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[2001.10.01]
9月29日、"Mac OS X 10.1"
(まっくおーえすてん、じゅってんいち)が発売開始された。
Apple US/Apple Japan のホームページも表紙全面に "Mac OS X" 一色。
「Mac OS X Public Beta」がリリースされたのが丁度1年前の9月、"Mac OS 9" が発表されたのが、そのまた1年前の99年9月だった。
あれから2年の間に"Mac OS 9" は
「9.0→9.0.1→9.0.2→9.0.3→9.0.4→9.1→9.2→9.2.1」とアップデートを重ね、
"Mac OS X" もこの1年、
「PB→10.0→10.0.1→10.0.2→10.0.3→10.0.4→10.1」と順調に進化してきた。
大方の予想と一部の期待通り、いずれは「Mac OS」はテンに集約されるんだろうな。ユーザの意向はこの際あまり関係なく、ソフトウェアデベロッパ(開発者)やメーカ(アップルやその他周辺機器製造者)の都合により、大河の流れはテンへテンへと確実に向かっているようだ。
パソコンのOS(オペレーティングシステム)に限らず、それが製品であり商品であるかぎりは、そのような流れになっていくのはごく普通のことで、よくあることであろう。
「Mac OS 9」にそろそろ慣れた1年前、発売と同時に「Mac OS X Public Beta」を取り寄せインストールしてみた。
それまでに何度となくデモンストレーションで目撃した、あの画面が自分のマック(当時のPowerBook G3/500)の画面上に再現されたとき、感激とともにある一種の目まいの様なものを感じたことを、今でも忘れない。
もっと昔、16年ぐらい前にもそのような経験をしたような気がする。
"Apple IIc" の真っ暗な画面に緑の文字でカタカタとキーボードを叩いて、コマンドを入力していた頃にその衝撃はやって来た。
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「ほう、これがマッキントッシュというやつか。」
「そう、これからはコマンドはすべてマウスで選択するだけでっせ。」
「画面が白いんだな。」
「白い紙に黒い文字で表示するほうがマトモでしょう。」
「なるほど、でも画面が小さいなあ。白黒だし。」
「未来に向かって広大な空間が広がっているんですわ、この小さい画面の中に。」
「よっしゃ、それ一個くれ。」
「へい、まいど。」
...で、確か100万円のローンを組んだような気がする。そうか、その目まいであったか?
いや、ちょっと違う。もちろん金額にも目まいは覚えたが、もっと別のものに目がくらんだんだと思う。
たしかに、これなら以前より悪いわけはない。ハッキリわからんが、何かが確実に良くなる気がしたものだし、本当に良くなった。
で、「Mac OS X」。
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「ほう、これがマックオーエステンというやつか。」
「そう、これからはカーネルはユニックス、プリエンプチブマルチタスクでっせ。」
「画面がマンガだな。」
「いちいち、アニメーションが面白いでしょう。」
「なるほど、でも画面がせまいなあ。アイコンはデカいし。」
「未来に向かって広大な空間が広がっているんですわ、このせまい画面の中に。」
「よっしゃ、また来る。」
「ま、そういわずにひとつどうですか?」
というわけで、「Mac OS X」自体は1万5千円もしないソフトだから、以前のように金額でクラッと来たわけぢゃない。たしかに、これ自体悪いわけはない。ハッキリわからんが、何か確実に変わる気がしたものだし、本当に変わるだろう。
この一年で格段にレスポンスは向上し、ユーザのフィードバックがより的確に取り入れられて、OSとしての完成度はかなり上がってきたに違いない。
(Mac OS としての完成度は一向に上がったようにないのだが...)
ただし、今までに比べて全てが良くなるんだろうか?
今までに比べて、失うものは無いのか?
このOSは、自分の手に馴染むんだろうか?
などと、手放しでは喜んでもいられない一抹の不安も感じるのは事実だ。
「なんで、ラベルが使えないの?」
「なんで、フォルダナビゲーションがないの?」
「なんで、ウィンドウの端っこを持って移動できないの?」
「なんで、ファイルの情報が一個づつしか見れないの?」
「なんで、今まで使用できたファイル名が使えないの?」
「なんで、ファイルが一個しかないウィンドウと20個もあるウィンドウを同じ大きさで見ないといけないの?」
「なんで、コピー先に同じ名前のファイルがあったら、その数だけ確認ボタンを押さないといけないの?」
「なんで、アイコン同士があんなに離れた配置しか選択できないの?」
「なんで、あんなに真っ白なアイコン多いの?」
「なんで、自分で買ったマックなのに最高の権限が無いの?」
なんてことは、開発しているのエライひとたちからみればたいしたことぢゃ無いのかもしれない。 そんなことは、いずれ解決できる些細なことかもしれない。 新しいOSに対して無知な自分が、従来とはかけ離れたファイル構造や各構成要素の基本的な役割をいまひとつ理解できないでいることも一因かもしれない。
「UNIX」や「LINUX」が、どのようなものか詳しくは知らないが、ちょっとDNSサーバを設定しただけでどっと疲れたことだけが印象に残った。突然、ジュラ紀や白亜紀にタイムスリップしたような気分になったものだ。まだ、あのような恐竜が絶滅をまぬがれただけでなく次代の趨勢になろうとしているという話は、俄に信じがたいものではある。
そういう意味では、「Mac OS X Server 10.04」も似たようなものだ。あれが完成品とは思いたくない。 なにかにつけ「ターミナル」でコマンドを打ち込まないと何もできないのでは「テンサーバ」というの目が「テン」になるサーバかと思ってしまう。(・・;)
所詮、オペレーティングシステムみたいな高度なソフトウェアを一般人が理解しようなどというのは、大それたことであろう。 今までの「Mac OS」でも、単にわかっていたと勘違いしていただけなんだろうな。
百歩譲って、「縁の下の力持ち」であるはずの、高度な技術で構成されたオペレーティングシステムのコアの部分には目をつぶろう。開発者やメーカの皆さんの都合の良いように、適当にしてくれて一向に構わない。
だが、せめてユーザの目に触れる部分では分かりやすい構造を示して欲しい。
エンドユーザから見れば従来の「Mac OS」だって難解な構造にはかわりがないのかもしれない。が、少なくとも「What you see is what you get.」が生成される印刷物だけでなく「Mac OS」を構成するファイル群にも取りあえずは実現されていた。
システムを起動するために必要な、非常に重要な要素であるはずの「システム」や「ファインダ」だって、それらがユーザから見えるファイルであるかぎり、おちゃめな表情で愛想を振りまいていたし、「コントロールパネル」はもちろん、一般には目に触れることもまれな「機能拡張」や「初期設定」ファイルでさえファミリーの顔を持っていたはずだ。
ある種の既得権剥奪のような気がするのは、単なる被害妄想だけでもあるまい。 たとえ、アップルから与えられたモノであっても、アップルによって奪われるのはとてもつらい。(+_+;)
ま、確かにここ十数年マック以外のプラットホームから目を背けてきたツケがまわってきただけといえば、そうかもしれない。しかし、もう少し従来の「Mac OS」のぬるま湯にどっぷりと漬かっていたいような気もする、今日この頃である。
....ということで、ヒトツよろしく。m(_^_)m
Hexagon / Okayama, Japan
(2001年 10月某日)