|
不在...。榎倉康二の作品の前にたつと、なぜかその「不在」の感覚がそこに「在る」ような気がした。亡くなって今年でちょうど10年になる。
10年前、1995年。この年...。1月に阪神淡路大震災、3月に地下鉄サリン事件。私は留学中のロンドンでこれらのニュースを聞いた。不思議な感覚だった。地震で高速道路が崩壊し、毒ガスに倒れた人たちが病院に運び込まれる映像をBBCテレビやイギリスの新聞で知る。愕然としたのはショッキングな映像ではなく、その映像にリアリティーが持てなかったということに対してだった。インタビューの日本語が英語に置き換えられ、被害状況の描写も英語。earth quack、collapse、 gus attack、cult 、evacuate、Kobe、Kasumigaseki、death toll...。ただ、それが言語だけのことでもなく、聞こえるサイレンの音も、日本人が話す日本語も、テレビの中の映像のなかのものすべてが「遠い」のだ。個人的に無関心だった訳ではない。親戚が神戸に住んでいた。ただそこに在ったのは「不在」だった。「不在」なのは「自分」の方ではなく、テレビというフレームの中身の方だったようだ。
榎倉の作品について。目の前に存在する絵画というフレームの中身が「不在」だと言い切ってよいのか。そのことを知るのに榎倉の写真を見てみるのはどうだろう。なぜかと言うと、写真には必ず写す者の「まなざし」が映り込むからだ。つまり榎倉の作品の「不在」が彼自身の「まなざし」に捉えられることになる。
どうやら榎倉は成功したようだ。伝説的なまでに学生に慕われていた彼も完全に不在になった。だが10年経った今、私たちに必要なのはすでに「不在」のあからさまな事実ではなく、希望へのひとすじの光なのではないか。たとえ陳腐だと言われようとも。何かがすでに動き始めているのを感じる。それが美術にも来ると良いのだが。
|