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豊田貴志 Official HomePage |
Profile
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■ 豊田 貴志 1959年 名古屋市出身。 5歳でバイオリンを始める。13歳で山本直純にその才能を認められ、TBSテレビ「オーケストラがやって来た」に出演。
翌'73年には新日本フィルと共演し'74年には毎日新聞社主催、全国学生音楽コンクールで古澤巌に次いで銀賞となる等、'70年代には主に クラシックのバイオリニストとして活躍する。
'79年 スペースサーカス (当時はフュージョン・バンドと呼ばれていたが最近では「プログレッシヴ・ジャズ・ロック・バンド」等とも称されている) のセカンド・アルバム「ファンタスティック・アライバル」のレコーディングに参加。
'80年代には東京芸術大学在学中から後藤次利、鈴木茂等と共にスタジオ・ミュージシャン、アレンジャーとして数多くのアーティストのレコーディングに参加。またギターの北島健二等と共に原田真二&クライシスのキーボード奏者としても活動。世良正則&ツイスト、もんた&ブラザーズ等と共に今日のJ−ROCK繁栄の基礎を築いた。
'90年代に入り、自然を求めて東京から日本の源郷とも言われる熊野(和歌山県那智勝浦町)に移住した後は、アルファー波ミュージックや1/fゆらぎサウンドの発明者として知られるようになり、自身の作曲・演奏による数々のソロアルバムCDはいずれも超ロングランのベストセラーに、また有線やサテライト、インターネットの専門チャンネルでも頻繁にオンエアされる。
2000年には明治神宮にて原田真二、松田聖子等と共に「鎮守の杜コンサート」に出演他、伊勢神宮、厳島神社等でも演奏を奉納。
2001年 ベーチェット病を発症。以降、一切のステージ活動を休止。 (豊田の場合は失明までには至らず両眼複視http://www1.ocn.ne.jp/~kamase/fukusi.htm>と言う症状ですんだ。一見普通に見える氏の眼鏡にはプリズムが入っており、コレが彼にとっての車椅子で有る)
2006年 ジョン海山ネプチューンのコンサートにゲスト出演して5年ぶりに復活。
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