天津-北戴河旅行記2008年9月12日-24日(14日間)

(辻中記)

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天津・北戴河・山海関旅行・スナップ→(辻中、大原)
   天津・北戴河・山海関旅行日程表
9/12(金)1日目
神戸港ポートターミナル(神戸第4突堤) 9:00〜11:00
 燕京号(1883便)  出港11時30分  神戸港
燕京号船中泊
9/13(土)2日目

朝食免費 船内旅行予定調整船内

燕京号 船中泊
9/14(日)3日目
朝食免費 天津新港着 14時00分 税関入国手続き
 溏沽駅市街散策 天津市内へタクシー移動
天津遠洋賓館泊
9/15(月)4日目
天津旧日本租界 フランス租界散策  天津遠洋賓館泊
9/16(火)5日目
天津 07時25分発(4417)〜北戴河着10時33分
ホテル住所=秦北戴河海浜海宇路90号  
北戴河浪琴嶼ホテル泊
9/17(水)6日目
山海関 天下第一関―――老龍頭 万里の長城東端 参観 スケッチ  北戴河浪琴嶼ホテル泊
9/18(木)7日目
北戴河老虎石付近 散策スケッチ 北戴河浪琴嶼ホテル泊
9/19(金)8日目
午前中北戴河駅 10時34分発 天津着 13時36分(T584) 天津津遠洋賓館泊
9/20(土)9日目
天津市内スケッチ  周恩来記念館参観(南開中学)参観 古文化街散策 天津津遠洋賓館泊
9/21(日)10日目
午前中 天津駅・万国橋付近スケッチ
天津市内発移動(16時00分)→溏沽新港
太沽市街散策 
18時までにチェックイン
天津巨川酒店泊
9/22(月)11日目
酒店朝食あり チェックアウト7:00 天津新港出国手続き 
8時30分頃燕京号(1886便) 天津出港 10時30分      
燕京号船中泊
9/23(火)12日目
船内 朝食免費  燕京号船中泊
9/24(水)13日目
船内 朝食免費 
神戸港ポートターミナル(神戸第4突堤)14時00分着
帰宅

 


天津・北戴河・山海関旅行記
執筆 天津国民学校同窓生 辻中 修(終戦時5年生) 
監修 天津国民学校同窓生 大原俊雄(終戦時2年生)
 今回の旅行は、前回の天津国民学校同窓 江南・天津・北京訪中団に私辻中は、腰痛のために参加できなかったことが、とても心残りだった。
前回の訪中団に参加された大原俊雄氏が往復燕京号の船旅で天津・北戴河方面への一人旅を計画中との報に接し、急に同行を申し出たところ快諾を得た。しかし、大原さんとは同じ奈良市の近くに住みながら互いに面識はなく出航当日に神戸港の出会いが初対面だった。中国は特にスリや置き引きの多い国ですから、一人旅はとても危険です。私には、一人旅はとてもする気になれない。
私は七十歳まで勤めていたが、最近とみに体力の低下を感じ始めた。国外旅行は今回が最後になるかも知れない。私は、歩くのが遅く、行動も遅いので、大原さんには、大変ご迷惑を掛けてしまった。

〔1日目〜3日目燕京号船内〕 
時間たっぷり燕京号の船旅

神戸を出港して二泊三日の船旅である。特別一等室を一人で占拠する贅沢な旅であるが、船室はかなり古くトイレやシャワーも決して快適とは言えぬ状態であった。10年前に荷物が多いために大阪から上海まで鑑真号を利用したことがある。鑑真号の特別一等室はツインでベッドが二床あり内装も美しく快適であった。
乗船してしばらくして、船内での安全訓練があった。乗船客全員がcを身につけ甲板デッキに集められた。船長から緊急避難命令が出された時の心得を中国語、英語、日本語で丁寧に聞かされた。


船には、筑波大学の学生二人が乗船していた。二人は、天津の南開大学に一ヶ月前に留学した学生のところで一泊し北京へ行って万里の長城を見て南下しインドへ入って一ヶ月あまりで帰国すると言う。英語は少し、中国語は数字も分からないらしい。北京へはどうして行くのかと訊ねると、列車で行く予定で切符は買ってない。日本と同様にすぐに切符は手に入ると思っているようだ。天津駅に着いたらすぐに售票処(切符売り場)へ行って列車の切符を手に入れること、買えなければ他の方法を考えることを助言した。とにかく中国の現状を知らないで旅行する彼らの無鉄砲さに呆れるしかない。
船内二泊三日で天津港に着いた。船上から見た天津港の変貌振りは、現在の中国の発展を表すものだ。10年前に比べてコンテナ埠頭の増加は何倍になるのか?また、造船台と思われる設備も何台も見受けられた。天津市は中国の数少ない特別市であり溏沽区は、特別開発区に指定され外国企業の進出を積極的に受け入れている。開発区は北へ北へと広がっている。現在も溏沽区の北方には塩田が広がっているが、それに変って近代的な自動車製造工場などが建設されつつある。
天津新港(拡大は写真をクリックして下さい)

天津站(駅)


 入国手続と税関を済ませるともう午後4時であった。天津市内の遠洋賓館ホテルまで移動であるが、学生達が頼ってくるので放っても置けず、一緒に行動することになってしまった。学生達は天津駅までバスで行くことに彼らはこだわっているので、取り合えず、溏沽駅までバスで行くことにした。何番のバスに乗れば良いか?バス乗り場はどこか?初めてのところでバスに乗るには大変時間がかかる。ようやくバスに乗り溏沽駅に向かったが40分ほどかかってしまった。タクシーなら15分で着くところである。
 溏沽駅に着くとタクシーに付きまとわれた。闇タクではないかと警戒した。天津駅行きの列車は1時間後に出ると言う。切符が買えるかどうか分からないし荷物は重い。天津駅行きのバス番号とバス乗り場を見つけるのにあちこちと歩き回わったが、なかなか分からない。先ほどのタクシー運転手は正式のタクシーに乗って付きまとってくる。ホテルへ行く時間も気になるので、いくらで行くかと聞くと120元で行くという。バスなら1時間半〜2時間かかるが、タクシーなら1時間で天津駅に着くという。メーターはあるかと訊ねると運転席の下にあると示した。料金メーターが120元以下ならばその料金、120元以上ならば  120元の約束で交渉成立。
既に5時になろうとしているので、学生達にはバス並み料金でよいからタクシーで行くことを提案し、了解を得たのでタクシーに乗り込んだ。6時までに遠洋賓館でチェックインしなければキャンセルされるかも知れないと言うので、運転手に携帯電話でホテルに〔少し遅れそうだ〕と電話してくれるように頼んだ。私の中国語は結構よく理解してもらえた。
 天津駅は駅前へ直接行けなくなっている。地下道を通って地下で降ろされる。学生達を降ろして遠洋賓館へ向かった。6時10分到着。120元未満であった。チェックイン
遠洋賓館

                             

 朝食付一泊340元×二泊分と押金(保証金)1,200元である。ホテルで円の兌換は不可以(不可能)と言う。中国銀行はどこにあるかと訊ねると少し向こうのビルの中だという。今日は日曜日、明日は中秋節で銀行も休み、明後日は早朝7時に北戴河行きの列車に乗らなければならない。燕京号の船内で兌換しなかったのが失敗であった。手持ちの1,200元を支払うと手持ちは100元足らず小銭である。この後の支払いは全て大原さんのお世話になり迷惑をかけることになってしまった。
 ○夕食は外食
遠洋賓館は天津駅に近く海河を渡ると旧日本租界の旭街である。近所にはレストランらしきものはない。ホテル内のレストランは高そうなので外食に出た。
旧万国橋(現解放橋)の一つ上にある大沽橋を渡ると旧日本租界の旭街に近いようだ。 
にぎやかな歩行者天国の通りを見つけたので夕食をとる店を捜した。公安らしい制服を着た男性に訊ねると、直ぐそこに餃子の「狗不理」の店があるし、その向こうを曲がると「天津?鴨」(天津ダック)の店があると教えてくれた。「狗不理」の店へ行くことにした。
帰りに方向を間違えて反対方向へ行き立派なキリスト教会らしき建物に出会った。間違いに気づき引き返してホテルへ帰ったが、大変な遠回りをして疲れ果ててしまった。

 

 

 

〔4日目9月15日月曜日〕
天津旧日本租界散策

 旧日本租界の旧居を再度見に行くことが今回の旅行目的の一つである。大原さんは前回に来た時に旧居の今の住人の李さんに親切に家の中を見せてもらった。そのお礼の物を持って来ているので届けたいと言われる。先方の都合を電話で訊ね、午後に訪問することに決めた。
 旧日本租界へ行くためにタクシーに乗り、鞍山道(旧宮島街)と南京路(旧住吉街)へ行くように告げた。途中で大原さんが「ここだ。」という所でタクシーを下りて歩いた。旧宅の近く須磨街で、淡路国民学校・幼稚園はその裏側である。早く着きかすぎたが家の中へ、
大原氏旧宅でお茶をいただき、ご主人に案内してもらって溥儀記念館と旧幼稚園を訪ねた。

溥儀記念館 中秋節で休館  
         

旧天津日本人幼稚園 表玄関前の大原氏


中秋節で休館であったが、「日本の友達を案内しているので中へ入らせて欲しい」と頼んでくれたので建物の中へは入れなかったが庭には入れてもらえた。溥儀記念館は5年前には来た時は放置されて荒れ果てていたが、すっかり美しく整備され、天津市の保存建築物
に指定されていた。日本租界の他の保存建築物として旧武徳殿が指定されている。

 

旧武徳殿歴史的特殊保護建築物         

旧武徳殿

 辻中の旧加茂街(青海路)の家はそのままあった。門柱はそのままで窓枠は塗り替えてあるが建具は以前のままである。大原さん旧宅と同じく一階と二階で3世帯が住んでいる。加茂街の建物はほとんど残されており、二年生の時に絵に描いて展覧会で銀賞を貰った建物も残されていた。

旧伏見街(万全道)三島街の家は5年前に来た時は取り壊し建築中だったが、
今回行ってみると、淡路街にまたがって大きなビルが建っていた。食品店や薬品店もすっかりなくなっていた。


ちょうど12時になり、昼食のために旧淡路街のラーメン屋のような店に入った。元は日本人が住んでいた建物と思われるが、トイレを借りたいと言うと大か小かと聞くので小だと答えると奥だと言うので行ってみると元は便器があったところは壊れていてオイル缶のようなものが置いてありそこで用を足しているようであった。やはりオマルを使っているのか?

○旧フランス租界へ
 
昼食をすませ、午後の行動に移った。宮島街を南下し運河沿いの旧住吉街は、運河は埋め立てられて拡幅され南京路になっている。地下には地下鉄が走っている。仏租界の方向に歩いて行くと、賑やかなところへ出た。地図を見ると天津伊勢丹やキリスト教会がある。多分子供の頃に父親に連れられてよく行った仏租界らしい。行ってみると、昨夜見たキリスト教会である。

 

人が大勢集まっているので何事かと思っていると、花嫁がいて花婿がいて家族がいて、教会での結婚式である。教会の中へ入って参観させて貰った。
バージンロードを父親と娘が入場するが父親はカッターシャツ姿である。


天津伊勢丹に行ってみたが、祝日でもあり大勢の客が入っていた。中国の百貨店方式をとっていて、買うためには売り場で伝票を書いてもらって支払い所でお金を払い領収書を持って売り場へ行き品物を受け取る。面倒だがこれが万引きを防ぐ方法なのかも知れない。
○古文化街
まだ夕食までに時間があるので古文化街へ行ってみることにした。
タクシーが東馬路に出たのでそこで降りた。古文化街の南入口である。中国式の古文化街南門が立派であったのでスケッチを描いた。


虫眼鏡5元、水墨画の古本60元を35元
に値切って購入。
 夕食は麺類と一品で20元ほど。
タクシーをひろって、獅子林橋を通って遠洋賓館へ帰った。よく歩いたので疲れた。

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