木 - 8月 21, 2008

五島くんの話



五島くんの話

僕の名前は、五島 陵(ゴトウ リョウ) 21才 学生

僕の中にはもう一人の僕がいて、僕とその僕は性格が違う。
二重人格とか多重人格と云うものがどういうものか詳しく知らないけれど
どうもそれとも違うような気がする。
本で読んでみると、二重人格と云うのは、
一人の人格を持つ肉体に複数の人格が入れ替わり入り込んで
その肉体を支配するって事でしょ。でも僕の中の僕と僕との関係はそうでもないんだ。
僕と云う肉体はあくまで僕のものであり、もう一人の僕が僕の肉体を支配すると云う事は、
今まで一度も無かった。僕ともう一人の僕は会話が出来る。
人格が違うので、普通に話が出来る。上手く言えないんだけど僕の中の
僕はただ肉体を持たないだけで完全に独立した存在なんだ。
そのことについても僕は僕と話した事あるよ。
もう一人の僕は肉体を持たないと言う事を除けば普通の人だよ。
この肉体が無いと云う事は理解するのにかなり厄介な事だと思うけど。
僕には彼を見る事は出来ないけれど、いつもそばにいるのは分かる。
もう一人の僕との会話は、僕が話す時は小さな声で話す。
それに対して彼は、頭の中に答えてくれるんだ。
だって肉体が無いから声 出ないでしょ。
聞こえるっていうのとも違うなぁ。頭ン中では聞こえてる感じだよ。
他人から見れば僕が話している時はブツブツ独り言云っているとしか見えないかも。
小さい時から彼の声は聞こえていたよ。僕が小さかった時はその僕も小さかったと思う。
何となくだけど、同い年なんだと思う。
皆も同じだと思っていた。自分の中に別の人格が居ると。
小学四年生の時までね。四年生の時クラスで
「ゴトオー、何一人でブツブツ言ってんだよ」と小突かれた。
僕は「あいつと話してんだ」って言うと、
クラスメートは「何言ってんだこいつ、こいつなんだか変だぞー」
それから僕は他人のいる所では彼としゃべらなくなったよ。
そのとき、もう一人その見えない友達と云うか、
もう一人の存在がいるのは僕だけなんだってわかった。
でも独り言をブツブツ言っているのは皆に知られていたから
“ヒトリゴトオ”なんて呼ばれてた。
中学生になってからはそれも気にして、目立たないように話したよ。
僕の中にもう一人の僕がいる事で僕は寂しいと感じた事は無かった。一人っ子なのにね。
親戚のおばさんなんかからは「リョウチャンはしっかりした子だね」とよく言われた。
一人でも寂しがらないし、ぎゃぁぎゃぁ泣きわめく事もほとんど した事が無かったから。
一人っ子だったせいもあり、いつも僕の周りは大人ばかりだった。
何時も家には両親の友人たちが遊びに来ていた。
そういう客は大抵独り者だったから、
何時も一人で来ては、食事までして行った。
大体親子3人だけでの夕飯は一週間の内3日間ぐらいで
あとの4日間は誰かしらが居た。時にはそういう友人たちが二・三人、
家でごろごろしている事さえあった。だからぼくの話し相手はほとんどが大人だった。
モノゴコロ付く前から、僕は大人たちといっぱしの会話さえ出来るようになっていた。
小学校に入ってからは、周りの子供たちはまるで餓鬼っちょに見えた。
勉強の方も大方の事はこなせたから、成績も何時もトップでいられた。
そのころから、僕の中の僕は、僕と盛んに会話するようになった。
周りの大人たちは、リョウは一人遊びが上手いな、
独りごと言いながら何時も一人で遊んでる。と解釈していたようだ。


 兄

中三の時、母さんの何気ない一言から、
自分ともう独りの僕についての秘密が明らかになったんだ。
「リョウの兄さん生きていれば、こんなに寂しい思いしなくてよかったのにね」
「兄さんて?」
「リョウは今年で十五才だよね、もう話しておいてもいいかな」
「おまえには双子のお兄さんがいたのよ。
翔(ショウ)と言う名前までつけていたわ、死産だったけど」
 九ヶ月目までショウもリョウも順調に育っていたけど、
常位胎盤早期剥離という緊急事態で、切迫早産」。
 医者は「双子の内の一人の心音が聞こえない、このままではお母さんも危なくなる」

「とにかく一人だけでも助けましょう」と言って、帝王切開。ほんと大変だったの」
「とにかくおまえは早産だったけれど無事生まれたわ」
「それで、私の身体は二人目を産めない身体になってしまったの。だから大事に育てたわ」
そのとき、僕は、もう一人の僕が兄だと云う事が分かった。
でも、どうして、僕の中に・・・
その時、僕は兄の事を母には言えなかった。
何故だか分からないけれど、母を驚かせたくはないと言う気持ちもあったが
それよりも、言ってはいけないと言う気持ちが強く働いた。
兄だと分かったもう一人の僕も『言うな』という気持ちでいたと思う。

こうした経緯で、もう一人の僕とは兄弟だと云う事が分かった。
そして兄は、精神的に私と一緒に成長して行った。
精神的にしか成長できないンだけどね、身体無いから。(笑い)
兄は、特殊なケースだと思う。
だいたい人は死んだらあの世へ行くんでしょ。それが行けなかったんだから
生まれる前に、死んでしまった。
せっかく、宿ったのに人間として生まれてくる前に死んじゃうなんて。

                

母さんのおなかの中で、どうしていいか分からずに、僕の中に入ったって事だと思う。
でも、成仏できない霊みたいに行く場が無くてさまよっている霊魂でも無い。
兄は生まれた時から僕の中にいた。ちゃんと居場所があったんだ。
僕の身体を通して、色々学んで行ったんだ。
でも、身体が感じる生きている実感と云うのは持てなかった。
痛いとか暑いとか、寒いとか、苦しいとか、
そういう身体が感じる感覚的な実感は感じる事は出来なかった。可哀想だと思うよ。
人間としての生きてる喜びみたいなものをいっさい感じてないんだから。
考えてみれば、兄さんって究極の存在だよね。
肉体を持たず、人格だけの存在。
なんかSF小説に出てくるみたいな究極の人間の存在。
うゎー、なんかすごい事になってきたなぁまぁ、
僕の中にもう一人の人格があるって事自体、すごい事なんだけどね。


  ビリー

ずいぶん昔、僕がまだ子供だった頃、
『24人のビリー・ミリがン』と云う事実に基づいて書かれた
アメリカの小説がベストセラーになった事がある。
「アル・ジャーノンに花束を」と云う小説でも知られている
ダニエル・キイスと言う人が書いた多重人格の青年の話なんだ。
当時相当話題になったみたいなんだ。
十七才の頃、高校の図書館で借りて読んだよ。
僕は、ビリーと僕との違いを夢中で探したよ。
僕とビリーとの決定的に違う所、ビリーの場合は、他の人格が一人入ったら、
そいつがその身体を支配する。
入れ替わられたビリーはその間の記憶が全く無い。
僕の場合は入れ替わらないんだよ。 
僕は僕で、兄は兄、身体の交換はない。
と云うか人格の交換と言った方が正確かな。
僕の身体の中での人格の交換はない。
結局、ビリーは州立の精神科の病院に入れられて、
精神科医によって人格の統合が行われ、一人のビリーになった。
面白いのは、ビリーを除くその23人の人格が話し合いを持って協議し、
不要な人格を追放すると云う所。
ビリーのためにならない人格を追放処分にして行ったんだ。
この分野での研究はまだ始まったばかりで、
定説とされている説はあるが、まだ証明された訳ではなく、
多くの研究が為されているのが現状で。
人間の精神世界の研究はまだまだ始まったばかりだって。

「不要な人格の追放・・・・・     。」

大丈夫、僕の考えている事は、兄には伝わらない。
意志を持って伝えないと伝わらないんだ。
僕と他人との会話は、兄には聞こえているけれど、
何を考えているかと云うのは分からないよ。
人格が違うんだ、当然だよ。でも本は読める、
ぼくが読んでいるのは見えるし、話す相手の顔も識別できる。


  削除

僕は兄の存在が鬱とおしいと思った事は一度も無かった。
でも、ある事がきっかけで、そんな感覚を持つようになってしまった。
そう、恋愛なんだ、僕も健康な男子なんだ、恋愛ぐらいするよね。
大学のゼミで知りあった女の子とね。
兄は、恋愛感情などと云うものは、まったく持っていなかった。
まぁ当然と云えば当然だけど、肉体が無いんだから、生理現象も無い。
ただ、恋愛とか恋心とかそういう知識や概念みたいなものは持っていたよ。
勿論、本からだけどしかし恋愛によって、大きく動く僕の感情は察知したらしく、
非常な興味を持ったみたいなんだ。それから、色々聴いてくるんだ。
『その気持ちの高ぶりはどこからくるの?』、
『何故そんなに、動揺してる?何がそうさせるのか?』とね。

僕には分かっていた、人が人らしく生きるためには、肉体があってこそなんだって。
肉体の無い人格には人間としての正常な感性は、存在し得ない。

やはり兄さんには消えてもらうしかない。
僕が人間らしく生きるためには、どうしても、兄の存在を無くさなければ。
僕の中の僕である兄を削除しなければと思った。
僕は考えたよ。削除する方法を。何日も考え続けた。
でもその方法は見つからない。直接兄に消えてくれと頼むしかない。

「兄さん、僕から出て行ってくれないか」 僕はある日、直接兄に語りかけた。
『なぜ?』
「僕が普通に人間らしく生活したいから、としか言いようが無いよ」
『うーん、そうか、私がいる事自体、普通ではないもんな、・・・普通の生活か。・・いいよ』
意外とあっさりと聴いてくれた兄の言葉に僕は拍子抜けした。
兄も、僕の思いを察してくれていたんだ。

『でも、その前に一つだけ頼みがある』
「なに?たのみって」
『・・・実は・・・一度だけでいいから身体を持ってみたいんだ。消える前に。
実感してみたいんだよ肉体 と云うものを。』
「そうか、・・・わかった、・・・で、どうやる?」
『幽体離脱って分かるだろう』
「うん、知ってる、やった事ないけど」
『幽体離脱、魂だけ肉体から切り離してしまう。生き霊とも言われているやつさ』
『おまえがよく行く大学のカフェあるだろう、あそこだったら隅から隅までよく知っているよな』
「うん、知ってる、ほとんど毎日行っているからね」
『横になって軽く目をつむり、ゆっくりと深呼吸しながらあのカフェを思い描くんだ・・・』
 そして、カフェの前に立つ、・・・見えてきたろうカフェのドアが、』
 見えてきたらゆっくりと、・・・そう、ドアを開けて中に入るんだ』
「うん、よくみえてるよ、中に入った、 あっ、痛っ!、誰だこんなとこにバケツ置いたやつは」

僕は思いっきりバケツにけつまづいた。
バケツは派手な音を立てて壁際まで転がった。
数名の学生が怪訝そうな顔で転がったバケツを見ている。

その時僕の身体はすーっと浮き上がり、カフェの天井近くまで持ち上がってしまう。
こんな高い視野でこのカフェを眺めた事は無かった。
下にはカフェ、上は・・・・、と見上げて驚いた。
ぼんやりとした暗闇がどこまでもつづいている。


地下鉄に乗っている僕がいる。
僕は、デイパックから手帳を取り出す。
何も書いてないページを広げてから、
さっき伊東屋で買ったファーバーカステルの万年筆を取り出す。
ずっと前から欲しかったこのギロシェ コニャック。
学生の分際でちょっと贅沢かとも思ったけど、これからず〜っと使うんだし
ステイショナリーは僕の趣味、
バイトで貯めた五万円、あっさり使ってしまった。
ゆっくりと自分の名前を書いてみる。


     五島  翔


                                             
                                                                          おわり

Posted at 04:42 åflå„     Read More  


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