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本の紹介

風の散歩

 

1999年4月1日


風の散歩 小さな芸術家たち
寺山千代子監修/描画教育研究会編
コレール社 定価:4000円(税別)

 この画集の各章の冒頭にある短い文章と、イギリスの作家達の作品の説明文の和訳を私が担当しました。

 

 

 私がはじめて自閉症の子どもの絵画作品をみたのは今から2年前のことだ。その時の驚きと戸惑いについては「ある自閉症児の絵画」でもふれたが、ついに彼らの作品が一冊の画集として出版されることになった。

 手に取ってページをめくっても、最後の解説の項に至るまではこの本が自閉症児の作品を集めた画集であることはあかされない。何のまえぶれもなく私たちの前にポンと与えられたこの画集から何を感じ取るか。それは、監修者である寺山千代子氏の挑戦かもしれない。寺山氏は国立特殊教育総合研究所分室長として自閉症児の教育にたずさわってきた。その人をして、この画集からあえて導入の手がかりをそぎ落としたのは、例えば、子供の絵や障害を持つ人の作品は私たちの持ちえない感性と魅力を持っているという、そんな今では手垢にまみれになって定着してしまった言葉こそ、逆に私たち自身で「ものを見て、ものを考える」ことへの柔軟性を奪っているという反省を含んだ示唆なのではないだろうか。


作品紹介

「空気抜きのある家」


 この作品の特筆すべき点は、そのドローイングの美しさもさることながら、大きく重たそうな屋根の上にある煙突状のものが実は「空気抜き」だというところにある。この絵から、ただちに我々の社会の「制度」のことを思い出すのは作者の意図するところではないとしても、閉じられた内部と外部 という領域の境界線である輪郭に風穴を開け、自由に行き来することは、今の私たちの社会に求められる最も重要なことではないだろうか。

a house with air vents

「どこまでも続く電線」


 私は2年前みたとき打ちのめされた。彼のノートには1冊丸々電線が描かれている。まるでエッチングのように堅く引かれた線は、ページをめくるという連続性を伴う動作とともに空間的に増幅される。それは私たちのすごす日常のなかで忘れられてしまった 大切な時間を呼び起こしてくれるものである。

shampoo

「シャンプーシリーズから」


 大量に生産され大量に消費されるものたち。私たちの生活の見事なまでのカタログ化ではないか。ウォーホル*が見たらきっと喜ぶだろう。毎日のように繰り返し描いていたこのシャンプーシリーズから、ある日「卒業」という言葉とともにブランデーの瓶のカタログ化に移行していったそうである。

birds

「よそのとり」


 例えば「とり」を「いぬ」に置き換えてみる。野良犬のことは「よそのいぬ」とはいわないだろう。もっともその「いぬ」が迷い犬のように、以前どこかで飼われていた形跡を残していれば「よそ」という言葉があてはまるかも知れないが。「よそ」とは匿名の所有を示す言葉で、「よそのとり」とは「うちのとり」ではない「どこかのうちのとり」のことだろうか。なお、左下に見えるのは目玉焼きだそうだ。
life story

Life Story


 この画集には数点イギリスの自閉症児が描いた絵画があり、これらは私の大好きな作品でもある。自閉症児も私たちも同じ時代で、同じ場所に生きて、同じ視野で社会を見ている。そして彼らが見ているものは、イギリス、日本というそれぞれの固有性を含んだ「私たちの」社会であるはずだ。イギリスの自閉症児の作品と日本の子どもたちのそれとの「差異」は、それぞれの属する社会の構造自体に存在しているのではないか。

 最近では障害を持つ人の展覧会などもさかんに行われるようになったが、彼らの能力をアウトサイダー(外部にいる人)としてくくることに関しては異論がある。彼らは、むしろ私たちの「内部」から私たちの社会を見据える存在として認識すべきではないだろうか。そうでなければこれだけ強い作品が彼らの中から生まれるはずもない。彼らの作品が、特に私たちの現代美術といわれている作品群と類似性があるとすれば、この同時代的「視線」ではないだろうか。
 この画集は多くの人たちに見てもらいたい。そして美術にかかわるすべての人にも必要な、大事な本であることも付け加えたい。私たちはもう一度「ものを見て、ものを考える」ことを肝に銘じるべきである。

 

*アンディ・ウォーホル ポップアートの中心的存在。消費される物とイメージの反復を主題とした作品を作る。

 

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