2007年11月19日(月)
道新
道幸哲也
労働契約法案が二十日にも参院厚生労働委員会で審議入りする。日本の労働法制にとって、きわめて重大なこの法案の問題点を論じたい。
まず、労働契約法は必要である。企業間の競争激化などで、労働条件の不利益変更や雇用終了を巡る個別的な労働紛争が急増しているのに、可否の基準は判例法理に委ねられ、しかも普通の労働者がその法理を正確に理解することは難しい。
労働基準法の規定も、あくまで最低基準であり、解雇や雇用終了についての規定は不十分だからである。
しかし、今月八日に衆議院を通過した労働契約法案は、「契約」という名称にも、かかわらず、実質は「就業規則法制」といえる。
柱の一つは、使用者が労働者に対し、合理的な労働条件を盛り込んだ就業規則を周知させていた場合、労働契約の内容は、就業規則上の労働条件によるものとするーーと定めていることだ。つまり、使用者が一方的に決めた就業規則の中身が労働契約になるわけである。
労使がそれと異なった個別の合意をした場合は別だが、そのようなことは実際には困難である。
もう一つの柱は、労働条件の不利益変更についてである。
変更後の就業規則を労働者に周知し、かつその変更が不利益の程度、変更の必要性、変更後の規則内容の相当性、労働組合との交渉状況などの事情に照らして合理的であるときは、労働条件は変更後の就業規則に定めるところによるーーと規定している。
端的にいえば、就業規則の不利益変更に合理性があれば、反対する労働者も従わざるを得ないと言う内容である。
この様な考え方について、現行の判例法理を立法化したものであり、労働条件を集団的、継続的に決定する仕組みとしてやむを得ないものであるという評価がされている。
他方で、合理性という歯止めがあるとはいえ、使用者の一方的な就業規則で労働条件を決めることは、労使の「労働条件対等決定原則」に明確に反するという根強い批判もなされている。
決定手続きについて、従業員代表の意見聴取だけが義務づけられている。これは現実には多くが形骸化していると言われている。不利益変更の合理性と言う歯止めに関しても、同一の裁判例においても、下級審と最高裁の判断が異なることは多く、それだけ予測可能性に欠ける使い勝手の悪い基準といえる。
また、「合理性」といっても、もっぱら企業経営のニーズに応えるものであるという懸念も示されている。
労働組合との関連では、集団的な労働条件の決定は、もっぱら就業規則によることになり、労働自治が後退する恐れがある。
そうした点から、全国の労働法の研究者が、契約原理に反する就業規則による労働条件変更法理の固定化は避けるべきであるという声明文を発表したのだが、衆議院では殆ど論議されず、参議院でも同様の事態が予想されている。
連合や民主党は、労働条件の決定システムに決定的な影響を与える同法案を、どう評価しているのだろう。国民に対してどのように説明しているのだろう。
そもそも、急激に進む格差社会で、労働条件を不利益に変更する法的な仕組みを立法化するニーズはどこにあるのか。
この法案の影響は、論議されていたホワイトカラー・イグゼンプションの規定や、改正されようとしている最低賃金法の比ではない。正社員層に対する労働条件の不利益変更システムの導入と言えるからである。
「契約」法案とは名ばかりである。偽装は、食品の世界だけではないらしい。
中島岳志20071/1/9
朝日新聞
保守主義とは?
近年、政界や論壇では「保守主義者」を自称する人々の活躍が目覚ましい。安倍首相は、自らの著書の中で、「保守主義者」としての立場を鮮明にし、右派の論客たちの期待を集めた。
しかし、少し立ち止まって考えたい。彼らが強調する「保守主義」とは一体なんであろうか。彼らは「保守主義」の神髄をしっかり踏まえた上で、議論を行っているのだろうか。
私には、近年台頭している「保守主義」が真の保守主義であるとは思えない。その内容が問われないまま、左派へのいら立ちが「保守主義」という名のもとに語られているだけにしか見えない。
近代における保守主義のルーツとされるイギリスの政治家、エドマンド・バークの思想に遡ってみたい。
バークは『フランス革命の省察」を著し、革命の熱狂の中で理想社会の実現を説く人々を批判した。彼をはじめとする保守主義者は、人間の理性の限界を認識し、急激な改革に待ったをかける。そして抽象的理念の普遍性を疑い、歴史の風説に耐えた具体的な伝統や慣習を重んずる。
ここで問題にすべきは、安倍首相の外交方針である。安倍氏は著書『美しい国へ』の中で、「親日的な民主主義国家インド」と戦略的パートナーシップを結び、「自由、民主主義、基本的人権、法の支配」などの「普遍的価値」を、米・豪とも協力してアジア諸国に敷衍させるべきだと説いている。この構想の背後に、インドを利用して中国を牽制し、アジア地域での主導権を握ろうとする思惑があることは明らかだ。
そもそも保守主義者は抽象的理念の普遍性を疑うのではないか。それに日員関係の強化を優先するあまりインドの核を容認することは、北朝鮮の核実験を厳しく避難する安倍内閣の立場と大いに矛盾する。
さらに、インドは近年、中国と急接近をしており、経済関係の強化はおろか、原子力の平和利用のための協力にも合意している。日本は中印関係の緊密化で虐にプレッシャーを欠けられていると見るべきだろう。
近年の「保守主義者」は、人間観でも真の保守主義を踏襲していない。
保守主義者は本来、個人の理想や能力に対する過信を捨て去るという「懐疑主義的人間観」を共有する。
「人間はどんなことでもできる」という思い上がりを諌めることが、保守主義者に共通する態度である。
人間は非合理的で利己的な存在だ。エゴイズムや怠惰、おごり、ねたみなどを完全に払拭することができない。保守主義者は、このような人間の根源的な「悪」を自覚し、理性の不完全さを直視する。
ではこのような、「悪」を抱え込んだ人間は、いかにして秩序や倫理を保つことができるのだろうか。
保守主義者はここで、信仰の重要性を説く。精神の主柱となる宗教性こそが、人間の「悪」を抑制し、自らの能力への過信を諌めると彼らは考えるからだ。
「懐疑的人間観」に基づく信仰の重要性・・・。これこそが保守主義の理論的・精神的主柱である。そして、そのことを戦後日本の保守主義者は深く認識していた。小林秀雄、福田恆存、江藤淳、山崎正和、勝田吉太郎・・・。
日本の保守を支えてきた彼らは、人間のグロテスクな感情を直視し、「政治の限界」を明確に認識していた。だからこそ、彼らは共通して文学に強い関心を向けた。人間の本性を見つめ、それを言語で表現する文学こそが、彼らにとって人間存在そのもの批評を可能とする重要な装置だったのである。
評論家で自ら劇作家でもあった福田恆存は、「悪の自覚なくして、どうして個性があり得るか」と問い、死という限定性を認識した人間が、絶対者によって司られた世界において「部分としての役割」を自覚的に演ずることを「生の本質」と説いた。また、戦後の日本は「神が無くなってしまったこと」だけでなく、「神の不在に気がつかなくなってしまったということ」にこそ問題があると論じ、保守主義者としての人間観を明確にした。
このような宗教的認識と文学的感性を、戦後生まれの「保守主義者」たちは共有しているだろうか。
彼らは往々にして安易な「大東亜戦争肯定論」を展開し、いじめ問題については武士道のような精神主義の復活を声高に叫ぶ。
しかし真の保守主義者ならば、戦前・戦中の全体主義的熱狂に懐疑と批判のまなざしを向け、人間の根本的悪を反省的に凝視するところからいじめ問題の解決策を探る筈だ。
人間観を見失い、信仰を無くした日本の「保守」はどこに向かっているのだろうか。
今、問題なのは「保守の拡大化」ではなく、「保守の空洞化」である。
時評社会
高村薫
2006/10/25
今秋、二つの死刑判決が伝えられた。一件は。十一年前に私たちを震撼させたオウム真理教の教組、松本智津夫被告。一件は、二年前に奈良県で女児を誘拐、性的暴行を加えて殺害した小林薫被告。まったく事件の性質は違うが、どちらも近年の司法裁判の流れを良く移しているという意味で、五年ぶりの首相交替のニュースよりも強く記憶に残った。
松本智津夫被告の場合、被告と意思疎通が出来ないことを理由に弁護人が控訴手続が出来ないと主張し、裁判所がそれを認めなかったことにより、自動的に一審判決が確定するという異例の結果を見た。社会史上稀に見る重要な裁判を、司法手続き上の問題一つで打ち切るとは、裁判所もずいぶん大胆な一歩を踏み出したものだと驚いた。
一方、小林薫被告の判決は、83年の永山則夫裁判以来、死刑適用基準となってきた最高裁の判例を、必ずしもそれにとらわれないとして覆した。被害者の数が一人でも、押さない女児を残酷な形で奪われた遺族の感情に配慮するのは当然だという法曹家の声も相次いだ。凶悪犯罪に対する刑事裁判の厳罰Sかは、いつの間にか時代の常識となった感がある。
さてしかし、間もなく裁判員制度が始まる。その時死刑か無期かを決めなけれないけない私たちは、そんなに簡単に判断ができるだろうか。たとえば、裁判所が死刑判決の理由に挙げる被害者感情とは何か。或る遺族の怒りは大きく、別遺族の怒りは小さいということがあるなら、それは個人の死生観に基づくものであり、少なくとも裁判所が大小を言うべきものではない。また、怒りの大きさと哀しみの深さが比例するものでもない。
事件の社会的影響の大小も、そもそも今日ではメディアがその大部分を作り上げる虚構である。扇情的に報じられる種類の事件があり、そうではない事件があるとすれば、裁判所の仕事はむしろ、世論の感情に距離を置くことではないのか。
また、裁判所は校正の可能性の有無についても言う。しかし、あくまで将来の可能性に過ぎないものを、公判の時点で有るとか無いとか判断することは出来るか。改悛もまた個人の心の話であり、涙を流して詫びても心は別ということもある。
土台、法律は人間の心の善し悪しを裁くものではない。あくまで行為の結果を裁く裁判でなければ、素人の裁判員が死刑事案を扱うのは困難だし、判決の逃避を裁判員が個々に背負うことにもなろう。そんな重荷は誰も引き受けたくない。
統計的に見て、2000年以降、死刑判決は増加しており、厳罰化の流れは明かであるが、ここに至る根拠は必ずしも明示されてはいない。凶悪事件の発生件数は横這いであり。社会の治安が著しく悪化したという事実はない。してみれば、死刑判決の増加は、司法が勝手に方針転換したのか。それとも私たちの世論がある時、なんとなくそういう気分に傾いたということなのか。いずれにしても、死刑をめぐるこの現状は、法治国家にしてはあまりに不透明である。
もちろん、死刑と無期の差が大き過ぎると曰現実がある中では、どんなに厳密な裁判を尽くしても、一つの判決は、見る人によって不当にも妥当にもなろう。決して神の裁きではないのだから、それぞれに複雑な感情を遺すものになるのが裁判というものだとしたら、そこに必要なのは平等と公正だろう。
凶悪犯罪を報じるメディアのさじ加減一つで、どんなイメージも作られる現代、時々の世論ほど恣意的なものはない。世論はたぶんに情報に左右されるという意味で、政治的にもなり得る。裁判所は凶悪事件の被害者遺族の感情に配慮するというが、それではなぜ、公害訴訟や薬害訴訟の原告達の感情には十分に応えないのか、憎々しげな被告にひるまず絞首台に送る勇ましい司法は、あるところでは被害者感情をまったく無視することも辞さないのである。
司法が優しげに「国民感情」を標榜し始めた時、私たちの社会に待っているのは天国と地獄の両方だと心すべきである。
「名古屋市公聴会における意見陳述」
2006/11/8
高橋哲哉
私は政府提出の教育基本法案に反対する立場から、私見を述べさせていただきます。
安倍晋三首相は、今臨時国会の最大の課題にこの教育基本法改正を掲げておりますが、今なぜ現行法を改正しなければならないのか、その理由は今もって不明です。教育に関する基本法の改正であれば、本来、児童・生徒、教職員、保護者など教育現場の当事者たちから求められ、その必要に応じて行なわれるのが筋ですが、今回はそうではありません。最近発表された東京大学基礎学力研究センターの調査でも、全国の公立小中学校の校長の66%が教育基本法改正に反対という結果が出ています。今回の教育基本法改正は教育的理由からではなく、政治的意図から出ている点に大きな問題があります。
安倍首相は、「戦後体制(レジーム)からの脱却」という政権課題の柱の一つとして教育基本法改正を掲げ、「占領時代の残滓を払拭することが必要です。占領時代につくられた教育基本法、憲法をつくりかえていくこと、それは精神的にも占領を終わらせることになる」(『自由新報』05年1月4/11日号)などと主張しています。しかし、教育基本法があたかも占領軍の押し付けによって生まれたかのようなこの議論は、根拠のない偏見にすぎません。
私はここで、教育基本法の生みの親に当たる政治哲学者、南原繁が1955年に書いた「日本における教育改革」(『南原繁著作集・第8巻』)という文章を、安倍首相のみならず、政府案に賛成するすべての皆さんにぜひ読んでいただきたいと思います。
南原繁は、東京帝国大学の最後の総長、新制東京大学の初代の総長であり、当時貴族院議員を兼務し、「教育刷新委員会」委員長として教育基本法案作定の中心人物でありました。南原はこの文章で、教育基本法が「アメリカの強要によってつくられたものであるという臆説」が流布されており、「一部の人たちの間には、日本が独立した今日、われわれの手によって自主的に再改革をなすべきであるという意見となって現われている」が、これは「著しく真実を誤ったか、あるいは強いて偽った論議といわなければならない」と断じています。南原によれば、教育刷新委員会の六年間、「一回も総司令部から指令や強制を受けたことはなかった」のであり、教育基本法もこの委員会で当時の日本の指導的知識人たちが徹底した議論を行なってつくりあげられたものなのです。
安倍首相の、「教育基本法は占領時代の残滓だからつくりかえねばならない」という主張は、すでに50年前、南原によって、「著しく真実を誤ったか、あるいは強いて偽った論議」として斥けられたものにほかなりません。
南原によれば、教育基本法の根本理念は、「われわれが国民たる前に、ひとりびとりが人間としての自律」(ママ)にあります。教育の目的が「人格の完成」に置かれているのは、「国家の権力といえどももはや侵すことのできない自由の主体としての人間人格の尊厳」が中心にあるからです。これは、安倍首相が「教育の目的」を「品格ある国家をつくることだ」と言って、「国家のための教育」を打ち出しているのと反対です。
ここから南原は、国家を頂点とする教育行政権力の役割を教育条件の整備に限定し、「不当な支配」を禁止した現行法第10条の意義を強調します。「戦前長い間、小学校から大学に至るまで、文部省の完全な統制下にあり、中央集権主義と官僚的統制は、わが国教育行政の二大特色であった」。したがって、教育をそこから解放して自由清新の雰囲気をつくり出すためには、「まず文部省が、これまでのごとき教育方針や内容について指示する代わりに、教育者の自主的精神を尊重し、むしろ教育者の自由を守り、さらに教育のため広汎な財政上あるいは技術上の援助奉仕に当たるという性格転換を行なったことは、特記されなければならない」。
ところが政府法案では、現行法第10条の教育行政の役割限定の部分が削除され、さらに教育が「国民全体に対し直接責任を負って行なわれるべきものである」という部分も削除されて、教育は「国」と「地方公共団体」の「教育行政」が、「この法律及び他の法律の定めるところにより」行なうべきものとなっています(第16条)。第17条の「教育振興基本計画」と相まって、教育の主体をこの国の主権者である「国民」から「国家」へと変えてしまう改正案です。政府法案では、教育の主体と教育の目的も国家になる。国家による国家のための教育、国家の道具としての教育をつくりだそうとする法案だと言わざるをえません。
法案の第2条「教育の目標」に「愛国心」が入ったのも、この枠組みの中にあります。安倍首相は一貫して教育基本法に「愛国心」を入れたいと言ってきましたが、その安倍氏が「国が危機に瀕したときに命を捧げるという人がいなければ、この国は成り立っていかない」(2004年11月27日)と述べていることは何を意味するのでしょうか。
戦後の日本政府が教育と愛国心を初めて結びつけたのは、1953年の池田勇人・ロバートソン会談のときでした。朝鮮戦争後の日本の再武装に当たって、日本国民の間に「防衛のための自主的精神」を育てるために、「教育と広報」によって「愛国心」を養う必要があるとされたのでした。今回も、六年の任期中に憲法9条を変えて「自衛軍」を保持し、集団的自衛権の行使を認めていこうという安倍首相の下で、教育基本法に「愛国心」が入れられようとしているのは偶然ではありません。安倍首相の認識は、「お国のために命を投げ出しても構わない日本人を生み出す。(教育基本法改正の目的は)これに尽きる」と述べた西村眞吾議員の認識と同じです。国家が愛国心をはじめ多数の道徳規範を「教育の目標」として定めた法案第2条は、21世紀の教育勅語とも言うべき趣があり、それによってこの法律は、「国家道徳洗脳基本法」と称されても仕方のないものになってしまうでしょう。
南原は、1955年に、こうした動きに明確に反対していました。「近年、わが国の政治は不幸にして、一旦定めた民族の新しい進路から、いつの間にか離れて、反対の方向に動きつつある。その間、教育の分野においても、戦後に性格転換を遂げた筈の文部省が、ふたたび往年の権威を取り戻そうとする傾向はないか。新しく設けられた地方教育委員会すら、これと結びついて、文部省の連絡機関となる惧れはないか。[〜]全国多数のまじめな教師の間に、自由や平和がおのずからタブーとなりつつある事実は、何を語るか。[〜]このような状況のもとで、その意識していると否とを問わず、ふたたび「国家道徳」や「愛国精神」を強調することが、いかなる意味と役割をもつものであるかは、およそ明らかであろう」。
じつは南原は、「国家道徳」や「愛国精神」によってではなく、現行の教育基本法の理念によってこそ、真理と正義、自由と平和を希求する「真の愛国心」が呼び起こされる、と考えていました。そして、次のように述べていました。
「新しく定められた教育理念に、いささかの誤りもない。今後、いかなる反動の嵐の時代が訪れようとも、何人も教育基本法の精神を根本的に書き換えることはできないであろう。なぜならば、それは真理であり、これを否定するのは歴史の流れをせき止めようとするに等しい」。
政府提出の教育基本法案は、現行法の精神をまさに「根本から書き換え」ようとしています。主権者である「国民」による「子どもたち」のための教育を、「国家」による「国家」のための教育に変えようとするものです。私たちは、「いかなる反動の嵐が訪れようとも、何人も教育基本法の精神を根本的に書き換えることはできないであろう」と南原繁が述べた意味を、よくよく考え直してみる必要があります。教育は国家の道具ではありません。子どもたちも国家の道具ではありません。私は、教育と子どもたちを国家の道具にしてしまいかねない政府法案に反対します。
いじめ対策意欲的に働ける環境こそ 2006/11/7道新夕刊
野田正彰
昨年9月、滝川市の小学校教室で六年生女子児童が自殺した。当時の新聞記事を見ると「同市教育委員会の辰巳教育部長は『遺書があったかどうかは(現時点では)把握していない』と話している」とある。当時より、遺書の有無、いじめが問題になっていたことを伺わされる。あれから位置ね二条たった今年十月一日、遺書の全文が報道され、同部長は自殺の翌日遺族より遺書を示されたにもかかわらず、見なかったと報じられた。この日も、市教委はいじめの事実を否認したが、四日後唐突に「遺書の内容はいじめ」と認めた。そして滝川市の市長、教育長、校長が少女宅に謝罪に行ったことが大きく報じられた。
八月末にも、愛媛県今治市の中学校の少年(12)が自殺し、「貧乏や泥棒と言う言葉が絶えず響いている」という遺書が報じられていた。市教育長は「いじめに対する取り組みを見直し、再発防止を図りたい」と言っている。
学校で児童の自殺や殺傷が起きるたびに、いずれの教育委員会も臨床心理士の派遣、児童のより念入りな点検に取り組むと応えるのが常となっている。こんな対応によって、改善したところがあるだろうか。これは被害者、遺族を除いて皆でつく嘘、公共の偽りではないのか。いじめ自殺や殺害が起こるような学校を作っておいてその責任者が自覚のないまま、「 二度と起こらないようにする」と言う。これほど虚しい言葉はない。改善するどころか、点検に取り組まされる教師の仕事はさらに増え、それだけ生徒との接触は少なくなっているだけだ。
たとえば長崎県。2004年6月、小学六年生の少女が同級生の少女の首を切った。いつも通り、長崎県教育委員会は「心の教育」の強化を指示した。極め付けは、東京学芸大学の大河原助教授が提案し、長崎県が行った「子供理解シート」。ここの子供について、「怒り、悲しみ、不安などを顔に出すことはできるが、その感情の表出の仕方が実際の年齢より幼いか」といった二十数項目について、教師に記入を命じたのである。一年後の報告では、「学校は楽しくなくても、心の危機に陥らないたくましい子供が増えた」、しかし、教員にはシート導入に伴う負担感が大きいことも判明したという。
いったい何を言っているのか。現実には、長崎県で05年七月からたった三ヶ月で七人の中高生が自殺しており、その後も子供の自殺は続いている。滝川市の事件について、校長は「いじめの把握と対応が不十分であった」と謝った。だが一年間、遺書を見ることさえ拒否してきた組織の長が「不十分」と言ってよいものか。市長、教育長は直接子供に接する職ではない。彼らの責任は、教師が子供と向きあい、豊かな交流をもてるような学校環境を作ってこなかったことにある。優れた青年を教師に採用しておきながら、気持ちよく教育にうち込めさせずに来た管理責任がある。にもかかわらず、事態を悪化させた責任者が子供と接している教師に把握と対応を十分にせよと指示する。無意味な命令によって、さらに教師の仕事が細切れにされ、子供との交流の時間が奪われるだけだ。
教育とは教師にさせるもの、こんな考えが当たり前になっている。文部科学省、安倍新首相、雑誌の特集、すべてこの前提に立ち、教師をこうさせると言っている。だが、教育は自分で「する」ものであり、「してもらう」ものである。学校を取り巻く市民、政府文科省、教育委員会、校長の仕事は教師たちに感謝し、意欲的に働いてもらうように学校環境を作っていくことにある。自分がしないのに、勝手に否認し、勝手に謝り、勝手に無意味な雑用を増してもらっては困る。自分の夫が子供にとって完全な父親か、時運の妻が子供にとって完全な母親か。そんな愚問を抱く人は少ないだろうが、教師に慰しては完全を求めていないか。
何がよい教育家、学校教育に何を求めているのか。私たちは矛盾した要求を出していないか。社会が複雑になり、親は自分でできない教育を教師にしてもらってるのである。いくつかの短所があっても、子供と本音で付き合ってくれる教師がよい教師である。そんな交流を通して、子供は統合された人格を形成していく。働いているものを支援せず、させる教育、奴隷の教育論を唱えるのはやめるべきだ。教師がしたい教育をしてもらい、批判があれば直接話し合える学校を作って行きたい。
9月21日19時57分更新 中国新聞
東京地裁の判決要旨 国旗掲揚、国歌斉唱をめぐる訴訟
国旗掲揚や国歌斉唱をめぐる訴訟で、東京地裁が21日言い渡した判決の要旨は次の通り。
【国旗、国歌をめぐる状況】
日の丸、君が代は明治時代以降、第2次世界大戦終了まで、皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられてきたことがあるのは否定し難い歴史的事実で、現在も国民の間で価値中立的なものと認められるまでには至っていない。
このため、公立学校の入学式、卒業式で国旗掲揚、国歌斉唱に反対する者も少なからずおり、こうした人の思想良心の自由も公共の福祉に反しない限り、憲法上保護に値する権利というべきだ。
【学習指導要領の国旗国歌条項に基づく義務】
同条項の法的効力は、その内容が教育の自主性尊重、教育における機会均等の確保と全国的な一定水準の維持という目的のために、必要かつ合理的と認められる大綱的な基準を定めるもので、教職員に対し一方的な理論や理念を生徒に教え込むことを強制しないとの解釈の下で認められる。
同条項がこのような解釈を超えて、教職員に対し、国歌を斉唱しピアノ伴奏をする義務を負わせていると解することは困難だ。
【都教育長通達に基づく義務】
通達は国旗掲揚、国歌斉唱の具体的方法について詳細に指示し、各学校の裁量を認める余地はほとんどないほどの一義的な内容で、都立学校の各校長の裁量を許さず、これを強制するものと評価できる。原告ら教職員に対しても、各校長の職務命令を介し、国歌斉唱やピアノ伴奏を強制したものと評価できる。
そうすると、通達やこれに関する都教育委員会の指導は、教育の自主性を侵害する上、教職員に対し一方的な理論や観念を生徒に教え込むことを強制することに等しく、教育における機会均等の確保と一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準を逸脱しているとのそしりを免れない。
従って、この通達や都教委の指導は、教育基本法が規定する「不当な支配」に該当し違法と解するのが相当だ。
【校長の職務命令に基づく義務】
原告ら教職員は国旗国歌法や都教育長通達などで、国歌を斉唱しピアノ伴奏をするまでの義務はなく、思想良心の自由に基づき、これらの行為を拒否する自由を有していると解するのが相当だ。
原告らが拒否しても、格別式典の進行を妨害することはない上、生徒らに対して国歌斉唱の拒否をことさらあおる恐れがあるとまではいえず、国旗国歌条項の趣旨である入学式、卒業式等の式典における国旗、国歌に対する正しい認識を持たせ、これを尊重する態度を育てるとの教育目標を阻害する恐れもない。
原告らのうち音楽科担当教員は、授業でピアノ伴奏する義務は負うものの、式典での国歌斉唱の伴奏は授業と異なり、必ずしもピアノ伴奏で行わなければならないものではない。また、伴奏を拒否しても他の代替手段も可能だ。
そしてこれを拒否した場合に、異なる主義、主張を持つ者に対しある種の不快感を与えることがあるとしても、憲法は相反する主張を持つ者に対しても相互の理解を求めており、このような不快感により、原告らの基本的人権を制約することは相当とは思われない。
従って、各校長が原告ら教職員に対し、国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱せよとの職務命令を発することには、重大かつ明白な瑕疵(かし)がある。
【小括】
都教委が通達に基づく職務命令により原告ら教職員を懲戒処分とすることは、裁量権の範囲を超え、その乱用になると認められ、在職中の原告らが上記行為を行う義務がないことの確認のほか、都教委が懲戒処分等をしてはならない旨命ずるのが相当だ。
【賠償請求】
原告らは違法な通達などによって、国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱するか否か、ピアノ伴奏をするか否かの岐路に立たされたこと、あるいは自らの思想、良心に反して通達および職務命令に従わされたことで、精神的損害を被った。
損害額は、違法行為の態様、被害の程度等を総合考慮すれば、1人当たり3万円を下らないものと認定するのが相当だ。
【結論】
国旗国歌法が施行されている現行法下において、生徒に日本人としての自覚を養い、国を愛する心を育てるとともに、国旗・国歌に対する正しい認識を持たせ、それらを尊重する態度を育てるのは重要なことだ。
しかし、国旗、国歌に対し、宗教上の信仰に準じた世界観や主義、主張から、国旗掲揚や国歌斉唱に反対する教職員、国歌のピアノ伴奏をしたくない教職員がいることもまた現実である。
このような場合に、懲戒処分をしてまで起立させ、斉唱させることは、いわば少数者の思想良心の自由を侵害し、行き過ぎた措置である。
国旗、国歌は、国民に強制するのではなく、自然のうちに定着させるというのが国旗国歌法の制度趣旨であり、学習指導要領の理念と考えられ、都教育長通達や各校長による職務命令は違法であると判断した。
(初版:9月21日19時57分
北海道新聞:社説
国旗国歌*違憲判決が鳴らす警鐘(9月23日)
都立高校の入学式や卒業式で、日の丸に向かって教職員を起立させ、君が代の斉唱を強制することは、憲法に反する。東京都の教職員が起こした訴訟で、東京地裁がこんな違憲判決を出した。
国旗掲揚、国歌斉唱の強制は、憲法が保障する思想・良心の自由に反し、教育基本法が禁じる教育の「不当な支配」に当たるという判断である。
職務命令に従わないとして教職員を処分してきた都教委は、裁判所が示した憲法と教育基本法の理念を、冷静にかみしめるべきだろう。
石原慎太郎都知事は控訴する意向を示した。しかし行政が、処分をちらつかせながら職務命令を振りかざす状況は、教育現場のあるべき姿とかけ離れている。都教委に求められるのは、通達を撤回し、教職員の処分を取り消すことではないか。
教職員四百一人が起こした裁判の争点となったのは、都教委が二○○三年十月に出した通達の合法性だ。
通達は《1》国旗は舞台の正面に掲揚する《2》式次第に「国歌斉唱」と記載し、教職員は起立する《3》ピアノ伴奏で斉唱するなどと、式典での国旗国歌の取り扱いを細かく規定している。
通達に基づいて、都教委は、起立などを強いる職務命令を出すよう校長に指示し、従わない教職員を処分した。○三年度以降延べ三百四十五人が停職や減給などとなった。処分者数は、都だけで全国の九割を占める。
判決は、都教委の通達や指導が「現場に裁量を許さず強制する」と批判した。教職員は、違憲・違法な通達や職務命令に従う義務はなく、「いかなる処分もしてはならない」と断じた。
このような判決は、憲法や教育基本法の理念を踏まえ、ごく当たり前の判断を示したにすぎない。
裁判で、都教委側は、現在の学習指導要領で、国旗国歌の指導を行うことを定めていることから、通達や指導は当然のことだと主張した。
判決は、どのように指導を行うかについては、「各学校の判断に委ねられる」と、学校の裁量を認めた。行政の過度な介入に警鐘を鳴らしている。
「日の丸、君が代」には、国民の間で多様な意見があるのも事実だ。五輪などで、日の丸を振り、君が代を口ずさむのは、だれに強制されたものでもない。判決が、自然な形で「国民への定着」を図るべきであると指摘しているのもうなずける。
「国旗国歌法」が制定された一九九九年、政府は「強制しない」という国会答弁を繰り返した。それなのに、東京都では逆の動きが加速した。
道内では美唄市で今春、卒業式で教職員を起立させるためにいすを置かない小学校も出た。道教委や市町村教委は、学校現場への高圧的な押し付けを慎むべきであろう。
憲法草案枢密院会議筆記 第一審会議第一読会における伊藤博文枢密院議長の演説(明治21年6月18日)
各位、今日より憲法の第一読会を開くべし。就ては注意の為め開会に先ち、此原案を起草したる大意を陳述せんとす。但し此原案の逐条に渉ては今日素より一々之を弁明すべきにあらず。
憲法政治は東洋諸国に於て曽て歴史に微証すべきものなき所にして、之を我日本に施行するは事全く新創たるを免れず。故に実施の後、其結果国家の為に有益なるか、或いは反対に出づるか、予め期すべからず。
然りと雖、二十年前既に封建政治を廃し各国と交通を開きたる以上は、其結果として国家の進歩を謀るに此れを捨てて他に経理の良途なきを奈何せん。夫れ他に経理の良途なし、而して未だ効果を将来に期すべからず。
然れば則ち宜く其始に於て最も戒慎を加はへ、以て克く其終あるを希望せざるべからざるなり。已に各位の暁知せらるる如く、欧洲に於ては当世紀に及んで憲法政治を行わざるものあらずと雖、是れ即ち歴史上の沿革に成立するものにして、其萌芽遠く往昔に発せざるはなし。反之我国に在ては事全く新面目に属す。
故に今憲法を制定せらるるに方ては、先ず我国の機軸を求め我国の機軸は何なりやと云ふ事を確定せざるべからず。機軸なくして政治を人民の妄議に任す時は、政其統紀を失ひ、国家亦随て廃亡す。苟も国家が国家として生存し、人民統治せんとせば、宜く深く慮つて以て統治の効用を失はざにん事を期すべきなり。
抑欧洲に於ては憲法政治の萌芽せる事千余年、独り人民の此制度に習熟せるのみならず、又た宗教なる者ありて之が機軸を為し、深く人心に浸潤して人心之に帰一せり。然るに我国に在ては宗教なる者其力微弱にして、一も国家の機軸たるべきものなし。
佛教は一たび隆盛の勢いを張り上下の人心を繋ぎたるも、今日に至ては已に衰替に傾きたり。神道は祖宗の遺訓に基き之を祖述すとは雖、宗教として人心を帰向せしむるの力に乏し。我国に在て機軸とすべきは独り皇室にあるのみ。
是を以て此憲法草案に於ては専ら意を此点に用い、君権を尊重して成る可く之を束縛せざらんことを勉めたり。或は君権甚だ強大なるときは濫用の慮なきにあらずと云ふものあり。一応其理なきにあらずと雖も、若し果して之あるときは宰相其責に任ずべし。
或は其他其濫用を防ぐの道なきにあらず。徒に濫用を恐れて君権の区域を狭縮せんとするが如きは、道理なきの説と説と云はざるべからず。乃ち此草案に於ては君権を機軸とし、偏りに之を毀損せざらんことを期し、敢て彼の欧洲の主権分割の精神に拠らず。
固より欧洲数国の制度に於て君権民権共同すると其揆を異にせり。是れ起案の大綱とす。其詳細に亘りては各案項につき就き弁明すべし。
伊藤博文の憲法演説
京都府会議員に対して(明治22年3月25日)
憲法既に発布せられ、明二十三年を期して議会を開設せられんとするに当ては、余は先づ議会開設の効用に就き其大要を開陳せんとす。余は本論に入るに先ち、抑国家は何を以て其目的とせざるべからざるかの学理より立論せざるを得ず。
既に諸君の熟知せらるる如く、国家の目的と云ふの解義に付ては古今欧洲学者の説区々に渉りて未だ帰一を見ざるを以て、茲に喋々するの要なきに似たりと雖も、既に国家の目的と云ふに至ては憲法政治に関要最も重きに居るを以て、少しく之を論述するも亦敢て無益の業にあらざるべきを信ず。
抑々国家の目的と云ふの解義に付、欧洲学者の唱道する所二様あり。一は国家の目的は其国の彊域内に在る各個人の権利を保護し、以て専ら其身体財産を保全するに在りとする説なり、他の一は国家の目的は社会に存生する万般の事物を規定し、専ら社会の安寧幸福を保持するに在りとする説なり。
如此一は各個人を以て機軸と為し、各個的を旨とする偏理の説にして、一は国家を以て標準と為し、社会的を専らとする極端の論たることを免れず。是等の説を包持する者は、古の希腦の「アリストートル」「プラトー」「ヘーゲル」「カント」及「ホンボルー」「シユルチエー」「ミル」等にして、古来未だ満足すべきの定説あらずと雖も、余は唯だ其両説の存するを述るのみ。
而して各個人を以て機軸とするの説は、一個人の権利自由を尊重するに傾き、国家を以て標準とするの説は、国家全体の利害にのみ注目するより、両者各々極端に馳せて、其間云ふ可らざる弊害あり。故に必ずや一個人と国家との幸福を併進するを以て目的とせざる可らずとするの中庸説あり、是近世w者の専ら唱道する所たり。
往昔専ら国家を以て目的とし、各個人の権利を度外に措きたる時代に在ては、国家の安全を保維する為には人民の利益は其犠牲となり、又何等の程度に迄之を減滅せらるるも絶て怪まざりき。当時に在ては人民の権利は安固ならず、其自由も亦甚き制限ありて完全に幸福を享受し得ざりしなり。
為に国家の権力は最上無限の勢いを占むるに至れり。然るを近世文化の盛域に進み、富力と財力との増加するに随ひ、漸く反動の勢を生じ、立法は社会的の制度を破壊するの傾向を生じ、専ら各個人の権利と自由を以て政治の肯けいと為し、之が為に社会の道徳を破壊し、軽佻俘虜に流れて国家の元気を衰耗し、其結果の帰する所竟に各個人をして弱肉強食の惨状に陥らしめたり。
前回は靖国神社のことを書きました。「靖国問題」とくれば、「天皇制」、と進むのは私たちの従来の連想です。天皇制も、語る人それぞれの心情や信条に大きく左右される問題です。日本に住むキリスト教となら、きっとどこかで子の問題にぶつかっていることでしょう。なかには一貫して天皇制廃止を訴え続けている人々もあります。自分と意見の異なる人との対話を考えようとするなら、子の問題も避けて通ることが出来ないものの一つでしょう。
歴史的経緯を見れば靖国と天皇の結び付きは明らかです。明治の始めに、「東京招魂社」として創建された時から、靖国は天皇と皇国のために戦って倒れた人々を弔い顕彰するための神社でありました。ところが、最近、この二つが必ずしも一直線にはつながっていないように思います。天皇の靖国親拝はA級戦犯の合祀が明らかになって以来、この三十年間は行なわれていません。靖国神社の方では今でも強く参拝を願っていますが、89年に即位した現在の天皇は、一度も参拝したことがありませんし、おそらく今後もしないのではないかと思います。
天皇制について云々することは、私もあまり気が進みません。先代の点のについては、そうしても否定的な感情が自分の中に泡立ってくるのを止めることが出来ないからです。けれども、年のせいでしょうか、現在の皇室には、少し違った見方が出来るようになりました。
そのきっかけは、数年前に美智子皇后が「国際児童評議会」でされたビデオ講演です。美智子さんはそこで、小さい頃御母様に読み聞かせてもらった「でんでん虫のかなしみ」という新美南吉の童話に触れています。愛することは、悲しむことや犠牲を引き受けることと切っても切れない関係にある。ーー少女は子の真実を幼い心に悟り、半世紀以上経った後に、その想い出を語っています、この婦人の人生には戦後日本の辿った歴史が引き写しになっているように思えます。それ以来、現在の皇室は昭和時代とは違うのだなと、感じるようになり、ささくれ立っていた自分の気持ちが和らいでゆくようになりました。
ところでこの講演は、「子供の本を通しての平和」と題されています。皇后だけではありません。ふと気がつくと、今の日本で公人として機会ある言に一番ははっきりと「平和」と「反戦」への決意を語っているのは、皇室の人々なのではないか、と思います。
四年前のサッカー・ワールドカップ共催のおりに、天皇は韓国についての感想を尋ねられて、こう発言しています。「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています。」日本ではあまり報道されませんでしたが、韓国各紙は大騒ぎだったそうです。韓国の人々は、自分たちが日本人の「兄姉」であると思っていますから、この言葉は天皇が自らその事を認めたものと受け止められました。さらに、今年六月のサイパン島戦没者追悼では、韓国人慰霊塔へ立ち寄られ、しばしの黙礼を捧げています。予告なしのことで、多くを語らぬ中に、過去への反省と平和への強い決意を感じました。
昨年秋の「君が代」や「日の丸」強制論の最中には、東京都の教育委員に大して、天皇はご自身の口で「強制でない方が望ましい」と明言しています。きっとその筋の人々は目を白黒させた事でしょう。今や攻守ところを変え、日本の右傾化に歯止めをかけているのは、天皇なのです。総理大臣や都知事が国の内外で反発を買っている間に、皇室が平和と民主主義を守る大事な砦になっているのです。
「いや、そういう思い込みこそまさに相手の思うつぼだ」と思われるかも知れません。個人の人柄の良さで、構造の欺瞞が隠ぺいされることもあるでしょう。さらに、こうしていつの間にか「平和のシンボル」となっている天皇ですが、この夏にでた加藤哲郎著「象徴天皇制の起源ーーアメリカの心理戦「日本計画」』(平凡社新著)によると、実はそれこそアメリカ軍が戦争開始直後から周到に用意した筋書きだった、という事です。
なあんだ、結局これもアメリカさんの台本通りか。そういって呆れ返ることも出来ます。でもどんなに台本が良くても、役者が揃って役どころになりきらなければ、よい芝居にはなりません。家庭教師がクエーカー信徒だった現天皇と、カトリックの正田家で育った美智子さん、それに海外経験の豊かな皇太子夫妻ーーーこういう人々が作る皇室には、戦後民主主義の思い掛けない結実がありそうです。始めは嘘臭くても、やがて脚本家の意図を越えた現実が生い育ってゆきます。だから、昨今のこの奇妙な「ねじれ」を、私は大切にしたいと思うのです。
それにしても、皇室からのこうした貴重な発言が伝えられると、どこぞの知事さんや右翼の人に一度大声で怒鳴ってみたい気がしますね。「不敬者っ、畏れ多くも今上陛下がこのように仰せになっておられるのに、貴様はそのもったいない御言葉に逆らうつもりかぁ」なんて。
とても恐くてできないけれど。
天皇陛下の誕生日会見全文
2005年12月23日07時20分
【天皇陛下】最近、北陸地方を中心に各地を豪雪が襲い、各地に被害が生じ、死者も出ていることに心を痛めています。遺族の人に心から哀悼の意を表したいと思います。速やかに天候が好転し、人々が穏やかな生活に戻れるよう、そして負傷した人々が順調に回復していくよう願っています。
【質問】この1年、国内外で様々なことがありました。陛下は病の治療を続けられながら、戦後60年にあたってサイパンを慰霊訪問されるなど、数多くの公務に取り組まれました。初めての海外での慰霊についてのお気持ちや、かの地で感じたこと、今後の慰霊のあり方、次世代への継承などについて陛下のお考えをお聞かせ下さい。
【天皇陛下】質問に従って十分にお答えができるよう紙にまとめましたので、それに従ってお話ししたいと思います。
先の大戦では、非常に多くの日本人が亡くなりました。全体の戦没者310万人の中で外地で亡くなった人は、240万人に達しています。戦後60年にあたって、私どもはこのように大勢の人が亡くなった外地での慰霊を考え、多くの人々の協力を得て、米国の自治領である北マリアナ諸島のサイパン島を訪問しました。そこには、この地域で亡くなった戦没者のために国が建てた中部太平洋戦没者の碑があります。
ドイツ領であったサイパン島は、第1次世界大戦後、国際連盟により日本の委任統治領となり、多くの日本人が移住し、砂糖産業や農業、漁業に携わっていました。
昭和19年6月15日、米軍がサイパン島へ上陸してきた時には、日本軍はすでに制海権、制空権を失っており、大勢の在留邦人は引き揚げられない状態になっていました。このような状況下で戦闘が行われたため、7月7日に日本軍が玉砕するまでに、陸海軍の約4万3000人と在留邦人の1万2000人の命が失われました。軍人をはじめ当時、島に在住していた人々の苦しみや島で家族を亡くした人々の悲しみはいかばかりであったかと、計り知れないものがあります。この戦闘では、米軍にも3500人近い戦死者があり、また、900人を超えるサイパン島民が戦闘の犠牲になりました。また、この戦闘では、朝鮮半島出身の人々も命を落としています。
このたびの訪問においては、それぞれの慰霊碑にお参りし、多くの人々が身を投じたスーサイド・クリフとバンザイ・クリフを訪れ、先の大戦において命を落とした人々を追悼し、遺族の悲しみに思いを致しました。61年前(ぜん)の厳しい戦争のことを思い、心の重い旅でした。ただ、高齢のサイパン島民には、かって日本の移住者が島民のために尽くしたことを今も大切に思っている人がいることはうれしいことでした。私どもが島民から温かく迎えられた陰には、かっての移住者の努力があったことと思われます。
この度のサイパン島訪問に携わった日本側の関係者をはじめ、米国側ならびに北マリアナ諸島側の関係者に深く感謝しています。
日本は、昭和の初めから昭和20年の終戦までほとんど平和な時がありませんでした。この過去の歴史をその後の時代とともに、正しく理解しようと努めることは日本人自身にとって、また、日本人が世界の人々と交わっていくうえにも、極めて大切なことと思います。戦後60年にあたって、過去の様々な事実が取り上げられ、人々に知られるようになりました。今後とも多くの人々の努力により、過去の事実についての知識が正しく継承され、将来に生かされることを願っています。
【質問】紀宮さまのご結婚について、現在のお気持ちと36年間の思い出、ご夫妻2人きりになられた暮らしぶりについてお聞かせ下さい。
【天皇陛下】2人の結婚に対して、多くの人々が心のこもった祝意を寄せてくれたことをうれしく思います。
2人が2年近く十分に話し合い、心を決めることができたことは、非常に幸いなことでした。2人が結婚の日を迎えるまで、様々な面で力を尽くしてくれた多くの人々に深く感謝しています。
清子は皇族として、国の内外の公務に精いっぱい取り組むことに心がけ、務めを果たしてきました。また家庭にあっては、皇后と私によく尽くしてくれました。私の即位の年に成年を迎えた清子が、即位の礼には皇太子、結婚して4カ月あまりの秋篠宮とそろって出席し、私どもを支えてくれたことは心に残ることでした。
清子の結婚後も、私の日常は様々な行事で忙しく、今のところはそれほど変わったという感じはしません。皇后はさぞ寂しく感じていることと思いますが、今までにも増して私のことを気遣ってくれています。ただ、これまでおかしいことで3人が笑うとき、ひときわ大きく笑っていた人がいなくなったことを2人で話し合っています。清子は心の優しい人でしたが、とても楽しいところがありました。
新しい道が2人にとって幸せなものであるよう願っています。
【質問】皇室典範に関する有識者会議が「女性・女系天皇」容認の方針を打ち出しました。実現すれば皇室の伝統の一大転換となります。陛下は、これまで皇室の中で女性が果たしてきた役割を含め、皇室の伝統とその将来についてどのようにお考えになっているかお聞かせ下さい。
【天皇陛下】皇室の中で女性が果たしてきた役割については、私は有形無形に大きなものがあったのではないかと思いますが、皇室典範との関係で皇室の伝統とその将来についてという質問に関しては回答を控えようと思います。私の皇室に対する考え方は、天皇及び皇族は国民と苦楽を共にすることに努め、国民の幸せを願いつつ務めを果たしていくことが皇室のあり方として望ましいということであり、また、このあり方が皇室の伝統ではないかと考えているということです。
女性皇族の存在は、実質的な仕事に加え、公的な場においても私的な場においても、その場の空気に優しさと温かさを与え、人々の善意や勇気に働きかけるという非常に良い要素を含んでいると感じています。その意味でも、皇太子妃の健康が現在、徐々に快方に向かっていることは喜ばしく、一層の回復を待ち望んでいます。
トップダウン進める「小泉自民党」
対抗軸は下からの連帯
2005年、小泉旋風が吹き荒れた。改革を前面に押し出した「新しい自由民主党」が政治を席巻した一年だった。
この改革の趨勢は小泉純一郎氏が首相の座を退いた後も、与党の基本路線として維持され、後続政権によって引き継がれると観測されている。
小泉型「構造改革」政治、「新しい自民党」路線に対するオルターナティブ(もう一つ別の政治路線)はもはや存在しないのだろうか。
政治史家の中北浩爾氏は、「新しい自民党」の新しさの本質を、議員を中心として集権的なシステムへの更改にみる(「政党政治はどこへ向かっているか)。
自民党は「小泉時代」に、中選挙区制にもっとも適応的であった個人後援会と派閥を主体とする旧来の「議員政党」から脱皮した。ところが大衆党員を中心とする「組織政党」モデルを採用せずに、専ら指導者のカリスマ性に依拠しつつ、党中央に権力を集中する体制をとった。「新しい自民党」がしばしば「小泉自民党」と総裁名を冠して表記されるゆえんであろう。
マックス・ウェーバーは、かかる政治的正当性導出の法オフを「指導者民主制」「プレシピット(人民投票)型民主制」などと呼んだ。これらは、現在の政治学や政治ジャーナリズムではファシズムの歴史の経験を踏まえて、否定的なニュアンスで語られる場合が多い。中北氏の論考もその論脈に沿っている。
しかし、ウェーバー自身は、旧弊な伝統と権威を打破できる強力な指導者を選出する装置として「指導者民主制」や「プレシピット型民主制」を評価したのである。
中北氏の論考では、その負の側面が強調されているが、積極的な要素の対抗軸を打ち立てることはできまい。
現在、武部勤自民党幹事長が推進している、党運営の中心を都道府県連から衆院比例代表ブロックに移行するという党体制改革は、まさに指導者民主主義の色調を強めるこうかを狙ったものであろう。
こうしてトップダウンで組織強化を図る自民党に対するオルターナティブとは何か?中北氏が提案するのはNPO(民間非営利団体)などの市民グループ、労働組合、ローカルパーティ、議員の個人後援会などが連携しながら、幅広い層の市民の参画を可能とする「ネットワーク型政党」である。まさに民主党は「ネットワーク型政党」構築を目指して結成された。然るに前原誠司代表は小泉自民党を後追いするように指導者民主主義へと傾斜しつつあると警告する。
この批判的分析が、民主党の現況に照らして正当といえるかについては疑問が残る。
しかしネットワークやコミュニティなどを重視し、「下からの」公共性を醸成していこうとする政治路線は、小泉誠司のオルタナティブとしては有力かもしれない。
例えば、社会運動史家の道場親信氏は「国家のいうままにならないという記憶(鶴見俊輔)」を分かちもつコミュニティ」の探求あるいは模索の中から、ネオリベラリズム的「改革」への対抗理念を掴み出す可能性に賭けている(<戦後>そして歴史に向きあうことの意味は何か」)。
その具体的な戦略とは、例えば政府や地方自治に対する「コミュニティ」再建のための費用負担要求」であり、道場氏はそうしたムーブメントがやがて「国家を揺さぶる力」になり、「新たな『連帯』の『伝統』を作り出す」ことを期している。(「『戦後』と『戦中』の間)
そうした対抗運動の組織化、新たな伝統振起への関心は、むしろ保守の側、特に自民党の反主流派に広がりつつある。
加藤紘一氏の論著「新しき日本の形」は小泉政治に対するオルタナティブの集成と見なすことができるが、そのうちの二章が地域コミュニティをいかに再興するかという困難な課題への政治家としての所見に当ててある。
そこでは、NPOやボランティア団体の活動、さらには公立小中高学校の「学区」における父母を中核とした活動を通じた地域コミュニティの構築が提議されている。
国に頼らず、住民同士が自発的に共助し、パブリックな機能を果たす強い地域の復興こそが、社会再生の鍵だという。「共」から「公」への経路を重視する構想だ。
さらに各論としては、尾上浩二「障害者の地域生活を揺るがす『自立支援法』、芹沢一也「なぜ社会は治安を欲するのか」がネオリベラリズムを前提とする選別と排除の趨向に異を立て、違う現実の可能性を開示していた。
国際政治学者の植村秀樹氏は、戦後の平和論の変遷をとらえ直す優れた論考を、這い軍備問題に関し有効な対抗理論を打ち出すことができずに衰退していった平和主義の蹉跌の分析で閉じている。(「戦後思想史の中の平和論)
理想を掲げるのは容易い。感情に走るのは心地よい。
しかし真に現実に屈服せず、空想を弄せずに、より良き世界を実現しようというのなら、そこには「冷たい計算」と「ずるいほどの賢明さ」が不可欠である。
小泉政治のオルタナティブは、どこまでも「現実主義的」でなければならない。
宮崎哲弥
道新論壇
05/08/31
戦後六十年:惰性の平和主義 厳しく問う
敗戦から六十年目の夏は図らずも戦後政治の重大な転換点となった。
小泉純一郎首相が参議院本悔悟での郵政民営化関連法案否決を受けて、八月八日に衆議院を解散、総選挙に打って出たからだ。
結果として自由民主党は分裂し、正当としての質の変化は確実となった。
選挙の主な争点は郵政民営化の是非、年金制度改革のあり方とされている。
憲法改定や自衛隊イラク派遣といった軍事や安全保障に関わる相違は、時期的に見ても中心の対立軸として浮上すべきものなのに、全く霞んでしまっている。
この国の為政者やメディアが戦後六十年という日付の意味を「今ここの政治問題」として受け止めていないことの現われではないか。
むしろ、一見政治とは無縁に見えるサブカルチャーの作り手の方が、敏感に反応している。
日本を代表するアニメーション作家の押井守氏の小説「TOKYO WAR」にこんなセリフが出てくる。
「かつての総力戦とその敗北、米軍の占領政策、ついこの間までつづいていた核抑止による冷戦とその代理戦争。そして今も世界の大半で繰り返されている内戦、民族衝突、武力紛争・・。そういった無数の戦争によって合成され、支えられてきた血塗れの経済的繁栄。それが俺達の平和の中身だ。戦争の恐怖に基づくなりふり構わぬ平和。その対価をよその国の戦争で支払い、そのことから目をそらし続ける不正義の平和・・・」
強烈なしかし的を射た戦後批判である。
戦争から目をそらし続けること、戦時への想像力を封じることこそが、平和の実現につながるという特殊戦後日本的なイデオロギイが、いつの間にか平和を「嘘つき達の正義」に堕落させてしまった。
井筒和幸、井上ひさし、他「憲法を変えて戦争に行こうという世の中にしないための18人の発言」(岩波ブックレット)を一瞥すれば、この期に及んでまだ嘘の上塗りをしようとする、無自覚な「平和主義者」「護憲論者」がすくなからずいることが確認できる。
だが、この六十年を冷静に、誠実に振り返れば、それが惰性に過ぎないことは誰の目にも明らかだ。
例えば、革新、リベラル陣営を主導してきた国際政治学者、坂本義和氏が戦後六十年を振り返った講演録は、護憲パラダイムに対する違和が基調となっている。(憲法をめぐる二重基準を超えて『世界』)
次のような厳しい問い質しが見える。
「日本の護憲運動に、体制依存主義の問題があるのではないか、欧米で言う『パシフィズム』のように体制との厳しい対立に立脚するのでなく、憲法として体制化した原理に依存して平和主義を語っている面はないだろうか。」
坂本氏は「非武装」を明記している憲法の下で、自衛隊や日米安保条約が両存している現状を「二重基準」と捉え、斯かる矛盾を糊塗し、あまつさえ「合憲」と強弁してきた護憲勢力の脆弱さを指摘している。
といって坂本氏は決して軍事忌避論者ではない。国の自衛権を自然権の一部として承認している。その上で自衛隊の規模を縮小し、日本に駐留する国連警察車の性格を持たせて、PKO活動にも積極的に参加できるよう改組するという提言を行っている。
社会思想家の仲昌昌樹氏は、第二次世界大戦の敗者である日本とドイツとの戦後思想を比較した著作で、ドイツのリベラル左派が提唱した「憲法愛国主義」と日本の革新勢力が掲げてきた「護憲へ違和主義」の差異を明らかにしている。(「日本とドイツ二つの戦後思想」光文社新書)
その整理によれば、ドイツの「憲法愛国主義」の場合は、文化的、伝統的な共同性に対する「愛国」ではなく、憲法という自ら選択した規範性に対する中世に力点が置かれているという。
一般にネーションが含意している文化や伝統ではなく、それから分離された憲法という仕組み=体制への「愛国」なのだ。
これに対し、日本の「護憲平和主義」には、ドイツのような深い方法意識も鋭い緊張感も見られない。
仲昌氏は日本の護憲論の特徴のひとつとして、文化的共同性、伝統的アイデンティティの要たる天皇制存続を容認した点、内外の情勢に応じた国民の選択こそが憲法の規範性の根拠なのに、如何なる場合においても「一言一句たりともいじってはならない」という態度を採った点を挙げている。
「たとえ、日本の伝統的な『国のかたち』を温存することになったとしても、結果的に戦争に巻き込まれなかったらそれでいい」という退嬰的な一国平和主義が日本の護憲派の本音だったというのだ。
だがこれは屈折したナショナリズムに他ならないのではないか。
「戦後理念の批判」といえば、長らく保守言論の一大テーマだったが、ようやくリベラル派の中にもこれを主題とする論考が見られるようになってきた。
逆に、小泉首相が八月十五日に発表した内閣総理大臣談話こそ、戦後理念の警鐘の宣命といえよう。首相より右と見なされている安倍晋三氏も、1995年の「村山談話」に異をとなえていない。(「中国にも米国にも『ノー』を」文芸春秋)
誰がこの六十年を総括し、それを乗り越えるのか。
憲法を変えて戦争に行こうという世の中にしないための18人の発言 通販生活付録
中村哲
実は、20年前に現地アフガニスタンに行くまでは、憲法につぃして、ばくぜんと「守らねばならぬもの」と感じていただけでした。ですが、現地では、その後ずっと吾が身の方が「憲法9条」に実際に守られてきたことを肌身に感じています。
半世紀他国に戦争を仕掛けなかった国
中東においては、第二次世界大戦中に、日本の占領など直接の被害に遭わなかったこともあって、広島・長崎の被害への同情だけでなく、戦後復興を遂げたアジアの国として、日本は一種の憧れの対象でした。また、その後の歴史の中でも、羽振りのいい国というのは大抵戦争をするものだけれど、半世紀に亘り経済的な豊かさにもかかわらず、他国に戦争を仕掛けなかった国、平和の国・日本として、親近感を持たれてきました。
つまり実際に、戦争をしない国・日本の人間である、日本人であるということに守られて仕事が出来たということが、数限りなくあったのです。
「9条」というものを現地の人は実際は知りません。しかし、現実として「平和の国・日本」というイメージが浸透していたのは、意識・無意識のべつなく、国の方針としての9条の精神、「交戦しない国・日本」が伝わっていたからだと思います。日本人のであるから命拾いをした、助けてもらったというのも、9条のおかげだと思っています。
それが自衛隊の海外派兵が始まってから、雲行きが怪しくなってきました。日本人だから守られてきたのに、日本人だから命を狙われる、という妙な事態になってきた・・・・。その上9条に手を付けるとなれば、現地の人はいったいどう思うでしょう。それが現地の人にメッセージとして、どう伝わるか、よくよく考えてみるべきことです。
9条を変えて「軍隊を派遣できる普通の国になるべきだ」という論理の、その「普通の国」の意味が、良く分かりませんね。そんなことを言うは、”平和ボケ”した、戦争を知らない人達の意見なのではないでしょうか。改憲したい、という人々は戦争の実体を、身をもって体験していない人なのではないか、と思いますよ。
よく理想だけではやっていけない、チャンと現実を見なければといいますが、それこそが平和ボケの最たるものです。それは漫画や空想の世界でしか人の生死の実感を持てない、想像力や理想を欠いた人のいうことです。
現実をいうなら、武器を持ってしまったら、必ず人を傷つけ殺すことになるのです。そして、アフガニスタンやイラクで起っているように、人が殺しあい、傷つけあうことの悲惨を少しでも知っていたなら、武器を持ちたい、などと考えるわけがありません。
武器がなければ貢献できない
国際貢献をしたいのなら、いろんなやり方があります。それは本来武力とは何の関係もない。理論的に考えても「軍隊を以てする支援」なんてあり得ません。
私はアフガニスタンで。灌漑事業を進めていますが、別に軍隊に守られているわけではありません。逆に派兵している国の事業は攻撃対象になって、作業は難航している、普通に考えたら分かることだと思います。武力に守られた支援が、歓迎されるでしょうか。
一つ例を挙げます。 私たちが作業している用水路と平衡して、米軍の軍用道路を造っているトルコの団体があります。それは兵隊に守られながら仕事をしていますが、これも住民の攻撃対象になっています。トルコ人の誘拐・殺害が残念ながら後を絶たない。
現実を知らないから「軍隊に守れられるのは危険」とか「軍隊そのものが危険」という認識をもてないんです。「丸腰の強さ」を現地にいると痛感します。
現実的に平和憲法をどうすれば良いか。とにかくいじらず、その精神を生かす努力をすべきです。他国との関係を考えても、経済的なことを考えても、それが現実的でしょう。軍隊を持つこと、軍隊を動かすことがいかにお金がかかることか、アメリカを見れば分かります。アメリカの財政が破綻していることは、明らかですしね。
国家の使命とは「国民を守る」ことです。自国の人の命を危険にさらし、他国の人の命をも危険に晒すということは、国家の使命と逆行します。なぜ憲法9条を受け入れたか、それをよくよく考えましょう。憲法9条をないがしろにすることは、自国民だけでも300万という大きな犠牲、そしてアジア全体で考えると2000万という甚大な犠牲を払った、その死をコケにすることです。
今日本の評価は中東で「アメリカに原爆を落とされた気の毒な、しかし努力して復興した国」から「アメリカの同盟国(軍)」へと変化しつつあります。いずれ他の同盟国と同じ運命をたどることになるでしょう。
まだ今は、日本に憧れ、尊敬してきてくれた世代が社会の中堅にいますが、この次の世代からはもう、日本の見方が変わります。おそらくアメリカと同様に攻撃の対象になるのではないかと、思わざるを得ません。
根市部移動名が無いと、日本は生き延びられない、という言説もきちんと考える必要がありますね。目先の利害だけに囚われると見えるものも見えなくなってしまいます。国を挙げて錯覚しているのではないでしょうか。第二次世界大戦の際、「満蒙は日本の生命線だ」と国も国民も信じたし、信じ込まされていた。文字通り国を挙げて錯覚していたのです。そのときといまと、全く同じことを繰り返していると、言えないでしょうか。同盟国との、その瞬間の関係を保つことや、単なる景気回復など、一時の利害の為に憲法に手を付けるのは、破局への入り口だと断言してもいい。
すべての戦争は「守るため」に始まる
現実論として、「憲法で禁じられているから出兵をしない」というのは、誰に対しても非常に説得力のある答えではないでしょうか。せめられたときの防御が必要だ、という意見もあります。その時に戦えなければいけないから武力を持つべきだ、というのです。
しかしこれまでどんな戦争も「守るため」に始まった。「自国を守るため」という名目で外に行って、非道なことをしているのです。悪いことを始めるときに本当のことを言って始めるわけじゃないんです。大義名分を押し立てて始める。それが現実なんです。
戦争も突き詰めれば、外交手段の一つです。9条の主旨はつまり、武力による外交手段を蜂起する、というものですね。ということは、武力に頼らないが移行手段をあらゆる手を尽くして模索する、という宣言でもあるんです。それをきちんと果たしてきただろうか。それがまず大きな疑問ですね。
つい10年くらい前までは直接の戦争体験者がたくさんいたので、自民党だろうが共産党だろうが戦争の現実を知っていた。だから、主義・主張によって、9条の運用の仕方については、対立はあったけれど、その共通な土俵を崩すことがどれほど危険なことか、本能的に自明の合意のようなものがあったのだと思うのです。
戦後ずっと自分たちが守られてきた、その枠組み。そのなかに育ち、戦争を知らなくとも、普通の考えをしていたら、死ぬのがイヤなら、殺すのもイヤだと思うはず。
その当たりは人の命の尊さについての感覚が、希薄になってきているんじゃないでしょうか。 安全性だとか、防犯だとか言う殊には、過敏になってとやかく言うのに、そのおおもとの、命を大事にするという憲法をないがしろにしている。議員も含め、自分さえよければいい、とい奇妙な考え方のように思えてならない。
そういうことを放置しておいて、つまり自分の国もきちんと治められないのに、外に出て行きたい、国際貢献をしたい、というのも疑問ですね。太平洋戦争の際も、「大東亜共栄圏」を唱え、「東洋平和」を叫んで出て行きました。その時にもいわば「国際貢献」を旗印にしたのです。 軍事力を備え、戦争で何が達成できるか、というと目先の利害に過ぎないのです。あるいはちっぽけな民族的な誇りだったり。
アメリカの作ったものの押し付けだとかいろんなことが言われますが、日本があの憲法を受け入れたのは、名により大きな犠牲を払ったそのうえでの一つの結論だったんです。その、ご先祖様の大きな大きな犠牲の上に築いた一つの大きな結論を簡単に崩していいのでしょうか。
改憲派は「日本のために、日本自身で作る憲法を」と言いますが、それこそ、その日本のご先祖様に対して、失礼な言い分だと思いますよ。
品川正治
経済同友会
アメリカの現在をどう見るか
改憲派の人々は、アメリカからの強い要請もあり、良好な日米関係を維持するためには9条改憲が不可避であるといいますが、それは妥当な選択でしょうか。
まず冷静に考えるべき点は、現在のアメリカはアメリカ自身も認めているように、戦時体制に入っている国家だという点です。戦時国家にとっては、戦争に勝つことが至上価値であり、人権や自由の圧殺もやむを得ない。戦時下において人を殺しても良いという価値観が支配的になることは、過去の日本の経験を振り返って見ても明らかです。
歴史上、アメリカで極端な方向へと振り子が触れた後には、民主主義の力によって揺り戻しがありました。その意味で、イラク戦争開始後という特殊な状況下でのアメリカから日本への要請を、過大に評価すべきではありません。このようなときに急いで憲法を変えるなど、一番やってはいけないことです。戦時国家からの要請で国の骨格である憲法を「改正」するならば、必ず禍根を残すことになります。
道新2004.9.30
宮崎哲弥
瀬戸際のリベラリズム
このところリベラリズム、すなわち自由主義の分が悪くなっている。
1990年代には、失墜した社会主義に代わる政治理念として方々から期待されたものの、「9・11」後のアメリカによる強引な「自由の押し付け」や小泉構造改革も「自由化」路線に対する批判が相次ぎ、リベラリズムの精彩はすっかり褪せてしまった。
けれども、わたしたちがリベラリズムに代わる、あるいはリベラリズムを超える、指導理念を見いだし得ているわけでもない。もしリベラリズムに大きな欠陥があるとしても、当面私たちはそれを根気強く補修、改良して行く以外に方途はないのだ。
安直極まりないリベラリズム、ネオリベラリズム批判が横行する思潮に一石を投じたのが『思想』の特集、「リベラリズムの再定義」である。
法哲学者の井上達男氏は、冒頭でこの特集の主眼を説明し、「9・11」後に起った「欧米のリベラリズム批判の思想潮流」が日本で安易にもて囃され、歪な形のリベラリズム像が蔓延してしまった現況を打ち破るべく編まれたとしている。
むしろ今こそ、一貫してリベラリズムへの内在的理解を怠ってきた日本の言論界の「思想的欠乏」を補填する好機だというのだ。
他方で、欧米のリベラリズム理解の水準も、日本とそれほど代わらないという見方も出来る。ジャーナリストの外岡秀俊氏によれば、イギリスのブレア首相が7月に、60年代的なリベラリズムは単なる放縦であったと批判し、その克服を宣言した事をきっかけに「リベラリズム論争」が起った。
「イラク国民に自由をもたらす」戦争に与同したブレア首相がリベラリズムを排撃するとは、何だか平仄が合わない発言のようにも移るが、ここで非難されているリベラリズムを「個人の領域や民間部門に対する、政府ないし公共部門の干渉を最小限にする事」と定義すれば、ブレア首相は『左翼の』本旨に立ち返っただけとも考えられる。けだし社会主義とは、個人の権利よりも社会的連帯や公共的価値に重きを置く思想だからである。
外岡氏もまた、政治思想家の川崎氏も強調するように、混乱の原因の一つは。リベラリズムという語の多義性にある。例えばアメリカでは「リベラル」といえば、政府による再配分や福祉国家的政策を支持する立場を指す。ところがヨーロッパではまったく逆に、リベラリズムは政府の介入を排除し、市場機構と自律的な秩序形成を重視する態度と、解されている。
もちろん、このような二分法は大雑把なものであり、時と場合によって更に反転したりするから、リベラリズムの内容を「文脈抜き」に確定する事は極めて困難である。
だが、政治的リベラリズムとは、「何が真にリベラルか」を規定するものではなく、多様な生の構想を、出来るだけあるがままの形で共存させる制度設計の方法論に近いのではないか。
政治理論家の渡辺幹男氏は、これを「哲学」に対する「生=政治」の優位性という図式で表現している。
さてそのような理論的な考察を念頭に置いた上で、個別具体的な局面に目を向けるとリベラリズムとは縁遠い現実の姿が映る。
「家族とは何か」を特集した『現代思想』の各論考を読むと、公権力から自由な行為領域が私たちに残されているかどうか、深い懐疑にとらわれる。家族というもっとも私的な関係すら権力の作用を免れ得ないとすれば、この自由と自立を育む場とは一体どこにあるのだろうか。
例えば教育学者の鶴田敦子氏は政府(科学文部省)が、家庭科という教科の操作を通じて、如何に家族関係に介入し、それを一定方向に誘導しようとしているかを明らかにした。(「家庭科が映す家族政策)
ノンフィクション作家の与那原恵氏は性体験の低年齢化が進み、十代の妊娠中絶や性感染症が増加する危うい状況を目前にしながら、大人たちが「保守派対フェミニズム派」のイデオロギー論争のかまけているため。危険回避に有効な性教育が後手にまわっているため実情を報告している。
憲法改定問題に至っては、自民党の公式文書(同党憲法調査会プロジェクトチームによる『論点整理』)に、真憲法は「歴史、伝統、文化に根ざした我が国固有の価値」「日本人が元来有してきた道徳心など健全な常識」にもとづかなければならないとする提言が盛り込まれる始末だ。
あまつさえ、「憲法という基本法が国民の行為規範として機能し、国民の精神に与える影響についても考慮する」との一節も見える。
ジャーナリストの薬師寺克行氏が指摘するように、かかる改憲の指針は「国民一人ひとりが夫々の価値観を持ち、それにもとづいて行動する自由」を否定するものだ。つまりリベラリズムの大原則に抵触する憲法が構想されているのだ。
リベラリズムは、研究者や理論家の議論をはるかに越えて、大きな危機に瀕している。
道新2004.10.29
宮崎哲弥
憲法は誰が守るべき法か?「国家と個人の関係」改変の危機
結婚式場の入り口に「○○家××家ご結婚披露宴」という看板がよく掲げられている。また両家の親が金屏風の前で新郎新婦と共に立ち並ぶ姿もよく見かける。これを憲法違反と非難する文章が新聞に載った。数年前にことだ。長い実務経験を有する。護憲派の法律家によるものだった。「結婚は両性の合意のみに」基づくと定めた憲法二十四条に反するというのだ。
またこの論者は「憲法は裁判の際適用するルールである以前に、市民が行動を決めるためのルールとして社会的に用いられている。」と指摘していた。
だが、この見解は「憲法とは国民を縛るものでなく、国家を縛る基本法である」という近代憲法の原則、憲法学の通説とまったく相いれない。最近この法律家の異説とほとんど同じ同型の立論を見かけた。だが、こちらの書き手は法曹でも護憲派でもない。自民党の政務調査会の憲法調査会・憲法改正プロジェクトチームによってまとめられた「論点整理(案)」には次のような文言が盛り込まれている。
「これまではともすれば、憲法とは『国家権力を制限するために国民が突き付けた規範である』ということのみを強調する論議が目立っていたように思われるが、今後憲法改正を進めるにあたっては、憲法とはそのような権力制限規範に止まるものではなく、『国民の利益ひいては国益を守り、増進させるために公私の役割を分担を定め、国家と国民が協力しあいながら共生社会を作ることを定めたルール』としての側面を持つものであることをアピールしていくことが重要である。」
もし自民党の新憲法草案がこのような方針に沿ったものになるとすれば、もはやそれは単なる憲法改定とは言えない。憲法というコンセプトそのものの変更であり、立憲主義という原理事態の改質に他ならない。
日本のリベラル、護憲派勢力は、憲法9条の改定問題には過剰なまでの注意を払っているが、憲法の存在理由にかかる動向には驚くほど鈍感だ。
この背景には、護憲派、改憲派に共通する、戦後日本に固有な憲法観が見て取れる。すなわち双方とも、憲法を統治権力を制限する規範とするだけではなく、国民の生き方や生活関係までも規律するルールと見做しがちな、「錯誤の伝統」に根ざしているのだ。
しかるに「ポストモダン」の現在、この特異な憲法観を「錯誤」として斥けがたい状況もうかがえるようになった。例えば、政治史家の中西輝政氏は立憲主義と真っ向から対立する共同体国家論を唱えている。(「日本は天皇主権の国」Voice)。それによれば「西洋的な『統治機構』という意味ではなく、『日本人の共同体』としての国家と言うものは人と人との絆の大切な支え」なのだという。そして日本の原像を、天皇を中心とした民族的、宗教的な価値共同体に求める。かかる思潮が政治の前面に迫り出してきているのは、実は日本ばかりではない。外交史家の村田晃嗣氏、政治経済学者のアンドリュー・デヴィット氏の対論「ブッシュであっても変わる、ケリーでも変わらない」には「政教未分離」の趨向が大頭領選挙の行方を左右するとの認識が示されている。国家が特定の価値に積極的にコミットしないことを旨とする立憲主義やリベラリズムは、欧米においても揺らいでいるのかも知れない。
そうだとすれば、新憲法は「歴史、伝統、文化に根ざした我が国固有の価値や、日本人が元来有してきた道徳心など健全な常識に基づいたものでなければなら」ず、また「日本国、日本人のアイデンティティーを憲法の中に見いだすことが出来るものでなければならい」と強く説く自民党の「論点整理(案)」も、世界的な潮流の中にあるといえる。
こうした流れに敏感に反応し徹底的に異を唱えているのが『現代思想』の特集「日本国憲法」だ。
冒頭の井上ひさし氏と小森陽一氏の対論から、「憲法とは国民が国家に命令する法」という原則が確認され、それを軸に議論が展開していく。「憲法感覚を暮らしに活かそう」などと訴えてきた従来の護憲派とはまったく異なるスタンスだ。
このスタンスは憲法学者の西原博史氏によっていっそう鮮明になる。西原氏の「〈国家を縛るルール〉から(国民支配のための道具〉へ?」は現今の憲法改定論議の本質を射ぬく稀有の論考だ。
西原氏はまず、護憲論者達の「9条改正本質論」を「憲法改正論において真に問われている論点を隠ぺいする」危険性があると厳しく批判する。改憲論者の構想は「もっと壮大」であり、改変されようとしているのは「国家と個人の関係」であり、脅かされているのは「国家権力に対する国民個人の主体性」である。
そして「読売新聞2004年改正試案」と前出の「論点整理(案)」、更には憲法の私人間(私的領域)への直接適用を示唆する民主党の「憲法提言」が批判的に検討されている。
「国家が順守すべき基本法」から、「国民が順守すべき基本法」への書き換え。これこそが改憲問題の本質である。西原氏は「忠誠を要求する国家が本当に忠誠に値するのかを自分で判断できる基盤こそが失われようとしていることに気づくべきだ」と警告している。
2003年末まで読売新聞社に在籍していた山口氏談(「自己責任論を問う」というシンポジウムでの発言):自分が30 年くらい前に読売新聞(大阪)に入社したときは、慰安婦問題や戦争責任などを取り上げるなど活気があったが、80年代はじめに強大なナベツネ権力が確立してからは、ジャーナリスト的でない人たちが会社の中核を形成し、変質した。新聞大手メディアでは、保身と昇進を考えるジャーナリストが多くなった。同期の記者にきくと、イラク戦争に賛成の人は誰もいないのに、賛成と書いている。ジャーナリストに大事なのは、自分で取材して、自分で書くことだ。
8月6日付(2004年)・読売社説(1)
[集団的自衛権]「経済界が求める首相の決断」
経済界に憲法改正を求める動きが強まっている。
日本の経済・社会や国際社会の変化は激しい。経済界としても、今後の経済活動の展開の指針ともなる、新たな時代の国家像、国家戦略を描く新憲法を追求せざるを得ないということなのだろう。
経済同友会が昨年四月、改正の意見書を発表したのに続き、財界の政策提言団体である日本経済調査協議会が、憲法改正を求める提言を公表した。
日本経団連と日本商工会議所も、それぞれ「国の基本問題検討委員会」「憲法問題に関する懇談会」を設置し、七月から、論議を開始した。年内にも提言をまとめるという。
既に公表された提言も、これから本格化する経団連と日商の論議も、主要なテーマは安全保障と憲法九条の問題だ。
経団連の「国の基本問題検討委員会」の委員長である三木繁光・東京三菱銀行会長は、「安全保障がなければ、日本の経済成長は難しい」とし、九条の見直しは避けられない、と主張している。
貿易立国である日本の繁栄は、国際社会の平和と安定なしにはあり得ない。グローバル化が進展する中で、日本の経済活動が世界各地に広がり、相互依存を深めていることを考えればなおさらだ。
例えば、輸入原油の九割近くを依存する中東地域が混乱したり、原油を日本に運ぶシーレーンが脅かされたりして、原油輸入が途絶えれば、日本経済は致命的な打撃を受ける。
安定した経済活動のために、日本と国際社会の平和と安全をどう確保するか、という観点からも、経済界が、九条問題を重視するのは当然だ。
注目すべきは、経済同友会、日本経済調査協議会とも、憲法改正を待たず、緊急に行うべき措置として、集団的自衛権を行使できるよう、政府の憲法解釈を改めるべきだ、と主張していることだ。
集団的自衛権を有してはいるが行使できない、とする政府解釈には、行政の一部署にすぎない内閣法制局の解釈による政府見解であり、政府の判断と意思で解釈変更はできる、と強調している。
現状では、イラクにとどまらず、平和の維持・創出のために、国際社会が協力して対処しなければならない問題に、日本は十分な役割、責任を果たすことができない。日米同盟が空洞化しかねないという危機感もある。
「集団的自衛権の行使容認を決断すれば、二十一世紀の日本の安全保障政策の基礎を築いたとして、戦後の内閣でも最大級の評価を受けるだろう」という声がある。これを首相は、どう聞くか。
われわれは何も選んでいない
参院選の結果を承けて
大沢真幸
またしても曖昧な結果であった。確かに民主党は勝つには勝ったが圧勝とは言えず、自民党は負けたとはいえ、完敗ではない。われわれはこの参議院選挙で何を選んだことになるのだろうか?
争点は、いくつかあったが、大きく二つに整理できる。
(1)イラクでの多国籍軍への自衛隊参加、憲法などに安全保障に関わる主題
(2)年金問題
有権者の投票行動を規定したのは主として(2)ではなかったか。選挙前の数度の世論調査によれば、自民党支持率が年金問題での、同党の失策に対応して減っている。(1)を全面に出して戦った共産党や社民党の敗北・不調もまた同じ事実を示している。
するととりあえずは、こういうことになる。われわれはすでに、グローバルな(軍事)行動に参加しているのだが、まずはローカルにものを考えたのだ、と。年金は確かに重要な課題だが、ともかく「われわれ」自身の将来のことであり、多国籍軍や憲法は対外的な活動や国際平和に関わる問題だからだ。ついでに言っておけば、これはエコロジー主義者のスローガン、グローバルなことを考えてローカルに行動する、の逆であリ、その意味でみどりの会議が一議席も取れなかったことは象徴的である。
それならば、民主党の勝利は、有権者が民主党の提案する年金システムや社会補償制度を選んだことを示しているのか。
そうではあるまい。たいていの有権者は、年金をめぐる自民党案と民主党案の差異を理解していないし、両者に大差があるとも思っていない。有権者は、単に不安だったのである。自分たちの将来の生存に関して、つまり自分たちが何十年か後に安全に幸福に暮らしているかどうかということに関して。
二種類の「正しい選択」
では、もう一度問おう。われわれは何を選んだのか。ここで正しい選択、なすべきことを示す英語の助動詞に、ふたつの種類があることに注目してみよう。(バーナード・ウィリアムズによる)。二種類とは、「ought」(又は、shlould)と「must」である。両者はどう違うのか。後者の方が「強い」といわれている。端的に言えば、oughtには「best」に、mustは「only」に関連している。前者は、いくつかの可能な選択肢の中から最良のものを選ぶということであり、後者は、「事実上それしかない」「そうする他はない」ということを示している。
だが、ここでもっとも重要なことは、それにもかかわらずmustもまた選択だ、ということある。何かが「それしかない」と見えているとき、われわれは、そのように限界を定める枠組みをすでに選んでしまったいる。だから、mustの選択は、oughtの選択よりも基底的で本質的である。それは、oughtの選択が可能になるための前提(土俵)そのものを選択することだからである。
今回の選挙の結果が示しているのは、実はわれわれは、名にも選択していないということである。少なくともmustの水準に関わる本質的な選択はしていないのである。われわれには、そのような選択は出来なかったのだ。
mustに関わる新たな選択をなすということは、在るものを選択の余地のないものに見せていた「生存」の枠組みそのものを変えるということである。だが年金法に「否」を突き付けているだけの時、われわれあは単に、この生存、現在の生活に固執しているだけなのだ。確かに、このままでは破綻しそうだとということを理解しており、この生存から脱出したいとも考えてはいるが、だからといって「別の生存」のあり方についてのイメージはまったくない。ただ、今のような幸福と安全が持続することを願うばかりである。
必要だった構想力と覚悟
だから、こんなこんな肝心なときに、憲法の改正/非改正や多国籍軍への参加/不参加が中心的な論点になりえなかったことにも、理由が在る。多国籍軍への参加に憲法との不整合を覚える人は少なくないはずだ。だが、それならば、今までとは違ったやり方でーーたとえば日米の同盟・友好関係から離れてーー、我が国の安全や平和はあり得るのか。このように迫られてしまうのだ。つまりこれは、まさしき共同体の生存(存続)に関わる選択、mustの選択である。
通常の選択(oughtの水準)の前提をなす本質的な選択(mustの水準)へと人を誘うのは難しい。事実、社民党や共産党はこれに完全に失敗した。単に護憲や自衛隊の海外派兵を批判しているだけでは駄目である。まったく異なった枠組みのもとでも、共同体の秩序が存続しているということ、構造のトータルな崩壊はあり得ないということ、こうしたことを保障してやらなくてはならないのだ。そのために必要なのは、決定的な構想力(想像力)と結果責任への覚悟(「そんなつもりはなかった」と言わないこと)である。
だがそれらを担う者はどこにもいなかった。今回の選挙が選んだこと、それは選択と云うことの拒否そのものである
(上)戦後59年の参院選
2004/6/22(火)朝日新聞
小林信彦
ごく最近、三人の知人が<日本の右傾化が心配です>という意味の手紙をくれた。三人といっても、三十代、四十代、五十代と、世代はバラバラである。
いずれも良識ある人達なので、その気持は良くわかるが、僕の思いを説明するのは難しいなあと思った。
僕は敗戦の年に中一だった。太平洋戦争前を記憶していて、戦時中の匂い、空気をハッキリ覚えている世代である。
7年後すでに、
<逆コース>という流行語があった。昭和26年(1951)年のことで、戦後六年目にすでに<戦後民主化政策からの逆転>が論じられていたのである。この昭和二十年代後半が、僕に言わせれば<右傾化>の時代である。警察予備隊が保安隊になり、自衛隊と名を変えて発足したのが昭和二十九年だった。
昭和二十九年の秋は就職活動の年でもあった。このとき入社試験に<憲法改正をどう思うか>という問題が出た。ぼくは<改正>となぜ言い切れるのか、<改悪>ではないのか、それを論じるのならば<憲法改定>だろう、と書いた。日本国憲法は昭和二十二年施行だから、七年後にすでに<改正>が叫ばれていたのである。そして、入社試験で<憲法改正反対>と書いたりすると、試験を落とされるという空気は出来つつあった。
昭和二十九年は1954年だから、今から見て50年前、<戦時中とどこが違うのか分からないが、自由にものを言えない>という匂いは漂っていた。ただし自由にものを言ったからといって、戦時中のように、どこからか男が現われて「ちょっと来い」と連行するようなことはなかった。<非国民>というののしり方もなかった。
明らかに、時代が変わったと思ったのは、それから十年後の東京オリンピックの年である。今でいうところのプチ・ナショナリズムに火がついたのはこの年で、東京のある町では、国旗が家々に配られ、玄関に立てることが強制された。ただし、敗戦後十九年目では完全な強制というわけには行かなかった。戦争の記憶が失せていない世界では、戦時中そのままというわけには行かない。職業がら、僕は高度成長に浮かれることがなかった。そういう余裕がなかったともいえる。様々な事件があり、身近に恐怖を感じるようになったのは、1980年以降である。もともとが無思想な商人の息子であり、あらゆる意味で否政治的で孤立していた僕が、ニュースに敏感になった。
リプレイの恐怖
恐怖が第一のピークに達したのは、阪神。淡路大震災と地下鉄サリン事件(1995年)の時である。娘が地下鉄に乗っていて、危うく事件に巻き込まれるところだったせいもあり、以来深夜のラジオのニュースを聞く癖がついた。村山総理大臣が大震災にすぐに気がつかなかったのも恐ろしいし、オウム真理教によるテロが<テロ>として扱われなかったのも恐怖である。この後、僕は別な世界に入った気がする。
薄暗い閉鎖的なトンネルといってもいい。小泉内閣が生まれたとき、そのトンネルを抜けたと僕は思った。まさか、そこから<戦前のリプレイ>の恐怖が始まるとは思ってもいなかった。いや、軍歌の「ああ、堂々の輸送船」に近いイラク行きの自衛隊の船をテレビで見ると、これは正に<戦時>であった。只戦争を体験していない政治家、官僚が大半なので、このリプレイにはゆがみと滑稽さがあった。
戦前・戦時を経験している人々(六十代の終わり以上)の怒りは僕には良く分かるが、それらのひとびとは怒りのやり場がない。新聞の投書を見ていると、七十代の人の発言を見かけるが、おそらくそれしか発言の場がないのだと思う。(もちろん、戦争の悲惨さなど忘れた人や、戦争にノスタルジーを抱いている人もいるだろうが)
今や、弱者への見当違いのバッシングが、<非国民>呼ばわりの代わりに存在する。戦時中に存在した大半の罰則は揃いつつある。
本音を言えば、参院選に向かって、僕は半分くらい絶望しているのだ。絶望の虚妄なことは、希望が虚妄であるに等しいという誰かの言葉を思い出し、僕は合う友人に向かって、今回は必ず投票しろよと、がらにもなく語りかけている。
昭和二十年代後半、吉田内閣がぐらついてきた頃、当時の大人が二十位の僕に向かって、「日本の政治なんてどの党がやっても同じですよ」とささやきかけたのを思い出す。それは当たっている部分もあったが、結局は外れ、吉田内閣は倒れた。
一つ・・・例の年金問題を含め手、投票でなければわれわれの苦しみは変えられない。
一つ・・・だから、とりあえず、投票所に行くこと。
一つ・・・政争に呆れての無関心がもっとも危険。誰かの思うつぼにはまります。
(中)橋爪大三郎は平凡で刺激・切迫感共になし。参院選を前に書ける文章ではない。
(下)事変までとの符合、妙な気分
半藤一利
(04/6/26)
「ウム、これは満州事変だよ。」と思わず呟いた。イラクへの「自衛隊派遣 私はこう考える」という「文芸春秋」(三月号)のアンケートを読んだときの話である。
答えた37人の識者のうち、派兵賛成が16人、反対15人、「どちらとも言えない」6人。とにかく自衛隊が派遣されてしまい、既成事実になって今更引き返しもならないから、「賛成」「とか「どちらとも言えない」という意見になった人も多かった。これは満州事変の時の日本人の意見にそっくりと思えたのである。
軍事台頭と改憲論
昭和6(1931)年、満州事変が勃発したとき、国民の大多数は支持者ではなかった。指導層すらが反対の意を表明した。にも関わらず、「出てしまったものは仕方がない」と時の首相の一言もあり、マスコミの太鼓叩きもあって、「不拡大方針」は吹っ飛んでしまう。詳しくは拙著『昭和史』に書いたことゆえ簡単に済ますけれども、現実がもはやそこまで来た以上、もはや原則論や理想論はむなしいと、世論は妥協、そして拡大指示の方へと走っていく。そして上海事件、日中戦争と出先で作られる既成事実が重ねられ、「五族共和」「東洋平和」のスローガンの下、対米英戦争へ坂道を転がっていったことは、改めて書くまでもない。満蒙の危機が叫ばれ出して満州事変まで、複雑な議論を重ねながら12、3年の経過があった。今、自衛隊のイラク出兵は、「人道支援」「復興支援」の名目で、そのまま多国籍軍の一員となるまでに進展した。考えてみると、PKO協力法が成立し、自衛隊がカンボジアへいったのが1992年。あれから12年にして自衛隊は正真正銘の占領軍の一角を占める。意見に目をつむっている点も含めて、話の平仄が合いすぎて、書いていても妙な気分になってくる。
さらには、有事関連諸法もろくな議論もないまま国会を通過した。結果として、軍事がこれからの政治の表舞台に顔を出してくる。これも満州事変と同じである。特に、改憲論が一層かまびすしくなろう。そうしないと辻褄が合わないからである。
たとえば、法制の中核「国民保護法」である。一旦緩急アラバ「国民の保護」が重要であることは当然。しかし、法が明記している「国民の協力」とは何事なるか、とまず声が上がる。そもそも国家の防衛とは他人事にあらず、全国民の「基本的な義務」であるべし。が、憲法には国民の国防義務については片言隻句も触れられていない。これでは国を守るべくもない。云々。また、「武力攻撃事態対処法」は、敵の攻撃に際して、国民の自由と権利の制限を一応認めているが、あくまで憲法の枠内で、と定められている。これじゃあ制限など出来ないに等しい。陸海空三軍の総司令官である首相の権限は?地方公共団体の長の義務と権限は?明確でない。国家の独立と主権、国民の安全を守るために不可欠な法制がやっと出来たというのに、真の国家緊急事態には対処出来ない。よろしく憲法を・・・。
こうして今の日本は底流で唸りをあげ激動を続けているのに、誰もさしたる関心を払わない。その時代に息しているものは奔流となって走る歴史の理法を知ることはほとんど不可能なのである。後世から見れば、満州事変前後に大きな昭和の転換点があったとわかるが、当時の日本人は大いなる転回期を生きていると分かっていなかった。同様のことが今の私たちにも当てはまある。後になれば、あの時分かっていれば、と千載の悔いを悔いなければならないような、歴史の分岐点にわれわれは立っている。日本の明日がどういう国になるか、それは分からない。歴史はそこまでサービスしてくれない。
確かヘーゲルの言葉であったように記憶するが、「人が歴史から学ぶ最大の教訓は、人は決して歴史から学ばないということだ」という。歴史を学ぶことは、言うは易く行うにはまことに難しい。
若者たちよ
それにしても、日本の若者たちよ、君たちは歴史を知らなすぎる。知らないから選挙なんかしたって何も変わらないと決めつけてノホホンとしていられる。君たちは国家を自分たちとは全く無縁な存在とでも思っているのか。国というものは、君たちの相違によってどうにでも「この国の形」を変えることができるものであり、君たちの石と関わりなしに、国の重大事が決められるようなことがあってはいけない。いま君たちは日本のあすのため一番大事な時代を生きているのであり、それゆえ国がやっていることにノーであれ、イエスであれ、その意思を表明すべきときなんである。
と書くそばから、日露戦争と宇治の外務大臣の小村寿太郎の言葉が浮かんだ。日本人はぐずぐず文句言ったりそっぽを向いたりしていても、鉄砲を一発ぶっ放すと、みんな黙ってついてくる、という言葉なんだが。歴史は、我等日本人が愛国的熱狂でかーっとなりやすい民族であることを、まことに良く証明してくれている。そう思うと背筋に冷たいものが走る。
日本よ、いつまでも平和で穏やかな国であれ。
≪自民党新憲法草案の要旨≫
第一章 天皇
(天皇)
第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。
(皇位の継承)
第二条 皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
第二章 安全保障
(平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(自衛軍)
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。
2 自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 自衛軍は、第一項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。
第三章 国民の権利及び義務
(基本的人権の享有)
第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる。
(国民の責務)
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、保持しなければならない。国民は、これを濫用してはならないのであって、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う。
(個人の尊重等)
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
(法の下の平等)
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、障害の有無、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2 華族その他の貴族の制度は、認めない。
3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴わない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
(思想及び良心の自由)
第十九条 思想及び良心の自由は、侵してはならない。
(個人情報の保護等)
第十九条の二 何人も、自己に関する情報を不当に取得され、保有され、又は利用されない。
2 通信の秘密は、侵してはならない。
(信教の自由)
第二十条 信教の自由は、何人に対しても保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及び公共団体は、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超える宗教教育その他の宗教的活動であって、宗教的意義を有し、特定の宗教に対する援助、助長若しくは促進又は圧迫若しくは干渉となるようなものを行ってはならない。
(表現の自由)
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の 自由は、何人に対しても保障する。
2 検閲は、してはならない。
(国政上の行為に関する説明の責務)
第二十一条の二 国は、国政上の行為につき国民に説明する責務を負う。
(居住、移転及び職業選択等の自由等)
第二十二条 何人も、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2 すべて国民は、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。
(学問の自由)
第二十三条 学問の自由は、何人に対しても保障する。
(生存権等)
第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、国民生活のあらゆる側面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
(国の環境保全の責務)
第二十五条の二 国は、国民が良好な環境の恵沢を享受することができるようにその保全に努めなければならない。
(犯罪被害者の権利)
第二十五条の三 犯罪被害者は、その尊厳にふさわしい処遇を受ける権利を有する。
(教育に関する権利及び義務)
第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、無償とする。
(勤労の権利及び義務等)
第二十七条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。
2 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律で定める。
3 児童は、酷使してはならない。
(財産権)
第二十九条 財産権は、侵してはならない。
2 財産権の内容は、公益及び公の秩序に適合するように、法律で定める。この場合において、知的財産権については、国民の知的創造力の向上及び活力ある社会の実現に留意しなければならない。
3 私有財産は、正当な補償の下に、公共のために用いることができる。
(納税の義務)
第三十条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う。
第六章 司法
(裁判所と司法権)
第七十六条 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
2 特別裁判所は、設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行うことができない。
3 軍事に関する裁判を行うため、法律の定めるところにより、下級裁判所として、軍事裁判所を設置する。
4 すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される。
第七章 財政
(財政の基本原則)
第八十三条 国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて行使しなければならない。
2 財政の健全性の確保は、常に配慮されなければならない。
(予算)
第八十六条 内閣は、毎会計年度の予算案を作成し、国会に提出して、その審議を受け、議決を経なければならない。
2 当該会計年度開始前に前項の議決がなかったときは、内閣は、法律の定めるところにより、同項の議決を経るまでの間、必要な支出をすることができる。
3 前項の規定による支出については、内閣は、事後に国会の承諾を得なければならない。
(公の財産の支出及び利用の制限)
第八十九条 公金その他の公の財産は、第二十条第三項の規定による制限を超えて、宗教的活動を行う組織又は団体の使用、便益若しくは維持のため、支出し、又はその利用に供してはならない。
2 公金その他の公の財産は、国若しくは公共団体の監督が及ばない慈善、教育若しくは博愛の事業に対して支出し、又はその利用に供してはならない。
第八章 地方自治
(国及び地方自治体の相互の協力)
第九十二条 国及び地方自治体は、地方自治の本旨に基づき、適切な役割分担を踏まえて、相互に協力しなければならない。
第九章 改正
第九十六条 この憲法の改正は、衆議院又は参議院の議員の発議に基づき、各議院の総議員の過半数の賛成で国会が議決し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票において、その過半数の賛成を必要とする。
2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体であるものとして、直ちに憲法改正を公布する。
(注)新憲法草案の条文番号は、現段階では、参照の便宜のため現行憲法とそろえた。
(共同)
(2005/10/28 17:55)
3日の憲法記念日を前に朝日新聞社は、日本国憲法について、全国世論調査を実施した。憲法全体をみて、「改正する必要がある」と答えた人は前回調査(01年)の47%から今回53%に増え、本社調査で初めて5割を超えた。憲法9条についても、「変える方がよい」が前回の17%から31%に増加。「変えない方がよい」は60%だった。施行から57年たち、国際テロなど新たな問題の登場もあって、人々の憲法観が変わりつつあることをうかがわせた。
調査は4月11、12の両日、全国の有権者3千人を対象に面接方式で実施した。
憲法改正について同趣旨の質問は55年から実施している。質問文が異なるので直接の比較はできないが、改正について肯定的な見方は、86年調査までは3割程度だった。97年調査からは肯定的な見方が否定派を上回り(46%対39%)、今回初めて肯定派が5割を超えた。「必要はない」は35%で、01年の36%とあまり変わらない。
一方、憲法改正を必要と考え、それが「差し迫った問題」だと考えている人は29%。01年調査は26%だった。
改正を必要と考える理由では「新しい権利や制度を盛り込むべきだから」が最多の26%。改憲派の半数は、プライバシー権や環境権など「新しい権利」に目を向けている。続いて「アメリカの押しつけではない憲法をつくりたいから」14%、「第9条に問題があるから」7%、「文章がわかりにくいから」5%の順。
改正が必要でない理由としては「多少問題があるが改正するほどではない」(15%)が最も多かった。
01年4月に、改憲の必要性を力説する小泉首相が組閣。その後、米国の同時多発テロ、北朝鮮の核開発や拉致、工作船事件など国民の安全保障観を揺さぶる出来事が続き、国政の場での改憲論議が加速し始めた。
さらにイラクへの自衛隊派遣を巡って、「合憲」とする政府・自民党内にも、派遣が憲法の想定を超えるとの批判がくすぶる。一方、派遣を「違憲」とする民主党も対案の一つとして国連待機部隊構想を提唱する。双方から、9条改正が議論の俎上(そじょう)に載せられるようになっている。
このような政治状況を反映し、世論の9条への関心も高まっている。憲法の中で関心あるテーマでは「9条」と答えた人は31%。01年調査の20%より増えた。
憲法9条について「変えない方がよい」は60%。01年の74%よりかなり減少したが、改正派の倍を占める。憲法を「改正する必要がある」と答えた層で、9条改正の賛否をみると、ともに47%で意見が分かれた。
9条改正派にどのように変えるのがよいかを重ねて聞くと「自衛隊の役割として国際貢献を明記する」が13%でトップ。
一方、改正反対派にその理由を聞くと「日本の平和に役立っているから」に32%が集まった。
[イラク人道復興支援特措法に基づく対応措置に関する基本計画について]
平成15年12月9日
【小泉総理冒頭発言】
本日、イラク人道復興支援特別措置法に基づきまして、イラクに自衛隊を派遣し、イラクの復興人道支援活動にあたらしめることを閣議決定いたしました。
その詳細については、今後、実施要項を定め、十分な準備を行った上で派遣することになります。
まず、今回の自衛隊派遣につきましては、これはイラクの人道復興支援のために活動してもらうということです。武力行使はいたしません。戦闘行為にも参加いたしません。戦争に行くのではないんです。イラクの安定した民主的政権をつくるために、米英始め、各国が協力しております。日本も国際社会の責任ある一員として、イラクの国民が希望を持って自国の再建に努力することができるような環境整備に責任を果たしていくことが必要だと思います。
そのために、日本は資金的な支援のみならず、物的支援、人的支援、自衛隊も含めた人的支援が必要だと判断いたしました。
私は、現在、イラクの情勢が厳しい、必ずしも安全だとは言えない状況だということは十分認識しております。
そういう中で、この自衛隊の諸君にも十分活動してもらわなければならない分野がある。まず、イラク人が希望している、そして日本国民、政府職員にしろ、自衛隊諸君にしても、イラク国民から歓迎される活動をしなければならないと思っております。
今回の判断におきましても、まず、イラク人の、イラク人による、イラク人のための政府をつくらなければならない。そして、イラクの国民が希望を持って、自国の安定と発展のために活動したいと多くのイラク国民は願っていると思います。その支援のために、私は自衛隊の派遣が必要だと考えて判断したわけであります。
かねがね私は申し上げておりますように、日本の平和と安全を確保すると。そして繁栄を図る。そのためには、日米同盟を強化しつつ国際社会と協力していかなければならない、いわゆる日米同盟と国際協調をいかに両立させるか、このことが日本の外交政策の基本でなくてはならないと思っております。
今回、イラクの人道復興支援、日本がどのように取り組んでいくか。これはまさに、日米同盟、国際協調の両立を図る、口先だけではない、その行動が試されているときだと思っております。
日本の平和と安全を確保するのは日本一国だけではできません。だからこそ、日米安保条約を提携し、日米同盟を、これを大事にしていかなければならない。
アメリカは日本にとって唯一の同盟国であります。アメリカはイラクに安定した民主的政権をつくるために、大きな犠牲を払いながら、今、努力しております。
どの国も国際社会も、「米軍、手を引け」という言葉は聞かれません。そういう中で国際協調を図っていかなければならない。日本にとってアメリカは同盟国であるし、日本もアメリカにとって、信頼に足る同盟国でなければならないと私は思っております。
そういう観点から、日米同盟、信頼関係を構築していくことは、これからも極めて重要なことだと認識しております。
同時に、アメリカ一国だけで、このイラクの復興支援が成り立つとは思っておりません。国際社会の協力が必要であります。私は、今までも、ブッシュ大統領やブレア首相、各国首脳との会談の中でイラクの復興支援のためには国際協調体制を構築することが極めて重要である。何回も繰り返しその必要性を述べてまいりました。
国連におきましては、9月においても10月においても、国連加盟国に対し、イラク復興支援の努力を要請しております。日本は、日本としてその要請に応えなければならない責任があると思っております。その際に、資金的支援だけで済むか、そうではありません。
去る11月29日、残念ながら奥克彦大使、井ノ上正盛書記官、非業の死をイラク復興支援活動中、遂げられた。誠に残念でありますし、このような残虐非道な犯行に対して強い憤りを覚えております。
こういう厳しい中にあっても、我が国の外交官は、日本は何をなすべきかという観点から、あえて危険な地域にかかわらず復興支援に取り組んで、あのような残念な結果になりましたが、我々はこの悲しみを乗り越えて、日本として何ができるかということを、今、真剣に考えなければならないと思っております。
私は、このイラク復興人道支援に対して、多くの国民からも不安なり、あるいは自衛隊を派遣することに対して反対の意見があることは承知しております。ここで自衛隊派遣は憲法に違反するという声があるのも聞いております。
しかし、憲法をよく読んでいただきたい。憲法の前文、全部の文章ではありません。最初に述べられた、前の文、前文の一部を再度読み上げます。
「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」
まさに日本国として、日本国民として、この憲法の理念に沿った活動が国際社会から求められているんだと私は思っております。
この憲法の精神、理念に合致する行動に自衛隊の諸君も活躍してもらいたい。これは大義名分にかなうし、我が国が自分のことだけ考えているのではない、イラクの安定、平和的な発展というのはイラク自身にとって最も必要だし、日本国にとっても必要であります。世界の安全のためにも必要であります。
もし今、米軍が手を引いて、イラクのテロリストの脅迫に屈して日本が手を引くということになって、一番不安定になるのは世界であり、イラクの国民であり、その被害を被るのは日本であります。
そういう点を考えますと、私は自衛隊だから行ってはいけないという、そういう考えは取っておりません。一般国民にできない仕事を、自衛隊が日ごろの訓練によって鍛えております、装備も持っております、一般国民にできない仕事を自衛隊ならできるんです。
自衛隊の諸君は、今回の状況に対して、どのような心境でいるか、私も心配しております。しかし、防衛庁長官から聞くところによりますと、多くの自衛官諸君が命(めい)に応え、使命感に燃えてイラクに赴くという決意を固めているということを聞きまして、誠に心強く、誇りにも私は思っております。
一般の国民にはできない、日ごろの厳しい訓練に耐えて、あえて決して安全ではないかもしれない、危険を伴う困難な任務に決意を固めて赴こうとしている自衛隊員に対しまして、私は多くの国民が、願わくば、敬意と感謝の念を持って送り出していただきたいと思います。
まさに今、日本がどのようなイラク復サ支援に取り組むか、それは憲法の前文にあるように、日本国の理念、国家としての意思が問われているんだと思います。日本国民の精神が試されているんだと思います。危険だからといって人的な貢献をしない、金だけ出せばいいという状況にはないと思います。
日本としてできるだけのことを支援すると。そういうことによって、多くの外交官も、あるいはNGOで活躍している一市民も、そして自衛隊の諸君の活動も、イラク国民から評価されれば、一番恩恵を受けるのは日本の国民だと私は思っております。
自衛隊は、今まで海外の活動で、多くの成果を挙げてきております。今から12年前初めて海外活動を自衛隊は行いました。ペルシャ湾での掃海活動、その後十数年の間においてカンボジアでのPKO活動、モザンビークでのPKO、ルアンダでのPKO、ゴラン高原でのPKO、インド洋での対テロ支援、東ティモールでのPKO、いずれも規律正しい自衛隊諸君の活動は、現地の住民から歓迎され、評価されて、強い信頼関係を築いてまいりました。
一般市民にはできない、自衛隊だからこそできる活動を自衛隊諸君はしてきてくれるんです。私は、今回もイラクに赴いて、イラク市民の必要な、イラク市民から歓迎されるような活動を自衛隊が行うことは、必ずや今までの活動と同じように高い評価を受けるものだと思っております。
自衛隊を派遣する場合には、十分な安全面においても配慮をして、日本政府として全力を挙げてその活動を支援していきたいと思います。どうか国民の皆様方の御理解と御協力を心からお願い申し上げます。
【質疑応答】
【質問】 具体的にお伺いします。基本計画では、派遣の期間を12月15日から1年間ということになってますが、具体的に自衛隊はいつ派遣されるのか、特に与党内からも陸上自衛隊の派遣には慎重論がありますけれども、この時期は具体的にどのように想定されていらっしゃるんでしょうか。
【小泉総理】 今後、具体的な時期については、実施要項を決めてから判断したいと思います。
また、それぞれの活動、航空自衛隊、あるいは陸上自衛隊、海上自衛隊、活動地域も活動分野も違うと思いますけれども、私はその派遣の時期については防衛庁長官が今後具体的な実施要項を定めます。それを見て判断したいと思っております。
【質問】 自衛隊の活動についてですが、非戦闘地域で行うということですが、実際にはイラク各地でテロが相次ぎ、非戦闘地域がいつ戦闘地域に変わるかわかりません。
首相は先の通常国会で、隊員の安全性について、殺される可能性があるかもしれないと答弁したことがありますが、こうした危険性について、現時点でどのように認識されているのか。
また、万が一のことがあった場合、どう対応するのか、政治責任も含めてお考えを伺います。
【小泉総理】 可能性を言われれば切りがありません。どこでも全く安全だということはないと思っています。
しかし、危険性というものを十分認識しながら、その対応をどうするかということをしっかり考えていかなければならない。
政治責任を取る、そうことについては、これはどのように取るかというのは、私はまず安全面に十分配慮して、イラクの復興人道支援に協力できるような活動をしてもらう、そのための十分な準備をする、装備をする、そしてイラクの国民から評価されるような活動をする。それを果たすのが、私の政治責任だと思っております。後のことは、どういう責任が生じるか、その時点で私が自分で判断いたします。
【質問】 今回、基本計画の中には、派遣される装備品の中に、無反動砲などといった、これまで自衛隊が海外での任務に持っていったことのない武器も入っております。これは現地での護身のために必要ということなんですけれども、政府与党内にも、現地で、日本は海外での武力行使を憲法で禁じているわけですけれども、その場合に海外での武力行使につながるおそれはないのか、これを懸念する声がございます。総理は、この辺り、どのようにお考えでしょうか。
【小泉総理】 自衛隊は、復興支援活動に赴くんです。戦争に行くんではありません。武力行使はしないんです。しかし、テロリストというものに対して正当防衛はしなければいけない。そのための装備はしていかなければならない、十分考えていかなければならないと思っております。正当防衛までも武力行使に当たるとは私は思っておりません。
【質問】 総理は、これまで自衛隊の派遣の決断について、事態を慎重に見極めて判断するというふうにおっしゃっておられましたけれども、今、この時期に判断されたというのは、どういう状況だと見極められたのか。
それと、先ほどの質問の中で、現時点では、陸自、空自、それぞれの派遣時期について、具体的な目途はお持ちでないのかというのを改めて確認したいと思います。
【小泉総理】 陸自、空自、これはもう防衛庁長官、実施要項を決めますから、その時点で私が判断します。
それと状況、これはイラクの復興支援のために、40か国近い国がそれぞれ軍隊を派遣して、治安確保なり、あるいは生活環境の整備に当たっている。
そして、イラクの開戦の際の意見的対立は乗り超えて、国連では全会一致で加盟国に対して復興支援の努力を要請しております。
そういう状況を考えて、日本が今、お金だけ出せばいいという状況にはないと私は判断いたしました。
そして、外交官まで殺害される、あるいは他国において全く関係のない民間の方も殺害されている。そして復興支援に努力しているイラク人自身もテロリストによって殺害されている。こういう状況でありますから、危険がないとは言えません。
その際に、自衛隊だったならば、一般市民のできないような日ごろの訓練もしております。危険を回避する努力もできます。また、危険を防止する装備も持っております。一般国民にはできないことを自衛隊ならできる分野があると思ったから自衛隊の派遣を決断いたしました。
そういう必ずしも安全とは言えないかもしれないけれども、危険を伴う困難な任務に、使命感に燃えて行ってみようと決意している自衛隊職員に対して、私は心から敬意を表したいと思っております。
【質問】 基本計画の中で決めた自衛隊の派遣期間についてお聞きします。
テロ対策特別法に基づいた自衛隊の派遣期間というのは、半年間だったと思いますが、今回は、テロ対策特別法に基づく自衛隊の活動よりも治安状況は厳しい上に、更には治安の見通しが立たないといった今回のイラクへの派遣ですけれども、それにもかかわらず、この派遣期間を1年にした理由というのをお聞かせください。
【小泉総理】 テロ特措法も2年の期間でありましたけれども、6か月計画を立てて、延長して2年経ちました。今までも更に延長しました。そういうことの状況からすると、このイラク支援法は4年間です。その中で1年間の復興支援活動、6か月よりも妥当ではないかと、今までの状況を考えまして、そう判断いたしました。
【質問】 一般の人の素朴な疑問は、なぜ治安が比較的よいと思われた夏場には派遣せずに、治安が悪くなった今派遣するのかと、そういう疑問があると思います。率直に御説明ください。
【小泉総理】 それは、治安が悪いからといって、人的支援をしなくていいかと、何もしなくていいかと、お金だけの支援でいいかという考えならば、そういう意見も成り立ちます。
私は、こういう治安の状況が悪くなった中でも、今、各国がイラク復興支援のために活躍している。しかも、国連が加盟国すべてに対して、イラクの復興支援に対して、それぞれの国の事情もあるけれども、その国が主体的に考えて努力してくれという要請が来ている。
そういう中にあって、私は治安状況が悪い中でも活動できる分野がある。その際には安全面も十分配慮できる。一外交官、一民間人では安全面について不安があって活動できないけれども、自衛隊なら、そういう安全面、危険を回避する手立てを講ずることができる。だからこそ自衛隊派遣を決断し、日本は資金的援助だけでない、人的支援もすると、世界各国が苦しんでいる、イラク国民も一日も早くイラク復興のために自分たちの政府をつくりたいと努力している国民がたくさんいる。
そういうときに、日本は、日本にふさわしい主体的な支援をする。資金的援助だけではない、人的支援もする。そういう中で自衛隊派遣も決断いたしました。
【質問】 先ほども少し出ましたが、今回の派遣で犠牲者が出ることも十分考えられます。犠牲者が出たときに、自衛隊を簡単に撤退させるわけにもいかないでしょうが、そのまま活動を続ければ泥沼化して被害を広げてしまうことが多いというのも歴史が証明しています。
今からこうしたケースを想定するのは、決して早過ぎることではないと思うのでお聞きしたいのですが、この自衛隊に大きな犠牲が出たとき、撤退なども含めて総理の対応をお聞かせください。
【小泉総理】 泥沼化するのは、今、国際社会がイラク復興支援に手を引いたときの方が泥沼化すると思います。自衛隊派遣を反対する人たちは、よく「アメリカ撤退せよ」と叫んでおります。国際社会の中で、「米英軍撤退しろ」という声は聞いておりません。国際社会の関与を強めることがあっても、「米英軍手を引け」という声は一つも聞いてない。
そういう中にあって、私はむしろ国際社会が協力してこのイラクの安定した民主政権をつくるために努力しなかったら、もっと泥沼化します。イラクをテロリストの拠点にして、テロの脅迫に屈して、支援しませんと言ったら一番困るのはイラク国民ではないでしょうか。イラクが泥沼化して一番困るのは、イラク国民であり、日本であり、世界各国ではないでしょうか。泥沼化しないためにも、日本は協力する必要があると思っております。
私は、日米同盟と国際協調の重要性を指摘してきておりますが、同盟国のアメリカに協力するのも大事であります。同時に、国際協調を図ると言っていながら、ほかの国にやってくださいと、日本だけはやりません、そんなこと言えないと思います。
国際社会の一員として、国際協調体制を図るべきだというんだったら、まず日本がどのような国際協調をしているのかということを国際社会に示す必要があると思っております。それでこそ、日本は世界に向かって国際協調を図るべきだということが言えると思います。
【質問】 首相は、さきのイラク戦争を巡って、米国の取り組みを支持したわけですけれども、その戦争の目的とされた大量破壊兵器は今も見つかっていないわけで、そこでイラク戦争の大義が問われているわけです。
戦争を反対する人の中には、そうしたことを指摘する声が非常に強いわけですけれども、総理はイラク戦争に踏み切った米国を支持したあのときの判断は、今でも間違ってないと思うのか、またそういう中で危険な地域に自衛隊を出すことについて、どう思われるかお伺いしたい。
【小泉総理】 私は、開戦のときの米英を支持した決断は、今でも正しいと思っております。このイラクの大量破壊兵器、過去フセイン政権のときにフセイン政権は自国民に大量破壊兵器を使ったということは、もう多くの事実が証明しております。しかも国連決議、何回も出してきたけれども、フセイン政権は無視してきた。あの国連決議をフセイン政権が尊重していれば、戦争は起こってないはずです。
それは、イラクの開戦を支持したことが間違いだという人がいますけれども、私は間違いだと思っていません。今、フセイン政権が続いていたら、どれほど世界に脅威を与えていたか、イラク国民が専制と圧制にどれほど苦しんでいたか、自由のないイラクで、どれほど多くの国民がおびえて過ごさなければならなかったか、それを考えれば私は今、ようやくイラクが希望を持って、自らの手によって自分たちの力でイラク復興に立ち上がろうとしている。これに手を差し伸べるのは当然だと思っております。
【質問】 今回の意思決定を行われるに当たって、国内のテロの可能性といいますか、リスクのことをちょっとお伺いしたいんですけれども。アルカイーダと見られるような声明がかつて出て、自衛隊を派遣すると新たな政治的メッセージを日本が送ることになるという見方をする人もいるわけですけれども、その辺の国内のテロ対策といいますか、テロのリスクについてはどのように検討され、どういうふうにお考えですか。
【小泉総理】 テロにおびえるということもありますが、イラク開戦前から、テロ行為は世界各地で続いていたんです。2年前の9月11日、イラク開戦前に起こったんです。3,000 人近い人が、あのニューヨークのテロ活動で亡くなった。日本人も24名の方があのテロによって命を落とした。
バリにおきましても、多くのオーストラリア人がテロ活動によって命を落としました。日本人も2名の方が命を落としております。
イラクの開戦があるからテロがあるんだとは、私は思っていません。どこにあっても今、テロの危険はあります。
日本が人的支援をしたからテロをするんだ。そんなことにおびえて、日本が国際社会でテロをなくそうと、テロを撲滅しようと、テロ対策をしようと、国際社会で協力しながらやろうとしているときに、日本が自衛隊を出したからテロの標的にする。そこに屈して、果たして日本はどうなるんでしょうか。国際社会と協力してテロ撲滅に当たらなければいけないと言っている言葉はどうなるんでしょうか。テロに屈してはならない。そのために、国際協調体制を築いていくことが重要だと思っております。
今回のイラクの復興支援についても、日本だけが「危険だから行くな」、「危険なことはほかの国でやってくれ」と言って、本当に国際社会の中で名誉ある地位を占めたいという憲法の理念にかなうんでしょうか。私はそうは思いません。今こそ、イラクに安定した民主的政権をつくるために国連安保理の決議によって、すべての国連の加盟国にイラクの復興支援に努力してくれという訴えに応えるときではないでしょうか。テロに屈してはならない、イラクの復興、安定した政権をつくるために日本も相応の支援をする必要があると思います。
【質問】 今回、武器弾薬の輸送は行われるんでしょうか。
【小泉総理】 武器弾薬の輸送は行いません。
【質問】 行わない。
【小泉総理】 行いません。
【質問】 それは、実施要項の中とかで担保されるんですか。
【小泉総理】 そうです。
【質問】 そういうことですか。
【小泉総理】 はい。復興支援活動であります。日本は戦争に行くのではありません。自衛隊は復興人道支援活動に行くんです。