おつかれさまでした > 薔薇族


1971年。おれとほぼ同じ年生まれの先駆者=薔薇族。おつかれさま。そしてありがとう。

ゲイ雑誌の、いや、かつてゲイの代名詞とさえなっていた老舗雑誌「薔薇族」が遂に、というかやっと廃刊になるそうだ。

http://www.asahi.com/culture/update/0922/007.html
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20040922AT3K2202B22092004.html
http://www.badi.jp/kiji/2004/09/nw0409221.html
http://blog.livedoor.jp/bose_web/archives/7108814.html

『「ゲイ雑誌」といえば「薔薇族」』というノンケ社会での知名度と、世の中的に果たしてきた役割の大きさが、朝日、日経はじめ一般の新聞に取り上げられていることからも分かる。

雑誌「薔薇族」
1970年代初め。まだまだ男性同性愛が社会的にタブー視され、ホモとホモ行為が変態・アブノーマルと見なされ、日本中のホモたちが裏社会でのひっそりとしたホモ活動を余儀なくされていた頃、創刊。自称ノンケの伊藤文学氏が編集長を務め、寺山修司なんかも寄稿していた。「同性愛は異常じゃないんだ」と世の中に知らしめたその役割は本当に大きかったんだと思う。この本に救われ、ゲイ・ホモとして生きていく自信を得た人も大勢いるだろう。同時に、「ホモのためのエロ本」としてのサービスも盛りだくさん。超薄消しのグラビアやエロマンガや小説などをズリネタにしていた人たちも数え切れないくらいいただろう。

なにを隠そうおれもその一人である。
最初に「薔薇族」の存在を知ったのは、おれがまだ高校1〜2年の時だっただろうか?ラジオ(たしか谷村新司とかがやってたやつ)で、伊藤編集長がゲスト出演し、いろいろな裏話を語っていた時だった。男の裸写真満載で、それが好きな男同士が知り合うきっかけになるかも知れない雑誌。「男が好きな男のためのそんな夢のような本があるなら見てみたい」と即座に思った。
近所の本屋には残念ながら置いて無くて、高3の秋に学校帰りの古本屋でその「薔薇族」を見つけたときは、稲妻に打たれたように嬉しいショックだった。(実は、「あ、こんな大きさの本だったんだ。」というのが第一印象。結局「SMスナイパー」なんかと同じ版形で、「やっぱ、変態雑誌なんだな。」とも思った。)

早速買って帰って、貪るように隅々まで読んだ。たしか、1986年の10月号(20年近く前ですよ!!)だったと思う。グラビアのぼかしはドットの大きな点で、ホトンド見えてた。勃起ーん。マンガ「ごきげん曜」 で興奮した。勃起ーん。小説(たしか、戦争中の上官と二等兵の話で、コンドームに蛭を入れて我慢するなどのSMものだった)にも欲情。勃起ーん。ビデオやお店の広告面にある小さな荒い写真でもムラムラした。勃起ーん。
とにかく、思った以上のスゴイ本だったのだ。「こういうのが欲しかったんだ。あぁ、おれってホモなんだなぁ。実感。」みたいな。

大学に入ってからは最新号も買うようになった。グラビアやマンガや小説などで何回も何回もオナニーした。広告で知った東京のハッテン場で知り合った人と初体験した。文通欄で知り合った人とヤッたり友達になったりした。広告に載っていた伝言ダイヤルで知り合った6つ年上の人と初めてつき合った。本当にお世話になった。
しかし、次第に「薔薇族ってちょっとえげつなくて下品」と思うようになり別の雑誌を読むようになったのだ。そのころは文通欄での真面目な出会いが出来ると言われていた「アドン」。「薔薇族」との最大の違いは表紙だった。内藤ルネの、ちょっと耽美でフェミニンな少年のイラストが表紙の「薔薇族」より、シンプルなデザインの「アドン」の方がなんとなく若者向けっぽかったし、買いやすかったのだ。(その後「アドン」はリブ傾向を強めていって、グラビアや広告が無くなっていき廃刊に。)
そして遂に「バディ」が登場したのである。

おれと同じように「薔薇族」への違和感(それは「時代とのズレ」とでも言うんだろう)を持っていたホモたち、特に若い子たちは、新しいゲイの一般誌として登場した「バディ」にドンドン乗り換えていったのだ。それでも「薔薇族」は昭和の薫り漂う基本路線をあらためず、「バディ」との差別化を図ろうとしたようだ。これは結構致命的で、「薔薇族路線」をひた走る→違和感を持つ読者が減る→文通欄の投稿が減る→広告も経る→「中年にも読みやすい」 と言って頑張る→読者が減る・・・・という循環に陥ったんだと思う。
これが一層進んだのは、「薔薇族」に深く関わっていたアーティスト:長谷川サダオ 氏の死去が大きいと、おれ個人的には思う。

表紙に代表される「薔薇族」の違和感は一層増し、同じ老舗雑誌の「さぶ」が廃刊となり、インターネット普及の風も吹き荒び、そして遂に「薔薇族引退」となった。晩年の「薔薇族」に漂っていた「痛々しさ」というか「哀れさ」は、かつて恩恵を受けた者にとっては見るに忍びなかった。これもしょうがないことなのかな。いや、「薔薇族」はやっぱり「薔薇族」で在り続けて良かったと思う。

1971年。おれとほぼ同じ年生まれの先駆者=薔薇族。おつかれさま。そしてありがとう。

→「薔薇族」
http://www.barazoku.co.jp/

→薔薇族 定期購読:薔薇族の紹介、薔薇族の詳細、創刊のいきさつなど
http://www.fujisan.co.jp/Product/1281679544/

→薔薇、このまま散らせますか?(「一文字カルトの男色道場」より)
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/karuto/column/old-colmn/column-093.html
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/karuto/karuto/karuto-kizi-3.html

(おまけ)
→薔薇族が廃刊、そしてバールのようなもの(「ひげおやじの秘密小屋」より)
http://blog.livedoor.jp/higeoyaji/archives/7102246.html

Posted: 金 - 9 月 24, 2004 at 02:19 午前              


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