Art in the UK 

アートレポート―イギリスの美術大学院留学
中根 秀夫

 

1996年12月

 


 イギリスにアート留学したいという人も、これから始めたいという人と大学院で勉強したいという人とでは、必要な情報は違うと思う。また、アートと言ってもジャンルはさまざまだし、学校によってもそれぞれ特色がある。僕の場合は、あくまでも「スレード」という学校の「大学院」で「ペインティング」のコースに通っていたということを、初めに断っていたほうが良いと思う。でも、「じゃあ、自分には関係ないや」という人も是非、目を通して欲しい。大学院は、イギリスのアートシーンに一番近いところにあり、最も活気があるところだ。きっと、イギリスのアート教育の雰囲気をわかってもらえると思う。

 僕が通っていたスレード(The Slade School of Fine Art)は2年制で、1学年14-15人。そのうち留学生は4-5人。スタジオは、もともと印象派のコレクションで名高いコートールドギャラリーがあったところで、採光が美しい。よく観光客が間違えて訪ねてくる。
 スレードは美術だけの単科大学ではなく、ロンドンでは唯一、University College Londonとよばれる総合大学の一部である。いわゆる大学街にあり、イギリス人はもとより、多くの留学生が行き交い活気がある。総合大学の利点としては、図書館などの施設面の充実に加え、オープンレクチャーなど実に質の高い講義にも参加できることにある。僕の在学中には、映画監督のピーター・グリナウェイや、日本でも最近、鎌倉の近代美術館で展覧会が行われたアントニー・ゴームリーの講演もあって、大きな講堂に入りきらないほどの人がつめかけた。

 大学院というところは制作のペースも自由だし、課題もない。そんな中でイギリスの教育の特徴は、「とことん話す」ことにある。チューター(tutor)とよばれる先生が各々3-4人の生徒を受け持ち、プロセスの段階から徹底的に話し合う。また、セミナーと呼ばれる1時間ほどのディスカッションでは、自分の作品を囲んで学生同士が意見を述べあう。学内の先生のほかにも、ビジターと称し活躍中のアーティストが講師として招かれ、スライドレクチャーをしたり、実際に自分の作品を前にして話し合いが持てる。学生の間でも、日常からあれこれと作品について話すことが多い。
 この「話し合い」こそがイギリスで教育の重要なところであり、当然、僕たちにも「言葉」で自分の考えを説明する事を要求してくる。日本ではあまり重要視されないが、実際、言葉で説明できないところが、自分の作品に対しての曖昧さでもあり、作品の弱さにつながることがよくわかる。特にセミナーは多人数を相手にするハードなものだが、自分の作品を客観的に見直すチャンスでもあり、それを境に作品がぐんと良くなることが多い。彼らの意見に対抗するには、相当の度胸と英語力が要求される。ただ、英語力のほうに関しては、イギリスで勉強する誰もが泣かされることだと付け加えておく。

 日本の大学との大きなちがいのひとつに大学院の独立性がある。講師陣も運営もきっちり分かれていて、日本の様にだらだらとした学部の延長ではない。実際、うちの学年でスレードの学部から来たのはひとりだけだった。イギリス人の場合、学部の時は地元の大学で勉強すること多いが、やはり大学院はロンドンに学生が集まる。留学生としては、イギリス各地の訛りに悩まされる事になるわけだが、当然レベルは高い。そんな中で興味があるのは選考の様子だと思う。日本では考えられないが、学生(2年生)が次年度の選考に立合うことができる。
 300人分位のスライドを3日で採点し、それをパスすると面接。かなり過密なスケジュールだが、幸い留学生の場合はいろいろな意味を含めて別枠で、イギリス人よりもじっくりと時間をかけて慎重に見てくれる。ひとりの先生は「イギリスまで面接に呼び付ければかなり期待させることになる」と言っていた。という事は、留学生の場合、スライドの段階でかなりの部分合否が決まってしまうと考えていい。余裕があったら学校の下見をかねて、実際に先生に会って話を聞いたり、作品を見てもらってもよいと思う。学校が休みでなければ大抵は快く会ってくれる。そういう点でイギリスはかなり柔軟だ。
 スライド審査をパスすると作品やドローイングを持ち込んで面接審査がおこなわれる。うちの大学の面接ではなかったが、ロイヤルカレッジでは、やはり生徒が審査に参加していた。こういう試験の仕方は、各々の大学が独立していないとできないことだ。

 ロンドンだったら制作するうえでもあまり困ることはないと思う。画材屋は色々あるし、学校にも基本的な画材を売る店がある。値段が安くないのは、VAT(付加価値税)の税率が高いからかも知れないが、大抵のところで、10パーセントの学割がある。でも制作に特殊な素材を使うとすれば、ちょっと苦労するかもしれない。日本の感覚でいう色々な素材を何でもそろえている店はない。電話帳を片手に、ガラス屋、ゴム屋と足しげく探し回らなければならない。その時には、下町訛りのおじさんと話す英語が必要になってくる。僕も一応は日本から画材を持ち込んだが、画材を求めて歩き回ることも、意外とイギリスを知るチャンスになる。

 現代美術を志すアーチストが「海外に行きたい」と考えたとき、イギリスの他にも選択の余地があるだろう。でも、もし「勉強したい」と思っているならイギリスを勧めたい。3年間イギリスで暮らしてみて、その期待を全く裏切らなかったと言いきることができる。そして新たに是非、付け加えたいのは、今イギリスのアートが、どこよりも活気があるということである。日本でもおなじみのデミアン・ハースト、レイチェル・ホワイトリードら注目を集めるアーチストは皆、30歳前後の若いアーチストである。結果として、新しい作家を求める美術関係者の目は大学の卒業展に注がれる。そのことが学生にアーチストとしての自覚を与え、イギリスのアート教育の質の高さにつながっているのだと思う。

 

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