北方領土

2009年1月27日23時34分
 「ビザなし交流」の一環で北方四島への人道支援のため国後島を訪れようとした外務省職員らがロシア側との間で手続きが整わず、上陸できずにいることが分かった。出入国カードの提出など、北方四島がロシア領であることを前提とした手続きを求められていると見られる。
 「ビザなし交流」をめぐっては、ロシア外務省のノソフ・在ユジノサハリンスク代表が昨年10月、「来年度からは出入国カードの記入を求めることになるだろう」と発言。河村官房長官が反論した経緯がある。

2009年2月19日0時36分
 【政治対話】4月2日の金融サミットで大統領との会談の可能性を探る。プーチン首相の訪日は5月で合意。7月のG8サミットでも首脳会談を調整することを含め、首脳レベルの政治対話を加速。北方四島ビザなし交流で日本側の上陸が断られた問題は、友好的、建設的に解決すべく事務方に至急作業させることで一致した。
 【経済協力】2012年ウラジオストクAPEC(アジア太平洋経済協力会議)への協力の一環として、橋の建設に日本のIHI(旧石川島播磨重工業)が技術協力。天然ガス分野の新たな協力の可能性を、資源エネルギー庁、ガスプロムの包括的協力のもと話し合う。オホーツク海や北方四島の生態系保全協力に7月に実質合意する。

アル中会見

ローマで14日午後に閉幕した先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)の記者会見の席上、中川昭一財務・金融担当相は、体調が優れないのか、時折ろれつの回らない口調がみられた。時差ぼけの影響か、疲労によるものか原因は不明だが、初めて目にしたイタリア人の政府職員からは「彼はどうしたんだ」という声が聞かれた。
 中川氏は、白川方明日銀総裁らと会見に臨んだ。中川氏は終始眠そうにまばたきを続けていたかと思うと、白川総裁に対する記者の質問に「何、もう一度言って」と割り込んだり、いきなり語調を強め「どこだ」と質問した記者の位置を確認するなど、不自然な態度が目立った。

小泉元首相

09/2/12日、党本部で開かれた「郵政民営化を堅持し推進する集い」であいさつし、民営化を巡る麻生太郎首相の一連の発言について「怒るというよりも、笑っちゃうぐらい、ただただあきれている」と厳しく批判した。郵政民営化見直しの動きに対し、小泉氏が公の場で反論するのは初めて。首相は構造改革路線の転換を鮮明にしているが、小泉氏の「反麻生発言」を機に、党内の改革推進派の反発が一層高まり、政権内の亀裂がさらに広がりそうだ。
 小泉氏は総額2兆円規模の定額給付金の財源を確保する08年度第2次補正予算関連法案についても「本当に(衆院の)3分の2を使ってでも成立させなければならない法案だとは思っていない」と指摘。法案が参院で否決された場合の衆院再可決に疑問を呈した。

パレスチナ

 【エルサレム=古谷祐伸】イスラエル軍のパレスチナ自治区ガザへの空爆は2日、開始から7日目を迎え、AFP通信によるとこれまでの死者は430人に上った。1日にはガザを支配するイスラム過激派ハマスの上級幹部(ハマス政治部門のニザル・ラヤン氏(49)) 宅を空爆、本人と妻子ら約20人を殺害した。イスラエルのリブニ外相は同日、フランス政府提案の48時間停戦を改めて拒んだ。地上戦突入の可能性が徐々に高まっている。(朝日コム)

ヤノ電機

align= 5年前に生産中止になっているようだ。エレガントな流線型で60Gしかなかったが、やや高価だったように思う。(現在メンテナンスサポートも終了)

大麻(Marijuana=乾燥大麻)

フランスの医者で政治家のベルナール・クシュネルは、ピエール・ベルナール・ロック博士の監修の下、1998年に政府報告をまとめ、中毒性と神経毒性によってドラッグのクラス分けを行った。
最も中毒性が高く、かつ致命的なクラスとして、ヘロイン、コカイン、アルコール。中間クラスとして、ベンゾジアゼピン、ハルシノゲン(当時における幻覚剤の総称)、タバコ、大麻を最も危険性の低いクラスとした。
報告の冒頭で、「大麻は、第3章に定義された、神経解剖学的、脳化学的、そして行動学的見地から、神経毒性を持たない。そして以前から指摘されている長期大麻使用者の脳の形態変化は、近代的なMRIによる検査で確認することはできない。さらに、大量のTHCを投与したマウスにおいても、海馬の不可逆的形態損傷は発見されなかった。」とし、クシュネル氏自身による総括では、「科学的見地に立つと、アルコールやコカインとは対照的に、大麻の神経毒性は立証できない。」と締めくくった。(wikipedia)

この日本でも

 今回のサミット警備が集会やデモに対して過剰警備を繰り返し、7月4日の札幌のデモでは、デモの最終解散地点までデモ行進が許可されず、5日のピースウォークでは4名が逮捕される事態となった。これに加えて、今回は、わかっているだけでも二十数名の韓国からの参加者が千歳空港で入国を拒否され、また多くの海外参加者が長時間にわたる入国審査を強いられたり、ビザ発給に長時間を要したり、挙句の果てにはビザ発給がなされず、来日を断念した参加者や招待者がいた。 
    千歳空港では、入管の対応に抗議した韓国・民主労総の幹部が公務執行妨害容疑をかけられて拘束されたし、5日間にわたる抑留は、寝具もなく、男女同室という劣悪な環境を強いられるなど、著しい人権侵害が横行した。   
  サミット警備で自衛隊の部隊が投入されたことも見過ごせない。テロ対策部隊として設置された陸上自衛隊の中央即応集団の化学防護隊、第1ヘリコプター団、海上自衛隊のイージス艦2隻と護衛艦約10隻、対航空機・巡航ミサイル用の迎撃ミサイルPAC2、浜松基地所属の空中警戒管制機(AWACS)とE2C早期警戒機、F15、F2の各2機の戦闘機による会場上空の旋回警戒飛行(CAP)が投入されたというのは、まるで臨戦態勢さながらの常軌を逸した部隊の投入だ。

ペシャワール会

パキスタンでの医療活動に取り組んでいた医師の中村哲を支援するために1983年に結成された非政府組織。現在パキスタン北西辺境州および国境を接するアフガニスタン北東部で活動している。
中村は当初、主にハンセン病の治療に取り組んでいたが、2000年の大干ばつ時の赤痢患者急増をきっかけに、清潔な飲料水の確保にも取り組むようになった。 また、自給自足が可能な農村の回復を目指し、農業事業にも取り組んでいる。
(Wikipediaの記事であるが、伊藤さんについての記述では『ペシャワール会は「武器など絶対に使用しないで、平和を具現化する」という理想を盲信し、警告を無視し続けていた。その状況判断の甘さが悲劇を招いたと言える。』と、中村代表の言葉『状況判断が甘かった』の言葉尻をとらえて、本人も認めているかのような書き方は削除もの)

08年オリンピックMY BEST5

1位 百メートル、二百メートル世界最速のボウルト
2位 柔道谷本の切れ技
3位 ソフトボール金メダル
4位 ナデシコジャパンの健闘
5位 射撃ロシアとグルジアの友情

08年オリンピック男子サッカー

対オランダ 0-1; 対ナイジェリア 1-2 ; 対アメリカ 0-1

指示待ち人間

指示待ち人間はもういらない
堀田力(望星08年8月号の一部)
「充実」と「増加」の大安売り
モノを大量に作り、世界中に安く売り、儲けるという発展途上国型のスタイルで日本は大成功を収めました。しかし消費者がそれぞれ違ったもの、高度な者を求める成熟社会となった今、発展途上国型社会を支えた、まじめだが考えることをしない”指示待ち人間”では通用しません。
時代は明らかに変化し、一段階上に進んだのです。従ってこれまでのような教育、知識詰め込み型というか丸暗記型と言いますか、そうした古い教育でこれからの社会を担う人たちを育てては困る。これからは自分で問題点を見つけ考える人、考えて解決を見いだす人を育ててもらわないと、先進国から脱落してしまうのです。
ところが、日本の教育は、こうした時代の変化についていけない。というか、変化が起きたことを認識していない人たちが大勢いる。
文部科学省もそうです。”ゆとり教育”が打ち出されたとき、ちょっとついていけそうになったのですが、たちまちOBや政治家がひっくり返してしまった。
東大から旧大蔵省と言うコースを歩んだ人などが教育行政の中枢になったりすると、自分たちは昔の教育で成功してきたと信じて疑わないから、自分たちが受けたのと同じ教育が良いんだ、それに比べていまはなっとらんという発想になってしまいます。「ゆとりなど、とんでもない」「授業を減らすなどとんでもない」「もっと詰め込んで、もっと頑張らせないとダメだ」となる。結局、私たちと一緒になっていわゆる”ゆとり教育”を推進した文部官僚たちは人事異動で全国に飛ばされてしまった。そういう人事が文科省で行われたのです。
EUを中心とした先進諸国で起きている人間観の変化や、それに伴う教育のあり方の変化を見ようともせず、もっと教育せよの一点ばりで、相変わらずまじめな”指示待ち人間”を育てればいいと思っているのです。
今、学習指導要領が、再び昔の教育スタイルに改訂されようとしています。私は中央教育審議会の部会などに引っ張りだされていますが、私を引っ張りだすのはエクスキューズのように思います。「堀田という人も議論に加わっての結論なんですよ」というポーズです。
中央教育審議会が誘導しようとしている結論と私の考えとはだいぶ違うし、そもそも私が断固反対するのが決まっている部会・分科会には私をいれない。入れるのはその周辺です。しかしそれでも私は徹底的に言います。いうべきことはいわなくてはならないからです。
文科省からいろいろ資料が送られてきます。文科省が今度の小学・中学の学習指導要領の改訂のポイントを五ページほどにまとめたモノがあるのですが、わずか五ページの中に「○○を充実」「○○を増やす」の表現がやたら目につくから、「充実」がいくつ使ってあるか数えたら四十三カ所で使われていました。他も「重視」「増加」ばかりです。
つまり改訂ポイントはすべて「充実」か「増加」。そんなに増やされて子供はどうなるんでしょう。ありとあらゆる科目を「充実」させられ、「増加」させられて消化できるのでしょうか。「充実」の例を一つ挙げると、”環境、防災、情報化、法律や政治、経済などに関する学習を充実する”四十三の中の一つがこれです。ほかに「充実」は四十二ある。そんな授業に子供がついていけるのか。子供たちの顔を思い浮かべてくれ、と私は文科省に言いたいのです。

人的資源

   人間を軍馬など家畜や様々な軍需物資と同じように、戦争遂行のための国家の資源として扱う。戦前の軍部と官僚機構による国家総力戦体制・国家総動員体制作りの家庭で生み出された言葉。
1947年の第一階衆議院本会議で北村徳二郎「今日、食うか食われるかの経済危機が、切実な政治の課題である事はもちろんでございます。しかしそれだからこそ、わたしどもは思想的な、また道義的な問題を強調しなければならないと思うのであります。・・・・。
私どもは軍国主義の完全な敗北とともに、たとえ人間を人的資源などと考えるほどに堕落した人間観、人間性を否定するところの哲学が、軍国主義とともに完全に打ち砕かれました事を喜ぶものであります。(拍手)

08年の値上げ

   (07年度エネルギー)白書は、07年後半の原油価格(1バレル=90ドル)のうち、需給のバランスによるのは50〜60ドル分程度で、それを上回る部分は投機資金の影響と試算。「原油価格は基礎的な価格から大きく乖離(かいり)している」と結論づけた。
(アメリカ、サブプライム問題で失った投機先を原油に求めているという観測もあり)

道路特定財源

   通販生活2008年夏号まつざき・きくや
大阪梅田の地下街の一角にある「道の相談室」
新宿の地下鉄メトロ副都心線へ530億円、利用者のいない大曽根地下駐車場に70億円
海外の道路関係情報を一億円で。
「大森のりのふるさと館」町づくり交付金の4割を。

高輪プリンスホテル

        ダイヤモンド・オンラインより
――改めて、日教組との契約を解除した理由を説明して欲しい
後藤:昨年11月初めに、プリンスホテルから報告を受けた。過去の(日教組の)教育研修全体集会のケースを調べると、(右翼活動家の)街宣車が150台も押し寄せ、千数百人の警察官が大掛かりな警備を行っている。  過去の会場はリゾート地や田園地帯にある公会堂が主だったが、今回予定されていたグランドプリンスホテル新高輪は都心に立地しており、周囲は住宅密集地で病院、学校など公共施設も多い。そこで開催された場合、街宣車の大騒音や周辺道路が封鎖されることで交通が麻痺し、大混乱に陥ると判断した。
――混乱があったとしても、「民主主義のコスト」として会場を提供すべきだったのではないか。
後藤:「民主主義のコスト」の意味はわかる。これは、苦渋の決断だ。2月1日には高輪地区の4つのプリンスホテルで約1万人の宿泊客があり、飲食も含めれば1日2万人以上のお客様が訪れる。また、当日は結婚式を挙げられる方が7組おられた。病院には重篤な患者さんとご家族もいらっしゃるだろう。
 そして、何より私が重大だと考えたのは、同集会の前日、当日の2月1、2日は当ホテルの半径2キロメートル圏内で入試があり、約7000名の生徒さんが受験する予定だったことだ。当ホテルにも受験生450人が宿泊していた。
 厳戒態勢のなか、身分証明書を提示して検問を通過し、大騒音のなかで受験しなければならなくなったら、受験生やご家族の長い間の努力の成果が存分に発揮できるだろうか。お客様、近隣の方々の安心安全を優先することこそ、われわれの義務だ。
――警察と十分協議し、協力して万全の警護態勢を敷けば、混乱は防げたという批判もあるが。 後藤:繰り返すが、受験生には一生の問題だ。自分だったら、自分の子どもだったら、と考えてみて欲しい。必死に頑張ってきて極度の緊張のなかにいる受験生を、物々しい厳戒態勢と大騒音のなかに送り出すわけにはいかない。

不参加表明

ドイツのシュテーグ政府副報道官は28日、北京五輪の開会式について「閣僚はだれも出席しない」と語った。ドイツはメルケル首相がチベット暴動発生前の2月、日程上の都合で開会式不参加を中国側に伝えていたが、他の閣僚も出席しないことが明確になった。欧州ではポーランド、チェコなどの政府首脳が開会式不参加を表明、同様の動きがさらに広がることも予想される。  ドイツは前回04年のアテネ五輪開会式にケーラー大統領が出席したが、大統領は今回、五輪に出席せず、北京パラリンピックを訪れる予定。閣僚ではショイブレ内相が五輪期間中に北京を訪問するという。メルケル首相は独選手団の五輪ボイコットには反対している。

武装蜂起

1956年、チベット高原北半部出身者による統一抗中ゲリラ組織チュシ・ガンドゥク結成。当初はチベット南半部で、1960年代以降は、ネパールのムスタン地方を基地としたゲリラ活動を展開。1957年からは東西冷戦構造に組み込まれ、アメリカ合衆国CIAからの訓練や資金、武器の供給を受けるようになる。

ヒラリー・クリントン

Hillary Rodham Clinton:1947年10月26日、シカゴでドロシーとヒューを両親として生まれた。父親はビジネスマンで妻は主婦という中産階級の家庭に育つ。ウェルズリー大学とエール大学ロースクールを卒業。

バラック・オバマ

Barack Obama:1961年8月4日、ハワイにて生まれる。ケニヤの小村に生まれ育ち奨学金を得てハワイの大学に進んだ父親と、カンサス州で生まれ「復員援護法(G.I.Bill)」のおかげでハワイに家を買った家族の娘を母親として生まれる。その後父親はケニヤにかえり、バラックは母とともにハワイ、インドネシアそしてニューヨークに移り、コロンビア大学を卒業する。

ミートホープ

 ミートホープ(北海道苫小牧市)による一連の食肉偽装事件で、同社は、ハムやソーセージといった加熱加工肉製品から食中毒を起こす細菌が検出されても、そのまま出荷していたことが元幹部の話でわかった。小中学校の給食向けも含まれており、検査データはでっちあげていたという。食品衛生法違反の疑いが強いが、田中稔社長の意向をくんだ幹部の指示だったという。

雪印

2000年に集団食中毒。2002年から牛肉偽装。2004年清算される。

赤松嘉次

第二次大戦末期(昭和20年)の沖縄戦の際、渡嘉敷島で起きた住民の集団自決について、戦後の琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄さん(82)=那覇市=が、産経新聞の取材に応じ「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、自分たちで書類を作った。当時、軍命令とする住民は1人もいなかった」と証言した。渡嘉敷島の集団自決は、現在も多くの歴史教科書で「強制」とされているが、信憑(しんぴょう)性が薄いとする説が有力。琉球政府の当局者が実名で証言するのは初めてで、軍命令説が覆る決定的な材料になりそうだ。
 照屋さんは、昭和20年代後半から琉球政府社会局援護課で旧軍人軍属資格審査委員会委員を務めた。当時、援護法に基づく年金や弔慰金の支給対象者を調べるため、渡嘉敷島で聞き取りを実施。この際、琉球政府関係者や渡嘉敷村村長、日本政府南方連絡事務所の担当者らで、集団自決の犠牲者らに援護法を適用する方法を検討したという。
 同法は、軍人や軍属ではない一般住民は適用外となっていたため、軍命令で行動していたことにして「準軍属」扱いとする案が浮上。村長らが、終戦時に海上挺進(ていしん)隊第3戦隊長として島にいた赤松嘉次元大尉(故人)に連絡し、「命令を出したことにしてほしい」と依頼、同意を得たという。
 照屋さんらは、赤松元大尉が住民たちに自決を命じたとする書類を作成し、日本政府の厚生省(当時)に提出。これにより集団自決の犠牲者は準軍属とみなされ、遺族や負傷者が弔慰金や年金を受け取れるようになったという。

赤尾の豆単

1942初版。現在もまだ売っているという「ABC順」でミニ辞書を覚えるという途方もない「粘り強さ」が要求される。収録語数3800語。
単語帳の歴史。
1967年、試験出る英単語(出る単)。1982年、「英単語1900」。1992年「速読英単語」は英文の中で単語を覚えるという今では当然のシステム採用。1994年「DUO」。1998年「システム英単語」はミニマムなフレーズで覚えようというコンセプトらしい。

朝日新聞

2007年03月28日21時48分
 戦没者の靖国神社への合祀(ごうし)をめぐり、旧厚生省と靖国神社が打ち合わせを重ね、一体となって合祀の基準を決めていたことが28日、国立国会図書館刊行の「新編 靖国神社問題資料集」に収録された内部文書から明らかになった。BC級戦犯の合祀について、厚生省側から、目立たないように合祀してはどうかと提案する場面の記録もある。新憲法の政教分離の原則がありながらも、合祀が国主導で進められたことを示す資料といえる。

情報保全隊

00年の海上自衛隊幹部による秘密漏出事件を機に、防衛庁(当時)は情報保全体制の強化に乗り出し、03年3月、陸海空の各自衛隊の「調査隊」を改編して発足させた。
 任務内容について、02年4月の衆院安全保障委で中谷長官(当時)が、「自衛隊に対して不当に秘密を探知しようとする行動、基地、施設などに対する襲撃、自衛隊の業務に対する妨害などの外部からの働きかけから部隊の秘密、規律、施設などを保護するのに必要な資料や情報の収集など」と答弁している。定員は陸自668人▽海自103人▽空自156人の計927人(06年度末)。

集団的自衛権

。 集団的自衛権とは、自国の安全に密接に関係がある国家に対して第三国から攻撃が行われた場合に、その国家の側に立って第三国に対して反撃する権利(国連憲章第51条)を指す(その本質は「自衛」ではなく「他衛」)。つまり、憲章(第2条4)上認められない武力行使を、第三国から攻撃があった場合に限って認めるという点がポイントである。
しかし、先に触れたとおり、アメリカは国際法違反の予防戦争(自衛権行使の武力行使ではない)に日本の参戦・協力を要求している。これは、仮に集団的自衛権行使を憲法上可能とする第9条「改正」を行ったとしても、対応できるものではあり得ない。自民党新憲法草案の文言を見ると、そこには集団的自衛権については規定しておらず、「自衛軍は、…国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動…を行うことができる」(第9条の2)とある。「国際協調」とは、イラク戦争に際して、自衛隊のイラク派兵の根拠となったイラク特措法を正当化するために政府側が度々持ち出したものである。つまり、自民党新憲法草案は集団的自衛権行使を超えた国際法違反の対米軍事協力・参戦を憲法上可能にすることを狙っている。

正統保守

私の視点
中島岳志20071/1/9 朝日新聞
保守主義とは?
近年、政界や論壇では「保守主義者」を自称する人々の活躍が目覚ましい。安倍首相は、自らの著書の中で、「保守主義者」としての立場を鮮明にし、右派の論客たちの期待を集めた。
しかし、少し立ち止まって考えたい。彼らが強調する「保守主義」とは一体なんであろうか。彼らは「保守主義」の神髄をしっかり踏まえた上で、議論を行っているのだろうか。
私には、近年台頭している「保守主義」が真の保守主義であるとは思えない。その内容が問われないまま、左派へのいら立ちが「保守主義」という名のもとに語られているだけにしか見えない。 (続き)

ドクター・フー

イギリスで1963年にBBCで放送が始まり、カルト的な人気を誇った伝説のSFアドベンチャー・シリーズ。これまでに26シリーズ、700話以上制作されている。これまでに8人の俳優が、個性の違うドクターを演じてきており、今回のシリーズでは9代目となる。新シリーズについて、制作国イギリスでは、「旧作の精神に忠実ながらも、新鮮」と高い評価を得た。この伝統を受け継ぐのは、「ドクター」だけではなく、その宿敵も。歴代ドクター全員が闘った、史上最悪にして最強の破壊魔「ダーレク」が今回のシリーズでも登場する。

ラインアウト

196センチの西が前方に立って投げ手に重圧をかけ、194センチの北川が軸の豊田をマークした。「準決勝の後、早大を想定した練習だけ繰り返してきた」と西。前半9,21分のトライは、早大ラインアウトを奪ったのが起点だ。防御で奮闘した大野は「イチ、ニ、サンを徹底した」と振り返る。1人目で負けない。負けても2,3人目がすかさず助けに入る。そんな意識が刷り込まれていたから、相手が裏に出かけても、次々にタックルに入って傷口を広げなかった。

ベルギー訪問

12日、北大西洋条約機構(NATO)の理事会で演説し、「憲法の諸原則を順守しつつ、いまや日本人は自衛隊が海外で活動することをためらわない」と述べ、恒久法制定も含め、自衛隊の海外派遣を積極的に進める意向を表明した。そのうえで「我が国はより大きな役割を求める世界の増大する期待に応える用意がある」と強調、平和構築や復興支援活動などでNATOとの連携を強化する方針を示した。

レコード大賞

氷川きよしの「一剣」が選ばれたと聞いた。信じられな〜い。有線や爺婆の人気もあるかもしれないが、あり得ない。若い人はレコードを買わずに、ダビングを繰り返しているということなのか?それとも、NHKが腐っているということなのか?

日本国憲法に「男女平等」を書いた女性

<指針><SWNCC228>「日本の国民は、過去十五年間は事実上憲法が彼らに保障している人権の多くのもを奪われていた。その理由は憲法に「法律に定めた場合を除き」などという制約が設けられたためである」
ソビエト連邦憲法第120条ソ連邦の市民は、老齢並びに疾病及び労働能力喪失の場合、物質的保障を受ける権利を持つ。この権利は、国家の負担による労働者及び事務職員の社会的保障の広範な発展、勤労者に対する無料医療の提供、勤労者の利用に供せられる広く行き渡った保養地の供与、によって保障される。
第122条1.ソ連邦における婦人は、経済的・国家的・文化的及び社会的/政治的生活のあらゆる分野において、男子と平等の権利を与えられる。
ワイマール憲法第109条1.すべてのドイツ人は、法律の前に平等である。2.男女は原則として同一の公民的権利及び義務を有する。

点予想

いくつかの点が互いに他の点と直線で結ばれているとき、どの直線上にも少なくとも三つの点があるように配置することは不可能である。

公と公共

「公」と言えば、お上と発想する日本人には「公」と「公共」の区別がついていない。これについて

勝方信一

1971年 早稲田大学1文学部卒業 
同年 読売新聞社入社立川支局、社会部警視庁担当、文部省担当 生活情報部次長(教育担当)、西部本社論説委員兼編集委員、東京本社編集委員を経て現職(東京本社論説委員)  一貫して教育取材に携わってきた。東京本社編集委員当時、読売教育緊急提言の総括責任者。
現在、文部科学省文化審議会国語分科会委員、大学評価・学位授与機構委員、広島大学高等教育研究センター客員研究員。 読売新聞東京本社論説委員
06/12/11付け、読売同氏による
・・・・ そこで「規制緩和」だ。高校カリキュラムの自由化が進んでいる。学校の自主性尊重の考えからだ。それが、数少ない必修科目ですらおろそかにしてよいとの認識を生んだのではないか。学校独自の工夫のための緩和が受験特化を招いたとすれば、趣旨の取り違えも甚だしい。 ・・・(「数少ない必修科目」が間違い)

宇宙基本法?

2006年12月14日18時33分
 防衛目的の宇宙利用を可能にする宇宙基本法案について協議する自民・公明両党のプロジェクトチーム(座長・額賀福志郎前防衛庁長官)が14日開かれ、法案を来年2月、次期通常国会に議員立法で提出する方針を決めた。
 自衛隊が利用できる衛星開発に道を開くことと、宇宙産業の振興が柱。自民党がまとめた法案では、政府に省庁を束ねる宇宙戦略本部を設置し、宇宙基本計画を定める。衛星の需要開拓につながることなどから産業界にも待望論が強い。  
日本は69年に宇宙の平和利用原則を国会決議して軍事利用を禁じてきた。法案はこれを覆し、「攻撃的でない軍事利用」を可能にする。公明党内に慎重論もあることから、調整に時間が必要として、自民党がめざしていた今国会への提出は見送ることにした。

昇格

2006年12月14日13時35分
 防衛庁を「省」に昇格させ、自衛隊の海外派遣を本来任務へと格上げする、防衛庁設置法や自衛隊法などの改正案は14日午後、参院外交防衛委員会で与党と民主党の賛成多数で可決された。15日の参院本会議で成立する見通しだ。防衛庁は来年1月上旬に「防衛省」となる。
 野党第1党の民主党は衆院委と同様にシビリアンコントロール(文民統制)の徹底や防衛施設庁の不祥事を受けた体質改善などの付帯決議をすることを条件に賛成した。
 成立すれば、これまで形式上、首相を経ていた法案提出や海上警備行動発令の承認を得る閣議要求などは、「防衛相」が直接行う。自衛隊による(1)国際緊急援助活動(2)国連平和維持活動(PKO)(3)周辺事態の後方支援(4)テロ特措法の活動(5)イラク特措法の活動は、「本業」の本来任務となる

100万円返納

 首相は(06年12月)13日夜、首相官邸で記者団に「首相の俸給3カ月分を返納したい。当時の官房長官としての私の責任の取り方だ」と語った。首相の報酬は月約234万円だが、財政再建のために3割を自主返納している。さらに議員としての歳費分約130万円は受け取るため、今回の返上は3カ月分で計約100万円となる。
<< 05年11月の「文化力親子TM イン 京都」で、共催者である京都市教育委員会の担当者が「ほかのイベントで会場内でプラカードを掲げ、指名されなくても大声を発したことのある人物とその関係者が応募している」と事前に内閣府に連絡。担当者と上司が協議し、該当者の応募受付番号と同じ末尾の数字を持った応募者が落選するよう工作した。これに連動して、無関係な約50人も抽選から振り落とされたという。>>

確実に消去

Welcome to Darwin!
hasse-54-○○○○:~ hasse_54$ sudo rm -rf ~/.Trash/
We trust you have received the usual lecture from the local System Administrator.
It usually boils down to these three things:

#1) Respect the privacy of others.
#2) Think before you type.
#3) With great power comes great responsibility.
Passwordを要求される。

昇格

同法案の衆院通過について安倍晋三首相は同日、「防衛庁は国民の生命と財産、国土を守る日本の安全保障の中核を担う役所だ。さらに責任感をもって取り組んでほしい」と述べ、防衛省の活動への期待感を示した。
 法案は、現在「付随的任務」と規定している国際平和協力業務や米軍への後方地域支援活動など、自衛隊の海外派遣に関連する活動を「本来任務」に格上げしており、自衛隊の海外での活動拡大につながりかねないとの指摘もある。非核三原則、専守防衛、シビリアンコントロール(文民統制)など防衛政策の基本方針は変更していない。

寺脇研

75年旧文部省入省。「自ら学び、考える力」の育成を目指す「ゆとり教育」の旗振り役だった。06年11月10日付け退職。

自民党

安倍晋三首相は15日午後の委員会総括質疑で、いじめや高校生の必修科目未履修問題に関連して、学校や教育委員会の規範意識が欠けているとした上で「改正案を成立させた上で、教育再生会議で今の状況に応えられる対策の中身を議論したい」と答弁。(道新)「教育の再生は私の内閣で最も重要な課題だ。その課題に向かってしっかりと政策を作っていくために教育基本法の改正は重要だ」
河野洋平衆院議長に特別委の採決を無効として審議を差し戻すよう求めた。しかし、河野議長は申し入れに対し「円満ではなかったが運営に瑕疵(かし)があったとは思わない」との見解を示した。

同世代

昭和二十九年会
石田純一
俳優の片岡鶴太郎さんら54年生まれの著名人が集まる「昭和29年会」で、安倍氏と時折言葉をかわすという俳優の石田純一さん。同時代を歩んできたが「政治理念は全く相容れない」と話す。
「安倍さんは僕らの世代の代弁者とは思えない。過激な軍備増強。改憲論議は同世代にはかなり奇異に聞こえるはずです。現政権には『戦前に戻るつもりですか』と問いかけたい」

公聴会

国会法第51条「委員会は一般的関心及び目的を有する重要な案件について、公聴会を開き、真に利害関係を有する者または学識経験者等から違憲を尾聞くことができる。」
第52条「委員会は議員の外傍聴を許さない。ただし、報道の任務にあたるものその他の者で委員長の許可を得たものについては、この限りではない。

公聴会の実態

2006/11/8の名古屋における「教育基本法改正」に関する公聴会に出席した人のメール。(amlより) (1)空席だらけの傍聴席(会場前にあふれる人たちは、政党関係者の動員かもしれぬという懸念?) (2)北岐阜大:「私が外国に行ったとき、日本の伝統文化を外国の人に説明できなくて恥ずかしかった。外国の人と胸を張って交流できるよう、わが国の優れた文化を教え、その文化を見直す伝統教育が必要である。愛国心といえば、偏狭なナショナリズムの古いイメージばかりだから、自然環境保全などの新しいイメージをつくるべきだ。国家に尽くした先人の努力を学び、・・」
馬居静岡大:「今の少子化の原因は、一人ひとりが帰属する社会に意義が見いだせなくて、個人の尊厳を重んじるあまり、(例えば、社会的な上層志向に乗っかる、会社で出世する等)家族をつくることを考えなかった。一人ひとりが国家を形成しているのに、公を軽視する教育が行われてきた。国を作るのは民だと言う事をリアリティを持って伝えなければいけない」
伊豆原氏:「教育は時間がかかるのに成果を求められると現場が混乱する。待つという姿勢が失われてきた。そして、一番の弊害は国→教育委員会→学校の上意下達のシステムであり、議員の方々も「専門家に意見を聴いたからいい」というのはご一考いただきたい、現場の声に耳を傾けて欲しい」
高橋哲哉氏意見

明言

 ロイター通信によると、大統領は「2人ともすばらしい仕事をしているし、私は彼らを支持する。私は副大統領の助言を評価している。ラムズフェルド長官はアフガニスタンとイラクでのテロとの戦いと、軍の再編という三つのことを同時にこなしてきた。私は満足している」と語った。

デマゴーグ

この場合は、軍産複合体のデマである。戦争をなくしたくないものがいるということ。国連本部総会議場でのテロを実行したのは彼らであろう。ケネディが誰に殺されたかがわかる気がする。

北海道人事委員会

君が代演奏妨害、教員の戒告処分を取り消し
  2006年10月23日13時38分

北海道倶知安町の町立中学校の卒業式で「君が代」演奏を妨害したとして、戒告処分を受けた男性教諭(49)について道人事委員会は23日、処分取り消しの裁決を通知した。裁決では「個人の思想の自由を侵害するもので、処分は懲戒権の乱用にあたる」としている。
男性教諭は01年3月の卒業式で、校長がカセットデッキを持ち込んで君が代の演奏を始めたところ、カセットデッキを持ち去り、演奏を止めた。道教委は同年7月、君が代の斉唱を明記した学習指導要領に従わなかったなどとして、地方公務員法に基づき教諭を戒告処分にした。
裁決は、「教職員に対する式での日の丸・君が代の強制は思想・良心の不当な侵害と解される」と指摘。国旗掲揚・国歌斉唱の根拠となる学習指導要領の「日の丸・君が代指導条項」については「法的拘束力は否定せざるを得ない」とした。
道教委の処分を不服とした教諭が、01年9月に人事委に対して処分取り消しの申し立てをしていた。

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文部大臣

高校での必修科目の未履修問題で、息吹文明文部科学相は27日の閣議後会見で「卒業証書を渡すまでに決められた時間の授業はするように(全国の教育委員会に)通知する」と述べ、現三年生の卒業に特別の救済措置をとるのは困難との考えを示した。
息吹文蚊症は「未履修だった生徒に責任はないが、学習指導要領に従って授業を受けた生徒との不公平が生じてはならない」と指摘。

道教委

道教委は二十六日の会見で「学校を信頼していた。想定外だった」(穂積邦彦学校教育局長)
2006/10/26

英同時多発テロ

2005年7月7日、通勤時間帯にロンドン中心部の地下鉄三ヶ所とバスで爆弾が爆発。自爆したとされる容疑者4人を含む計五十六人が死亡、七百人以上が負傷した。
同時テロで最も多い死傷者を出したキングクロス駅発の地下鉄の爆発は、他の現場に比べてはるかに深い地下70メートルで発生し、救助が遅れたため、生き残った乗客は「暗闇の45分間」を共にした。
その体験を広告会社員レイチェル・ノースさんはテロ当日、ネットの掲示板に書き込んだ。それが被害者が出会う場になった。事件一週間後に行なわれた追悼行事に合わせて、ノースさん等5、6人がパブで初顔合わせ。三週間後に連帯組織「キングクロス・ユナイッテッド」を結成した。参加者は現在107人。シンガポール、スペイン、トルコなど国際色豊かなネットワークに成長した。

戦場のキックオフ

第1次大戦で、互いに孤立した仏独の小隊が打つ手なしの状態になって、銃を置きサッカーに興じるが平和は長く続かない。ドイツ側に応援が来て、二つの小隊は全滅することになるというヨーロッパのドラマ。切っ掛けになったのは故郷を同じくする敵軍の兵士。戦争は始めたら終わりだと確認する。  

安倍君の常識

  安倍晋三首相は六日の衆院予算委員会で、極東国際軍事裁判(東京裁判)で裁かれたA級戦犯について「平和に対する罪と人道に対する罪で裁かれたが、その段階で作られた概念だ。日本の国内法的には戦争犯罪人ではない」
政府がサンフランシスコ平和条約に調印し東京裁判を受け入れたのは「受け入れなければ独立できなかった。独立するためにあえてのんだ」
小泉純一郎前首相が二○○五年の国会答弁で「(A級戦犯は)戦争犯罪人である」と述べたことについては、「遺族援護法等の給付の対象になっており、勲一等を授与された人もいる。犯罪人であればそういうことはありえない」と同意しない考えを示した。
首相は官房長官だった今年二月、国会で「村山談話」に関して「侵略戦争の定義は学問的に確定しているとは言えない」と述べていた。慰安婦問題でも「河野談話の前提が崩れている」と、かつて訴えていた。

二つの国民

  国民を戦争指導者と、彼らに「騙されて」戦争協力した一般国民とに分け、一般国民と戦勝国の国民や戦争犠牲者との間で和解を促すという発想は、「中国の理解」というよりも、大戦後、戦勝国が日独に対してとった敵対関係修復の方法である。その線引きが「裁判」である。裁判そのものには問題はあるが、何を考えて施策を決めたのかということを安倍君は考えるべき、という反論が翌日の朝日にでる。(山梨学院小菅信子さん)

日比谷焼き打ち

1905(明治38)年9月5日,日露講和条約( ポーツマス条約 )調印の日を機に,条約の内容を不満とする民衆が,東京の日比谷公園で集会を開き,交番や電車の焼き打ちを行った事件。
政府は軍隊を出動させて鎮圧したが,その後,講和反対の動きは全国に広がり,労働争議をひきおこした。(辛うじて講和に持ち込めたというのが民衆には分からなかった。頭山満や河野弘中など煽った本人達は知っていたのだろうが。)

自国兵

「93年、ソマリア紛争への国連多国籍軍の武力介入で多くの米兵が殺され、当時のクリントン政権は撤退を命じた。米国は人間の価値は同じではなく、救うべき人達の命よりも自国兵士の命の方が尊い、という心理を作り上げた。今もベルギーではルワンダで80万人が殺されたことよりも、停戦監視に当たった自国兵10人の犠牲に関心が払われている。」
「自国の国益や安全保障の為でなく、純粋に人道目的のための介入でなぜ自国の兵士が血を流さなければならないのか。それは重苦しい問いだ。しかし、たとえばスーダンのダルフールですでに20万人以上が犠牲になっている事実を、黙殺すべきだろうか」 2006/08/17(Thu)朝日新聞

ダレール

オランダ生まれ。元カナダ陸軍准将・1993年、国連ルワンダ支援団の司令官として、内戦が続いたルワンダでの停戦監視活動にあたった。だが、国連や国際社会の対応が揺れ動く中、翌年に内戦が再発。100日間で80万人とも言われる大量の犠牲者を出し、支援団にも被害が出て、約二年半で撤収を余儀なくされた。
ダレール氏は退役後、虐殺を防げなかった自責の念や悲惨な戦場体験から、強度の心的外傷後ストレス障害(PTSD )を発症。たびたび自殺願望にとらわれ、2000年6月にはアルコールと薬物の混用から、オタワ近くの公園のベンチで昏睡状態になっているところを発見された。
その後、体調を回復。03年ルワンダでの体験を記録した著書、「Shake with the Devils] を発表。国際的なベストセラーとなった。
05年からは自由党所属のカナダ上院議員。世界各地で戦争被害を受けた子供の救済活動などに取り組んでいる。 60歳。 2006/08/17(Thu)朝日新聞

正しい被爆証言

3 講話にあたって注意すべき事項
被爆体験講話は上記の趣旨に基づいて実施しており、講話を行うにあたっては、その趣旨に従い、誤解を招くことのないよう、以下の具体例については特に注意していただきたい。
(1)自らの被爆体験を語る
・個人の主義主張をする場ではない−中立を
(2)被爆体験以外の事柄について発言することは極めて慎重を要する。
・平和に関する事柄は広いが、被爆体験以外は専門家ではなく評論家でもない。
(3) 国民の間で意見が分かれている以下のような政治的問題についての発言は慎んでいただきたい。
・先の戦争に係る天皇の戦争責任     
・憲法 (9 条等 )の改正
・イラクへの自衛隊派遣        
 ・有事法制
・原子力発電             
 ・歴史教育、靖国神社
・環境、人権など他領域の問題
・一般に不確定な内容の発言
(例:劣化ウラン弾問題−科学的に立証されていない)
※質問への回答例:「国民全体で考えることなので、国会などで議論して欲しい。 皆さんも学校や家庭でみんなと一緒に考えてみてください。」
何を考えているか、透けて見えるような素直な提言です。

「自国への誇り」調査

「自国への誇りを持っていますか」との質問に対して、「持っている」と答えた者は中国92%、韓国71%、日本24%逆に「持っていない」と答えた生徒は日本12%、韓国4%、中国0%だった。
この差は「あなたは自分の将来に希望を持っていますか」への回答にも現われ、「大きな希望を持っている」が中国91%、韓国46%、日本29%になったのに対し、「どうなるか分からない」は日本29%、韓国18%、中国2%だった。さらに「全く持っていない」が日本には5%おり、韓国は1%、中国は0%だった

愛国心論争

ドイツでも、今大会期間中は国旗が溢れ、一部にはネオ・ナチに利用されるのではないかと危惧されたが、どうやら"素朴な"旗振りで終わったようだ。熱狂に身を任せたいと思う若い人達が出現しているようだ。自制を身上とするドイツでさえ、いやだからこそそれは拘束と捉えられている面がある。自省のない日本ではどうか。

サミュエル・ジョンソン

Samuel Johnson, 1709年 -1784年、イギリスの警句家。偏見に満ちた毒舌が面白い。
イングランド では小麦は食用、燕麦は飼料用のイメージが強かった。
スコットランド 人嫌いの詩人・批評家 サミュエル・ジョンソン が同時代の辞書に残した燕麦の有名な定義がある。
Oats : A grain, which in England is generally given to horses, but in Scotland appears to support the people.( Samuel Johnson , 1755, A Dictionary of the English Language )
(訳:燕麦 穀物の一種であり、イングランドでは馬を養い、スコットランドでは人を養う)
これにはスコットランド人も激怒し、サミュエル・ジョンソンの弟子でもあった ジェイムズ・ボズウェル (James Boswell )はお返しに、ユーモアを込めて次のように反論したという。
Which is why England is known for its horses and Scotland for its men.
(訳:それ故に、イングランドはその産する馬によって名高く、スコットランドは人材において名高い)

愛国心

Patriotism is the last refuge of a scoundrel. - 愛国心は悪党が最後に逃げ込む場所だ。

国民多数の意見

国連決議を経て北朝鮮制裁を
五日に起きた北朝鮮による七発ものミサイル発射は、指呼の間の日本列島を衝撃で包んだ。常軌を逸した北朝鮮の振る舞いである。(2006/7/9道新読者の欄)

心の問題

小泉首相は靖国参拝への批判を「心の問題だ」と突っぱねてきた。辻本氏は切り込んだ。「総理、ぜひ『心の問題』の迷路から抜けていただけないか」
朝日新聞「心の自由で済むのなら」

little snitch

ダニエルは、littlesnitchという小物で、この機能を突き止めたという。 Little Snitch tells you when a program tries to send info to the internet so you can see what's going on in the background!

トラブル

6月6日東京で一件目25才を逮捕。13日岡山県で二件目、55才が噛みつき、逮捕。三件目17日東京で45才逮捕。 18日広島で、45才逮捕。

民間委託効果

警視庁の調査では都内の主要10路線の渋滞の長さは、法施行後14日間で前年比約35%も短くなった。この結果、車の流れが約15%早くなった。
一方、大阪府警が法施行前後20日間を比較したところ、大阪市四つ橋筋で、渋滞時間が半減。移動時間が約16%少なくて済むようになった。同市堺筋では、渋滞時間が約13%減り、移動時間が約22%少なくなった。
京都府警によると、京都市四条通りと烏丸通りでは放置駐車が法施行直前の約800台から、6月下旬には、245台にまで減っていた。

天皇に敬語を使え

(権力にある者の本音)
陛下報道で敬語なしを批判 文科相、教基法特別委で[06月08日 12時38分]
小坂憲次文部科学相は8日午前の衆院教育基本法特別委員会で、天皇、皇后両陛下が公園を散策されたことを報じた一部の新聞記事で敬語表現がなかったことについて「新聞だから、字数が限られているから、で済まされる問題ではない。敬語を使うべき方には敬語を使い、親しみを持つために使う言葉と敬語をうまく混ぜて伝えることが必要だ」と述べ、記事を批判した。
安倍晋三官房長官はこれに関連し「個人的には」と前置きした上で「ここで敬語を使わなければ誰に敬語を使うのかと感じる。感じ方を強制するわけではないが、政治家個人としては違和感がある」と述べ、天皇、皇后両陛下を報じる記事に敬語を用いないことに疑問を示した。
同時に安倍氏は「陛下への敬語の使い方は(報道)各社でニュアンスが違う。使い方に対して政府がとやかく言うべきではない。各社の判断と思う」とも述べた

リクルート事件

1988年(昭和63)6月の『朝日新聞』横浜支局のスクープ記事から発覚した戦後最大級の構造汚職疑惑で、問題の多い日本の株式市場のゆがみを利用して政・財・官界など特権階級の人々の金儲け主義(錬金術)が白日の下にさらされた。
事件の発端は、川崎sテクノピア地区へのリクルート社進出にからみ、同市助役へのリクルート社の子会社であるファーストファイナンス社の未公開株融資付き売買疑惑であったが、まもなく、リクルート・コスモス株の疑惑譲渡先として元閣僚を含む76人が発覚、さらには、コスモス社の松原社長室長から、この事件追及をすすめていた社会党(当時)楢崎弥之助議員に500万円の贈賄工作があったとの代議士自らの告発という事態に発展。この模様はテレビで放映され、世論は沸騰した。 (もらったのは”妻が""家族だ”というセリフが流行った、という)

治安維持法

治安維持法の歴史
新聞紙条例
1875年成立「人ヲ教唆シテ罪ヲ犯サシメタル者」 (12条 )
「政府ヲ変壊シ国家ヲ顛覆スルノ論ヲ載セ騒乱ヲ煽起セントスル者」 (13条 )
「成法ヲ誹毀シ国民法ニ遵フノ義ヲ乱リ及顕ハニ刑律ニ触レタルノ罪犯ヲ曲庇スルノ論ヲ為ス者」 (14条 )には初めて厳しい刑罰規定が設けられた。
1883年、当時藩閥政府と対立した民党系新聞を押さえるため、発行保証金制度を取り、発行禁止停止・新聞紙差し押さえの措置をとれるように改定された。

新聞紙法
1909年公布。(新聞出身の議員が予審記事掲載禁止を改正しようとしたのを逆手にとって、改悪に及んだもの)
時事を報ずる新聞の保証金納付義務 (12条 )、
予審内容の掲載禁止 (19条 )、
犯罪を煽動もしくは曲庇する記事の禁止 (21条 )、
安寧秩序を紊しまたは風俗を害すると認められる新聞の発売・頒布の禁止 (23条 )、
陸軍・海軍・外務各大臣の軍事・外交に関する事項の掲載禁止、記事制限権 (27条 )
発行人・編集人の処罰 (41条 )などで、違反には重い刑罰が科せられることになっていた。

1900年治安警察法
同法の主たる内容の第1は、政治集会の開催、政治結社の結成の場合の届出義務を課した上で、当局は「安寧 (あんねい) 秩序ヲ保持スル為 (ため )必要ナル」場合は、自由にこれら集会や結社を禁止・解散させる権限規定を設けたことにあっ た(1〜4条及び 8条 )。
さらに軍人、警察官、宗教者、教師、学生などは合法的な政治結社にも入ることを禁ぜられ、また未成年者ばかりか女子は結社ばかりか、集会に参加することも厳禁された (第55)
労働者などの団結や争議行為そのものを禁止してはいないが、「他人ニ対シテ暴行、脅迫」などをすることや「他人ヲ誘惑若 (もしく )ハ煽動 (せんどう )スルコト」を「1月以上6月以下ノ重禁錮ニ処シ3円以上30円以下ノ罰金」で処罰した (第17条、第30条)

治安維持法
1925年
国体の変革と私有財産制度の否認を目的とする結社や行動を処罰するため制定された。
第1条
@ 国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ10年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
A 前項ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス

検察は倫理上の善悪の審判者の立場に自らを置く。
適用の面では、たとえば「目的遂行ノ為ニスル行為」との規定は、「マルクス主義、社会主義に共鳴するものについて、彼が食事するのも、歩くのも、『目的遂行ノ為ニスル行為』とみなしうる」との拡張解釈で濫用され、さらなる威力を発揮、1935(昭和10)年にはそのターゲットとなった日本共産党指導部は壊滅するが、それ以降、同法は、宗教団体や学術研究サークルなどを取り締まりの対象とした。
1941(昭和16)年より一層弾圧立法としての機能強化のために、全65条構成として全面的に大改正された、特に第3章に全26条に及ぶ 予防拘禁 の項が設けられた。

共謀罪の源流

共謀罪の原型はイギリスにある。当初は国王暗殺について共謀を行ったことなどが処罰の対象とされていたが、その後、イギリスやアメリカにおいて、労働運動、政治運動の弾圧に利用されるようになった。1806年のフィラデルフィア製靴職人事件では、組合の指導者八名が、一定の賃金以下では働かないことを共謀したとして訴追された。1952年のローゼンバーグ事件では、アメリカの国防情報をソ連に伝える共謀を行ったとして、諜報活動法違反の共謀により、ローゼンバーグ夫妻等に死刑判決が下された。このように共謀罪は、いわゆる治安立法として活用され、処罰範囲の拡大だけでなく、国民の自由な活動を弾圧し、国家による思想の統制に繋がっていった。

防止条約

国連国際組織犯罪防止条約(2000年12月国連総会で採択)批准のための前提条件を整備し、上記条約を国内法化するためであると説明されている。政府は、当初共謀罪は、日本の方原則と相いれなとして条約に否定的な態度を示していたが、条約が締結されると、一転して条約が予定する範囲を遥かに超える広範な処罰を可能にする内容で立法化を図ろうとしている。

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思想統制こそ靖国の本質


2006/01/12 オピニオン
小口弘恭

A級戦犯の合祀などで、首相の靖国神社参拝をめぐる論議は真っ二つに分かれてしまった。中国・韓国に代表される意見は、戦争責任の反省が足りないとする。他方は、戦争責任の一方的押し付けだとする。 しかし、本当の問題はもっと深いところにあると思う。
よく知られているように、靖国神社の前身は。明治維新での官軍の戦死者を祭るための招魂社であった。明治政府は中央集権制の強化のため、天皇を現人神とする国家神道を作り上げ、強烈な思想教育、思想統制を行ってきた。この思想統制がもたらした悲劇、おぞましさこそが問題の本質ではないか。
国家神道の洗脳から解放された今日の日本で、靖国神社がかつての権威を取り戻すことはあるまい。 靖国神社を前にして起る自然な感情とは、戦死した純真な青年達へ強い悼みと、二度と悲劇を繰り返してはならないという反省ではないだろうか。
靖国神社は、A級戦犯を分祀するなどの議論もあるが、何れにせよ、国家による思想統制によってもたらされた悲劇を忘れないための施設になることが望ましい。

共謀罪
国連越境組織犯罪条約」を批准する目的として、政府が2003年3月にはじめて国会に提出した。犯罪の実行行為がなくとも、それについて相談したり議論したりするだけで処罰される。二度廃案になったが、昨年の特別国会中に再提出され、現在継続審議中。

治安維持法
国体変革を目指す動きの取り締りを目的とする。同法による検挙者は統計上7万数千人だが、実際はその数倍に上るとされる。うち約700人が起訴された。

アイゼンハワーの危惧

「何事に対しても警戒を怠らない分別のある市民のみが、巨大な産業と軍部の複合体に平和的な手段と目的を持たせ、安全と自由を手に入れるのです」
1961年1月17日 (アイゼンハワー離任演説)

施設庁

政府・与党は1月26日、今国会で防衛庁の「省」昇格が実現した場合は、「防衛省」を外局の防衛施設庁と統合する方向で検討を開始した。

防衛施設庁発注の空調設備工事で、業者間の談合を主導したとして、東京地検特捜部は30日、競売入札妨害(談合)の疑いで同庁ナンバー3の技術審議官、河野孝義容疑者(57)=神奈川県横須賀市=ら3人を逮捕し、空調メーカーなど関係先を家宅捜索した。
昨年11−12月に立件した成田空港の電機設備に続く、発注者側が深く関与した「官製談合」の摘発で、特捜部は31日に防衛施設庁なども捜索する。また複数の空調メーカーに防衛施設庁OBが天下っており、幹部らが天下りの見返りに受注調整を代々引き継いできたとみて追及する。

Spielberg

○『刑事コロンボ /構想の死角』1971年
○『激突! 』1971年
△『続・激突! カージャック』1974年
×『ジョーズ 』1975年
×『未知との遭遇 』( 1977年)
×『1941 』( 1941 , 1979年)
○『レイダース/失われたアーク《聖櫃》 』( 1981年)
×『E.T. 』( 1982年)
△『ポルターガイスト 』( 1982年)
○『トワイライト・ゾーン 超次元の体験』 ( 1983年) (監督4名によるオムニバス作品の第2話)
△『プロローグ 本当に怖いもの』ジョン・ランディス監督作品 『第1話 偏見の恐怖』ジョン・ランディス監督作品 『第2話 真夜中の遊戯』スティーブン・スピルバーグ監督作品 『第3話 こどもの世界』ジョー・ダンテ監督作品 『第4話 2万フィートの戦慄』ジョージ・ミラー監督作品 ○『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説 』( 1984年)
△『カラー・パープル 』( 1985年)
△『太陽の帝国 』(1987年)
○『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦 』 ( 1989年)
△『オールウェイズ 』( 1989年)
△『フック 』( 1991年)
×『ジュラシック・パーク 』(1993年)
△『シンドラーのリスト 』( 1993年)
○『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク 』 ( 1997年)
○『アミスタッド 』(1997年)
○『プライベート・ライアン 』( 1998年)
△The Unfinished Journey (1999年)
△『A.I. 』( 2001年)
○『マイノリティ・リポート 』 ( 2002年)
△『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン 』(2002年)
△『ターミナル 』( 2004年)
×『宇宙戦争 』War of the Worlds (2005年)

日本はアジア重視を

2005年12月ワシントンで行なわれた非公式の日米事務レベル協議で、米国務省高官が『日中・日韓の二国間関係悪化を米国としても心配している」と発言したという(2006/1/29道新)。
外交の表舞台では関係改善への期待を表明するのみに止めて、「介入」と受け取られかねない露骨な言動は控えているが、今回は歴史問題などをめぐる日中韓の関係に懸念を示し、「日米関係がアジアで肯定的に受け入れられるためにも、アジア外交にしっかり取り組んで欲しい」という趣旨の発言をしたというが、日程・出席者ともに開かれたこと自体が明らかになっていない。

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岡潔

1901〜1978。渡仏していたとき当時の難問「ハルトークの逆問題」というものを解いたことで有名。解けそうもない問題に挑戦するにはどうすればよいかという実例がここにある。それを説明した春宵十話という随筆が知られている。彼については「彼が数学上の話をする時は信用してよいが、数学について話すときは眉に唾を付けて聞き、数学以外の話をする時は、信用できない」との評を読んだことがある。

条件付き賛成

1933/2/27国会議事堂放火事件
2/28(国民と国家の防衛のための)緊急令
3/5ナチスは196->288人の激増
3/23全権付与法を441対94で可決
このとき、議席数73の中央党は「緊急令で停止された基本的権利の復活に同意する義務を負うという条件付で賛成票を投じる。
『ヒットラーは口頭でこの条件に同意を与え、いずれ中央党に文書の形で確認すると約束した。この文書を受け取らぬうちに審議が始まり、フリックが文書は発送済みと請け合ったが、この文書は届かなかった。』

米百俵

日本・中米共同記者会見
平成17年8月18日
【小泉総理】 本日、中米7か国首脳と、東京で初めてこのような会合を開くことができました。中米諸国首脳の来日を心から歓迎するとともに、このようなすばらしい会合を持てたことを喜んでおります。
今年は、日本と中米交流年であります。現在もさまざまな分野で記念交流行事が開催されております。愛知の万博にも中米諸国が協力して参加していただいております。心から御礼を申し上げます。 ・・・・
中米は地域統合の進展に伴いまして、国際社会での発言力も強めております。日本にとっては大変たのもしいパートナーになっていくと期待しております。
我が国は中米統合に積極的に支援していく考えでありまして、この中米統合が地域の安定と発展に貢献することを期待しております。
日本は、人づくりといいますか、人材、これが財産であります。中米諸国が教育を重視していると、人づくりを重視しているというお話も今日も伺いました。これまでの二国間協力に加えまして、共通の開発課題を抱えている中米地域に対しまして、広域協力を強化して、更に教育とか人づくりにおきましても日本としてできることがたくさんあると思っております。
経済交流、観光交流あるいは米百俵の精神が中米諸国でも共有されていると聞いて大変うれしく思っております。それだけ日本の教育に対しても関心を持っていただき、人づくり、教育が大事だという認識を強くされているんだと思いまして、日本としても今後5年間で中米より約千人の青年たちを招聘したいと思っております。 ・・・
国連改革、国連安保理常任理事国入りに対しまして、各国から温かい支援の表明がありまして、感謝申し上げたいと思います。

防衛省

自民党の行政改革推進本部は2005/11/22日、党本部で総会を開き、防衛庁を「省」に格上げさせるための内閣提出法案を政府が来年の通常国会に提出するよう働きかけることを決めた。自民党は先の総選挙でも「防衛省設置法案を国会で成立させ、自衛官に国民が敬意と感謝の念を持つよう努める」とマニフェスト(政権公約)に定めていた。
立党五十周年をお祝いしている自民党が読み上げた宣言は「わが国の歴史、伝統、文化を尊び、その是をとって非を除き、道徳の高揚につとめる」としたうえで、「国際社会の責任ある一員として、積極的に活動する国家の実現を国民に約する」 としている。

姉歯建築設計事務所

姉歯建築事務所の構造計算書を審査した(問題の二十一件中二十件)指定確認検査機関「イーホームズ」が、中間検査や完了検査も実施しながら不備を見つけられなかったことが21日までに分かった。
中間検査は、建物の施工中に構造が建築基準に適合しているか道かを確認する検査。建物の規模や自治体によっては実施しない場合もある。
「建築確認時の書類審査と異なり現物を確認するため、鉄骨の量が少ない点などに注目すれば不備を発見できた可能性はある」と指摘する建築業界関係者もいる。
以前確認申請していた日本ERIのチェックが厳しいとの理由で、イーホームズに変えていたことが21日まで分かった。同事務所から、建物のデザインを請け負っていた設計士が明らかにしたものである。姉歯側は「検査側にも当然落ち度はある。通常であれば気付くはずだ」イーホームズ側は「改竄は非常に巧妙」「適切な業務を行っている」と反論している。

韓国のデパート崩壊

1995年6月29日、韓国・ソウル市。地上5階、地下4階の「三豊(サンプン)百貨店」は、多くの人で賑わっていた。しかし、午後5時50分。この高級デパートが突如、轟音を立てて崩壊のだ。駆けつけた救助隊の懸命な救出活動にもかかわらず、死者501名・負傷者937名・行方不明者6名という、韓国はもちろん世界にも類を見ない大惨事となったのである 。原因は次のように言われていた。
・粗悪なコンクリートが使われていた。
・元々4階建てのオフィスビルを、建設途中で5階建てのデパートに変更。その際、エスカレーター設置のため、デパート中央部分の4本の柱を全て取り除き、弱い構造になってしまっていた。
・ その状況で、屋上で大型冷房装置を引きずって移動したという。コンクリートの強度はさらに下がった。

握手補題

点の次数の総和は、辺の個数の2倍である。これを握手補題という 。辺一本に対して点が二つずつあるから、当然か。

南フランスでの出来事

数年前、南フランスのある村を訪れたとき、村人が誇らしげに私に語った。「君は、この村に来る途中にあったハンバーガー店を見たかい」。その店は火災にあい閉店していた。「あれは私たちがやったのさ。デモをかけて火炎瓶を投げてね」。乱暴な話である。当然逮捕者も出た。だがこの村に彼らの行動を非難するものはいなかった。この村こそが自分たちの「生」であり、この「生」の世界を守らなければ、自分たちの「生」自体も壊れる。
我が村にハンバーガーショップはいらないのである。食べ物までがグローバル化し、均一化していく動きを許したら。自分たちの守りたい「生」の世界が壊れる。村と共にある豊饒の「生」の世界が、である。
2005/11/07内山節道新

自由

「かつてのように。社会の問題に関心を向けつつ自分もまたなにがしかそこに関わる責任があるとかんじたり、自分の家を守って行く責任があるといった感覚は消失し、『他人に迷惑をかけない限り、どのように生きようがその人の自由である』という感覚がやって来た。こうした生の感覚は、バブルが崩壊し長く不景気が続き、『勝ち組と負け組』などと語られる現在でも、基本的に変わっていない」西研<実存にとって社会とは何か> 」

思いやり予算

駐留軍経費の日米の負担割合は、7:3といわれてきたが、96年度では78.3%、つまり8割近くの米駐留軍経費を日本が負担していることが米側資料から明らかになった。これは、米議会が同盟国に対して2000年9月までに達成するように設定した目標値の75%をも既に上回っている。NATO諸国の負担率は、イタリアがほぼ50%、ついでドイツが25%程度である。日本の負担率が約8割と他の同盟国を圧倒しているだけでなく、負担額に関しても4584.61万ドルと日本はおしげもなく駐留米軍経費を負担していることがわかる。
。駐留米軍人数が日本より多いにもかかわらずドイツの負担額は日本の約1/3で、米軍人1人あたりにすると日本はドイツの4倍の経費を負担していることになる。50%を負担しているイタリアは負担額では528万ドルと、日本の1/9弱にすぎない。
さらに注目すべきは、受入国負担のうち直接支援(受入国の予算に計上される分:労務費、光熱水費、提供施設整備費、民間の土地代など)と間接支援(予算に計上されない分:税金免除分や国有地代など)の比率である。日本は、負担額のうち直接支援額が約8割を占めている。一方、ドイツでは直接負担率が約4%、イタリアはほぼゼロに等しい。
在日米軍基地には、豪華なジム・フィットネスセンター、プール、夜間照明付きテニスコートなど運動のための建造物が多いのに比べて、日本以外の米軍基地では売店・学校・図書館などという生活に密着した施設が中心である。つまり、他の同盟国がはほとんど支出していない直接負担=「思いやり予算」によって、在日米軍基地の異常な豪華さが維持されていることになる。

憲法草案

自衛軍保持を明記 自民が初の改憲草案
自民党は28日、現行憲法を全面的に見直し「自衛軍」の保持などを明記した新憲法草案を決定した。環境権など「新しい権利」を盛り込む一方で、「国民の責務」に関する条項を新設。前文に「帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務」をうたうなど、公益重視の内容となった。
全10章で、条文は憲法の補則を除く99の条文に対照させる形で整理。同党が条文形式で憲法改正案をまとめたのは初めて。次期通常国会でまず国民投票法を制定、来年中に予定される民主党の改憲案策定を待ち、憲法改正を政治日程に乗せたい考えだ。
焦点の9条は、「戦争放棄」を定めた現行憲法の9条1項をそのまま堅持、「戦力不保持」を規定した2項は削除し、「国の平和と独立」を確保するため、首相を最高指揮者とする「自衛軍の保持」を明記した。1項の堅持は小泉純一郎首相が28日の協議で指示した。
自衛軍は緊急事態での秩序維持や国際協調活動にも使えるとし、海外での武力行使も可能にした。集団的自衛権は明文化しないが「自衛権に含まれる」として行使を容認。「軍事裁判所」新設も盛り込んだ。
政教分離は社会的儀礼の範囲を超えないことなどを条件に最高裁判例に従う内容とした。
前文はまず自主憲法であることを強調。(1)国民主権(2)民主主義(3)自由主義(4)基本的人権の尊重(5)平和主義(6)国際協調主義―の6原則を「不変の価値として継承する」と宣言し、国際的な圧政の根絶、地球環境の保全も打ち出した。
権利・義務では、現行の権利に加え、知る権利など5つの新しい権利を明記。他方で、国民は「公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う」と、自由と権利の乱用をいさめた。党内に天皇の元首化を求める意見もあったが、象徴天皇制を維持した。
このほか、改憲発議要件を「各議院の総議員の過半数」に緩和し、政党条項を新設。地方自治体を「基礎自治体」と「広域自治体」に分け、自治体の財政自主権を明確にして権限を強化した。
党新憲法起草委員会(委員長・森喜朗前首相)が同日午後の全体会議で最終案をまとめ、政審、総務会で了承された。来月22日の立党50年記念式典で示す。 (共同)

ご臨終

日本のメディアは蘇生できるのか
ご臨終メディア
質問しないマスコミと一人で考えない日本人
青春と読書05年11月号
 
小泉自民党圧勝のニュースを聞きながら、この原稿を書いている、今や日本の政治は、すっかり新保守主義に牛耳られてしまった。勢いづいた人々が次に何を狙っているのか。この状況は尋常ではない。思うに既に石原慎太郎が都知事選で大勝した頃からこの傾向はあった。今回は、同じことが全国規模で起きてたことになる。だが、鎌田慧が東京新聞で書いたように、ハーメルンの笛吹き男についていくだけの社会の先にあるのは、「荒涼とした海」でしかない。どうやらもはや、この国の政党とメディア、そして社会からは、批判的な自己判断力は決定的に失われてしまったらしい。ーーーご臨終である。
おそらく1995年のオウム事件のあたりから人々の意識は大きく右旋回し始めていた。巨視的には、戦後日本の社会意識は、1950年代半ば、70年代半ば、90年代半ばというほぼ20年置きに三回、大きく変容してきたのだが、この最期の変容のプロセスを主導したのはマスメディアである。日本のメディアは、自らすでに「ご臨終」を迎えつつあると同時に、この社会そのものに「ご臨終」をもたらした張本人といえる。
そう、日本のメディアがいよいよ「ご臨終」なのだとすると、せめてその死因の特定くらいはしておいた方がいい。解剖医は、「ばくち打ち」の森巣博とドキュメンタリイ作家の森達也。森巣は、日本のメディアがいかに既得権益にあぐらをかき、護送船団方式で守られながら政府の広報機関と化してきたかを次々に突く。対して森は、そのような衰弱したメディアを生み、現在のメディアの惨状を支えているのは、この国の大衆の「善意」そのものなのであると考える。森が静かな口調で、問うのは、日本人全体の思考停止である。
二人が一致するように、今日本のメディアはたしかに「ご臨終」状態にある。このメディアは被害者に過剰な感情移入をしながら倒れた者を叩くのを得意とし、冷静な論理で為政者を追いつめて行くのを苦手とする。この実体に危機感を抱かないのならこれはもうジャーナリズムではない。記者会見やインタビューは言葉での喧嘩の場なのだから、記者達は相手の出方に応じて、「質問」というパンチを打てる能力が必要だ。ところが、現在の日本の記者達の質問力はあまりに貧弱で、強者を追いつめられない分、「自分の無能を悪意に転換させ、倒れている人を蹴っ飛ばす」事で自足している。
例外もあろう。女性国際戦犯法廷を扱ったNHK番組の改竄事件で、安倍晋三や中川昭一ら自民と有力議員が明白な政治介入をしていたことを暴露した朝日新聞の報道は、近来では稀なジャーナリズム精神の発揮であった。またその詳細を明らかにした月刊「現代」の魚住昭の記事も、「ご臨終」状態のメディアの中で閃光を放っている。ところがこうした少数の努力も、その後のメディア全体の体制の中でうやむやにされている。
日本のメディアに「蘇生」の可能性は果たしてあるのか。こうした状況に、情報のデジタル化やそれに伴う放送法の改変、そして憲法をめぐる怪しい動きが加わるとき、私たちにできることは何か。息の合った二人の会話を楽しみながら、そんな未来についての論戦も読んでみたくなった。

英濠軍の動向

日米英豪の4カ国の外務・防衛担当者は29日から10月3日までロンドンで、イラク南部サマワに駐留する陸上自衛隊やサマワの治安維持を担当する英豪軍の今後の体制について協議する。政治プロセスの進展次第で英豪軍は来年5月にもイラク撤退に着手することを検討しており、各国は「出口戦略」についても意見交換する。
4カ国会合は、ロンドンで開催されるイラク南東部に展開する多国籍軍参加国の会議の機会を利用して行われる。
イラク復興特別措置法により政府はサマワに陸自隊員約600人を派遣。部隊の警備は陸自で行っているものの現地の治安維持活動は活動内容に含まれておらず、英豪軍が担当。英豪軍が撤退した場合、現地の治安は地元の治安組織が担うことになる。政府内には、イラクの治安組織の任務遂行能力に不安があることから、英豪軍が撤退方針を固めた場合には、陸自も撤退に着手すべきだとの見方が強い。
同法に基づく自衛隊の活動の基本計画は12月14日に期限切れとなる。小泉純一郎首相は期限切れの直前に延長・撤退の判断をする考えを明らかにしている。

国際緊急援助

発展途上国での大規模災害に初動対処する国際緊急援助隊を派遣する法律で、1987年に施行。当初は国際協力事業団(現・国際協力機構)などの文民に限られていたが、92年の法改正で自衛隊の参加が可能となった。自衛隊が行う活動は(1)応急医療や防疫(2)物資、要員輸送(3)浄水、給水活動―など。自衛隊の部隊は、98年11月のホンジュラスのハリケーン被害地での医療支援を皮切りに、トルコ(99年)、インド(2001年)、イラン(03年)などに派遣されている。

経団連提言04年

経団連が武器の輸出を禁止してきた「武器輸出三原則」をないがしろにしようとしている。
提言は示す。国の装備予算の減少で防衛産業の撤退や縮小が心配である。ミサイル防衛などの共同開発に日本の企業が参加できなければ、技術力の低下も招きかねない。一律禁止でなく、国益に沿った形で輸出管理のあり方の再検討が必要だ、と。

経団連05年
(1)国際的な先端技術競争での乗り遅れへの不安や民生転用による経済活性化の狙いなどから、積極的に評価する
(2)経済大国にふさわしい国際貢献を果たすためとして自衛隊の海外派遣をより積極的に位置付けるべき
(3)ミサイル防衛(MD)の日米共同開発がある。(MDに限定して例外的に輸出を認めることも選択肢の一つだが、報告書はこれを採用していない。北朝鮮を脅威とみる見方があるため、MDを推進したいため)
なお、日米の防衛関連産業は九六年、米国八社、日本の十二社で「日米安全保障産業フォーラム(IFSEC)」を設立した。日本側事務局は経団連・防衛生産委員会(委員長・西岡喬三菱重工会長)に置かれている。

昭和の日の迎え方

昭和の日にも明るい思い出
主婦 

「『昭和の日』を、作る意味は」(10日) を読みました。悲惨な戦争の記憶が残る「昭和」という時代を思い出したくない、とい投稿者の気持は分からなくはありません。
しかし、戦後生まれの私が思う「昭和」には町のそこここに空き地や草むらがあり、思いきり鬼ごっこができた放課後や、道路の真ん中でキャッチボールを楽しむ少年たちがいます。
便利な家電製品が続々と登場するのを、子供心に驚き、社会人になればなにか良い事が待っているような気がして、早く大人になって働きたいと思った事が脳裏に残っています。
多くの人が、自分の未来に少なからず希望を抱く事ができた時代、それが私にとっての「昭和」です。
13日成立した改正祝日法では、「昭和の日」の意義を、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」と定めています。
世代が違えば、受け止め方はそれぞれでしょう。 でも、敗戦のどん底からはい上がり、必死に働いた日々を思い返す事は、かつての戦争の惨苦を忘れてはならない、という事につながると思います。
(朝日新聞読者欄「声」2005/05/16)

小野田少尉とその父

父親は教員から町議会議員となり、日頃「金は人間を駄目にする。少し不自由なくらいがちょうどいい」と言っていたが、小野田少年はあればあるほど良いと考えて、反発していた。子供の経済主義的な自由な考えでも戦争を肯定せざるを得なかったが、父親の見識でもあの戦争を回避することは、不可能だっただろうと推測される。

マルコ・ポーロ事件

1995年1月、雑誌「マルコ・ポーロ」二月号に掲載された、神奈川県の歯科医、西岡昌紀氏の記事『ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)は作り話だった』に対し、イスラエル政府やユダヤ人団体から抗議が相次ぎ、出版元の文芸春秋は「記事に間違いがあった」として、編集長花田紀凱らを解任、同誌を二月号限りで廃刊することに決定した。
文芸春秋は「『マルコ・ポーロ』が、ナチのユダヤ人虐殺に関して公正を欠く記事を掲載し、それによって、ユダヤ人社会及びその関係者に深い悲しみと苦しみを与えたことを遺憾とし、反省しています」との斉藤禎・社長室長の談話を発表。なお、記事は
(1)ナチのガス室はなく、現在アウシュビッツ収容所跡で考会されているものは、ポーランドの共産主義政権か、ソ連の捏造である。
(2)ヒトラーやナチス指導部がユダヤ人の「絶滅」を計画したことなどいちどもない としている。

町村外相また粗相

「軍隊があるから日本は平和」
(少しぐらいは我慢せよ?)
(05年7月)十三日の衆院外務委で、二十一年前に米兵から性暴力を受けた女性が稲嶺恵一知事にあてた手紙について
「米軍と自衛隊があるからこそ日本の平和と安全が保たれている側面が、すっぽり抜け落ちている。バランスが取れた考えとは思えない」と指摘した。
バランスをとり過ぎて、軍隊の方に力が入り過ぎていると思ったのか、再度説明。
「(被害者の)気持ちはよく分かる。ただ、軍隊は人を殺すというそれだけの存在だという言い方は、いささか一面的ではないかという感想を述べた」と説明。
その上で「米軍人による問題が沖縄で起きている事態を認識しているからこそ、当面、モラルの強化や再発防止策の徹底を重ねて要請している」と述べ、県民の基地負担を認識していることを強調した。ヘリコプターが落ちても立ち入り調査さえさせてもらえない国が何を言うか!恥を知るべきである。
沖縄タイムスは15日に「被害体験を公表した女性の勇気は評価されこそすれ、批判されるものではない。むしろ、被害を防げなかった政府の責任を問いたい。」と批判した。75%の基地を集中されている沖縄ならでは、ということもあるが、キャンプ・ハンセン内の都市型戦闘訓練施設で行なわれている対ゲリラ戦で錬成された米兵がイラクで何をしているかを考えるとき、沖縄の人だけでなく、日本人がイラク戦争に加担しているのではないか、と自省する。

郵政は些細ではない

郵貯三百数十兆円がどこにいくのか、という問題は大きいが、これについては議論された節がない。地方の郵便局がどうなるのかという、どう考えてもやっていけないことを問題視している。(世襲化している制度を保護する必要はない(天皇制もそのうちの一つ)

議員の自殺

自民党衆議院議員長岡洋治が05年08月1日、自宅で首つり自殺。郵政法案に反対していた亀山派にあって、賛成票を投じたことから、「執行部の締めつけ過ぎ」と「反対派の嫌がらせ」とする対立する二つの見方がある。時期的には、「反対派が賛成した議員を裏切り者と言ったり、反対を唱える全国特定郵便局長会などから批判を受けたことで苦しんでいたのではないか」が妥当か。動機は不明なことから、臆測を戒める雰囲気が強い。(小泉首相、武部幹事長、中川秀直国対委員長)

個人補償

韓国側のメモによると、個人補償は韓国の責任になると自覚していたらしい。(2005/06/21夜のクローズアップ現代)

日本遺族会歴代会長

48.4~53.2長嶋銀蔵
54.2~61.7高橋龍太郎
61.9~62.1安井誠一郎
62.8~77.4賀屋興宣
77.10~85.11村上勇
85.11~92.10長谷川峻
93.5~橋本龍太郎
現在  古賀誠

日本遺族会

 戦没軍人の慰霊,遺骨収集,遺族の福祉をおもな目的とする団体。日本最大の遺族会 である〈日本遺族会〉の前身は,
1947年(昭和22)11月17日に結成された日本遺族厚生連 盟である。連盟は,軍人恩給の復活,遺族援護対策の充実等を掲げて活動した。
52年4月 30日,戦傷病者戦没者遺族等援護法が公布施行されて軍人恩給は復活し,連盟は以後も 遺族枠の拡大,支給額の増額を求めて活動を広げた。
53年3月11日には,〈財団法人日本 遺族会〉となり(初代会長は元厚生大臣橋本竜伍),全都道府県に下部組織を持つ大組織 となった。また,経済要求だけではなく,
56年,遺族会内部に〈靖国神社国家護持に関 する小委員会〉を設置するなどして政治色を強め,
59年には事務局長徳永正利(のち参 議院議長)を自民党公認で参議院議員に当選させるなど本格的に政界に進出,63年8月15 日には,政府主催の全国戦没者追悼式を実現させた。選挙の際には,全国的な組織力を 生かして自民党候補を支援する有力な圧力集団となった。
 日本遺族会は,靖国神社国家護持運動を推進したが,
74年6月,靖国神社法案が野党 の反対で5回目の廃案になった後は,〈英霊にこたえる会〉の結成(1976年6月)に大きな 役割を果たし,首相・閣僚の公式参拝の要求と地方レベルでの〈英霊顕彰〉の運動を進め た。
85年,中曾根康弘内閣が,靖国神社の公式参拝は合憲であるとの見解を示し,全閣 僚(海外出張中の2名を除く)が公式参拝をするに及び,日本遺族会はその目的を一応達 した。日本遺族会の歴代会長には安井誠一郎,賀屋興宣,村上勇,長谷川峻,橋本竜太 郎がいる。
 なお,戦争での加害者としての問題を無視した日本遺族会のあり方に批判的なキリス ト教グループは,1980年代以降,各地で〈平和遺族会〉を結成しつつある。また,85年 の政府による靖国神社公式参拝合憲見解に危機感を深めた宗教界では,86年3月,浄土 真宗本願寺派が〈真宗遺族会〉を結成,また,同年7月7日,(キリスト者遺族の会)など 7団体が参加する〈平和遺族会全国連絡会〉が結成されるなどの全国的な動きがある。 (世界大百貨事典。平凡社より)

真実の瞬間

1947年、上院の非米活動委員会(Un-American Activities)がハリウッドで開かれた。委員会に協力的することを拒絶した人々は、裁判にかけられ、判決を下されたが控訴することはできなかった。それゆえ証言を求められた者は、委員会が共産主義者であると判断している人物の名前を口にして委員会を満足させない限り、職を続けることはできなかった。・・・・彼らが疑いを晴らすのは、実に1970年のことであった。

憲法21条

集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。(2)検閲はこれをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

自白

異端者を一人残らず撲滅しようとする裁判官にとって、被告自身の自白も大切であったが、多数の共犯者を引き出すことは能率の上から重要であった。「私は一人の魔女の口から出た150人を下らぬ共犯者のリストを見た。」さらに、法廷で自白した者は「悔悟者」としての恩典を受け、絞殺の上火刑となった。処刑の直前であっても自白を取り消せば、生きながらの火炙りである。

転向政策

1930年に治安維持法で逮捕された学生の処分が緩和された。検事の手元に長く留めておき、いつでも呼び出して取り調べができるようにするため「所謂中間決定としての『留保処分』」の運用が始まる。1936年には思想犯保護観察法が成立し、思想転向者には再び罪を犯す危険を防止し、非転向者に対しては転向を促進し、「真の日本人に還元せしむる」必要があるという。
転向の五段階
(1)マルクス主義の正当性を是認する者
(2)自由主義・個人主義的態度を否定しない者
(3)マルクス主義を批判する者
(4)完全に日本精神を理解する者
(5)日本精神を体得して実践する者

上級審

国営諫早湾干拓事業(長崎県)と有明海の漁場悪化に因果関係を認め工事を差し止めた佐賀地裁の仮処分決定をめぐり、福岡高裁(中山弘幸裁判長)は16日、決定を不服とした国の保全抗告を認め、地裁の仮処分決定を取り消し、漁業者側の申し立てを却下した。
漁業者側弁護団は、最高裁への抗告はせず、潮受け堤防の水門を開くよう求める訴訟を佐賀地裁に起こすことを決めた。農水省は、近く工事を再開する。
中山裁判長は決定理由で「九州農政局の開門調査などの結果を総合すると、工事と漁業被害の関連性は否定できない」としたが「差し止めを認めるか否かは事柄の性質上、一般の場合より立証の程度が高い」と指摘。
「工事は漁業環境悪化との厳密な関連性までは認められず、複合原因の1つとして被害をもたらす可能性にとどまる。漁業者側の立証は不十分」と判断した。
原告側に立証責任ありという、当然というか恐るべき判断というか。 [2005/5/16/18:47]

行政の効率化

「行政事務の効率化」は国や地方自治体の厳しい財政状況などに照らせば、正当な行政目的であることは肯認できる。しかし 国側が主張するネットの目的は「住民の便益」と「行政事務の効率化」。「住民の便益」とプライバシーはいずれも個人的利益で、どちらを優先させて選択するかは各個人が自らの意思で決定すべきだ。便益の方が価値が高いとして、行政が住民に押し付けることはできず、プライバシー権を優先させ、ネットからの離脱を求めている原告らとの関係では、正当な行政目的にはなり得ない。 (判決から)

住民基本台帳

国民全員に11ケタの住民票コード(番号)を割り当て、住民票記載の氏名など個人情報をデジタル化して一元管理するシステム。住民は居住地以外でも住民票の交付を受けられるほか、国は宅地建物取引主任者などの本人確認事務に利用できるが、プライバシー侵害の危険性も指摘されており、各地で住民側が差し止めを求める訴訟を起こしている。

民間警備

やっていることは軍隊とほとんど変わらず、性格には民間軍事会社(PMC)あるいは、「戦争請負会社」と言うべき存在であり、イラクでは英国軍を張るかに超える、二万人以上の規模ともなっている実情が、明らかになった。しかもこの「戦争請負会社」は、コソボの戦争、アフリカ各地の紛争以後、世界中至るところ、戦争のあるところはどこででも事業活動の機会を見つけ、二十一世紀の成長産業にのしあがりつつあるというのだ。
いわば民営化された戦争は、国家の責任を覆い隠し、国家を、利潤のために戦争を生み出す者たちの下僕と化す危険さえ伴う。「戦争請負会社」は、一見近代的な事業会社を装う暴力団のあり方、やることとまるっきり同じだ。
ここに日本国憲法第九条の出番があるように思えてならない。人間性の危機を生み出す戦争の本性を、「戦争請負会社」はさらけ出さないではおかない。この「会社」も戦力と見做し、その不保持、さらには存在の否定を九条二項に含意させることが、二十一世紀のいま、必要になっているというべきだろう。2005/05/28(Sat) 道新: 桂敬一

ワイマール憲法

新大統領エーベルトの支持でフロイス内相が草案を作り、1919年7月本会議で可決される。
第一部「国家の構成と課題」で、共和制と人民主権を謳い、大きな権限を持つ大統領制を取り入れた。
第二部「基本権と基本義務」では、所有権が公共の福祉のために制限され得ることを認めた。経済活動の自由の他に労働者の権利も規定されている。「全てのドイツ人には労働によって生活費を得る可能性が与えられるべきである。」また、労働者に賃金や条件の決定に参加する権利をも認めた。

寛容の精神はどちらに求めるべきか

1988年、護国神社自衛官合祀事件の判決。
仕事中に殉職した元自衛官を、遺族である妻に無断で靖国に祀ってしまった事を、キリスト教信者の妻が不服として起こした訴訟である。
第一審、二審では原告勝訴であったものを、最高裁がくつがえした。『神社の信教の自由だから、妻は寛容であれ。」当時、唖然とした覚えがある。寛容は神社側に求められるべき事である。『妻が言っているのだから、取り下げろ」と。

最後の休暇の最後の日(サリンジャー)

「パパ、生意気なようだけど、時々パパは戦争の話をする時、パパの年代の人達はみんなそうなんだけど、まるで戦争のおかげで青年達が一人前になったみたいに聞こえるんだな。・・・みんな、戦争は地獄だなんて口では言うけれど、だけど何だかーーーみんな、戦争に行った事をちょっと自慢にしているみたいに思うんだ。」
「この前の戦争にしろ、こんどの戦争にしろ、そこで戦った男達はいったん戦争がすんだら、もう口を閉ざして、どんな事があっても二度とそんな話をするべきじゃない。」

傭兵部隊

2005年5月14日(道新)
『戦場求め若者次々』
英国系警部会社に勤め、イラクで武装勢力に拘束されたと見られる斉藤昭彦さんは、自衛隊を経てフランス外国人部隊に21年間勤務した秋スパート軍人だった。
外国人部隊の本部はフランス南部のオーバーニュにあり、創設はルイ・フィリップ一世治下の1831年。北アフリカ、アルジェリアの植民地化の際、フランス軍の戦死者を多く出したことがきっかけ。これ以上戦死者を出すと、国内の戦意が保てないという事と、ナポレオン時代の仏軍遠征に従軍していたイタリア、ドイツなどの外国人の兵士がナポレオン没落後もパリに滞在しており、この兵士等を国外で働かせる失業対策の意味合いもあった。
なお、外国人部隊は雇い兵ではなく、正規兵で、定年が五十歳。曹長クラスの年収は三百六十万円程度。
「専守防衛で訓練ばかりしている若者にとって、実践という言葉は魅力がある」(仏軍外国人部隊に一年)

身体の政治化

文部省は1958年、「戸外で生徒を座らせる際にはいわゆる体育座りをさせる」よう通達を出した。これは、両ひざを両手を組んで抱え込ませる方法で、こうすると手遊びが出来なくなり、首の自由は利かずよそ見が出来ず、呼吸は浅くなり息を殺すことで集中が増すというすぐれ物であるという。

権威の不在

安保反対で倒れた岸信介は引退後、インタビューで述べた。
「旧憲法時代は”天皇”という”権威”があった。占領時代にはマッカーサーという権威があった。この、権力はあるが、権威はないという総理の立場はまことに困難なものであり、このことは他から見て”やればいいじゃないか”ということが”どうしてもやれない”という結果になってしまうことがある。」 彼は権威の不足を、教育・警察の機能で代替しようとした。

2005年の世論調査

道新が23,24日に道内在住の500人を無作為抽出しアンケートをとる。 その結果と2004年4月の同調査の結果もあわせて。
改憲・護憲
全面改定
2004・・・・10.4%
2005・・・・14.6%
一部改定
2004・・・・60.0%
2005・・・・62.4%
このまま
2004・・・・26.6%
2005・・・・21.2%

現在のパワーブック

12インチ:199290円SuperDrive8倍速1.5GHz512MB
15インチ:272790円SuperDrive8倍速1.67GHz512MB
なお、 PowerMacDual2GHz:236040円が2.3Gz、2.7GHzと一緒に4月27日頃新発売された。

日中首脳会談の発言骨子
2005/04/24(Sun)
1.両国関係改善に向け、対話による問題解決と交流の拡大で一致。
2.胡錦濤首席は歴史認識で「反省を行動で示して欲しい」と要求。小泉首相は靖国神社問題などに言及せず。
3.首相は中国の反日デモについて「適切な対応を取って欲しい」と要請。
4.胡首席は日中共同宣言など三文書の遵守と、台湾の独立を支持しないよう要請
(共同)

強気の安倍

民党の安倍晋三幹事長代理は23日朝の日本テレビの報道番組で、小泉首相がアジア・アフリカ会議(バンドン会議)首脳会議の演説で先の大戦について「反省とおわび」を表明したことについて、「外国からは日本が謝罪をしていないと認識されていた側面もあったので、首相が首脳会議ではっきり言ったのは良かった」と評価した。
さらに、中国政府による日本側の歴史認識への批判に関連し、「今後も中国が同じ態度を取れば、中国の思惑で日本を何回も謝らせようとしている、と諸外国は認識する」と中国側をけん制した。

ドイツから見た日本

保守系のフランクフルター・アルゲマイネ(05年4月11日)は、「ニッポンの影」と題した社説で「日本政府は何が原因でデモが起こったかを無視している」とした上で「あたかも世界に一国だけ存在し、自らの行動は他の国に何の結果ももたらさないかのように自己中心的に暮らしている」と批判した。
/同紙は日独の戦後を比較し、日本は「痛みを伴う過去の清算から逃れ、一度も自ら戦犯を訴追したことがない」「戦後60年たち、自身を加害者というより敗戦国とだけ認識している。過去の克服には全く取り組んでいない」と指摘した。

また左派の有力紙・南ドイツ新聞も11日の社説で「デモには共感できないが、血塗られた過去に対する日本の誤った振る舞いにはもっと共感できない」と厳しい論調を展開。「日本の中国に対する反応には自己批判がない。日本人は歴史の精査は十分行ったと信じているが、こうした結論は、戦争加害者の子孫にはふさわしくないことを忘れている」と批判した。

町村外相

反日デモを受けて日中外相会談に臨んでいる町村信孝外相は、デモに伴う破壊行為への謝罪と再発防止を中国側に申し入れている(05年4月18日)が、外相自身、今回のデモの最大の理由の一つとなった日本の政治家の靖国神社参拝をめぐり、率先して参拝を繰り返してきた閣僚の一人だ。中国側が反発する「歴史認識を欠く日本の政治家」の一人であり、今回の交渉役として適切かどうかは疑問が残る。
町村外相は「みんなで靖国神社を参拝する国会議員の会」の一員。代理による参拝を含めて毎年のように靖国神社参拝を繰り返している。現在、同会に所属す国会議員は自民党議員を中心に180人。

韓国の批判

2005年04月08日21時10分
盧武鉉(ノ・ムヒョン)・韓国大統領は最近の対日関係に関連して「侵略と加害の過去を栄光と考える人たちと共に生きるのは全世界にとって大きな不幸だ」と語り、歴史認識や竹島(韓国名・独島)問題で日本に強い姿勢を取り続ける考えを示した。10日からのドイツ訪問を前に独紙フランクフルター・アルゲマイネのインタビューに答え、8日付で掲載された。
盧大統領は「日本が何度か謝罪したのは確かだが、最近はこうした謝罪を白紙化する行動を見せた」「日本の態度は人類社会が追求すべき普遍的価値観と合わない」と述べる一方、「ドイツが過去を自ら克服して隣国との関係を改善したのは驚くべき力量だ」と日独の戦後処理を比較した。
一方、韓国政府高官は8日、外国メディアに対して「独島・教科書問題で盧大統領や政府が断固たる態度で臨む方針は変わらない」としつつ「北東アジアの中で韓国と日本は運命共同体。日本のすべてを批判しているわけではなく、長期的な視野で是正を求めていく」と話した。

ローサのぬくもり

山本日出男氏(公明党)

市外に住む職員は二月一日現在で、東京事務所など市外へのは県職員を除いて二百七十七人。全職員千五百八十六人に占める割合は18%にのぼる。市外在住者は音更町(百四十五人)がもっとも多く、幕別町(九十人)、芽室町(三十人)と続き、周辺三町で96%を占める。職員の市外在住率を道東地方で比べると、釧路市が8%、北見市が2%で、帯広市が抜きんでて高い。

「新しい教科書」という名のル・サンティマン

「つくる会」の教科書採択反対
2004・3・14 斉藤道俊(弁護士:帯広在住)
2005年は、中学校教科書の採択が全国一斉に行われます。「新しい教科書をつくる会」が採択を目指している歴史教科書には、見過ごすことの出来ない問題がたくさんあります。以下に指摘するのは、ほんの一部です。
まず、「南京大虐殺」、「中国人・朝鮮人強制連行」、「従軍慰安婦」など、先の大戦でん異本軍がアジアの民衆に与えた加害の事実は一切書かれていません。書かない理由について「つくる会」は「日本を糾弾するために捏造された」ものだと説明しています。しかし、これらの事実は「731部隊」などと同様に裁判所でも事実として認められている明らかなものです。「つくる会:の歴史教科書の戦争美化の考えには、まったく賛同できません。
元西ドイツの大統領であったヴァイツゼッカー氏は「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる。」との演説を行い、減にドイツはナチスの戦争犯罪に真正面から取り組み、戦争被害者に対し、いわゆる戦後補償を行ってきました。
日本はといえば、政府がこれに取り組むということは無く、そのために戦争被害者から「強制連行」や「従軍慰安婦」に対する国家賠償請求訴訟が提起されている状況です。相手に不法に損害を与えれば、加害者が国家であれ、個人であれ、賠償するのが当然のことであり、それをしない日本政府は正しくありません。国民には道徳を説き、自らこれに反していては、ブラックジョークという他はありません。
本当のことを教えない本は教科書にはふさわしくありません。なぜなら学問の意義は真理を知ることであり、そこに人間と社会の発展があると確信するからです。

ルメイ将軍

「負けたら我々は戦争犯罪人だ」。当時のルメー米空軍少将に、部下であったマクナマラ氏はそう言った。これに対して ルメーは、 「君は10万人を問題にするが、敵を殺さねばこちらに何万も犠牲が出る」と語った(映画「フォッグ・オブ・ウォー」)。
その後 ルメーは、 空軍参謀総長に昇進、むろん戦争犯罪人になることはむろんなかった。それどころか戦後日本政府は、航空自衛隊創設に貢献したとして彼に勲1等旭日大綬章を与えた。負ければ戦争犯罪人でも、勝てば勲章が授けられる。それが人の世といえばそれまでだ(05年3月10日付『毎日新聞』−「余禄」)

ドレスデン

1945年2月13日早朝、ドレスデン上空は厚い雲に覆われていた。天候は同日夜9時頃には回復するとの予報に基づいて、 夜間爆撃に備えて待機していた英空軍に出撃命令が下された。
同日午後6時、イギリス中部を飛び立った英空軍のランカスター爆撃機は午後10時過ぎ ドレスデンめがけて攻撃を開始した。200機を越す爆撃機から投下された焼夷弾は、瞬く 間に街を炎で包み込んでいった。その間僅か24分の出来事だった。
日付は変わり、14日午前1時 23分、第一波の攻撃を凌ぐ2倍以上の爆撃機がドレスデン上空に飛来、今度は通常爆弾を 投下していった。
英空軍が攻撃を2回に分けたことには理由がある。最初の攻撃によって火災を発 生させることで人々は避難を始めたり、消火作業を開始するだろう。その活動が最も活発 になるのは爆撃からおよそ3時間後となると予想していた。混乱の極みに陥った地上に2回 目の攻撃を加えて人々を殺すという非情な作戦であった。

教育委員会

第二次世界大戦で敗戦国となった日本は、連合国軍総司令部の指導の元に、戦前の教育制度の抜本的改革を迫られることになりました。連合国軍総司令部は、戦前の日本の教育行政が文部省を中心とした中央集権的な体制になっていることに注目し、それが民主的な教育行政の大きな妨げになっていると考えました。
『米国対日教育使節団報告書』では、日本の教育制度について、「文部省は、日本の精神界を支配した人々の権力の中心であった。従来そうなっていたように、この官庁の権力は悪用されないとは限らないから、これを防ぐために、我々はその行政的管理権の削減を提案する。このことは、カリキュラム、教授法、教材及び人事に関する多くの現存の管理権を都道府県及び地方的学校行政単位に移管せらるべきことを意味する」「各都道府県に教育委員会が設立され、そしてそれは政治的に独立し、一般民衆の投票の結果選出された代表的公民によって構成される」べきであると提案しました。
さらに、『教育刷新委員会建議』では、教育行政を刷新する留意点として、「官僚的画一主義と形式主義の是正」「教育における公正な民意の尊重」「教育の自主性の確保と教育行政の地方分権」を挙げ、「教育行政は、なるべく一般教育行政より独立し、かつ国民の自治による組織をもって行うこととし、そのために、市町村及び府県に公民の選挙による教育委員会を設けて、教育に関する議決機関」とする制度を提案しました。
1947年に 教育委員会法 が制定され、すべての都道府県・市町村に教育委員会が設立されました。この法律では、教育委員会が地方自治の教育行政の中心とされ、タウンミーティング(市民集会)の流れを汲むアメリカの教育委員会を参考にした制度が採用されました。教育委員会は、地域住民の直接選挙によって選ばれた教育委員と、専門家として教育行政を担当する事務局を代表した教育長から構成され、地域住民による共同作業として教育を運営する責任を果たすものとされました。 市民による教育の統制と専門家による科学的知見に基づく指導性とを調和させることが教育委員会の理念 であったわけです。文部省と教育委員会の関係は、形式的に上下の関係を持つものではなく、相互に固有の役割を持つ対等な機関とされ、文部省の役割は指導助言的なものに限定されることになりました。
しかし、戦後の教育行政の歴史は、教育委員会の権限縮小と文部省(現・文部科学省)の権限拡大の歴史でもありました。1956年に、(1)教育の政治的中立と教育行政の安定確保、(2)教育行政と一般行政との調和、(3)教育行政における国、都道府県、市町村の連携ないし確保を目的として「 地方教育行政の組織及び運営に関する法律 」( 地教行法 )が成立し、教育委員会法は廃止となりました。
地教行法によって、教育委員の選出は住民の選挙ではなく地方自治体の首長が議会の同意を経て任命するように変更となりました。教育委員会の独立性を高めるために用意されていた教育予算の提出権・原案送付権も失われました。この制度改革によって、教育委員会は行政への従属を強めていきます。
教育委員会の教育長も戦後を通じて役割が大きく変化しました。当初は専門的職員であることが求められ、教員免許状と並ぶ教育長免許状が必要であるとされていましたが、その制度も廃止となり、市町村の教育長については教育委員の中から選出されるようになりました。このため、教育長の果たす役割として期待されていた専門家としての助言役割は大きく低下し、教育委員会の討論による教育の運営役割も著しく衰退することになりました。また、地教行法では都道府県や指定都市の教育長の任命に際して文部大臣の承認が必要とされ、市町村の教育長も都道府県の教育委員会の承認が必要であると規定されています。
さらに地教行法では、文部大臣が教育委員会に対して、違反の是正や改善のために必要な措置を講じることができるとする措置要求権、全国一斉学力調査の根拠となっている資料報告提出要求権なども規定されています。この措置要求権は、本来は対等な関係であるはずの文部省と教育委員会との関係に上下の序列をつけるものであるとする批判があります。

遠い世界に

西岡 たかし (1969)
(1) 遠い世界に 旅に出ようか
それとも赤い風船に乗って
雲の上を 歩いてみようか
太陽の光で 虹を作った
お空の風を もらって帰って
暗い霧を 吹き飛ばしたい


(2) 僕等の住んでる この街にも
明るい太陽 顔を見せても
心の中は いつも悲しい
力を合わせて 生きることさえ
今ではみんな 忘れてしまった
だけど僕達 若者が居る
(3) 雲に隠れた 小さな星は
これが日本だ 私の国だ
若い力を 身体(カラダ)で感じて
みんなで歩こう 長い道だが
一つの道を 力の限り
明日の世界を 探しに行こう

皇室ポルノ事件

70年代にアングラで出回っていた皇室ポルノ小説を素材に、特集記事「天皇Xデイに復刻が取りざたされる皇室ポルノの歴史的評価」を組んだが、この中でのカット「天皇と妃のコラージュ写真」が右翼の逆鱗に触れた。不敬雑誌を誅するに、いわば兵糧攻めとして、広告を出した企業・印刷した出版社を槍玉に上げる手法が取られ、廃刊寸前に。(岡留)

ハウス食品脅迫事件

ハウスを脅迫した犯人をおびき出すため、と称して脅迫の事実を一切報道しないように新聞・放送・雑誌協会に『報道協定』を要請した。しかしそれは、三府県にまたがる大捜査網を敷きながら犯人を取り逃がすという失態を隠すためであった。『協定』とは人命を守るためなどのやむを得ない場合にのみあり得るものである。(岡留)

三浦バッシング

三浦和義がロスアンゼラスに連れていった妻が銃撃され、本人も足を撃たれるという事件が実は保険金絡みのやらせではなかったかという告発によって、三浦氏をめぐって起った大フィーバー。「『興味深い人物』ではあるが、私人のプライバシイ(秘密クラブでの醜態写真など)を取り上げる必要はない。三浦氏を悪漢に仕立てるため、告発する人を正義派扱いしたことはメディアのご都合主義ではないか。」(岡留)

名誉棄損

権力の腐敗を断罪する(はずの)東京地検が『恣意的に』事件をでっち上げ、途中で『立証を放棄』したにも関わらず居眠りを繰り返す大淵俊和裁判長は更迭されたが、きんきん声の木口裁判長は「記事の一部でも私生活の行状を書けば記事全体が名誉棄損に当たる」とした。(岡留)

偽遺骨問題

Nature2月3日号中の 「日本と朝鮮が拉致で衝突するなかDNA問題が火花」 と題するDavid Cyranoski氏の記事のうち「鑑定」に 関する部分の概要(翻訳)を紹介します。

                   日本の指導的科学捜査専門家の一人である、帝京大学のyoshii Tomio氏 は彼が5個のサンプルからDNAを摘出できた理由はいくつかあると 言っている。それらのなかには、彼が、通常のPCRが一度だけDNA を増幅するのに対し2度増幅するnested PCRという高度に敏感な プロセスを用いたこと、また彼のオリジナルサンプルが他の実験室 よりいい品質のものであった可能性などが含まれている。彼は「各自が 独自のDNAサンプル処理法をもっている。標準化はない」と言っている。  
日本では火葬された遺骨に対する法医学的研究はほとんどされてこな かったし、yoshii氏を含むほとんどの専門家はDNAが1200℃の 火葬を生き残ることはありそうにないと考えてきた。yoshii氏は「私は 全く驚いた」と言っている。しかしDNAはそのような高熱にほんの 短時間さらされただけなら生き残り得た。信州大学の法医学専門家の 福島氏は「温度だけからは何も判断できない」と言っている。  
それでもなお、火葬された遺骨に関して過去に経験のないyoshii氏は 彼のテストが決定的なものでないこと、またサンプルが汚染された可能性 もあることを認めている。彼は「骨は何でも吸収できる堅いスポンジのような ものである。それをあつかっていた誰かの汗や脂が染みこめば、どう処置 しようとそれらを除去することは不可能である」と言っている。

キューバ

キューバ略史

1898米西戦争の結果、独立が決まる
1901米議会でキューバへの内政干渉を規定した「プラット修正」条項を採択
1902 独立
1903 アメリカがグアンタナモを租借
1934 「プラット修正」条項廃止
1952 バティスタ元大統領による軍事クーデタ
1953 カストロがモンカダ兵営を襲撃、15年の服役を言い渡される
1955 カストロが恩赦により出獄し、メキシコに亡命、革命組織「7月26日運動」を結成
1956 カストロがゲバラらとともに上陸、シエラ・マエストラ山中でゲリラ戦
1959 カストロ政権成立(キューバ革命)
1960 米系企業を国有化
1961-01 アメリカと断交
1961-04 ピッグズ湾事件(アメリカの支援を受けた亡命キューバ人部隊による侵攻作戦)
1961-05 社会主義を宣言
1962-02 アメリカによる経済制裁
1962-10キューバ危機
1972 経済相互援助会議(コメコン)に加入
1975 アンゴラ派兵本格化
1976-02社会主義国家を明記した新憲法の制定
1976-12人民権力全国会議設立
1980 マリエル事件(12万5000人のキューバ難民発生)
1988 アンゴラ停戦協定
1989 オチョア将軍の粛清
1990 「平時の非常時」を宣言
1991 アンゴラ撤兵完了
1992 ソ連崩壊を受け、憲法改正
1993 ドルの所有と消費が認められる
1994-07 コロンビア、メキシコ、ベネズエラ、キューバなどのカリブ共同体が自由貿易地帯を結成
1994-09 アメリカと移民に関する協議
1994-10 農産物の自由販売を解禁
1995-09 外資系企業の設立を自由化
1996-02 米民間機撃墜事件
1996-03 キューバ制裁を強化するヘルムズ・バートン法の成立
1996-11 カストロ議長がヴァチカンを訪問
1998-01 ヨハネス・パウロ2世がキューバを訪問
1998-03 アメリカが人道援助目的で経済制裁を緩和
1999-01 アメリカが民間交流目的で経済制裁を緩和

中南米

中南米日系人の補償勝ち取る
ロビン・当真弁護士
第二次世界大戦中に中南米の日系人二千三百人余がアメリカに強制連行され、収容された歴史上の事実はあまり知られていない。その内訳はペルー日系人が八〇%を占め、その五〇%は沖縄系であったといわれている。ここアメリカ本土の中南米日系人にとっては戦後はまだ終わっていなかったし、不条理に対して疑問を抱いたのもいうまでもない。彼らは立ち上がったのである。
日系人に対する戦後補償で、米政府は一九八八年、市民自由法に基づき市民権や永住権を持っていた強制収容者約八万一千人に対して大統領の謝罪と、一人二万ドルの補償金を支払う措置を取った。しかし、中南米からの日系人の大半は、市民権などを持っていなかったとして、補償の対象から外された。このためロサンゼルス在住のカルメン・望月(旧姓比嘉、名護系ペルー二世)、ヘンリー・島(旧羽地村系ペルー二世)、アリシア・西本(広島系ペルー二世)らが原告となり、九六年八月にロサンゼルス連邦地裁に訴訟を起こし、ついに九八年八月にクリントン大統領の謝罪状と一人五千ドルの補償金を勝ち取ったのである。勝訴の大きな要因の一つにロビン・当真弁護士の活躍があったことを見逃してはならない。

八紘一宇の塔

紀元2600年(昭和15年=1940年)を記念して、宮崎県に建てられたもの。11月10・11日に亘って式典が挙行された『カラスの鳴かない日はあっても、紀元二千六百年の歌が聞かれない日はない』(「ボクラ少国民」山中恒著)とされるぐらい、国家総動員の大行事であったが、戦後そんなことがあったとはつい最近まで知らなかった。
昭和21年1月、GHQの命令によって「八紘一宇」の文字は削り取られ、四角の塑像のうち「武」を象徴する「荒御魂像」が取り除かれた。 そして「平和の塔」「平和台公園」の名前に改められた。
『そして今日に至るも、この塔を「侵略の象徴」と決めつけ得々と世界平和を語る人がいる。彼らも実は、時の空気に迎合し、自己を安全圏に置こうとする所が共通なのである。』
その後、復元と保存の機運が起こり37年になって「荒御魂」像が、40年には「八紘一宇」の文字が復元された。 昭和39年の東京オリンピックの聖火リレーは、この「平和台公園」がスタート地点となっている。

幸せな結婚

1952年雑誌ホリデーによって世界の若者の状況が報道された。日本人ではmichikoという24才くらいの女性と、27,8才の男性である。
michikoは言う。「私は、両親に対して何一つ隠さず話しています。(敗戦後)どこへでも行くことが出来るようになリました。でも、その先に何があるのでしょうか。」

こういう人

中島健蔵「昭和時代」から
軍に対する批判もまだまったく不可能ではなく、軍部の方でも当然予想される批判を警戒して、帝大などの軍事教官としては、とくに参謀本部、軍令部あたりの人間を寄越していたようである。学生の中でも、甲種合格出当然軍隊に入らなければいけない人間は、軍教に出席しておかないと損をするので出ていたが、その他の学生はどうでも良かったし、よほど物好きでもなければ出席しなかった。わたくしも、一度だけ友達に誘われて軍教の講義を聞いた覚えがある。海軍の軍人が制服のまま教壇に立って、講義をしていたがその時は日露戦争の日本海海戦の時の、日本海軍の作戦と実際の戦闘の経過との解説であった。戦史の講義で、別に学生に「気合いをかける」というふうでもなく、軍教とはこんなものかなと思ったことを覚えている。
しかし普通の学生に通用する常識と、軍人の間に通用していた常識とがどの程度食い違っていたか、小樽高商の教官と帝大の教官との違いは人間の程度、つまり個人的な質の違いであろうぐらいで、そこまでは考え及ばなかった。
寧ろ時々伝えられる軍人の非常識は、軍人の間でも非常識と認められているだろうというほどに軽く考える一方、軍の中にさえ、常識が負けて非常識が勢力を持つという事実を、他だそれだけの意味で考えていたところに、根本的な間違いがあった。極端な非常識は、人間の数としては少数の軍人だけにあったかも知れない。しかし一般社会における普通の程度の非常識が、軍人の間では当然のこととして認められていたのである。帝大の教室で戦史の講義をしていたスマートな軍人こそ、かえって軍の中での稀な少数者の一人だったということを、もっと強く認識すべきであった。

「自衛隊」の民心把握

1月29日のNHKスペシャル「陸上自衛隊 イラク派遣の一年」によれば、一次隊の佐藤正久隊長による現地レポートが「教訓」として、今後の海外派遣活動に取り入れられるそうだ。リポートをもとに、サマワ住民の心を開かせた方法を研究機関が分析したら、意外にも旧日本軍による中国での情報作戦との共通項が判明したという。旧軍の戦史を参考に、サマワの教訓を学習した四次隊は、情報による民心把握を果たすべく、04年11月末に山形を出発した。(道新05年02月06日TVナビ)
なお、同欄によると2月11日(・・・の日)「あなた また戦争ですよー残された妻達の手記}が山形放送制作で放送されるという。

報道の自由

(猪瀬) 今ここに、“Freedom of Press”という文字を書きました。日本国憲法第21条で言論表現の自由が書いてあるのですが、「言論の自由」「出版の自由」と書いていますね。“Freedom of  Press”というのを、日本は「出版の自由」と訳したのです。「出版の自由」と訳すのは全く間違いではないのですが、「プレスの自由」ということについて、本来は「取材する自由」、「報道する自由」とすべきで翻訳のしかたが少しまずかったかなと僕はちょっと思っています。
もちろん「週刊文春」の事前差し止め、東京地裁、これは「出版の自由」を侵すものですが、もう少し広い意味で「プレスの自由」を侵していると考えていきたいのです。では、このプレスの自由というのは本来の原義としてどういうことであったかということをちょっと申し上げますと、これは日本国憲法を作るときに英語で書いてあったのです。英語で書いてあって、我々は初めどう訳していいか分からなくて「定期刊行物の自由」と訳したのですが、「定期刊行物の自由」では語呂が悪いなというので「出版の自由」としたのです。当時GHQで日本国憲法のもとを作っているときに、これを担当したアルフレッド・ハッシー中佐という人が、公の情報、公の機関に対して、今風の表現で言いますと「アクセスする自由」であるという注釈をつけていました。
・・・・
(元木) 有名な話で、もう皆さんご存じでしょうけれども、第2次世界大戦中、言論統制を進めていた官庁、内閣情報局というものがあって、そこの幹部が新聞記者の人たちを集めてこう言ったといいます。「今の世の中というのは大変に言論の自由があって、大変素晴らしい。おまえたちはこの言論の自由を謳歌して、いろいろなことをどんどん書け」と。戦時中です。そのときは国家総動員法、それから治安維持法があって、どんどん投獄され、中には殺されていく人たちがいた。そういう中で、権力を持っている側は、言論の自由はいっぱいあるではないかと。
(2004年7月9日(金) 大隈講堂: 日本ペンクラブ・早稲田大学文学部共催での発言)

NHKスペシャル

(海老沢体制において放送中止や改変が日常茶飯事であったかという外国人記者クラブでの質問に答えて)
「私自身が担当した番組で政治的介入の例としてデスクでやった番組で2001年9月NHKスペシャルの「狂牛病感染はなぜ拡大したのか」という番組がございました。これはまだ日本では注目されていない段階で狂牛病についてのイギリス政府の出した報告書を丹念に読んだスタッフが出してきた企画です。主にイギリスやヨーロッパを取材して、いち早く原因が肉骨粉であり、同じものを輸入している日本でも起る危険性があるとした初めての番組でした。 評判も良かったので、「あなたのアンコール」という枠で再放送されることになっていたが、農林部会の意向を受けた諸星放送局長がつぶしにかかった。政府が対策を考えているので、再放送するのならそれを入れてからにしてはどうかと言われたが、それきりになって再放送されることはありませんでした。」

放送法


(放送番組編成の自由) 第3条 放送番組は、法律に定める権限に基く場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。
(国内放送の放送番組の編集等) 第3条の2 放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
1.公安及び善良な風俗を害しないこと。
2.政治的に公平であること。
3.報道は事実をまげないですること。
4.意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

裁判所法

第五十二条(政治運動等の禁止) 裁判官は、在任中、左の行為をすることができない。
一 国会若しくは地方公共団体の議会の議員となり、又は積極的に政治運動をすること。
二 最高裁判所の許可のある場合を除いて、報酬のある他の職務に従事すること。
三 商業を営み、その他金銭上の利益を目的とする業務を行うこと。

今度生まれて来る時は

今度生まれてくる時は
この雪のように 白いペルシャ猫よ
大きなお城の暖かい部屋で 
お姫さまの ひざの上で
カツブシ食べたい

今度生まれてくる時は
この土よりも 黒いシャム猫ですよ
大きな屋敷の暖かい部屋で 甘いミルクを
おなか一杯 ペチャペチャ ペチャ ペチャ

人間の悲劇

座員が二人 カツラが三つ 刀5本に借金の山
おれの主人はパンチパーマ 肩で風切るおあにいさんさ
私の主人は国会議員 秘書の給与も巻き上げる
おいらの主人は手先が器用 盛り場うろつく スリだった
おれの主人は 下積み刑事 あくせく働き靴する減らす
みんなが集まる運命の時 誰もが思わぬことだった

みんな みんな 問題持った人ばかり
だけどみーんな猫に優しい人ばかり
花のように 星のように 幸せだった
ガラガラと ガラガラと 運命の歯車がまわる
時はこの春 金曜日 シトシト小雨の 日暮れ時
私の主人は接待で 丁度歩道を歩いてた
それをカモと狙いを つけて主人はこっそり 近寄りました
そのまた後に 張付いて 主人は手錠を取り出した
ヒタヒタと ヒタヒタと 運命の時が迫る
西から東へ 走っていく 主人の黒塗り 走っていく
東から西へ 走っていく 主人のトラック走っていく
やがて主人はドライヤー出して パンチパーマを手入れする
おれを抱き上げ ぬれた尻尾に 熱いドライヤー押し当てた
大きな声は出したくないが ギャッと叫んで 飛び上がる
運転席の主人の舎弟 びっくり仰天 ハンドルを切る
大きな音で、キキキときしみ 車は右へ 跳び出した
主人のトラック巻き込んで そのまま 歩道へ突っ込んだ
(ドカーン)

みんなみんな 問題持った人ばかり
  そしてみんな つきのつかない人ばかり
  花のように 星のように 散ってしまった

修理固成

「修理」の文字は既存のものの不足なるところを補い、かけたところは直す意味であって、不完全なるものを完全なるものに作り上げることである。これを「つくり」と読ませている。じつに二尊は島を初めとして万物を生ませられたので、その大業は創造である。それを修理の二文字で書き表されているのは「国稚く浮膏の如くして久羅下なすただよえる時に」と前文にあるので物の本はすでに存在して、これを修理して作られる意に解すべきかと思う。(国体の本義精説:磯野清著昭和16年2月)

大正9年

明治19年(1886)に教科書検定制がしかれて以来、五回の改訂がある。 第一期は1904年西欧型の公民育成を目指し、歴史的仮名遣いの一部に表音主義を導入し、テンノー、ショージキ、ベントーバコと表記した。第二期は1910年、日露戦争の勝利がもたらした国威発揚と富国強兵の観点から第一期教科書を打ち消そうという意図があった。「国民思想読本」ともいうべきもの。第三期は、1918年。第一次世界大戦後の、世界的な自由主義思潮の影響を受けた大正デモクラシイの影響下。第4期は1933年。満州事変とその結果の満州国建国を認め、押し進めようという軍国主義的傾向を強めた。第5期は1941年からの『国民学校』時代。敗戦後この時期の教科書が「墨塗り」される。なお、敗戦後第6期の教科書編纂は、第5期に関わった者(井上赳)が多数を占めた(入江曜子著「日本が『神の国』だった時代」より)

鹿子木員信

細戈千足国
昭和19年一月六日夕刊読売新聞

あたかもおさな児の飢えに泣き恐れにおののくときその母の名を呼ぶがごとくわれらは困苦欠乏国歩艱難にのぞみおのずから心に祖国の名を念じこれをこれをその口に叫ぶ。そは、名のあるところ、実もまたあり、実のあるところ、やがて我らをして困苦欠乏国歩艱難を克服せしむる力があるが故である。
祖国日本の国号の随一は、言うまでもなく豊葦原千五百秋(とよあしはらのちいほあき)の瑞穂国である。なの意味するところは、とこしえに栄えゆく稲穂みのる国ということである。この名こそ、名詮自性、残りなく、日本国土国民の根本性格を表現せるもの。苟も日本国民にしてその操守を堅持しその根本性格に忠信なる限り、われらの祖国は天壌無窮の皇運と共に常に食足るの国たるべき定めのもとにある。たとえ戦時非常の際といえども、若し今日食足らざるものありとせば、その原因は、我らが何等かの意味においてすめらみくにのたみたるの本分に背くところがあるがためである。苟もわれらにして米英の資本主義的侵略戦争の走狗たりし金肥を峻拒し、拮据経営、堆肥につき、工夫努力作物の生い立ちが、いわゆる肥料によるよりも寧ろ日の神の恩頼、太陽の光熱によるもの多きを思ひ、春三月下旬、苗代を温床に作りてこれを五月上旬水田に植え、もって稲の太陽光熱の生ひたつ期間を永くすること、かの鳥取県の篤農福井氏のごとくする時、もしくはいわゆる周期施肥農法によって作物を育つることあたかも我が愛児を育むがごとくなる三島の大井上氏のごとき時、食料生産はこれを倍加して一挙に戦時食糧問題を解決し、もって豊葦原の千五百秋の瑞穂国たるの実を挙げることが出来るのである。
日本国号の他の一つは細戈千足国(くわしほこのちだるくに)という。細戈とあ精鋭なる戈、千足とは充足の謂。すなはち精強兵器の充ちたる国という意味である。われらはこの国号に神武の国日本の面目まさに躍如たるあるを痛感する。然るに周知のごとく、米英思想謀略のしからしむるところ、曾ては我が精鋭なる艦艇兵器をあたら海底に沈めて我が神授の細戈を鈍磨し去って自ら得たりとする米英思潮の跳梁跋扈を見、その流弊の及ぶところ、ついに今日の危機を醸すに至る。この現下当面の危局を克服するゆえんの道は、我らが念々心に細戈千足国の名を呼び、刻々その実現に向かって渾身の力を傾注するにある。その時、磯輪上秀真国(しわかみほつまくに)の別名に現るる四面環海、荒磯を噛む大洋怒濤の上に聳える難攻不落の日本の国土は、敵国怒濤の侵寇も物かは、よく日本をして細戈千足国の名に背かざる地球の空を蔽う大空軍、世界の七洋を圧する大艦隊、大陸の野を蔽う強靱無比の戦車軍に充ち足る国たらしめ得るのである。われらをして刻々細戈千足国の名を呼ばしめよ。
(清沢洌暗黒日記より)

自民党の改憲草案

自民党憲法調査会が17日までにまとめた改憲草案大綱の素案要旨は次の通り。
【はじめに】国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3つの基本的原理は今後も維持。
【第一章】
天皇を象徴とする自由で民主的な国
▽戦争放棄思想堅持、積極的に国際平和実現に寄与
▽国旗は日の丸、国歌は君が代。
【第二章】
天皇は日本国の元首
▽皇位は男女問わず継承。
【第三章】
(基本的権利・自由)名誉権、プライバシー権及び肖像権を保障
▽知る権利を保有。

(国民の責務)国民に国家の独立と安全を守る責務。国家緊急事態には国および地方自治体などの実施する措置に協力
▽徴兵制は認めず。

(社会目的としての権利・責務)教育はわが国の歴史、伝統、文化を尊重、郷土と国を愛し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を涵養(かんよう)
▽良好な環境の下に生活する権利、保護する責務
▽生殖医学、遺伝子技術の乱用から保護。
【第四章】
(平和主義)国際平和への寄与▽侵略戦争の放棄
▽自衛、国際貢献のために武力行使を行う場合でも、武力行使は究極、最終の手段。必要かつ最小限の範囲を自覚
▽武力行使は事前の国会承認必要▽非核3原則を明示。
第五章以下割愛

広島よ、おごるなかれ

要約:
原爆ドーム世界遺産登録決定の過程で、中国と米国が不支持の姿勢を示したことを受け、 アジアも含めた国同士の間で共通の歴史認識が成立していない。そしてそれらを成立させない以上、 またヒロシマに太平洋戦争への反省がない以上、世界遺産登録をすべきではなかった。
明治以来、広島は日本の最重要軍事基地化し、日清戦争から太平洋戦争に至るまで、 軍事上の重要拠点となっていた 。また広島におかれた 陸軍第五師団は、マレー、シンガポールにおいて捕虜虐待し、凶暴な殺人軍団となった 。本島氏は、 広島は当時戦争指揮者と戦争協力者だけの町であったとし、「最重要軍事基地が最大の爆弾攻撃を受けるのは当然」。
真珠湾攻撃や捕虜虐待に対するアメリカ人の憤激の大きさ、中国、東南アジアの原爆投下に対する反応などを例に挙げ、世界は原爆投下を喜んだ。広島の原爆文学に対しては、峠三吉の『原爆詩集』にある「ちちをかえせ ははをかえせ」の詩を引用し、原爆の非人間性を訴えるこの言葉は、日本が中国で行った 「三光作戦」 によって親を皆殺しにされた、中国華北の孤児たちの言葉でもある。
最後の結びの部分: 中国、アジアの国々と国民に謝罪することが必要、と力説している。そして日本人は真珠湾攻撃を謝罪し、広島、長崎が原爆投下を許すことが必要である。また二十一世紀を「和解の世代」と位置づけ、核兵器のない世界への努力と「和解の世界」への努力は同一のものでなければならない 。

強制だぜ

朝日新聞11月4日付け
天野祐吉: 「日本国中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させるのが私の仕事でございます。」と園遊会で天皇陛下に話した人がいる。東京都の教育委員である。
結果は「強制にならないように」と陛下にやんわり言われ「有難いお言葉で」とか何とか意味不明なことを言って終わったのだが、翌日のテレビを見ていたら、石原東京都知事が顔をこわばらせて「あれは強制ではない」と言っていたのがおかしかった。
何故って、あれは強制だよ。役人言葉では違うのか知れないが、普通の人の感覚では、ああいうのを強制という。強制という言葉がいやなら強要と言い換えてもいいが、"無理強い"と言うことに変わりはないだろう。・・・・以下CMの話(CM天気図)

読売新聞が正しいとき

奈良・百条委]「報道を巡る証言要求は不当だ」
報道の自由、国民の知る権利を侵しかねない不当な要請だ。容認できるものではない。
奈良県平群(へぐり)町議会が、読売新聞奈良支局の記者に百条委員会への出頭を求めてきた。町が実施している高齢者向け配食サービス事業で特定の社会福祉法人が優遇されている、と報じた本紙奈良版の記事についての証言を要求している。
本紙記者は百条委に出頭するが、取材の経緯などの証言はしない。
報道・取材に関する情報を新聞やそれに関連する場以外で使ってはならないのは記者活動の基本である。
ことに取材源秘匿は記者の最も重い職業倫理だ。取材源との信頼関係のうえに報道は成り立っている。相手の同意なしに情報の出所を明かしては、信頼関係が崩れ、取材活動が制約される。ひいては国民の知る権利が損なわれるからだ。 取材源が、民事訴訟法が証言拒否を認める「職業の秘密」に該当することは、最高裁で確定した司法判断である。
米中央情報局(CIA)の工作員名漏えい疑惑捜査で証言を拒否したニューヨーク・タイムズ紙記者が十月七日、法廷侮辱罪で収監命令を受けた。取材源の秘匿は、世界の責任あるメディアの記者に共通する職業倫理だ。
読売新聞がこの問題を報じて百条委が設置された。当該記事には何の問題もない。実際、社会福祉法人との覚書を勝手に作成した、として同町職員五人が懲戒処分されてもいる。
通報者探しや報道機関の追及は、百条委の設置目的から大きく逸脱している。日本新聞協会編集委員会も昨年三月の見解で指摘しているところだ。

伯夷・叔斉

紀元前11世紀頃の中国。弧竹という国の王子であった伯夷と叔斉の兄弟は互いに相手に王位を譲りあって国を出るような謙虚な人物であった。周の文王の名声を聞き、つかえんものと周に入るが、すでに文王は亡く、その子武王の時世であった。武王は暴虐の限りを尽くす殷の紂王を討って周王朝を建てる。これを伯夷等は認めない。「武王は臣下でありながら主君たる紂王を討った。不仁である。 」周の穀物を食することを潔しとせず、首陽山にたてこもり餓死したという話。

常識的な発言

宮内庁の羽毛田信吾次長は「行政施策の当否を述べたものではない」と政治的発言であることを否定した上で「国旗や国歌は自発的に掲げ、歌うのが望ましいありようという一般的な常識を述べたもの」と説明。

南野法相も「陛下は国旗・国歌(の掲揚・斉唱)は自ら進んで行うのが望ましい、というお気持ちをおっしゃったのだと思う」と語った。東京都教委の処分については「おひとりおひとりの価値観。自主性にお任せしてもいいのではないか」と述べた。

皇道派

権藤成卿
凡そ国の統治には古来二種の方針がある。其の一は生活の自治に任せ、王者は唯儀範を示してこれに善き感化を与えるに留めるのである。其の二は一切のことを王者自ら取り仕切って、治万機を綜理するのである。前者を自治主義と名付け得べくんば後者は国家主義と名付け得べきものなのである。我肇国の主旨はまったく前者の主義によったもので東洋古代の聖賢の理想は総て此にあった。

統制派

統制派のトップと目されていた永田鉄山は1934年『国防の本義と其の強化の提唱』で
「たたかいは創造の父、文化の母である。試練の個人における、競争国家における斉しく夫々の声明の生成発展、文化創造の動機であり、刺激である」と、
国防の要は人的要素であるとして、「正義の維持遂行に対する熱烈なる意識と必勝の信念」が不可欠の要素であるとした。
これを養うために、
(1)建国の理想、皇国の使命に対する確固たる信念を保持すること
(2)尽忠報国の精神に徹底し、国家の生成発展のため、自己滅却の精神を歯糞すること
(3)国家を無視する国際主義、個人主義、自由主義思想を排除し、真に挙国一致の精神に統一すること
(4)列強は国体の改変を企画し、軍民離間を策し、思想的謀略を常用しつつある。従って国民精神統制、すなわち思想戦体系の整備は国防上の猶予遅滞を許さぬ重要政策である。
最後部において、国防国策強化の提唱では国防と国内問題を取り上げ、生活安定、農漁村更生などの解決のため統制経済政策の強行を打ち出していた。

アメリカの学生運動

アメリカの学生運動ーー労働者との連帯
ハーバード大学で働く清掃職員、調理、整備員たちの賃金が低いこと、及び時間が長いことを問題視して、生活賃金を挙げるよう大学当局に要求する運動がある。当の職員達は運動を起こせば首になる可能性があるため、学生が代弁するという運動である。大学は無視することによって長期化を狙い、そうこうするうちに運動が消滅することを目指していた。しかし一週間の間に、教員、卒業生、他の労働組合が、さらには当の職員達がこの運動に参加し始めた。やがて学長は学生と交渉の場に立つことになる。そして要求は受け入れられ、学長は辞任し、校舎を占拠していた学生達は解散した。労働者は、学生の運動に感謝しそれは又、次の各大学で、生活賃金運動を引き起こしている。ハーバードでは時給10ドル83セント、医療サービス、休暇を取る自由が与えられた。
(NHKBSより)

ゲーリング

(オーストリア併合について) 「余は百パーセント責任を取らねばならぬ・・・総統の反対さえ却下して万事を最後の発展段階まで道た。」ソ連に対する攻撃にも反対であったが、それも結局は時期の問題であり、イギリスが征服されるまでは対ソ作戦は延期した方が良いという見地からであった。「余の観点は政治的及び軍事的理由によってのみ決定せられた。」

自衛隊の評判

10月8日ムサンナ州知事が都内で記者会見『 知事は、陸自がこれまで行ってきた給水活動や学校修復などについては「タイムリーな貢献だった」と評価。しかしムサンナ州の実情は「発電所がないため停電が頻発し、下水道設備もないなど必要最低限のサービスすら欠く」と説明し、人道復興支援活動の拡大に強い期待感も示した。
また八月に三夜連続で陸自宿営地が砲撃を受けるなど、強く懸念される治安状況については「自衛隊員はユーフラテス川沿いを散歩したりしてムサンナ州での生活を楽しんでいる。一部の報道機関が不正確な報道をしている」と述べ、治安が悪化しているとの情報を懸命に打ち消した。 』
10月6日ニューヨークタイムズ(電子版)はサマワ市民の声を引用した。(「発砲なしに駐留する日本部隊」)『自衛隊車両は他国部隊の車両に比べ、泥の付着やへこみもなく、東京のカーショールームから出てきたばかりのようだ
。 「日本が来ると聞き楽園への扉が開いたと思ったのに、自衛隊がやったことは、イラクの業者でもできることだった」
州政府当局者の「満足していない。今の状況にはこれ以上耐えられない」との声
また、自衛隊が駐留米軍の秘密基地をつくっているとのうわさが広まっていることや、シーア派の対米強硬指導者サドル師の地元代表者の「自衛隊はほとんど人々を助けていない。人道のための部隊なのか、軍隊にすぎないのか再考しているところだ」との発言を掲載した。 』

ブッシュを見る目

写真家集団セブンの一人が、9・11以降のアメリカを取り上げていた。(12日のBS)01年の10月頃にはブッシュが演説をすると、彼に向かって十字を切り、涙する人達が出てきたという。まるで『神』の扱いだ。イバラの道を進むモーゼのように見えるのだろうか。そして彼ら米国人は、預言者に付き従う哀れな放浪の民というわけか。

報道統制

「どうしてウソをついたのか」−。ロシアの学校占拠事件で解放後、人質や親族の多くが現場のロシア人記者団に投げ掛けたのがこの言葉だ。
「今起きていることは話せない。軍の行動はコメントできない」。特殊部隊が校内に突入を始めた三日午後、民間テレビ局NTVのフェフィロフ記者は、現場の様子を何度も尋ねてくるモスクワ本社スタジオに対し、悲痛の叫びを上げた。
マスコミへの厳しい統制強化は、二年前のモスクワ劇場占拠事件が契機だ。プーチン大統領は、劇場内で武装集団にインタビューを行ったNTVなどマスコミ各社代表を呼び、テロリストを利する行為だと激怒。NTV社長は辞任に追い込まれる一方、政府はテロ事件報道の指針として、人質の肉声報道、特殊部隊情報の収集などを規制する十六項目の勧告書を作成した。
今回の事件では、政権の対チェチェン強硬策への批判で知られるポリトコフスカヤ、バビツキー両記者も現場行きを阻まれた。特にノーバヤ・ガゼータ紙のポリトコフスカヤ記者は、機内サービスでお茶を飲んだ直後に倒れ、有害成分が検出され重体だという。
新指針の下で最初の本格的なテロ報道となった今回は、「センセーショナルな報道だった」としてイズベスチヤ紙のシャキロフ編集長が事実上解任された。イズベスチヤ紙からは、政権に批判的な論調が消え、七日付には「プーチン氏以外に社会の守護者はいない」との寄稿文まで掲載された。 (東京新聞2004/9/9 )

人質の証言

ロシアのインターネット新聞ガゼータ・ルーはロシア当局の発表を嘘だとする人質証言を掲載したという。イスラム・メモは、スペインのエル・ムンド紙からの引用。
10歳の息子の参観に学校に行き、その2分後に人質となった母親のザリナさんは次のように証言した。
武装勢力は話し合いを希望したが、当局は拒否したという。
彼らは20人で、幾つかのメディアによる報道とは相違し、うち2人の女性は自爆していない。占拠者たちは体育館で1000人以上の人質の中から12−20人を殺害した。
犯人たちは、自分たちが何処にいるかも知っていなかった。彼らは我々に「この町の名前は何だ?」と尋ねたほどだ。
人質は床に座り、それぞれの親に児童が2−3人が付いていた。武装グループは緊張しており、叫び声が聞こえると怒鳴った。彼らは人質に発砲するぞと脅し、実際に発砲もした。
彼らは、人質に水を飲むことやトイレに行くことを許可したし、老人にも気を使った。彼らは、仲介役を務めたイングーシのオシフ前大統領が、ビデオテープをプーチン大統領に渡すように、カメラで出来事全てを記録した。
テロリストたちは、電話で4人の仲介者を要求したが、やってきたのはオシフだけだった。彼らは我々にこう言った。「学校内には多数(人質が)いるが、ロシア治安軍は、モスクワの劇場事件のように突入するかも知れない」
事態が悪化したのは、武装グループが、「ロシア当局は自分たちを馬鹿にしている」と気付いてからだ。彼らは我々の眼前で電話しようと試みたのだが、誰も彼らと話そうとしなかった。
女性校長も自ら、北オセチア大統領や政府代表者たちに何度も電話したが、誰も電話口に出なかったのでショックを受けていた。通じても勝手に切られた。

アンナ・ポリトフスカヤ

9月9日付けのガーディアン紙に投稿していることから回復したことが分かった。「『お帰りなさい』付添の看護婦に言われて、私は目を覚ました。病院に運び込まれたときは、『ほとんど絶望的な状態だったのよ。連中はあなたを毒殺しようとしたの。空港での検査結果は廃棄させられたわ。お上の命令("from on high")でね。」この論説の中で、彼女は『 information vacuum』という言葉をしきりに使っていた。

チェチェン

ロシア南部の北カフカス地方に位置し、岩手県とほぼ同じ面積。ロシアに21ある共和国の一つで、2002年の国勢調査によれば人公約110万人。チェチェン人が多くイスラム教が支配的。カフカス地方の支配に乗り出した帝政ロシアに18世紀から抵抗、1943ー44年のスターリンによる中央アジアへの民族強制移住で多数が犠牲になるなど歴史的に反ロシア感情が強い。ソ連崩壊直前の91年11月独立宣言。これを94年エリツィンが「憲法秩序の回復」のため進攻して、第一次チェチェン戦争になる。ハサブユルト合意 で96年戦争終結、独立派01年まで先送りされた。欧州安全保障機構が監視して行われたチェチェン大統領選挙で、マスハドフが当選。99年8月モスクワなどでアパート爆破事件したことを受け、9月再びチェチェンに侵入、第二次チェチェン戦争が起る。ロシアはマスハドフに対抗するためカディロフを首班とする臨時行政府を、彼が暗殺されたのちの4年8月26日、マスハドフが参加しない選挙が行われこれも親ロシア派のアルハノフが選ばれた。暗殺の予告の噂がある。

共産主義は問題ではない

36年11月特高関係者36人と思想検事・判事・書記12人が受勲。叙勲は塩野季彦、鈴木光三郎等。
大竹武七郎は文部省主催の講演会で「全国の警察及び検事局において、現在思想事件を取り扱っております警察官、検事はもっとも優秀な人を選んでいるのであります。そうして昭和3年以来、なるべく其の地位を動かさずして、専門にとり扱わせているのであります。これは全国共通な事実であります。したがって思想係警察官、思想係検事は、共産主義の理論でも実際運動でも、現在活動している共産党員などよりもよほど良く知っており、経験も持っているのであります。駆け出しの共産党員が生意気なことを言っても、びくともしないだけの自信を持っている。共産主義者が一知半解なことを理屈を並べても、てんで頭から呑んで掛かるだけの度胸がついているのであります。これは昭和3年以来の経験のしからしめるとことであります。」

江木翼

加藤・若槻内閣の法相。民政党。26年裁判所・検事局に向けて各種「詭激思想」に対し、「適正の処置」を取るように訓令。これが司法省の思想問題の研究につながっていく。滝川秀雄に「特殊の事件のみならず総般的に思想の流れを考察」させた。
彼は、軍部特に参謀本部が外交について干渉したシベリア出兵を問題視し、「将来とても、かくのごとき制度、又かくのごとき実際上の事態が存続する限りは、いわゆる軍閥なるものが、外交を掣肘し、産業を掣肘し、甚だしきに至っては学問思想までも掣肘せんとするが如きは、決して根絶することは望まれないものと確信する。」と言った人である。

京都学連事件

治安維持法の最初の国内適用例となる。1925 年10/15小樽高商の軍事教練事件(無政府主義者や朝鮮人による暴動を想定した訓練)が起ると、これに賛同する学生が同志社構内に軍事教練反対のビラを貼った。証拠不十分で一旦釈放したが強硬なる検察により、再逮捕。検察にしてみれば、社会運動の現状や共産主義理論を実地に学習する機会となった。 「証拠品を見て研究したり、知ったような顔をして被告から聞くとかいろいろやった」(吉村武男)
この時点では、第二条「私有財産制の否認」で追及した。第一条「君主制問題」については学生は黙して語らなかったためである。
この後3・15旭川グループ判決では「我帝国は万世一系の天皇君臨し、統治権を総攬し給うことを以て其の国体と為し、治安維持法に所謂国体の意義又之に他ならざる故に、帝国に無産者階級独裁の政府を樹立せんとするが如きは、すなわち我国体の変革を企画するもの」と断定するようになる(1929判決)

さとうきび畑

作詞・作曲 寺島 尚彦

ざわわ ざわわ ざわわ
広いさとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ
風が通りぬけるだけ


今日も見渡すかぎりに
みどりの波がうねる
夏の陽ざしのなかで


ざわわ ざわわ ざわわ
広いさとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ
風が通りぬけるだけ


昔海のむこうから
いくさがやってきた
夏の陽ざしのなかで


ざわわ ざわわ ざわわ
広いさとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ
風が通りぬけるだけ


あの日鉄の雨にうたれ
父は死んでいった
夏の陽ざしのなかで


ざわわ ざわわ ざわわ
広いさとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ
風が通りぬけるだけ


知らないはずの父の手に
抱かれた夢を見た
夏の陽ざしのなかで


ざわわ ざわわ ざわわ
広いさとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ
風が通りぬけるだけ


ざわわ ざわわ ざわわ
風が通りぬけるだけ


訂正

(8月11日日付に間違いなし:)イラクで取材中の邦人記者らの輸送計画をめぐる四月十五日の朝日新聞夕刊の報道について、防衛庁は十日、「安全確保に重大な影響を与える報道を行ったことは、大変遺憾」などとして北原巌男官房長名で抗議した。
朝日新聞は十五日夕刊で「空自機で邦人退避へ きょうにも報道陣、サマワから」との見出しで報じた。
これに対し朝日新聞は、「イラク情勢の緊迫する中で行われた輸送の安全確保に影響を及ぼす懸念が生じたとすれば、意図しなかったとはいえ遺憾だ。これからもイラク報道の重要性を踏まえ、現地部隊などの安全には十分留意しつつ、報道する使命を果たしていきたい。」
(逃げる者を追う余裕はない。今ごろ何なのか、牽制でしかないのか、次に何が来るのか?)

もう一つ:イラク南部サマワの陸上自衛隊宿営地への迫撃砲攻撃について、朝日新聞が11日付夕刊で「サマワ陸自砲撃 2発は宿営地内に」と報じたことに対し、防衛庁は同日、「事実ではない」として文書で抗議した。
文書は北原巌男官房長名で、同庁が「宿営地の外側に弾着あとを3カ所発見したと発表している」などとして、訂正記事の掲載を求めた。
亘理信雄・朝日新聞外報部長の話 宿営地内に詳しい現地筋などからの信頼できる情報として記事にした。防衛庁からの抗議文については、内容を検討し、対応したい。 (08/12 03:07)
[これではどちらが本当を云っているのか分からない。朝日の記者は、自衛隊と一緒ではないのか?]

肉を食べる
食肉といえば、飢餓状態に陥ったフィリッピンで起っただけだと思っていたが、中国でもあったという話が存在していた。
「撫順で、ある曹長は認罪し、『私は中国人の女性を私の部屋に監禁し、数日間なぶり物にした挙げ句に、これを殺し、その上、当時食料不足であったので、中隊の者に食肉であると嘘をついて、これを切り刻んで食べさせました』と大声で暴露した。(撫順の収容所における認罪・・・中帰連「創刊号」より)

戦後補償

1951年のサンフランシスコ講和条約によって日本は朝鮮の独立を承認し、国と国、国と国民(法人を含む)、国民と国民の間の財産、債権、請求権に関しては特別な取り決めを結んで処理することとなった。1952年日韓交渉で財産、債権、請求権に関する交渉が始まる。韓国側は日本に対して8項目の「対日請求権要綱」を提示した。(1966年大蔵省印刷局発行『時の法金別冊・日韓条約と国内法の解説』より引用) (1) 朝鮮銀行を通して搬出された地金返還 (2) 日本政府の対朝鮮総督府債権の返還 (3) 日本降伏後に韓国から送金された金品の返還 (4) 韓国に主事務所を置いていた法人の在日財産の返還 (5) 韓国法人または韓国自然人の日本国または日本国民に対する日本国債、公債、日本銀行券、被徴用韓国人の未収金、補償金およぴその他の諸請求権の弁済(本項の一部は下記の事項を含む。 1、日本有価証券 2、日本系通貨 3、被徴用韓国人の未収金 4、戦争による被徴用の被害に対する補償 5、韓国人の対日本政府請求恩給関係その他 6、韓国人の対日本人または法人請求 7、その他) (6)〜(8)は略
これに対して、支払うべき根拠の立証責任は韓国側にあり、さらに日本側の在韓私有財産の返還分の補償を考慮すると韓国側より多いと主張した。
その後、朴正煕大統領の強力なリーダーシップのもと、この問題は実務レベルを離れ、経済協力と抱き合わせの形で一括解決されることになって、1965年日韓国交回復の際に「財産及ぴ請求権に関する問題の解決並ぴに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」と締結された。 この第一条で日本は韓国に無償で3億ドル、長期低利の借款を2億ドルを、10年間にわたって供与することが決められた。またそれ以外に日本からの3億ドル以上の民間借款の提供も約束された。ただし、このうちいくらが韓国への未清算部分の支払いなのかはまったく明らかにされていない。
第2条では韓国の独立に伴う未清算部分の解決が終了したことに関して次のように書いている。「1 両締約国は、両締約国及ぴその国民(法人を合む)の財産、権利及ぴ利益並ぴに両締約国及ぴその国民の間の請求権に関する問題が、1951年9月8日にサンフランシスコ市で署名された(a)に規定されるものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」
また協定について合意された議事録の中には、「協定第二条に関し、同条1にいう完全かつ最終的に解決されたこととなる両国及ぴその国民の財産、権利及ぴ利益並ぴに両国及ぴその国民の間の請求権に関する問題には、日韓会談において韓国側から提出された『韓国の対日請求権要綱』(いわゆる8項目)の範囲に属するすべての請求が含まれており、したがって、同対日請求要綱に関しては、いかなる主張もなしえないこととなることが確認された」と記されている(らしい)。

正力松太郎

9.3日午後10時頃南葛労働組合の革命家が検挙され亀戸警察署に拘束監禁された。古森署長は事後対策を警視庁に上申。この時の警視庁官房主事が正力松太郎で、正力は軍隊への応援依頼。近衛騎兵第13連隊(田村騎兵少尉指揮)がやって来て、留置された中から最も指導能力を有していた危険な人物を選別し、演武場前広場へ引きずり出し、9.5日銃剣と軍刀で虐殺した。

関東大震災の翌9.2日急遽、軍による戒厳令司令部が設置された。9.2日に船橋の海軍無線送信所から「付近鮮人不穏の噂」の打電。9.3日「内務省警保局長」名で全国の「各地方長官」宛てに、要約概要「鮮人の行動に対して厳密なる取締要請」電文打たれる。
さらに9.5日警視庁は、正力官房主事と馬場警務部長名で、「社会主義者の所在を確実に掴み、その動きを監視せよ」なる通牒を出している。9.11日、正力官房主事名で、「社会主義者に対する監視を厳にし、公安を害する恐れあると判断した者に対しては、容赦なく検束せよ」命令が発せられている。
緊急時のデマを取り締まるべき秩序維持の責任者である正力が騒動をたきつけていたわけである。
この時、朝日新聞の記者の1人が警視庁で正力官房主事から、「朝鮮人謀叛の噂があるから、君たち記者があっちこっちで触れてくれ」と示唆されたことを明らかにしている。しかし、専務の下村海南が「流言飛語に決まっている」と制止したと云う。

甘粕大尉

甘粕事件は1923(大正12)年9月16日 関東大震災 の混乱に乗じ東京憲兵隊麹町分隊長・憲兵大尉甘粕正彦らが無政府主義者大杉栄・妻伊藤野枝、甥の橘宗一を殺害し、井戸に投げ込んだ事件。
大杉を拘束した事 が内務省に漏れ、宗一が幼少(7歳)で、しかも米国籍であった事などから問題となり事件が発覚する。「一個人として国家のため殺害する必要が感じたため」3人を殺害した(後の裁判で宗一殺害は否定)と供述、軍法会議で10年の刑を受けるが3年後に恩赦で出獄、フランスに留学した後、1929年満州に渡り満州政界の黒幕となる。
'32年満州国建国の際、陰の立て役者の一人となる。満州国建国後は、初代民生部警務司長(警察機構のトップ)、満州協和会総務部長(大政翼賛会と同じような組織)、満映理事長(中国人スタッフを日本人と同等に見て能力主義・俳優所設立・中国人監督の育成に尽力)を歴任。日本の敗戦直後8月20日に、満映理事長室内で毒を飲み自決した。

人道支援

沖縄タイムス 2004年5月30日
「爆弾の雨を降らせといて、『軍隊による人道支援』があるか」というのが、多くの現地民の思いである。その思いは軍だけではなく国連組織やNGOにも向けられ、襲撃事件が相次いでいる。
翻って日本を見れば、戦前の偏狭な国家主義が幅を利かせる「不自由な時代」でさえ、「テロリストの悲しき心」を詠む歌人がおり、堂々と非戦論を唱える知識人もいた。
しかし今、明治人のようなはつらつたる感性が退化したのはなぜだろう。確かに今は言論の自由があり、人権尊重が声高に叫ばれる。特高や拷問もない。
それを考えると、過去の戦争を国家国民挙げて可能にしたのは、「自粛」という名の自己規制と時流への迎合、扇情的な情報操作による国民意識の変容ではなかったろうか。世論と世情はいつの時代でも容易に変化する。そのことが不気味である。
今また、一部新聞の報道によると「アメリカの要請でアフガンに陸自派遣検討」と聞き、心穏やかになれぬ。それが現実化すれば、日本人たる私たちは「米軍の同盟者」として、確実に危険にさらされる。 ・・・・
政治家たちが断固として「テロと戦う」と称し、浅慮によって派兵を決めるなら、私たちもまた「日本人の名誉といのちを守るため」、身をもってその流れに抗せざるを得ない。

ウェーバー方式

アメリカでは完全ウェーバー方式をとっている.ドラフト にはベストはなくて,ベターしかない.日本はよりによってワーストを選んで しまった.選手は好きな球団にはいりたいし,球団はいい選手をとりたい, ここで利害調整がなされる.完全ウェーバー方式では,下位球団から指名して いく.入り口の自由がないかわり,FAで出口を開けてやるのがメジャーのやり方.

鈴木宗男の恫喝

▼96年8月:沖縄駐留米海兵隊の実弾砲撃演習が北海道の陸上自衛隊矢臼別演習場(別海町、厚岸町、浜中町)=写真=に移転する問題で、鈴木宗男氏が反対する3町の説得に乗り出し、東京に呼びつけた3町長に交付金の増額などをちらつかせ、大声で恫喝を繰り広げていたというのだ。町長の1人は「人間扱いされなかった」と、その凄まじさを振り返る。最も基地面積の広い別海町の佐野力三町長は同年秋に受け入れを表明。だが、2町の町長は、反対の立場を変えなかった。
▼02年1月8日(火)
(出席:大西、外務省官僚ら)
(場所:衆議院第一議員会館 鈴木宗男事務所)
鈴木:アフガン会議のことで話があるんだ。責任者の大西君はおまえだな。おい、おまえ!(机たたく)、新聞記事なんかでもてはやされてるからって調子にのるな。(1月3日付の毎日新聞の朝刊の)“外務省が何もできない”ってのはどういうことだ。ふざけるなっていうんだよ。うそばっかりいうんじゃないよ。ちゃんとマスコミ対応して、うそに関しては内容証明とかで新聞に抗議しろ。
大西:(会議に際し)今回のようにマスコミの注目を浴びたのは初めてなので。
鈴木:大西、おまえが裏で操作して書かせたんだろう。
大西:違います。メディアは自由ですし。
鈴木:おれとのアポを国会議員をアフガニスタンにつれていくからって、キャンセルしやがって。けしからん。忙しいときに国会議員を海外につれていくなんて、けしからん。どうせ大西、おまえがそそのかしたんだろう。
大西:いえ、議員等とはコソボや東ティモール関連からのつきあいで、現場に行こうかという話になっていましたので。
鈴木:うそをいうんじゃないよ。あいつら(国会議員)は問題だ。それでおれとのアポをキャンセルしやがって、ふざけるんじゃないよ(なんども机たたく)。もっとはやくあいさつにこい。NGOってのにはとんでもないのがいる。こんなやつらに税金をだすっていうのはどういうことだ。とりあえず、アフガン会議ではNGOには一銭も金はやらんからな。覚えておけ。(ゲンダイネット)

武器輸出

日本が2001年、自衛隊の装備などを中心に1億5100万ドル(約165億円)相当の小型武器を輸入し、金額で世界第4位の小型武器輸入国だったことが30日、スイスのジュネーブ高等国際問題研究所が発表した04年版の「小型武器概観」で分かった。 民間用の猟銃など小型 武器輸出 額でも世界第9位(約7000万ドル)。日本が国連では小型武器軍縮を推進しながら、実際には輸出入とも世界のトップクラスにある実態が浮かび上がった。 小型武器には短銃やライフルなどの「小火器」と、重機関銃、迫撃砲などの「小型兵器」がある。国連などの通関統計に基づく01年の小型 武器輸出 額は全世界合計で24億ドル。輸出入総額は40億ドルに達すると推計している。 国別では米国が輸出入とも1位で、輸出ではイタリア、ベルギー、ドイツが続く。輸入ではサウジアラビアが2位で、3位はキプロス。

ABCD包囲網

1941/4月野村・ハル会談で日米諒解案
(1)三国同盟は防衛的なものであると宣言すること。
(2)中国本土から撤退すること
(3)中国を併合しない
(4)蒋介石・汪兆銘の合流を勧める
(5)中国は満州を認める
1941/4月松岡・モロトフ会談で日ソ中立条約
(1)日ソのいずれかが攻撃を受けた場合、中立を守る
(2)互いの領土をおかさない
(3)条約の期限は46年。
(4)満州とモンゴルを相互に認める。
松岡は日米交渉より、日ソ中立条約を重視する。
1941/6月アメリカが松岡を敵視して、交渉条件を絞る
(1)武力による太平洋西南地域の征服をしない
(2)三国同盟を発令しない
(3)中国からの撤兵を具体化する。
6月22日ドイツがソ連へ攻め込むと、
7月24日南部仏印をヴィシー政府より、占領。2,3ヶ月で飛行場を建設し、12月までには、イギリスの拠点であるシンガポールを目指す。アメリカは、イギリスへの脅威とフィリピンへの脅威であるため、
7月26日までアメリカにおける日本人の資産を凍結、
8月1日には日本に対する石油の全面禁輸措置にでる。

エステル

ユダヤ人捕囚の娘。ユダヤであることを隠して、ペルシャ王の妃となる。養父モデルカイは、王暗殺を知り、エステルにこれを告げ、暗殺を防ぐ功あり。モデルカイ、大臣ハマンに礼を失する事あり。ハマン、モデルカイのみならず全ユダヤ人の殺戮を決意する。エステルはモデルカイを助けようと、王に自分がユダヤ人であること、ハマンがユダヤ人全滅を企んでいることを訴え、王これを受け入れる。モデルカイのために作った絞首台でハマンは死刑となる。

決議260A[3]

ジェノサイド条約・ 集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約
(第1条) 締約国は、集団殺害が平時に行われるか戦時に行われるかを問わず、国際法上の犯罪であることを確認し、これを防止し処罰することを約束する。
(第2条) この条約では、集団殺害とは、国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもつて行われた次の行為のいすれをも意味する。
(a) 集団構成員を殺すこと。
(b) 集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること。
(c) 全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。
(d) 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。
(e) 集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。
(第8条) 締約国は、国際連合の権限のある機関が集団殺害又は第3条に列挙された他の行為のいずれかを防止し又は抑圧するために適当と認める国際連合憲章に基づく措置を執るように、これらの機関に要求することができる。 (1948年12月9日国連第3回総会)

UNAMIR

United Nations Assistance Mission for Rwanda の略(UNAMIR)

国連の指揮下

94年4月7日(ハビャリマナ大統領機撃墜の次の日)
ルワンダ兵によって包囲された首相官邸に向かった際、UNAMIRのダレール将軍はコフィ・アナンに「首相を守るために武器を使ってもよいか」と許可を求めたところ、Riza(アナン) confirmed the rules of engagement: that UNAMIR was not to fire until fired upon.(攻撃されるまで武器を使用することは禁じられていることを確認した。)

ルワンダ

(Lessons From the Rwanda Experienceから)
赤道の真南にある面積2万6千平方キロの小さな国で、カラシンビ山(4500メートル)が最高峰でほとんどの土地は千から千五百メートルの高さにあり、温暖で『アフリカのスイス』と呼ばれることもある。
10%は公園でゴリラの最後の楽園といわれるビルンガ公園が有名。
人口はフツ族が六百五十万人、ツチ族が六十万人、人口密度は平方キロ当たり261人であるが、人の住める地域に限定すると406人という。
凡ての丘にはいくつかの集落があり、Hutu and Tutsi traditionally live side by side on the same slopes, "for better or for worse; for intermarriage or for massacre" (Prunier, 1995).

17世紀
ツチ族によるルワンダ王国建国
1889年 ドイツ保護領 (第一次大戦後はベルギーの信託統治領)
1961年 王政に関する国民投票(共和制樹立を承認) 議会がカイバンダを大統領に選出
1962年 ベルギーより独立
1973年 クーデター(ハビヤリマナ少将が大統領就任)
1990年10月 ルワンダ愛国戦線(RPF)による北部侵攻
1993年 8月 アルーシャ和平合意
1994年 4月 ハビヤリマナ大統領暗殺事件発生をきっかけに 「ルワンダ大虐殺」発生(〜94年6月)
1994年 7月 ルワンダ愛国戦線(RPF)が全土を完全制圧、 新政権樹立 (ビジムング大統領、カガメ副大統領就任)
2000年 3月 ビジムング大統領辞任
2000年 4月 カガメ副大統領が大統領に就任
2003年 8月 大統領選挙でカガメ大統領再選

チョマトー伝説

「200年以上も昔、北見アイヌ(一説は日高アイヌ)が宝物や美しい女性をさらおうと、十勝アイヌの部落を攻めにきた。初めは劣勢だった十勝アイヌが、神に祈りをささげると状況は一変する。北見アイヌはチョマトーに逃げ込み、水鳥を捕まえて空腹を満たしていると、知らない間に十勝勢に囲まれ、最後は沼に飛び込んだ」 という伝説がある。
伝説では、血に染まった沼と言われる。アイヌ語の「チ・ホマ」(害を受ける)からきていると言う。恐れ多い沼とされてきたが、昔はこの沼を「トムカムイ」(神のいる沼)と呼んだらしい。沼はアイヌにとって神聖なもの。日高であろうと十勝であろうと神聖な沼に死体を投げるわけがないから、この伝説は真偽不明であるらしい。

ヘレン・トーマス

フライシャー米大統領報道官=写真<右>=が10日の定 例記者会見で、対イラク武力行使を容認する安保理決議案に賛成しないのは道義上、 問題があると解釈できる発言をし、ホワイトハウス詰め記者の最長老、ヘレン・トー マスさん(82)=写真<左>=がこれにかみついて「モラル(道徳)論争」に発展 した。
報道官は、仮に常任理事国の拒否権行使により決議案が葬られる場合、安保理は、 ルワンダの虐殺や、旧ユーゴスラビアでのコソボ弾圧に対処できなかった歴史を繰り 返すことになると指摘。「道徳の観点」からは、安保理が人々の苦しみを放置するこ とになると主張した。
これに対し、トーマスさんから「決議に反対すれば不道徳なのか」と質問が飛び、 報道官は「不道徳とは言っていない」「他の国は自らの道徳的観点から判断する。し かしイラク国民は、だれが行動して彼らに自由をもたらしたかを知るだろう」などと 防戦した。
これがまた、「イラクの人々は爆撃で死んだ後で自由を求められると思っているの か」と反撃を招いた。
元UPI記者のトーマスさんは、歴代大統領の記者会見で真っ先に指名されたこと で知られている。しかし6日の大統領会見では「指名なし」に終わった。
(2003年3月11日毎日新聞夕刊から)

ホンモノのファシズム

Als die Nazis die Kommunisten holten, habe ich geschwiegen;
ich war ja kein Kommunist.
Als sie die Sozialdemokraten einsperrten, habe ich geschwiegen;
ich war ja kein Sozialdemokrat.
Als sie die Gewerkschafter holten, habe ich nicht protestiert;
ich war ja kein Gewerkschafter.
Als sie die Juden holten, habe ich nicht protestiert;
ich war ja kein Jude.
Als sie mich holten, gab es keinen mehr, der protestierte.
(ユダヤ教の牧師マルチン・ニーメラー)
schweigen(沈黙する)Gewerkschafter(組合員)

二度目の訪朝

23日、訪朝より帰日。異例の訪朝であったが、これは「5人を帰せ」という政府の約束違反に対する、こちらからの働きかけと見るべきではないか。だからこそ、北は今回約束反故の非難を繰り返すことなく、5人を日本に寄越したのだと推量できる。

遊就館を訪れ考えたことは

道新2004/05/10・読者の声より
昨年、初めて東京・靖国神社内にある「遊就館」を訪れました。戦死者達の写真を見ると、命を惜しまずにはいられません。が、彼らと共に幕末の国学者の肖像が飾られていることに注目しました。
軍の学校で私は、教官からこれらの国学者の思想を根拠に、日本を美化し、命を捧げることを教え込まれました。
遊就館でこれらの国学者に再会し、当時顔面を紅潮させて講義した国粋主義者の教官を思い出しました。 
「A級戦犯」の写真はありませんが、捕虜となるより死を選べと強要した戦争指導者は祀られています。彼自身は自決に失敗し捕らえられ、私は見苦しく思ったものでした。
親しかった友人も合祀されています。彼は敗戦後、赤痢のため帰郷もかなわず他界しましたが、後に彼の合祀を知り、驚きました。
遊就館は、靖国神社が純粋に平和を祈念するだけではないところだと証明していると感じました。

ウォーレン

後に最高裁長官となったウォーレンは、1954年ブラウン判決で人種隔離教育を憲法に違反するとした画期的な判決を下し、その後も1970年代まで数々の進歩的判決を指導した。彼は日系人の強制収容を支持したことに対し、後に深く自己批判した。

日系人強制収容所

(以下大統領行政命令第9066号まで上杉忍「二次大戦下の『アメリカ民主主義』」による)
1798年敵性外国人法
1924年移民法(日本人移民禁止)
1931年(満州事変の年)政府機関による日本人移民の「不穏活動」を調査
1936年ルーズベルト大統領「いざというときにまず強制収容できるよう市民を含めた日系人危険人物リストを作ること」を勧告
1939年ルーズベルトがFBIの調査権限を拡大(盗聴を含む)
1940年移民帰化事業の管轄を労働省から司法省に変更: スミス外国人登録法(14才以上のすべての外国人は登録・住所変更の際の報告・毎年の指紋押捺)
1941年パールハーバー直後から禁制品所持者の逮捕。
1942年各方面から日系人の強制収容を求める声。
司法省の反対(われわれは人種によって市民を差別するわけにはいかない。そんなことをすれば憲法に大きな穴を開けることになる)を軍部の「(第5列の)軍事的危険性」が押し返す。
日系人の市民的権利より国家の安全性を重視すべきとされ大統領行政命令9066号(2月19日)。
アメリカ西海岸の日系人117000人を海岸州16箇所の仮収容所、次いで内陸無人地帯に設営された「再定住センター」に移送(42年11月3日完了)。

大統領行政命令9066号

「陸軍長官並びに軍司令官に軍事地域から排除されるべき人々を指名し、彼らに輸送手段、食料、住居、その他の便宜を与える権限を与える。」という短い文面である。日本人と特定しているわけではないが、その後の記者会見では具体的には日系人をさすことを明らかにした。

憲法調査会

平沼赳夫前経産相04/05/12,13。(中央公聴会の席で)護憲の立場からの公述人の発言中、「聞くに堪えない」と周囲に聞こえるように言って席を立ったと報道された。 (読者の声:平沼氏に伺いたい。憲法調査会が公聴会開く理由と、「聞くに堪えない」と退席した理由を。2004.05.24朝)
中山正暉02/7/4。「八百万の神(ヤオヨロズのカミ)の思想というのは大事にしなきゃいけない。家の中にも、どなたにも一番恐れをなすおかみさんがいるわけで、そのすべてが神だ。そういうものをこれからの世界にちゃんと示すような、日本の体臭のする憲法を考えなくちゃいけない。」
古屋圭司04/4/8「憲法24条で個人の尊厳と両性の本質的平等が規定されているが、これが行き過ぎた個人主義という風潮を生んでいる。憲法にも家族のきずな重要性とか家族の再生をサポートするような規定を加える必要がある
小山孝雄00/2/16「国家、国民、民俗にもDNAがある。したがって、国家の基本法である憲法はその国のDNAにあったものでなければならない」
平井卓也04/1/29「日本の歴史を振り返ると、聖徳太子の十七条の憲法にしても、五箇条の御誓文にしても、日本流の民主主義というものが滲み出ている。日本の長い伝統夜分か、国柄への言及が合ってしかるべきだ」
谷川弥一04/1/29「信長時代の楽市楽座の発想はスゴイ。もともと自信を持った民族だということを書いて欲しい。間違った平等、人権が日本を毒している。この自然環境の中で生きて行くには強さが必要だ。男は男としての力もいるんだという気持をどこかに出して欲しい」
伊藤信太郎04/3/11「多くの国民は、実は自由から逃れたいとひそかに思っている。この国の国民はこういうふうにものを考えれば幸せになれるということを、おおまかに規定して欲しいというのは、潜在的にマジョリティの国民が持っている願望ではないのか」
熊代昭彦04/3/11「『国民は良い家庭を作り、良い国を作る義務がある』ということを書くことが可能であれば書いていただくとか」
松村龍二04/3/18「礼儀とか仁とか徳がなければ国は治まらないと言うことを孔子は主張した。今の日本を見ると学校の先生もジャージーのスポーツウェアを来て授業をするような、礼儀がない。紀元前五百年前と同じような、孔子がやったようなことをやらんといかん時代なのではないのか。」

公とは行政のことか

2004.04.26道新:読者の声
行政府自らが「国」とは疑問
圏央道訴訟で東京地裁が行政側の違法を認める判決を言い渡した。それに対して国土交通相は「国の主張が認められなかった事はまことに遺憾だ」、東京都知事は「今後とも事業推進に向け国と連携して積極的に取り組んでまいりたい」とそれぞれコメントした。
行政側が自らを「国」と呼ぶ事に私は重大な疑問を感じる。一体何時から行政府だけが「国」になったのか。司法府や立法府は「国」ではないのか。
行政府が国全体であるかのような認識が広がれば、「国」の方針に反する判決には従わなくとも良い、との横暴がまかり通るだろう。行政府が司法・立法府の上に立ち、その決定に反するものは「国」への犯行だといわんばかりの言動は危険なうぬぼれだ。ジャーナリストも又その点に留意して報道して欲しい。

暴力の連鎖を断った温情策

私たちは戦中、日本軍兵士として多くの仲間を失う一方、中国国民に夥しい被害を与えました。戦後は戦犯として遼寧省の戦犯管理所に6年間収容されました。
日本軍が中国を侵略したのは大東亜共栄圏建設という当時の国策を遂行するためでした。それが誤りだったと収容中に学び、罪の深さに気づきました。重罪を予想していた私たちは中国の温情政策に迎えられました。仲間約千人から死刑判決は一人も出ず、有期刑を受けたものも1964年までに帰国しました。
管理所職員ははじめ私たちに怒りと憎しみを持っていました。国民感情として当然です。にもかかわらず温情政策を採った周恩来首相は「20年後に意味がわかるだろう」と職員を諭したそうです。 私たちは帰国後に中国帰還者連絡会を結成し、(02年解散)おかした罪責を告白しています。友好につながると信じているからです。
当時もし厳罰主義だったら私の仲間には死刑や重い刑が続出したでしょう。その家族は恨みや憎しみの矛先を今度は中国に向け、国対国の憎悪が繰り返されたかもしれません。
憎しみを憎しみとして返さず、暴力の連鎖を断ちきった温情政策。その真意を今こそ胸に刻み込むべきだと私は確信しています。
(高橋哲郎)

感謝せよ!

米大統領「シャロン首相に感謝を」 アラブの批判に反論
「全世界は(イスラエルの)シャロン首相にありがとうというべきだった」
ブッシュ米大統領は21日、ワシントン市内の講演で中東和平問題に触れ、パレスチナ自治区ガザからのユダヤ人入植地全面撤退案を提案したシャロン首相の対応を「パレスチナ国家建設に向けたチャンスになる」と持ち上げた。
占領地からの撤退は、67年の第3次中東戦争直後に採択された国連安保理決議242などに基づくもので、イスラエル側に履行義務がある。ブッシュ大統領は14日にシャロン首相と会談した際、ガザ撤退案を支持した上で、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地の一部存続を容認する考えを示したため、パレスチナ自治政府やアラブ諸国が強く反発している。
ブッシュ大統領はこうした批判に反論する一方、パレスチナ自治政府に対しては「パレスチナの指導者は何年も人々を失望させてきた」と述べ、過激派対策が不十分だと批判した。相次ぐイスラエル寄りの発言は、秋の大統領選に向けて国内のユダヤ人票を意識した選挙対策との見方もある。
(道新04/22 20:19)

クバイシ師の発言

外相のお礼の手紙は受け取ったが、気持が伝わってこない。解放を実は願ってはいないのではないかと思った。(4月17日夜7時のニュースの字幕)
週刊現代5/8・15日号p・69
「小泉首相がイラクの武装勢力に対して『テロリスト』という言葉を使ったことによって、人質の解放が遅れたのは事実です。それは、日本政府が人質を殺してもよいと許可したのも同然の発言でした。そのため3人の人質はとても危険な状況に置かれていたのです。私たちが人道主義に基づいて、3人が殺されないように尽力していたその同じときに、日本政府は人質の声明に何ら注意を払っていなかった。人質の命に、何一つ関心を抱いていなかったのです」
クバイシ師は日本政府からの申し出も暴露した。 「日本の大使館関係者が『日本政府はあなたの組織を通して、ファルージャの人たちにカネを贈るか、経済的な援助をしたいのだが』と言ってきました。しかし、私はその申し出を拒みました。『人質問題をカネで解決するかのような行為は断る』と。そして『もし本当にファルージャの人たちを助けたいと思うなら、すぐにファルジャーに行って、米軍が撤退する解決法を見つけてください』と言いました。さらに、『ファルージャに行ったら、ヒロシマやナガサキ(と同じような惨劇)を見ることになるでしょう』ともつけ加えました。彼らは『ありがとう』と言うにとどまりました」」

米紙も「自己責任」論を非難

Freed From Captivity in Iraq, Japanese Return to More Pain By norimitsu onishi

The young Japanese taken hostage in Iraq returned home to a disapproving nation. The three have gone into hiding, effectively becoming prisoners in their own homes. 表題は違うが同じ人の文章が阿修羅に出た。
Release only Adds to Stress

ノモンハン事件・1939

中国での作戦を想定していた陸軍は、辻政信少佐の率いる関東軍の積極策と相いれなかったがなんらの対策も講じなかった。39年5月外蒙軍700がハルハ河を渡ったのに対し山懸支隊を派遣したが、31日退却し、東岸にとどまる。関東軍はここで自重していたが、ソ・蒙軍は国境線付近に軍備を増強していた。航空兵力が優勢なうちにと、タムスク飛行場を攻撃したが、これを非とする軍中央との関係は悪化した。7月1日ハルハ川右岸と後背に対し攻撃をしかけたが、数百両の戦車軍団の波状攻撃を受け、戦線は膠着する。関東軍は長期化を予想し、築城を命じ、八九式中戦車をハイラルへ撤退させたが(7月24日)、 ジューコフ元帥はドイツとの二正面作戦を避けるため増援し、8月攻勢を企画していた。8月20日3時間余りの準備射撃の後、本格的な攻勢に出ると、派遣軍は包囲され31日にはほぼ全滅となる。
この戦闘は関東軍がはじめて出会った近代的軍隊との会戦であり、敵は常に火力と機動力を優勢にして、新手を打ってくるのに対し、日本軍は白兵戦中心の精神主義のままであった。また、指導部と現地軍との不統一も変わることがなかった。

大村益次郎

明治維新後に兵部大輔、近代兵制を確立。靖国神社の前身の東京招魂社建立にあたる。

太宰治

十二月八日。早朝、蒲団の中で、朝の仕度に気がせきながら、 園子(そのこ)(今年六月生れの女児)に乳をやっていると、どこかのラジオが、はっきり聞えて来た。
「大本営陸海軍部発表。帝国陸海軍は今八日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり。」 しめ切った雨戸のすきまから、まっくらな私の部屋に、光のさし込むように強くあざやかに聞えた。二度、朗々と繰り返した。それを、じっと聞いているうちに、私の人間は変ってしまった。強い光線を受けて、からだが透明になるような感じ。あるいは、聖霊の 息吹(いぶ)きを受けて、つめたい花びらをいちまい胸の中に宿したような気持ち。日本も、けさから、ちがう日本になったのだ。 (太宰治『十二月八日』より)

この容易ならぬ瞬間に
私の頭脳はランビキにかけられ、
昨日は遠い昔となり、
遠い昔が今となった。
天皇あやうし。
ただこの一語が
私の一切を決定した。
子供のときのおじいさんが、
父が母がそこに居た。
(高村光太郎『真珠湾の日』)

私は急激な感動の中で、ああこれでいい、これで大丈夫だ、もう決まったのだ、と安堵の念が湧くのをも覚えた。(伊藤整)

天にみはなされた不遜なる米英がよき見せしめである。若い人々に希望の生まれたことも実に喜ばしい。吾吾の気持は明るく、非常に落ち着いてきた。(志賀直哉42/2/17シンガポール占領に際して)

「ついに光栄あるときが来た。
「しかも、開戦にいたるまでの、わが帝国の堂々たる態度、今になって何かと首肯できる、これまでの政府の抜かりない方策と手順、ことに開戦劈頭聞かされる輝かしき戦果。すべて国民一同にとって胸のすくのを思わしめるものばかりである。今や一億国民の生まれ変わる日である。しかもそうなるのを外から強制されるのではなくて、今述べた眼前の事態がすべて我々をして欣然そこに至る気持を湧き起こさせてくれるのである。こんなに我々が陛下のすぐ御前に合って、しかも醜の御楯となるべく召されることを待っているとは、何と言ってもこういう事態発生せねば気付かなかったものであろう。
「わたしはいたずらに興奮してこんなことを言っているのではない。わたしは今本当に心からカラッとした気持でいられるのが嬉しくて仕様がないのだ。太平洋の暗雲という言葉自身、思えば長い、立ち腐れの状態にあった言葉である。今開戦になってそれが晴れたと言ってはすこし当たらないかも知れないが、本当の気持は、わたしにとって霽れたと言っていいほどのものである。混沌暗澹たる平和は、戦争の純一さに比べて、何と濁った不快なものであるか!
(『文学界』1942年1月号河上徹太郎)

「わたしは、徹底的に戦争を継続すべきだという激しい考えを抱いていた。
「死は、既に勘定に入れてある。年少のまま、自分の生涯が戦火の中に消えてしまうという考えは、当時未熟なりに思考、判断、感情のすべてを挙げて内省し、分析し尽くしたと信じていた。もちろん、死の論理づけが出来ないでは、それを肯定することが出来なかったからだ。死は恐ろしくはなかった。
「反戦とか厭戦とかが、思想としてありうることを、想像さえしなかった。
「傍観とか逃避とかは、態度としては、それが許される物質的特権をもとにしてあることは知っていたが、ほとんど反感と侮蔑しか感じていなかった。
「戦争に負けたら、アジアの植民地は解放されないという天皇制ファシズムのスローガンをわたしなりに信じていた。また、戦争犠牲者の死は、無意味になると考えた。
「(戦後)戦争に抵抗したという世代が現われたときは、驚倒した。もしそういう世代があったとしたら、どうしても戦争期に出遇うとか風聞をきくとかすることがあってもよかったはずだ。
(吉本隆明1957年『高村光太郎』)

トラストサルン

地元釧路の市民が中心になり、釧路湿原を守り伝えたいと1988年に任意団体として発足し、2000年に特定非営利法人(NPO法人)の認証を受けていまに至る。

プライバシイ

アメリカでは憲法に基づくプライバシイ権といった場合に想定されるのは「国家によって」自己決定を邪魔されない権利のこと。典型は「人工妊娠中絶は女性の権利であり、法による規制は原則許されない」という考えだ。私人によるのぞき見や暴露からの保護は通常、憲法上の保障には含まれない。

無主地先占

無主地・・「最も明白なものは無人の土地である」が、「国際法の無主地は無人の土地だけにかぎるのではない。すでに人が住んでいても、その土地がどの国にも属していなければ無主の土地である。ヨーロッパ諸国によって先占される前のアフリカはそのよい例である。そこには未開の土人が住んでいたが、これらの土人は国際法上の国家を構成していなかった。その土地は無主の土地にほかならなかった」
先占・・・一五世紀の末における新発見の時代から、一八世紀のはじめまでは、新しい陸地や島を発見した場合に、それを自国の領土であると宣言し、国旗をかかげたり、十字架や標柱をたてたりして、それで領土を取得したことになるとされた」という。しかし、十九世紀には、それだけではだめで、「多くの国によって、先占は土地を現実に占有し支配しなければならないと主張され、それがしだいに諸国の慣行となった」。「おそくとも一九世紀の後半には、国際法上で先占は実効的でなければならないことが確立した」とし、「先占が実効的であるというのは、土地を現実に占有し、これを有効に支配する権力をもうけることである。そのためには、或る程度の行政機関が必要である。わけても、秩序を維持するために、警察力が必要である。多くの場合にはいくらかの兵力も必要である」
しかし尖閣諸島は人が定住することもできない無人の小島であった。だから、そこに現代的な「実効的支配」の痕跡を見出そうとしても、そんなものはありえないことは自明である。「このような場合には、附近にある陸地や島に、行政機関や警察力を置いて、無人島が海賊の巣にならないよう、ときどき見廻って、行政的な取締りを行ない、必要があれば、相当な時間のうちに、軍艦や航空機を派遣できるようにしておけば、それで十分である。」
しかし、明の時代にはそれも無理である。ならばどれほどのことができるか?そしてそれは、果たして領有していると言えるのか?なかなか難しそうである。

坂井三郎

▲近代戦の経験がなかった日本海軍  
 私、陸軍と海軍を見ていましてね、陸軍はまあ軍隊が戦闘行動に移るときの臨戦態勢、出動に対しては非常に準備がある。海軍の場合はですね、そういう準備がないんですね。海軍というところはですね、船に武器弾薬を積んで、別に乗組員を訓練して乗り込んで、何ケ月間の作戦だということで、それだけの食料を積んで出かけて行けばいいんであって、補給のルートとか全く考えないのが海軍です。陸軍はそうじゃないんですよ。たとえば中国大陸に出るにしてもですね、そこに1万人出るから1万人の食料じゃ済まないんですよね。やっぱりそこに仮需要というのが生じてきましてね、前線そして中間基地そして補給基地そして国内から送り出す。そうすると3万人くらいの食料が動いていくんですね。海軍の場合は2000人分、2ケ月分持っていって帰ってくりゃいいんです。海軍と陸軍は全く、共に戦争をやろうといったときに、考えや体質が違う。
 海軍のほうが非常に利口で派手に見えますけれども、単細胞なんですね。私がよくいうんですが、日本人の勝負観と欧米人の勝負観は、全然違う。ということは日本人は非常に単純なんですね。剣道一つとってもですね、一本とったら勝ち、相撲も土俵から出たら負け、相手に99.9%の戦力が残っていても、です。それなのに負けは負け。ところが欧米人の勝負観というのは、とにかくプロボクシングでもレスリングでも、相手がダウンする、なおやっつけて完全にノックアウトする、それでもって勝ったとする。ところが日本の場合は一本とったら、おしまい。ハワイ作戦はまさにそのとおり。行ってだまし討ちをしてぽんぽんやって帰ってきて、勝った勝ったと喜んでいる。そういう作戦が非常に多いんです。なぜそうなったかというと、日本の海軍、近代戦争やってないんですよ。せいぜいやったのが、日露戦争の明治37〜8年ですね。それ以後、世界はたいへんな近代戦をやってきているわけです。
 それなのに旧態依然としてですね、海軍は、アメリカは戦艦でやってきて、アメリカの戦艦をおびきよせて、そして西太平洋で高速戦艦で迎え撃てば勝てるんだと。そこで戦艦武蔵をつくって アウト・オブ・レンジっていいまして、4万メートルしか届かないアメリカの主砲が100門あったところで、5万メートルの武蔵の主砲があればみんな沈められると。アウト・オブ・レンジ戦法って言いますね。それに凝り固まって、必ずアメリカは日米戦争になったら西太平洋までやってきて、その疲れたところを高速戦艦でもって打ち破る。それだけなんです。そうなるはずだと。もう固定観念で。それで太平洋戦争が始まったときにも色々やって、で経済封鎖を受けましてもうこれ以上日本はダメだと。たとえば普通の生活物資、戦略物資にしてもまずオイルね、一滴も出ませんから、売ってくれなきゃ取りにいくんだと。どこにあるんだと。すぐ南のフィリピンだとかジャワにあるじゃないかということでオイルを取りにいく。それからすずだボーキサイトだ色んなものがありますから、売ってくれなきゃ取りにいかなきゃ日本は潰れてしまうと。そこまでは分かるんです。そこで勝って取ったところでですね、それで船になり飛行機になり大砲になるんですか? ならない。  必ずそれを海上輸送でもって日本へ持ってきてそれを製品化して初めてモノになるんですよ。ところが輸送を全く用意してないじゃないですか。アホというか、あとで実態を調べてみましてね、悲しくなってしまう。ガダルカナルが開戦して9ケ月目に始まったでしょ? ガダルカナルは南緯15度ですよ。たいへんな距離です。そんな遠いところに輸送船団で行くわけでしょ? そうするとわずか1年経たないうちに船がない。それで陸軍省と大本営がですね、船の取り合いでつかみ合いしているんですよ。しかも獲得した船が大正時代から使っているおんぼろの全速力でも15ノットしか出ない船で。それでやっと集まった中古の船団がよちよち行ってみんな沈められてしまった。
その頃アメリカではリバティー船といって最中の皮みたいのが、ぱかぱかぱかぱか、もうどんどんどん船が出来ているんですよ。  とてもまともに戦っても勝てる相手ではない。その国に戦端を開いて、そしてハワイでやっつければ必ず向こうは嫌になって、休戦を申し込んでくるはずだと。ひどい、それが海軍や陸軍の参謀たちの考えたことですからね。
 

銀河英雄伝説

地球が宇宙を支配していく過程で、傲りのため滅んだ後の超未来のお話。
原作は田中芳樹。やがて専制君主が現れ、ゴールデンバウム朝を生み、反乱者の集まりが脱走して自由惑星同盟をつくる。同盟には軍事の天才ヤンがおり、ゴールデンバウム朝を倒した政治の天才ラインハルトが帝国を支配する。
両雄の戦いと共に、独裁制と共和制の是非が語られる。ヤンは、優れた政治家を持った場合の専制よりも、間違った場合にもなお責任は自分たちにある共和制をよしとする。私の民主主義の教科書。(底が浅い?)

中国人強制連行

2004年実施の世界史のセンター試験問題で、正解選択肢として「強制連行」があったことに対し、 自民党の「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」から抗議があり、問題作成者の公開を要求した。大学入試センター所長は「公開」を確約したとされている。
第一問B「アジアやアフリカでは、ナショナリズムはしばしばa外部からの侵略・支配に対する抵抗のなかで形成されていった。次の文章はb日本統治下の朝鮮で起こったある運動について、参加者の一人が回想したものである。」として、問5でbについて正しいものを選ばせている。
選択肢は
(1)朝鮮総督府が置かれ、初代総督として伊藤博文が赴任した
(2)朝鮮は日本が明治維新以降、初めて獲得した海外領土だった
(3)日本による併合と同時に創氏改名が実施された
(4)第二次大戦中、日本への強制連行が行われた
ちなみに正解は(4)。 『参加者の一人が回想したもの』は「私たちは先生に率いられて街に出、何千という他の学校の生徒や 街の人々とタイ語を組み、歌ったりスローガンを叫んだりしながら町中を行進した。私は夢中になって終日食べることを忘れた。何百万という朝鮮人が、この3月一日には食を忘れたと思う。私たちが通ったとき、一人の白髪の老人がしゃがれた声で叫んだ、「見ろ、わしは死ぬ前に朝鮮の独立に会えるのだぞ!』という、感動的な光景が引用されていた。
国家の介入が1941年を生み出した反省から、文科省は介入を国旗・国歌に留めているが、今回は国会議員が文科省に圧力をかけている。戦前以前のひどい出来事だ。

Peaceful Tommorow

Not in Our Son's Name
Our son Greg is among the many missing from the World Trade Center attack. Since we first heard the news, we have shared moments of grief, comfort, hope, despair, fond memories with his wife, the two families, our friends and neighbors, his loving colleagues at Cantor Fitzgerald / Espeed, and all the grieving families that daily meet at the Pierre Hotel. We see our hurt and anger reflected among everybody we meet. We cannot pay attention to the daily flow of news about this disaster. But we read enough of the news to sense that our government is heading in the direction of violent revenge, with the prospect of sons, daughters, parents, friends in distant lands dying, suffering, and nursing further grievances against us. It is not the way to go. It will not avenge our son's death. Not in our son's name. Our son died a victim of an inhuman ideology. Our actions should not serve the same purpose. Let us grieve. Let us reflect and pray. Let us think about a rational response that brings real peace and justice to our world. But let us not as a nation add to the inhumanity of our times.

by Phyllis and Orlando Rodriguez

十勝護国神社

明治39年11月招魂碑建立 八名合祀
大正2年4月 帯広招魂社と称す
同10月 本殿
大正3年10月 拝殿
昭和21年8月 帯広護国神社
22年4月 帯広平和神社
23年12月 宗教法人として登記
33年6月 社殿
同 7月 遷座
39年4月 十勝護国神社

無法者

03年度のドキュメンタリイ部門でオスカーを受賞したマイケル・ムーアは他のドキュメンタリイ作家を壇上に呼んで、こう言った。 「They are here in solidarity because we like non-fiction. We like non-fiction because we live in fictitious times. We live in a time where fictitious election results give us a fictitious president. We are now fighting a war for fictitious reasons. Whether it's the fiction of duct tape or the fictitious 'Orange Alerts,' we are against this war, Mr. Bush. Shame on you, Mr. Bush, shame on you. And, whenever you've got the Pope and the Dixie Chicks against you, your time is up."」
ちなみにDixie Chicks とは、カントリーミュージックの人気グループ、ディキシー・チックスのこと。ボーカルのナタリー・メインズがコンサートで、ブッシュ 大統領と同じテキサス出身で恥ずかしいという発言をした ところ、抗議が殺到して謝罪を余儀なくされたとのこと。 以下はその謝罪文。
心あるアメリカ国民として、ブッシュ大統領に失礼な発言をしたことを お詫びします。どなたが大統領であっても、その地位には最高の 敬意を払わなければならないと悟りました。
私がテキサス育ちのただの女の子だということを、皆さんにおわかり いただければと思います。物心ついてからずっと、「恥さらしの クリントン大統領」という言葉を聞いてきました。車のバンパー ステッカーでも、クリントン大統領は「マリファナ中毒」とか「人殺し」とか いろいろ言われていました。ラジオやテレビでは、ラッシュ・リンボー、 パット・ロバートソン、ニュート・ギングリッチ、トレント・ロットなどの各氏 が、あらゆる機会をとらえて、クリントン大統領、ヒラリー夫人、そして 娘のチェルシーさんをこき下ろしていました。
本当にたくさんの人が大統領に失礼な発言をしているのを聞いて きたのです。なので、そんなことが問題になるとは気がつかなかった のだと思います。
ですが、大統領を批判した非愛国的な態度に対し、何千人もの方々が 憤ってラジオ局にディキシー・チックスの曲をボイコットするよう迫って くださったおかげで、カントリーミュージックをやっている限りリベラル な意見をもってはいけないことがわかりました。偽善的な超保守主義者 のあいだで人気のあるカントリーミュージックのシンガーになる前に、 このことに気付けばよかったと思います。
それからもうひとつ、わかったことがあります。私はただ歌を歌って 外見がかわいければいいのです。そうすれば、浮気をしたり、バーで 酔っ払ってケンカをしたり、ピックアップトラックを乗り回して高速道路 の標識や小さな動物を銃で撃ったりしているファンの皆さんのお気 にさわるようなことはないでしょう。
そして何よりも、有名人が政治的意見を表明するのはいけないこと なのでした。有名人でも、チャーリー・ダニエルズ、クリント・ブラック、 メール・ハガード、バーバラ・マンドレル、ロレッタ・リン、リッキー・ スカッグズ、トラビス・トリット、ハンク・ウィリアムスJr、エイミー・グラン ト、ラリー・ガトリン、クリルタル・ゲイル、リーバ・マッケンタイア、リー・ グリーンウッド、ロリー・モーガン、アニータ・ブライアント、マイク・ オールドフィールド、テッド・ニュージェント、ウェイン・ニュートン、 ディック・クラーク、ジェイ・レノ、ドゥルー・ケァリー、ディクシー・カーター、 ビクトリア・ジャクソン、チャールトン・ヘストン、フレッド・トンプソン、 ベン・スタイン、ブルース・ウィリス、ケビン・コスナー、アーノルド・ シュワルツネッガー、ボー・デレク、リック・シュローダー、ジョージ・ ウィル、パット・ブキャナン、ビル・オーライリー、ジョー・ローガン、 デルタ・バーク、ロバート・コンラッド、ジェシー・ベンチュラとか だったら話は別ですが。
アメリカに神の祝福がありますように。
ナタリー
(翻訳:川井孝子/TUP)

最近の風潮

  1. 2006年4月30日、神宮前午後から行われた「自由と生存のメーデー06」のデモ
    弾圧の状況
    デモ申請時における警察の約束違反と恫喝
     このメーデーを開催する前のデモ申請時においては、デモ出発地点を管轄する原宿警察は、主催者側に対してデモ時に音楽を流すことや、先導のトラックに3名乗ることを認めていました。  
    しかし、デモ出発前になって、「アンプを操作したら逮捕する」などと恫喝を加え、最終的には公安・私服警察と機動隊はトラックに乗っていたDJを引きずり下ろして逮捕しました。
    @彼は現在本庁に勾留され(五月11日最後の逮捕者が釈放)、自宅にも家宅捜索が行われましたが、今回のデモとは関係ない物品が強奪されました。

  2. 2006/4/13
    都教育長が『適正化』通知
    中村正彦・都教育長は十三日、校長のリーダーシップによる学校運営を進めるため、校務に関する決定を行う際、職員会議で挙手や採決によって職員の意向を確認することがないよう徹底を求める内容の「学校経営の適正化について」と題した通知を、都立学校長あてに送った。
    都教委は一九九八年、それまで校内の最高議決機関とされてきた職員会議を、校長の補助機関に位置付け、代わりに校長が選任した教員らからなる企画調整会議を、学校運営の中枢機関とした。
    今年一月に約二百六十の都立学校に自己点検を求めた結果、二十二校が何らかの問題があると回答し、うち七割が職員会議で挙手などによる採決を行い、校長の決定に影響を与えていた。
    通知は、こうした職員会議の実態を「実質的な議決機関となりかねない」と問題視し、採決を行うことや、司会者を「議長」と呼ぶことを改めるよう求めた。

  3. (その後の反応)2008.4都立三鷹高(三鷹市)の土肥信雄校長(59)が「教育現場で言論の自由が失われている」と撤回を訴えていることが分かった。都立高の現職校長が都教委の方針に公然と異議を唱えるのは極めて異例だ。  通知後の職員会議について土肥校長は「教職員が『何を言っても意味がない』と思うようになり、活発な議論がされなくなった。教員の意見が反映しにくくなった」と主張。4月11日に立川市内で開かれた都立高校長会で、通知撤回を訴えた。
  4. 2005/12/20
    昼ごろ、早稲田大学文学部キャンパス内において、早大再編について考え、反対する行動告知のビラをまいていた一人の人間が、突然7,8名の文学部教職員に取り囲まれて、そのまま警備員詰所に軟禁され、その後、その教員らが呼び入れた牛込警察署員によって「建造物不法侵入」の容疑で逮捕されてしまいました。
    この事件について、わたしたちはたんに一大学にとどまる問題ではなく、大学総体のあり方、ひいては現在のこの社会のあり方総体にかかわる問題として、みずから深刻に受け止めるべきであると考えます。
    この出来事は、「言論表現の自由」を最後まで守るべき大学が、それをみずからあからさまに放棄したものであるがゆえに、わたしたちが譲ることのできない一線を、この社会が否定しつつあることを示唆しているのではないでしょうか。大学のキャンパス内でビラをまくという言論活動を行っていた人間が突然逮捕されるという、前代未聞のこの到底許しがたい処置に対して、わたしたちは抗議の声をあげるとともに、早大当局の謝罪を求めるものです。

  5. 昨日(2005/10/29日)、日本山妙法寺の木津博充上人(69才)が嘉手納基地第一ゲート前で沖縄署に逮捕された。
    2005年沖縄平和行脚ご祈念をしていた日本山妙法寺の木津上人らは、嘉手納第一ゲート付近の歩道で座り込みを開始し、基地に入る車にビラを配布していた。警察車両が集まってきて、ビラ配布を禁止、また一行の車両が駐車違反であるので移動するように命じました。一行はビラ配布を中止。木津上人が警察の責任者とおぼしき人物に、禁止と車移動の理由をたずねたが無視してパトカーに乗り込み立ち去ろうとしたので、パトカーの傍らの歩道の縁石に腰掛け、パトカーの助手席の警察官と視線の高さを合わせて、たずね続けた。警察官は、これをまったく無視し、パトカーはそれでも移動しようとしたが、上人の足がタイヤとタイヤの間に入っていて邪魔で走行できないとのことで、公務執行妨害で逮捕。芳澤弁護士と三宅弁護士が接見したが、上人は依然と拘留されたままである。本日午前10時から、平和市民連絡会を含む有志が沖縄署前で緊急抗議集会を行う。パトカーの前に立ちはだかったわけでもなく、縁石に座って語りかけるだけで逮捕される時代が来てしまった。(11月17日釈放)
  6. 警視庁官舎に侵入容疑で逮捕 「赤旗」号外を配布
    2005年09月10日23時46分
    警視庁の官舎に無断で立ち入り、共産党の機関紙の号外を配ったとして、同庁は10日、住居侵入の疑いで男を現行犯逮捕した。男は50代とみられるが、住人の通報で駆けつけた警察官に対し、氏名などを答えなかったことなどから逮捕したという。
    世田谷署の調べでは、男は10日午後0時20分ごろ、「しんぶん赤旗」の号外を配る目的で、東京都世田谷区池尻2丁目にある同庁職員官舎の敷地内に侵入した疑い。官舎の入り口には「ビラ配りなど許可のない方の立ち入りを禁止します」というプレートが掲示してあった。

  7. 04/12/23
    東京都葛飾区のマンションに04年12月、政党ビラをまくために立ち入ったことで住居侵入罪で起訴された被告の住職荒川庸生(ようせい)さん(58)に対し、東京地裁は28日、無罪(求刑・罰金10万円)を言い渡した。
    大島隆明裁判長は近年の住民のプライバシー、防犯意識の高まりに触れつつ「ドアポストまで短時間立ち入っての配布が、明らかに許されないという合意が社会的に成立しているとはいえない」と判断。荒川さんの立ち入りには「正当な理由がある」として住居侵入罪の構成要件を満たしていないとした。 (判決 06/8/28)
  8. 04/11/14
    元国家公安委員長の白川勝彦さん、不審尋問を受ける
    「今日の職務質問で一番問題だったことは、ズボンのポケットの中のものを見せなさいといって、ズボンの上から強く触ったことである。見せる見せないは、あくまで私の意思でやることであって、これを強制する権限は、君たちにはない。『怪しいものがないのなら、見せてもいいじゃないですか』と君たちは執拗にいったが、それは根本が違うのだ。自由主義社会というのは、国家からの自由も、できるだけ保障する社会なんだ。私は自由主義者として、そういう社会を作ろうとして努力してきたのだ。怪しいものを持っていないのなら、見せなさい。見せられないということが、怪しいものを持っているからじゃないかと疑うことは、とんでもないはき違いなのだ。ここのところを、よく分ってもらいたい」
  9. 04/10/1
    道立高等学校の敷地内での喫煙が禁止される。教育局によれば「アピール」であるというが、『ルール』と認識され、守らないものは白眼視、警告、密告を受ける体制が出来つつある。
  10. 04/7/29
    長官銃撃事件で拘留された4人の処分保留
    (端本悟の話)実行犯にされてしまうという恐怖は薄れたが、報道へのリークで既成事実を作っていく警察のやり方や、警察情報をそのまま垂れ流した報道のあり方に怒りを覚える。自分が実行犯であるかのような印象が世間に残ってしまうことが悔しい。(国松元長官談・・オウムが犯人であることは間違いない。残念だ。)
    何でもありの強引な捜査が、ホテルで偽名で止まろうとしたとかマンションの敷地に無断で立ち入ったとかいう、普段なら逮捕されることなどない微罪での別件逮捕を生み出し、それに対する非難はない。(95年当時のオウム真理教捜査)
  11. 04/7/4
    7月4日(日)午後、WORLD PEACE NOW (WPN)は「多国籍軍は違憲・違法だ!VOTE FOR PEACE 7/4渋谷 平和のための投票で自衛隊撤退の実現を」をタイトルにした集会とピース・パレードを行いました。参加者は1200人。 この日のパレードで3人の参加者が逮捕された。この日の渋谷署の警備態勢は従来のWPNのアクションの時に比べてもきわめて異常・不当なもので、当初から周囲には約200名の警察機動隊が動員されていたと思われる。6日にはこれらに関連して、警察の証拠固めのため、被逮捕者の自宅やWPNの連絡先の一つである市民連絡会など数カ所に家宅捜索が入った。
    「多くのみなさんにご心配、ご協力をいただいており、感謝致します。この件、もうすこしお待ちください。 なお、今3人のひとびとは事実関係については「黙秘」で闘っていますので、参加したみなさまが当日の具体的な様子など、ネットその他で流すのは控えてくださいますよう、お願いします。もし、裁判になるようでしたら、そのときは改めてご協力をお願いすることになると思います。 」
    04.8.8の道新によると〈主催者によると、逮捕時を撮影した参加者のビデオには、過剰警備に抗議した一人の参加者に、数人の機動隊員が飛びかかり、上半身を裸にしたまま路上を引きずるなどの様子が写っていた。 〉
  12. 04/06/14
    4月6日、東京都中野区の小学校の入学式の祝辞でPTA会長が、都教委の教員大量処分に触れ、「教育は強権的であってはならない」と批判したことが、学校長や他のPTA役員に咎められ、辞表を書く。
  13. 04/05/26
    今春の卒業式や入学式で生徒が君が代斉唱の際に起立しなかったのは管理職や教諭の「不適切な指導」だったとして、東京都教育委員会は二十五日、都内の公立学校の校長、教頭、教諭計六十七人を厳重注意や注意などの処分にした。教員自身の不起立だけでなく、生徒が起立しなかったことを処分理由とするのは異例。
  14. 04/05/06
    03年12月、アメリカ大使館前で戦争反対を叫んでいたブルキッチ加奈子さん御夫妻が、事情聴取がある旨の通告を受ける。私服捜査員がわざわざ職場に出向いての通告である。さらに5月6日には二回目の事情聴取があった。「迷惑だ」というのが、彼らの言い分らしい。普通の市民にさえこんな嫌がらせをするとは・・・。民主警察の旗はとっくに下ろしているらしい。(詳しくはここ
  15. 04/05/21(東京新聞)元都立高教員宅を家宅捜索 
    東京都立板橋高校で3月にあった卒業式で「日の丸・君が代」に反対する元教員の男性(63)が日の丸・君が代問題が掲載された雑誌記事のコピーを卒業式前に保護者に配布し、式開始が約5分遅れた問題で、同校と都教育委員会が式を混乱させた威力業務妨害や建造物侵入に当たるとして、警視庁板橋署は21日、埼玉県内の元教員宅を家宅捜索し、教職員組合のビラなどを押収した。 元教員は約3年前まで板橋高校で勤務し退職、来賓として卒業式に招かれていた。
  16. 04年4月10日「3人を殺すな」「自衛隊を撤退させろ」と叫ぶ市民のデモは、警官隊の威圧の壁に囲まれながら行なわれた。日本人人質事件を受けて9日夜、国会周辺に集まった私は、平和を訴える静かな行動になぜこれほどの警備態勢が必要なのか不思議に思いながら、キャンドル・パレードをつづけた。
  17. 04年4月9日(土)の午後、四条河原町の交差点近く。パトカーあり、警察官が2人。イラクからの自衛隊撤退を訴えて署名集めやチラシを配っていた人たちに行動をやめるように言っていた。「道交法違反」と「京都市条例違反」なので、ただちに解散するように命じてきたということ(午後4時半すぎのこと)隣では『ニュースタクシー』とかいう商用冊子を配っている人もいたが、この人たちは何も言われていなかった。「コレって、思想弾圧ってやつ?」

  18. 04年2月12日、東京・杉並の反戦落書き事件で不当判決が出されている。イラク攻撃のさ中の昨年4月に杉並区立公園内のトイレの外壁にスプレー塗料で「戦争反対」などと書きつけた若者に「懲役1年2月、執行猶予3年」の判決を下したもの。
  19. 東京都立川市の自衛隊駐屯地に隣接する官舎の郵便受けに、「イラク派遣反対」のビラを配布した市民団体のメンバーが先月末、住居侵入容疑で警視庁立川署に逮捕されていたことが4日、分かった。警視庁によると、官舎の住民から「各戸にビラを配布している男女がいる」との110番通報があり、捜査していた。1カ月余りたった04年2月27日朝、警視庁がテント村の事務所や関係者の自宅などを捜索、名簿などを押収するとともに3人を逮捕した。
    2005/12/9東京高裁中川武隆裁判長
    「配付の仕方が社会的に認められる範囲内だなどとして、刑事罰に値する違法性がないとした一審判決は、事実を誤認している、表現の自由が尊重されるべきであっても、そのために他人の権利を侵害してよいという事にはならない」道新2005・12・9夕刊第五面
    土本武司白鴎大教授「ビラ配りなどを禁止するとの張り紙をしていた上、住民から注意を受けていた事実もあり、宿舎の管理権者の意思に反して立ち入ったことは明白だ。一審判決が示した軽微性や社会的相当性を論ずるまでもなく、住居侵入罪は成立するというべきで、証拠上も理論的にも高裁の判決は妥当だ。刑法は、例外的に違法性がない要件を厳格に定めており、軽微性や社会的相当性などは何処にも規定しておらす、今回の判決はその点でも正しい法解釈をしている
    道新2005・12・9夕刊第十五面
    静岡大学の笹沼弘志教授も表向き住居侵入の外形行為が焦点のように見えつつも、実際はビラの内容が罪に問われたとみる、「判決では他人の権利侵害の中身を『イラクへの派遣命令の拒否を促す』ビラの内容としている。肝心なことは侵害からの保護の対象が自衛官のプライバシイなどではなく、ビラで揺れる自衛官の士気という国家機関の機能という点だ。それゆえ、ピザ屋のチラシは影響を与えないから見逃すことになる。結局政治的言論だから規制すべきだという判断だ」詳しくは此処
  20.  03年10月公示の衆院選時の休日に「しんぶん赤旗」号外を集合住宅の郵便受けに配布したことが、国家公務員法102条(政治的行為の制限)違反に当たるとして逮捕された。人事院でさえ「その行為の態様、社会通念に応じて具体的に判断して規則を適用すべきである」(1950年)とし、過去に休日のビラ配布を違法扱いとした例はなかった。
  21. 04年3月17日に発売された週刊文春(25日号)に、田中真紀子前外相の長女の私生活に関する記事が掲載されていることをめぐり、東京地裁(鬼沢友直裁判官)は16日、同誌を発行する文芸春秋(東京都千代田区)に対し、この号の出版を禁止する仮処分命令を出した

月6日付け道新

第55回さっぽろ雪まつり

(2月5−11日)で雪像製作などを行う陸上自衛隊第11師団の雪まつり協力団の編成完結式が6日午前、札幌市南区の真駒内駐屯地で行われ、あいさつで竹田治朗師団長は、自衛隊のイラク派遣に対する反対運動に触れ「度が過ぎたデモや街宣活動があって協力する環境にならない場合は撤収も含めて検討する」と述べた。 これに対して、陸上自衛隊11師団宛に抗議メール6日、民主党新井聡宛に要請メール7日を出すが音沙汰なし。11日には民主党道本部に出すが無視される。 29日北大山口教授が道新に『クーデターの予告だと思った。雪祭りを人質にとって、イラクは兵に反対する市民の活動をするなと、と自衛隊の責任者がどうどうと恫喝したのだか、これは大事件のはずである。』これを報道しないメディアの存在意義を問いかけた。この問題は雪祭りが自衛隊のおかげで存続しているというローカルな問題で我々北海道の人間が問題にするには難しい。誰も雪祭りがなくなっては困るからだ。だからこそ全国ニュースになるしか打開の道はなかったはず。
このままでは自衛隊は悪代官役だ。

近く差し止め訴訟箕輪元郵政相に聞く


道新夕刊(小樽)2004.01.17
自衛隊のイラク派遣について、小泉純一郎首相を愛弟派遣差し止め訴訟を起こす遺稿を表明していた元衆議院議員の箕輪登・元郵政相(79)小樽在住は17日までに、月内にも札幌地裁に提訴することを明らかにした。
国外での武力行使にあたり自衛隊法や憲法に違反します。派遣部隊は無反動砲などで重武装し、正当防衛の範囲を超えます。武力行使は憲法で禁止され、自衛隊法で我が国の防衛に限って認められているだけ。日本を守るための自衛隊を、武器をなぜイラクに持っていくのか,日本の防衛と関係ありません。しかしイラク特措法は自衛隊に使命以外の事をやれと。乱暴な命令権です。 (現在の政府の姿勢が)エスカレートしたら、自衛隊は戦前の軍隊と同じになり、世界の信頼を失います。派遣される自衛隊は米軍指揮下の占領軍になるだけ。重武装はイラク国民の反感を買うだけでしょう。
私が現役の政治家ならば、世界各国に組織がある赤十字に働きかけ、中立的な人道支援をします。これならテロ攻撃の標的になることもない。違法な命令で派遣される忠実な自衛隊員が可哀想です。裁判を急ぎ、何とか派遣をやめさせたいと思います。 国会の反対論や大衆の抗議にも、小泉首相や石破防衛庁長官は聞く耳を持たず、司法の判断を仰ぐしかないと考えました。札幌弁護士会の協力で、百人規模の弁護団を目指しています。原告に加わるよう、道内の国会議員経験者や著名人に超党派で呼びかけています。

集会アピール

 1月26日、遂に陸上自衛隊の本体へ「派兵」命令が出され、陸・海・空のさんジエイタイガ戦地イラクでの本格的な活動を展開すること事態になりました。国民の半数以上が反対している事実を無視し、「国際貢献」と称するアメリカ追随の「まず派遣ありき」という、この蛮行を私たちは断じて認めるわけにはいきません
 アメリカのイラク侵略によって、一万人を超えるイラク市民が尊い命を失い、アメリカ軍兵士も500人を越える命が失われています。戦争は人の命を奪うことをなんとも思わない、極めて愚劣な行為です。この愚かな行為を小泉内閣は日米安保条約に基づいた「国際貢献」と称して積極的に支援をしてきました。アメリカのイラク侵略攻撃は何のためだったのでしょうか。攻撃の理由とした「大量破壊兵器」は見つかるどころか、開戦時には「保有していなかった」ということが明らかにされました。このことに小泉内閣はどう答えるのでしょうか。厳しく追及しなければなりません。
 「自衛隊をイラクに派遣する最大の目的は日本の旗を見せる事にある・」と元陸上自衛隊幹部がハッキリと答えています。戦争地域へあえて自衛隊を送る本当の狙いは、小泉内閣が憲法9条を破棄し、「戦争が出来る国」への既成事実を作る事に他なりません。この事に自衛隊員の生命が利用されるならば、こんな悲劇はありません。
武力による「復興支援」は、平和を作り上げる「復興」とはなりません。今、もっとも大切なことは、紛争を武力で解決する事ではありません。国連など国際機関を中心に、軍事によらない協力、そしてテロの原因とされる貧困と絶望を取り除くための外交努力がいっそう求められているのです。
 侵略攻撃によって、学校や病院、環境と人命を墓石、「復興」しなければならない原因を作ったのは、ブッシュ政権であり、それを支援した小泉内閣です。 私たちは、侵略戦争を支援してきた小泉内閣と与党に対し改めて強く抗議します。
本日の集会を契機に、「自衛隊を戦場に送らない」の声を大きくあつめ、今までの行動を越える運動を集中させましょう。そして、十勝・帯広の世論を一つに結集して政府に「派兵」の中止を求めましょう。このことを確認してアピールとします。
2004年1月31日
テロも戦争もNO!武力で平和は作れない!自衛隊のイラク派兵反対!1・31十勝総決起集会

小泉方式

公人か私人かを明らかにせず、「内閣総理大臣の地位にある者であっても、信教の自由が保障されており、私人の立場で神社などに参拝することは自由」といいながら、記帳は『内閣総理大臣』とすること。

シャロンの暗殺

2004年4月18日ガザの南で、アパッチ・ヘリコ プターから発射されたミサイルによって、ハンユニス出身で56歳の小児科医師は殺された。ハマスの創始者アフマド・ヤシン氏が先月3月22日に暗殺さ れた直後、新指導者に選出されたばかりであった。ランティシ氏はガザ市のシファ病院で手当てを受けているという話が口伝いに広まった。10分後、病院のパレスチナ保健省関係者がランティシ氏の死亡を正式に発表した。