をしている時、37回も逮捕され釈放され警視庁から出てくる時、40年前のフィルムが克明にその「顔」を捉えている。40年後の今だって、すごくいい顔。それは、同じ境遇のおばあちゃんを大阪に訪ねた時、千葉で海に入った時、長男がガンであることをカムアウトしてきた時、それらの「顔」を見ていると涙が止まらなかった。
彼女の不屈の魂はただ一つの事に由来している。「家族への愛」「母の愛」だ。「守るべきは法律より家族」。化粧なんかしてるヒマはない。ブスだってへっちゃらだ。しかし、「30円の値打ちも無い男のために300万で葬式出した」「12回も自分を振った男の墓参りなんて絶対しない」と浮気放蕩のダメダメ夫を死んでも赦さないHARUKOさん。長男とは何かと対立。孫たちにはめっぽう優しい。
「戦後生まれは怠けてばかりでダメ」。「朝鮮人であれ日本人であれカスばっかり」。名言は尽きない。







孫娘の結婚式では、感極まって涙ぐむ新郎に「笑う日が来たから泣くんじゃないよ!」と一喝。その一言の重さ厳しさと優しさ。親戚に誘われて踊り出すHARUKOさん。ここでおれは号泣である。

母の愛は海より深いという。我が子が泣きやまないからといって熱湯をかけたりして殺してしまうような人も母親なら、家族のためになりふり構わず地に足付けて生きてきたこの人HARUKOさんも母だ。
母親魂ここに見たり!この愛すべきオモニの40年前、そして現在の姿をよくぞ記録してくれた。拍手と感謝です。日本も朝鮮も韓国も、そして在日も関係無く、普遍的な人間の、母親の物語。感動とかいう薄っぺらい涙では無い。田舎の頑固ばあちゃんに叱られて泣いたような、そんな感じだった。

→「HARUKO」フジテレビのサイト
→配給元・上映館「ポレポレ東中野」
→goo 映画情報「HARUKO」
→毎日新聞の記事


追記:
それにしても在日朝鮮人とは特殊な人たちである。日本人でも朝鮮人でも韓国人でもない、「在日」というナショナリティ、「在日」のアイデンティティを持った人たちなのだ。その複雑な成り立ちのためここで説明はしない(し、できない)が、日本人の無知と無関心と長年植え付けられた負のイメージや固定観念などから、いわれなき差別を受け偏見を持たれ虐げられてきた代表的なマイノリティである。外見だけでは在日かどうかなんて簡単には見分けがつかないし、本名を名乗ったり敢えてカムアウトしてない限り、在日であることをこっそり隠して生活することもできる。有名人、芸能人の中にも在日はいっぱい居る。もちろん身近にもたくさんいる。
む、なにかに似てない?そうだ。ゲイだのホモだのいわれるおれたちだ。
この映画で、在日朝鮮人ということに特別さを感じなかった。なぜなら、どの人にも当てはまる普遍的な内容だったからだ。もちろん、朝鮮人・在日朝鮮人でなかったならば、こんな運命は辿らなかったかもしれない。でも、HARUKOばあちゃんの言葉どおり、日本人も朝鮮人もみな同じだ。カスもいれば立派な人もいるさ。実はおれの彼氏くんも在日朝鮮人だ。だからといって特別なことは何もない。彼から教わることはたくさんある。むしろ自慢の彼氏である。
もっと彼らのことを知りたい。そして、世の中の日本人たちにもっと知ってもらいたい。「知らない」ということは結構な罪だと思う。普遍的な内容で涙したついでに在日のことが少し分かるという意味で、この映画をたくさんの人に見てもらいたいと思う。

Posted: 金 - 5 月 7, 2004 at 12:47 午前              


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