Exhibitions
1997年10月22日-10月29日
厚木市文化会館
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| 絵画、写真、それ以外のもの 襖に大型カラーコピー 活け花協力: 和田瓔交 草月流師範会理事 (川野辺津永 束本瓔直 佐藤瓔敏 石塚充瓔 大川智瓔)
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『日常-Ordinary Time』について
タイトルとして使った、『日常』という言葉と『Ordinary Time』という言葉は、訳語として考えても完全に一致する言葉ではありません。辞書を開いてみると『日常』とは、「つねひごろ」「ふだん」といった中立的な言葉が当てられています。一方、『Ordinary』を英英辞典で引くと、"Not special or different"(特別のところや違いがない)という否定形によって裏打ちされる言葉であることがわかります。私が今回展覧会のテーマとして提示したかったのは、この『日常』という言葉に含まれる『Ordinaryな時間』のことです。私たちの日々繰り返しの中の、単調で退屈な時間の流れをもう一度見直すことによって、小さな違いを発見をしていこうという試みなのです。 今回の展示では多くの部分でコピーを使用しています。その理由のひとつは、「画面上」から作家としての「私」の個人的な感情、メッセージを極力排除したいと思っているからです。作品は「私」と「画面」との対話で作られたもので、ある意味で完結しています。それに対し、「作品を見る人」と「画面」との関係において、その延長上に「私」(私の感情やメッセージ)を置くのではなく、「見る人」が「画面」を通じて「見る人自身」の内面に戻っていくような関係を作りたいからです。画面を通じて、自分自身の「記憶」をたどる「時間」と「場所」を供給できればいいと思っています。 もうひとつの理由は、「複製」(コピー)することによって成り立っている私たちの時代を考えたいからです。「複製」されて不特定多数に大量にばらまかれるテレビや活字媒体などの情報、それ自体に対して必ずしも私は否定的な立場をとっているわけではありません。現在「複製」という言葉は、従来の「オリジナル」に対しての「偽物」や「贋作」という意味ではとらえられません。私は「複製」がそれを「受け取る人」との関係の中で「リアリティー」を持つことによって、新しい意味を持った「オリジナル」が生まれてくるのだと考えています。それが私たちの過ごす現代の「日常」でもあると思うからです。 1997年
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