Architecture in Portugal       ポルトガルの建築と街  
 

 Évora

 

 Centro Histórico

 世界遺産

  07-04-2006更新
 
街の中心、Giraldo広場。 
   

リスボンの東約130kmのところに位置するAlemtejo地方の中心都市。

街の起源はローマ時代(紀元前1世紀)にさかのぼる*1。Diana神殿や城壁など今でもその遺構を見ることが出来る。西ゴート族の支配下にあったころ、ローマ時代に築かれた街は改変がくわえられた*2。715年にイスラム勢力(ムーア人)の支配下になった。1166年、キリスト教の騎士Geraldo Sempavorによってムーア人から奪取された。その後はポルトガルの中でも重要な都市として位置づけられ、王家の結婚式など重要な行事が行われた。Avis王朝期(1385-1580)には人文学の中心としても栄えた。

現在も街は城壁に囲まれ、中世の佇まいを残している。城壁は大きく分けて、3つの時代に作られた。現在の街の内側にある城壁はローマ時代から西ゴート人の時代に形成されたものである。古い城壁の外側にまで成長した街を囲うために、外側の城壁はは14世紀に建てられた。更にその外には銃による戦闘に対応するために、17世紀に作られた城壁がある。*2

街の遥か彼方から延びてくる水道橋が外側の城壁を超え街の中心部へと延びている。この水道橋は16世紀にJoão三世によって築かれたものである。街の中を歩いていると水道橋のアーチの中にはめられた家や店に出会う。

 
  外側の城壁にある城門Porta de Alconchel 水道橋
 
  街の中を走る水道橋
 
Giraldo広場   同左/古いメインストリートR. 5 de Outubro/ 新しいメインストリートR. João de Deus

Giraldo広場は中世に古い城壁の外に街が展開した際に出来た街の中心である*2。

広場の東にある様々な形のアーチが連なる列柱廊が特徴的である。

この広場から少し北や西に進むと古い城壁や棟が街の中に現れ、街が重ねて来た時間をこの目で見ることが出来る。

 

 
    アーチの中に新しい開口が入り込んでいる 古い城壁にあった塔Torre de Sisebuto

Diana神殿の建設は1世紀まで遡ると考えられている*2。(2世紀末という説もある。)14世紀には軍事施設として改造が加えられた。1870年にオリジナルの姿に戻す修復工事が行われた*2。この神殿はイベリア半島にのこるローマの神殿では保存状態が良いものとされている。他の場所で見たローマの遺跡では石材が他の建物の建材として転用され、オリジナルのものは解体されていたことを考えると、この建物が使われ続けていたことが、現在に至るまでその姿を留めている一因かもしれない。そして、19世紀に生まれた「保存」という概念*3が適応されると、それまでの改造の積み重ねは消去され、昔の姿に戻るとアクティビィティはなくなり、見られることを目的とした記念物となったのである。

この神殿の斜め向かいは15世紀創設の修道院を1965年に転用して出来たホテルPousada dos Lóiosである。 こちらも保存であるがアクティビィティは健在である。

 

Sé(大聖堂)はロマネスクとゴシックの混成である。1283年建立。プランは3廊式、ローマ十字形。内陣は18世紀に作られたものでドイツ人建築家Ludwigの設計である。*2

 
 

Diana神殿

コリント式の柱頭
 
    Sé正面/内陣/回廊

大学は1559年にイエズス会の神学校として設立された。18世紀になるとイエズス会が追放され大学は閉鎖されてしまったが、1973年に再び再会された。

写真は16世紀に建てられてた建物で、ルネサンススタイルの2階建ての回廊の廻りに教室が並んでいる。

 

 
    大学正面 大学の回廊

参考文献

 *1 THE FINEST CASTLES IN PORTUGAL,Júlio Gil+Augusto Cabrita,Verbo,1986

*2 MURALHAS E FORTIFICAÇÕES DE ÉVORA, Miguel Pedroso de Lima, ARUGUMENTUM

*3 近代都市,フランソワーズ・ショエ,1969,p42

 
    回廊に面して教室が並ぶ 教室。
   

 

アクセス

リスボンのSete Riosバスターミナルからバス利用。

Copyright(C)2006-Hiroyuki Miyabe All rights reserved アクセス情報はあくまで参考です。交通事情はよくかわるので、必ず事前に自分で調べてください。