Last Update : 2005.08.25

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[2005.08.25] PDA市場雑感

パーム関係については、2002年からなんと3年ぶりの更新である。

この間、PDAとくにPalmを取り巻く環境は激変した。

ハンドスプリングは消滅し、パームコンピューティングは日本市場から撤退し、IBMはPDAそのものから手を引いた。あの大ソニーでさえクリエに見切りをつける始末である。

で、ユーザだけが取り残された。

大ソニーや業界アナリストなどに言わせると、PDAそのものの需要がなくなったらしい。

いまだに使用しているユーザにしてみれば、俄に信じがたい市場分析だ。冗談ぢゃあない、そんなわきゃねえだろと思うがヤツらにとってはそうなんだろう。

ようするに、需要が企業が考える一定程度の数量に達しなくなったということだ。

その数量というのはメーカによってまちまちであろうが、「こんなモノ作ったらガッポリ儲かりまっせ、だんな。」というのが一つの基準であり「ガッポリ儲かる」のでなければ、その様な製品の市場は「無い」に等しい。

「ガッポリ」といったって、小さな会社がやっているうちはほんのささやかなものだが、企業規模が大きくなればなるほど、この金額は幾何級数的に大きくなる。

宣伝広告や販売促進にかける費用、取引のある量販店の店頭に並べるデモ機の数やら、それに伴う営業経費、販売量に応じた修理/サポート体制の強化費用などなど…。そのひとつひとつが、大企業になるととてつもなくデカい。

とーぜんビジネスはハイリスク・ハイリターンになり、半端な勝利では担当部所は評価されず、圧倒的大勝利が要求される。もちろん、負けることなど許されるはずはなく、勝つ為には手段は選んではいられなくなる。

そうなると、市場はドロ沼の戦場と化し真っ当な製品開発は行なわれない。なぜなら経費をかけて良い商品を作っても売れないからだ。

大企業の主たる顧客は大衆であり、大衆は大企業に騙されやすい。
だから大衆は大企業の主たる顧客になる。

大衆は大企業が好きで、大企業が言うことならたいていのことは信じる。
また、大衆は権威が好きで、権威が言うことなら多少アヤシイことでも信じる。
おまけに、大衆は有名人が好きで、有名人が言うことならウソでも信じる。

そして、大衆は低価格が大好きで、コストパフォーマンスというのは絶対的に価格が安いモノのことであると信じて疑わない。

多少疑問を感じたとしてもそれに気づくのは、買った後だとういことを企業は知っている。

で、たいていの企業は製品開発にあたりかなりの割合の費用を宣伝広告や販売促進の方に向ける。製品はそこそこ売れるが、製品の改良や熟成より目先が変わる新製品の開発に忙しくなる。

といっても全くの新製品は開発費用がバカにならんので、当然見た目の変更や新機能の追加が主たる改良点となり、売行きを左右する主戦場は、イメージ広告とライバルを出し抜く低価格政策に絞られてくる。

こうして、たいした違いもない一大製品ラインナップが出来上がる。

企業から見れば、顧客の細かいニーズに答えた結果だというだろうが、顧客は実はそんな要求はしていない。顧客は、自分が購入した製品に対する不満を訴えただけで、単に購入した製品を改善して欲しかっただけなのである。

それが改善されたからといって、買って二ヶ月もしないうちに発売された新製品に飛びつくほどバカぢゃない(たぶん)。

しかし、企業としては製造コストが上がるので端からバージョンアップができるほど柔軟な作りはしていないし、そんなことをしてる間に他メーカに真似をされ、より安い価格で勝負を挑まれる。

なにせ、たいした独自性もなく他社のアイデアを盗用に近い形でアレンジし製品化したに過ぎないモノだから。ただし、それが事実であったとしても盗用と思われるのは悔しいから、互換性は無視しても自社独自の機能追加はけっして忘れない。

結果は、

ハンドスプリングは消滅し、パームコンピューティングは日本市場から撤退し、IBMはPDAそのものから手を引いた。あの大ソニーでさえクリエに見切りをつける始末である。

で、ユーザだけが取り残された。

日本市場に限っていうなら、パーム市場崩壊の主犯は大ソニーであろう。

数年前にも書いたが、「大ソニー」は、ユーザのくだらん予定表やささやかなメモ帳なんぞには興味は無い。ATRACでブイブイいわせて、デジカメ画像をガンガン取り込んで、「メモリースティック」をパカパカ買わせてやろうと躍起になっていた。「ハイテクのマルチメディアがシンプルで商売になるもんか!」と。

しかし、客観的に見ればソニーばかりも責められない。日本の企業としては前述のとおり、当然のやりかたであったわけだ。

たしかに、勝者のいない消耗戦を仕掛けたのはソニーだが、それに乗ったパームやハンドスプリングもバカである。ソニーがこの市場に参入した当時、同じ土俵で戦うのではなくもっと堅実な地ベタに足のついた戦略が必要であると感じたものだ。

加えて、ユーザにも全く責任が無いわけでもない。ま、ユーザに責任を問えるのかという疑問もあるが、いち個人ユーザではなくユーザーズグループやデベロッパに属するたぐいの人たちや、個人であっても影響力の強い個人というべきか?

この手のニッチ製品にはどうしてもカリスマ的存在の個人やグループはたまたサイトが存在することは珍しくないが、その言動や動向が一部市場に強い影響力を持っていることは否定できない。

ましてや、出版物に寄稿したり自ら出版するに至っては一部市場に対する影響力ではすまなくなる。当然このようなカリスマを大企業が見逃すわけはない。

国内では、「クリエ」を中心とした「Palm Computing Platform」を扱った書籍が氾濫し、多機能過ぎてマニュアルだけでは使いこなせないユーザがその手のマニュアル本を買い漁った。

しかし、製品サイクルの短い日本製に対してはサードパーティーもアクセサリを発売する暇がない。結局、海外のパーム製品にはあった重要な文化のひとつである周辺機器市場は、立ち上がる前に萎んでしまった。

「気に入ったひとつの製品を長く使う」という前提がなければ、本体より高価なケースなど売れるわけがない。「クリエ」用のグッチやヴィトン、エルメス、コーチなどのケースが存在しないのは、当然といえよう。

当初は、日本の企業が参入した事をもろ手を上げて喜んだユーザも少なくなかっただろう。しかし、もともと日本企業の発想では生まれ得なかったPalmのような文化は、そのまま日本企業の手によって真当な方向に進むとは思えなかったはずだ。

もちろん、一個人ユーザに対して何が真当な方向かを判断せよと言うつもりはないが、オフ会やらイベントやらに手を染めている連中は一般的な個人ユーザよりメーカやらデベロッパに接する機会は多いわけだし、おぼろげにも判っていたのではないかと思う。

最初のクリエが発売されたとき、ソニーなりのシンプル・イズ・ベストは旧来からのパームユーザでも違和感が在った。ソニーとしても様子見的な要素が多分にあったろうことは容易に想像できるが、代を重ねる度にその方向性は日本企業の典型といえるものであったし、また別の違和感を感じたユーザもいたと思う。

一部ユーザーズグループのはしゃぎようは奇異に感じたものだが、非PalmプラットフォームのPDA陣営に対する多機能パームの旗頭としての役割に期待する気持ちの現れなのだろうと勝手に解釈していた。

しかし、クリエ関連のサイトでは、「多機能・イズ・ベスト」とするユーザの数が少なくないという事実を目の当たりしたとき、パームコンピューティングやハンドスプリングが進むべき方向ではあるまいと確信した。

もっと堅実な地ベタに足のついた戦略の必要性は、このときから現在も変わらず感じているが、現実に執られた政策はどうであったのか?

はたして、パーム市場は崩壊したのか?それとも形が変わっただけで生き残っているのか?

かつて、Palmware の検索で人気のあったサイトや、高い互換性や使いやすさを人気の秘密であるとしていたサイト、または、個人的な欲求から開発したPalmwareを配布していたサイトなど、今は亡きサイトが少なくないことを念頭において、もし崩壊してしまったのなら、「何が原因だったのか?」を考えてみる。

それは、パームプラットフォームという技術的根幹の部分で主導権を握っていながら、その優位性を全く活かし切れなかったパームコンピューティングが一つの原因を作っていることに異論はないだろう。

第一に、欧米市場で圧倒的なシェアを持っていたことから、それを日本国内でも多少杜撰なローカライズでも充分可能であろうと過信していたこと。国内で定評のある日本語変換をオマケでつけときゃ済むという問題ではなかったはずだ。

それは、SONYというビッグネームが参入したことで、今以上の市場が勝手に生まれ育っていくのではないかという油断を生み出した。おそらくパームは、俄に拡大した一種バブル的な販売量の増加が、本来の顧客対象と異なることに気づいていなかった。

第二に、Palm OS のバージョンアップに合わせた基本機能の改良や使いやすさに対する新たな提案が全く無かったこと。研鑽というか精進というか、ま、地道な努力だから大きな利益を生むことはなかったろうが、市場は育てて行かなけりゃ成長はしない。勝手に膨らんだ市場は萎むのも勝手に萎むものだ。

定番商品として長期にわたって売れているモノは、作り手と使い手の間にすり合わせが出来ているから、どちらかが急激に変化させようとしてもそう簡単にはいかない。ある日突然バカ売れする事はないのだ。

しかし、作り手がうまくリードすることで、まったく新しい提案であってもそれがよく吟味されたものであれば、いずれは受け入れられ新たな製品市場が生まれる。

これは、本来対象とするべき顧客の要望であったはずだが、バブリーなマネーゲームに忙しくて聞こえてはいないだろう。急激な販売チャンネルの拡大は、多大なリスクを伴うのを承知していながら誰もブレーキをかけなかった。

新製品であれば多少高価であっても売れた時期はあっただろうが、ユーザだって学習すれば賢くなるし、値崩れするのは最初の価格が間違っているからにほかならない。ある程度学習したユーザが安心して購入できなけりゃ、一般人までには広まらない。

まっとうな価格販売されれば、それなりの市場は築けたはずなのに、である。

第三に、国内の通信事情および顧客の要望に合わせたネットワーク機能強化の遅れに加えて、日本法人のローカライズに対する考え方など、当初から懸念されていた問題はどれひとつとして改善されることはなかった。

国内の携帯電話市場の特殊性は、日本法人でも承知していたはずである。なのに共存できる可能性がありながら、協調できた機種はわずかしかない。ま、世界のノキアでさえ日本国内ではうまくいっているようには見えないのだが..。

日本のメーカは、ひとつのディバイスに何でもかんでも詰め込むのが好きだ。携帯にはデジカメ、テレビ、映画や音楽まで、何でも詰め込みたがる。そして、そのどれもが中途半端だ。で、半端なモノが好きな連中には、よく売れるらしい。

ヤツらは、仲間内でコミュニケーションがとれれば、わずかな量の駄文のやりとりができれば、ちょっと映像が見れて、ちょっと音楽が聴けて、ちょっと写真が撮れればそれで十分満足してくれる。国内のあらゆる先端技術は、すべてこの「ちょっと」のために浪費されている。

ヤツらは、使いやすい予定表やメモ帳なんぞには、興味はない。言い回しや表現を推敲し、文法に気を使いながら文章を書くわけぢゃないのである。

文章を読んだり書いたりするには、電話の携帯性を考えた場合画面の大きさと、あの小さなボタンが問題になる。今どき相手の電話番号を数字で入力しながら電話をかけることはほとんど無いのに、なぜか携帯電話は文字でなく数字を基準に配置されたゴマメのような小さなボタンをやめようとはしない。

どのような機能のモノでも手ごろなサイズというのがあり、必要以上に小さくするとかえって使いにくくなることは、ソニーが証明済みだ。(でもソニーは懲りない)

また、予定表を見ながら電話をかけたり、電話で話しながら文章を書いたりする場合、同時に使うものだからといって一緒に組み込まれては困る。ホーキとチリトリを一緒に使うからといって、エンピツとケシゴムみたいにくっつけられたら使いにくいだけだ。

もしかしたら、携帯電話屋はユーザの荷物を少しでも減らしてあげたいと考えているのかもしれないが、いまだに大抵のビジネスマン(ウーマン)のバッグには、手帳やノートのたぐいが入っている。本来はそれらとの連携を考えるべきだろう。

彼らが欲しいのは、電話に組み込まれている通信機能だけで、普段から使い慣れたディバイスとの連携ができれば十分であると考えていた。その機能があるからといって、不必要に多機能で(高価な)使いにくいディバイスに手を出すユーザは少ない。しかし、赤外線もブルートゥースも半端なままだ。

これは、新たな(潜在的な)顧客の要望であったはずだ。そして彼らは失望した。

ハンドスプリングに至っては、国内市場に対するこれといった戦略もないうえに、価格設定や市場に投入する製品など戦術面においても、疑問をいだかずにはいられない局面が数多くみうけられた。

そして、市場の要求にマッチしない製品の膨大な不良在庫と、その投げ売りで終ってしまった。

企業体質も主たる客層も異なる会社が一緒になって、今までに無かった新たな市場を創生出来るのではないか、という一つの幻想に取りつかれて迷走した結果であろう。

そして、ライバルがすべて居なくなったとき、あの大ソニーも戦う相手が違っていたことにやっと気づいたようだが、時すでに遅すぎた。

パーム市場は崩壊したが、ユーザも一緒にいなくなったわけではない。基本機能で十分だと気付いた連中は(私も含めて)、いまだに旧来の機種を使用している。 買いたくても売ってないから、買わない(買えない)だけで欲しくないわけぢゃあない。

大はしゃぎで買い散らかしたおかげで代替機種に不自由はしないが、2005年の段階で、最新技術を使いやすさとシンプル・イズ・ベストに全力投球した機種があったら、一つ欲しいなと思うだけである。

....ということで、ヒトツよろしく。m(_^_)m
Hexagon / Okayama, Japan
(2005年 8月某日)