ハッテン場回想録


あれは今から10数年前のことじゃったぁ・・・・

ただいま発売中のGAY LIFE MAGAZINE「BAdi」 2005年8月号に寄稿させていただきました。
いつぞやここにも書いた「ブッカケミラー」 のレポです。(自分の文章って、ああやって雑誌の中に並ぶと異質ですね。)

そう。今回の「BAdi」は毎年恒例の「ハッテン場特集号」。
全国各地のハッテン場マップや、若手編集部員を送り込んでの最新スポットレポ、有料ハッテン場店員さんの声(イク時に「おかぁさ〜ん」と叫んだ客が居たんだって。笑う。)などもさることながら、おれが注目した記事はこれだった。

「日本のヤリ部屋を作った男〜伝説のアムズトリップはこうして生まれた」

アムズといえばまさに「ビデボ(ビデオボックス)」のハシリである。1990年代初頭のまだヤリ部屋や脱ぎ系のビデボなんて無い頃(有料ハッテン場といったらホモ映画館かサウナくらいだったのだ)、ダークルームやらボックスの穴やらを考案したまさに先駆け的な有料ハッテン場であった。

ビデボでビデオじっくり見てるバカなんか居ない。迷路やダークルームでのハッテンがメインだって誰でも知っているワケだが、当時駆け出しだったおれはボックス入るのに3時間待ちなんて言われて「ふざけんな!」っつって帰った事があった。後日それが「勿体ないこと」だったと気付き、なんどか通ったものである。
ノンケのビデボなら、個室に入ってビデオ見て抜いて帰るだけ。しかし、ホモの場合、そこは出会いとハッテンの場になりうるということだ。

記事中では当時の盛況ぶりが伝説めいて語られているが、それは無理もない。ホモ達は飢えていたのである。
「サウナや映画館はオッサン達の行くところだ。」「若い奴ら同士でハッテンできるスマートで手っ取り早い場所はないものか?」
そういったホモ達がこぞって集まったのがここだった。

確かにアムズなくしては、その後のビデボやヤリ部屋の隆盛は考えられないと思う。しかし、おれにとっての「伝説の店」は別にある。
五反田の「ヤングマン」だ。

ビジネス街と風俗街、二つの顔を併せ持つ街:五反田。その雑居ビルの5階にその店はあった。最初、方向音痴のおれは店にたどり着くまでに何度も迷い、新宿へ引き返してホモ雑誌の地図を再度チェックしてようやっとそのドアを開けたのである。
店内は10個程度のボックスとミックスルーム。粗末ながらシャワーが付いているのが魅力だった。その日は適当にやって帰ったんだと思うが、この店でトンデモナイ事が起こったのはそれから数ヶ月後のことだった。

或る年の正月明け。
おそらく日本で最初の「全裸デー」が敢行されたのである!!!!

今でこそヤリ部屋で全裸なんて当たり前過ぎることだが、当時はとんでもなくセンセーショナルだった。その時の事はマザマザと覚えている。
全裸デーに集まり、ロッカーが空いて入店できるのを待っている亡者の列で、5階までの階段が埋め尽くされたのだった!!(このビルってエレベーター無かったの。これを一気に上がってハァハァ言わないくらい鍛えてる奴カモンってことだったのか。。。)そして、その客一人一人に対し、ケツ割れのアシスタント店員が缶コーヒーを配っていたのだ。
この日は2時間の時間制限が設けられていた。そうしないといつまで経っても客が入りきらないのだ。ここでもやはりホモ達は飢えていた。
当時はこんな刺激的なエロイベントなど滅多になかったし、ハッテン場も今みたいにタイプ別に細分化されてはいなかったので、いろいろな種類のホモが集まっていた。今ではあんまりお目にかかれないカッコイイ奴も大勢いた。
ビルの一室の狭い空間で、全裸の男達が集まってエロエロな事が行われる。こんなスゴイ事が簡単に実現するんだということにみんな興奮していたのだ。

階段の上の方からは、事を終えて帰ってくる客と上り下りすれ違う事になる。「こいつら全員ホモ(しかも、ヤリに来ている!)なのか」と思うとワケもなくクラクラした。
ようやく番が回ってくる。前後に何人か目星をつけておいた奴が居る。こいつらとなんとか店内で接触してやる。おれの目はギラギラしていた。

結局目当ての奴とはデキなかったが、何人かの引き当ての後、それなりの奴とセックスした。そして放心したようにビルを、そして街を後にしたのだった。

その後のおれのハッテン場と言えば「ヤングマン」だった。
何度通ったのだろうか?終電まで居たり、時には泊まったり。一対一あり、乱交あり。店主とも少し親しくなり、1度か2度は受付の中で店主とヤッタりもした。

90年代後半、携帯電話が普及しだし多機能の「ケータイ」に進化していこうとするのと時を同じくしてヤリ部屋が濫立し、この店も特徴を失い廃れていった。何度か店名とコンセプトを変えながら続いた店もいつしか閉じた。おれのハッテン青春も終わったのである。

2005年の今。有料ハッテン場というのはハッキリいって下火なんだと思う。
ネットやケータイですぐに出会える環境。「ハッテン場はリスキーで汚い」というイメージ。エロやハッテンというものに枯渇していない若者。
年寄りが昔を懐かしむワケじゃないが、あんなにみんなが目をギラギラさせて階段に並んでいたような事はもう起こらないんだろうと思うと少々淋しい気がする。。。



[現在のハッテン場情報検索サイト]
http://www11.mensnet.jp/navi/ps_search.cgi?act=cat&cat=04
http://www.gpress.com/cgi-bin/index.cgi?page=cruse_box
http://www.hatten.jp/pc/
http://www.gayweb.ne.jp/link/XcDirViewInCat.asp?ID=4


意外と「ハッテン場の歴史」みたいなこと書いてるサイトやブログって無いのね。。。
昔「BAdi」で「カノッサの屈辱」風に取り上げてたことがあったように思うんだけど。
伏見さんの本「ゲイという[経験]」 では、もっと古くからの歴史を扱っているようですし。
「90年代のハッテン場総括」みたいな情報求む。

Posted: 火 - 6 月 28, 2005 at 01:52 午前              


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