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マノエル・ド・オリヴェイラ監督の『夜顔』Belle Toujours(2006年)を見る。ルイス・ブニュエル監督へのオマージュで「昼顔」(カトリーヌ・ドヌーヴ主演)の登場人物たちの 38 年後を描く。
38年というのは長い時間だ。ふたりの人間の立ち振る舞いやその息づかいに、肉体としての「老い」を見ることが出来る。しかし、その「老い」という時間にに何かしらの「和解」を期待するならば、それは見事に裏切られる。「老い」というのは、もしくはひとりの人間が抱える欲望や記憶とは、そんな単純なものではないことを、99歳の現役映画監督であるオリヴェイラは端的に表現している。
70分という短めの上映時間に対し、2人の食事の場面、オードブルからメインディッシュ、デザートへの時間は、ときおり見せる取繕った笑顔以外は始終無言で、それは異様と言える程長く、見る者にも極度の緊張を強いる。蝋燭の燃えていく時間。そして燃え尽きるまで残された僅かな時間(新たな燭台が運び込まれるまでの)に、堰を切ったように倒錯的な結末へと一気に傾れ込む、類を見ない程「美しい」映像のなかに織込まれた「強度」、そして アンリ・ユッソン役のミシェル・ピコリの演技(1925年生、制作時には81歳か?)に脱帽する。

□ ムンク展を見に行く。ノルエーの画家エドヴァルド・ムンク(1863〜1944)といえば、『叫び』(今回は未出展)のような近代ヨーロッパの世紀末的「不安」を体現した作風で知られる。それは幼くして母、姉を亡くしたこと、またおそらくそのことと無関係ではないだろう不安定な恋愛体験など、青年期のムンク自身の抱える孤独や死、(あるいは逆説的に)生への「不安」と切り離しては考えられないだろう。だが、ムンクはいわゆる「狂気」の画家かというと、実はそうとも言えないということが今回の展覧会でわかってくる。
1902年のベルリン分離派展から「生命のフリーズ」というシリーズが始まる。フリーズ(Frieze、ちなみにfreezeでは無い)というのは建築物の柱の上部にある帯状の装飾のことで、つまり作品を個々の絵画としてではなく、建築装飾のシリーズとして展示構成しようという試みだといえる。実際にムンクは、晩年に至るまで自作を殆ど手放さず、アトリエに展示をしては並べ替えを行い、それらの響き合いから新しいイメージなりインスピレーションを引き出すという方法にシフトしていったようだ。少なくともこの時期の制作に於いては、ムンクに抱く一般的なイメージとしての破滅的な狂気とは隔たったところに彼が「生きて」いたことがわかる。20世紀に入ってからのムンクは、名声が上がるとともに比較的安定した制作期に入るということとも関係が無くはないだろうが。
ところでノルウェーという国は、14世紀から20世紀初頭までデンマークやスウェーデンのいわば植民地下にあった。1905年デンマークのカール王子をノルウェーの国王として選任し、独立国家となってからは経済的にも豊かになり、否が応でも、遅れて来た国民国家としてのナショナリズムの機運が高まる。オスロ大学講堂の壁画作品(ムンク美術館のサイトへ)に見られるような、ムンクの中の民族の起源探求型のロマン主義の萌芽にも頷けるような気がする。そもそもパリでは象徴主義のサークルにも出入りしていたムンクだが、ロマン主義というのは意外な所でドイツ的なそれと可逆性があるものだ。とは言うものの、その後のノルウェーという国の歩みを考えると、ナショナリズムが必ずしもドイツのように(日本のように)全体主義になだれ込む訳ではないところは興味深い。「不安」とともにある生/生命を考えることと、「不安」を無きものとして切り離すこととの違いなのだろうか。

□ 『フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展』を見る。何年か前、大阪に「青いターバンの少女(真珠の首飾りの少女)」が来た時は、雨の中2時間並んだ記憶があるが、今回はなんともあっけなく入場できた(どうでも良い事だが新宿タイムズスクエアーのドーナツ屋は今も長蛇の列だ...)。ヨハネス・フェルメール(1632〜1675)の現存する作品は30数点と非常に少ないが、「牛乳を注ぐ女」はフェルメール初期の代表作であると同時に17世紀オランダ絵画の傑作と言って良いだろう。
周知のように、17世紀のオランダでは宗教改革によるプロテスタント化、具体的にいえばイコンの禁止によって画家が教会の後ろ盾を失ったことと、そして海外貿易による市民社会の繁栄によって、美術へのパトロネージュが完全に入れ替わり、結果として、この地に風景画や静物画、風俗画といった独自の絵画様式が生まれた。
さて、市民の風俗を描くのが風俗画だが、フェルメールのそれは、一口に同じ風俗画と言ってもヤン・ステーン(1626〜1679)のような寓意性が強い、ある意味で泥臭い画面(多くの同時代の画家がそうなのだが、これはブリューゲルらのフランドル絵画の流れから来ているのだと勝手に思っている)とは異なり、きわめて静謐で精緻な画面に特徴があり、その作風の違いが彼の作品を他の画家のそれから際立たせている。フェルメールは「光」を描いた。これはある種の発明と行ってもいいかもしれない。例えばレンブラントのような「光と影」でもなく、あくまでも「光」を描いた。一時期忘れられていたフェルメールが、写真が発明される19世紀に再評価されたことに理由が無い訳ではない。
とは言え、カメラの前身といわれる光学機械カメラ・オブスクラの使用について云々してもあまり得る事は無い。少なくともウィキペディアでの記述、それによって「正確な遠近法を可能にしている」という記述は論外だ。実際に「牛乳を注ぐ女」では一点透視の消失点に釘が打ってあるのに...。フェルメールは単にレンズを通した反射光がスクリーンに写し出される「光の像」に心を奪われた、それは創作のイメージにはなりうるだろう。しかし、少なくともカメラ・オブスクラを覗きながら同時に油彩画を描いているといった想像について言えば技術的に不可能だ。
ところで最近の傾向として、美術が単なる「謎解き遊び」になってはいないだろうか(ダヴィンチ然り)。例えば会場の作品解説ビデオでも、パン篭の置かれているテーブルの天板の形が、実は遠近法上には長方形では辻褄が合わないとか...。観客も「ヘー」とか「ホー」とか言ってそれなりに喜んでいるという訳だ。展覧会カタログによれば(最新の研究?)そもそもテーブルの形が一般的なそれではなく、八角形の折り畳みテーブル(壁に寄せて半分を折り畳んである)なのだとか。まあその発想はお手柄だろう。だが考えてみれば、そもそも画家が構図上重要な場所について「画面上で修正すれば良い」と思って描き始める事があろうか? 例えば、人物の後方から壁までの空間を定位させるために、後から洗濯篭を足温器に描き替える事はあるだろう。だが画面上に於いて、手前のテーブルがどれ位の面積を占めるかがもし変わったとすれば、空間全体のものの見え方が全く違ってきてしまうだろう。そんな不安定な状態でフェルメールがキャンバスに筆を入れ始めることがあるだろうか。画家にとっては描き始めを決定する体感、作品を描き進めるイメージを高めるこそが大切なのだ。
美しい色彩、細かな質感の描写、微妙な光の移り変わりなど、作品の見所は満載だが、私としては奥の「何も無い壁」の描写につきる。先日見たダヴィンチの「受胎告知」もそうだが、そもそも一点透視図法では消失点の先に神の視線を置いた。というか神からの視線を描くことが絵画の絵画たる所以だったとも言える。17世紀のオランダ絵画がその消失点を塗り込め、画面の側方の見えない場所に空間を作った。あの壁の存在の強度こそが「人間」が生活する空間を生み出しているという事自体が、視覚的にも美しいのだと思うのだ。まあ、そんな時代もあっという間に過ぎてしまうのだけれども。ところでカタログには、今回の展覧会はオランダ絵画の流れの中の「女の表象を扱った」ものだと書いてある(気がつきました?)。
