Pousada dos Lóios 1965 |
24-04-2006更新 |
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| 1階の回廊。テーブルが並べられ、レストランとして使われている。写真左は工事の途中に見つかったlavabo(水盤)。 | |||
かつての修道院を、ほとんど外観を変更せずにホテルに転用している。既存の空間が持っている可能性引き出すべくアクティビティの配置が行われている。 建物の歴史 1485年 D. Rodrigo Afonso de Meloにより建設が開始された。最初の礎石は兄弟のD. Manuel de Meloによって据えられた。*1 1491年 12月25日の夜、Lóios教会(Igreja dos Lóios)の使用を開始するセレモニーが行われた。*1 1496年 工事がまだ続いていたとの記録がある。*1 1620年代 教会のCapela de Nossa Senhora do Rosarioの祭壇にある金泥木彫が仕上げられた。 1630年 主祭壇の金泥や彩色の施された木彫による飾りついたて(retábulo)が作られた。*1 18世紀第2四半世紀 広い廊下で連結された僧坊棟の改修が完了。13室の僧坊がある大きな棟の妻壁には1737年とある。*1 1739-1757年 かつてのエントランスや接客の間に隣接する形で西側の棟が建設された。これは僧坊と繋がれた。また、Sertórioの塔に隣接する修道院長の菜園に面した新しいアーチのあるギャラリーが設けられた。*1 1749-54年 修道院のメインファサードが教会と直角を成す形で北向き設けられた。*1 1750年 司祭José de Santa Martaの命で修道院の入口から回廊に向かうバロック様式の大きな階段が作られた。*1 1755年 大地震で大きな損害を被った。教会のファサードや僧坊棟等の修道院の様々な要素が改変された。*1 1755-67年 Luís Justiniano da Conceiçãoの命で、主祭壇の説教台を構成するロココ様式の玉座や龜が作られた。*1 1808年 Loison率いるフランス軍の侵略を受け修道院が略奪の被害を受けた。教会や聖具保管室はドアが堅牢だったため被害を逃れた。*1 1834年 修道会の廃止に伴いLoios修道院消滅。後に合法的な所有者Cadaval7世伯爵夫人に付属施設を含めて返還された。*1 20世紀初め 永代借地権の制度に基づき通信局、市役所、小学校、兵舎など様々な用途に用いられた。*1 1917年 国に収容され県立公文書館の一部門として公共図書館になった。*1 1920-63年 旧修道院が官庁(Edificio Nacionais do Sul)として用いられた。*1 1957-58年 旧修道院の修復が行われた。*1 1958年 既存の模様を模倣して作ったアズレージョで主祭壇の下部を覆った。*1 1963年 ポウサーダへの転用のため修復工事が行われる。その過程で、神学教室、食堂、回廊(上下階とも)などで様々なフレスコ画が見つかった*1。現在プールのある中庭ではイスラム時代の城壁が見つかった。*2 1965年 増築工事も完了しPousadaとして使われ始めた。*1 参考文献 *1 De Conventos a Pousadas(872-1997), Fernando Rui de Alberto Rosado Correia, FA-Universidade Técnica de Lisboa, 2003, p144-161 *2 MURALHAS E FORTIFICAÇÕES DE ÉVORA, Miguel Pedroso de Lima, ARUGUMENTUM, p46
既存建物 もともと、城があった場所に建てられた。その城や城壁の起源はローマ時代にまで遡り、その後、西ゴート族、ムーア人と支配者が代わる間に改変が繰り返された。 回廊のある四角い中庭の北側が教会、その他3方が修道院であった。回廊は黄色いリブ付きアーチで彩られている。1階の回廊の廻りには食堂や参事会室など、2階には僧坊を含む複数の部屋があった。食堂の天井は黄色いリブ付きアーチが美しい。参事会室の入口はマヌエル様式のアーチで装飾されて、内部にはリブ付きアーチが見られる。 この中庭を囲んだ棟の東側に13の僧坊があった僧坊棟がある。僧坊の階は回廊2階と広い廊下で繋がれている。下階は庭に開かれた半屋外の空間で、D.Fernandoの時代(1367-1383)に築かれたとされる城壁が残されている*1。一方、中庭を囲んだ棟の西側には修道院のメインエントランスや回廊へのバロック様式の階段等を含んだ棟がある。 参考文献 *1 MURALHAS E FORTIFICAÇÕES DE ÉVORA, Miguel Pedroso de Lima, ARUGUMENTUM, p46
改修後の状況 既存のものに的確に機能を割当てることで、外観には大きな変更がなく転用が行われた。 西側の棟では修道院のメインエントランスがそのままPousadaのエントランスになった。回廊へのバロック様式の階段も健在である。レセプション、バー・ラウンジ、サービス関係の部屋が設けられた。 教会はそのまま教会として残されている。回廊はガラスが嵌められ内部化され、床仕上げがレンガから石に改良された*3。工事の過程で発見されたlavabo(水盤)を置くための場所が回廊の南東の角に増築された。食堂はレストランとなり、参事会室はラウンジとなった。2階の回廊廻りの部屋は間仕切りが変更され客室となった。 僧坊棟の僧坊の部分は間仕切りが変更され客室となった。この棟の南側の庭の地下に増築が行われサービス関係の部屋が納められた。この庭にはプールとテラスが設けられ、僧坊棟1階のバーカウンターが設けられた半屋外スペースと一体的に使えるようになった。半屋外スペースに残されている城壁にかつてあったPorta da Traição(裏切り者の門と呼ばれている)が復元された*1*2。 以上のように既存のものに的確に機能を割り当てることで、大きな変更を行わずに転用が行われた。しかし、この建築で興味深いのは転用後の使用の中で間仕切りの大きな変更をせずに、機能が一部変わっている部分である。中庭廻りの一階ではレストラン機能が一つの部屋に納まらずに、回廊にまでにじみだして来ている。回廊は転用当初はただの廊下だった*3が、最近では通り抜けに使われない部分にテーブルが並べられ、レストランの一部としていきいきと使われている。また西の棟の南西の部屋は、転用当初はサービス関係の部屋であったが、最近は広場から直接出入りできる展示兼販売の部屋になっている。空間が潜在的に持っている可能性にあわせてアクティビティ再配置された結果である。 参考文献 *1 MURALHAS E FORTIFICAÇÕES DE ÉVORA, Miguel Pedroso de Lima, ARUGUMENTUM, p46 *2 CONVENT DOS LOIOS ÉVORA ADAPTAÇÃO A POUSADA No.119, DGEMN, 1965
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| Diana神殿の隣にある | 右が教会、左が元修道院、現Pousada | ||
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| Pousadaのメインエントランス | レセプション | ||
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| バー・ラウンジ | 回廊2階への階段 | ||
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| レセプション/1階回廊/レストラン(元食堂) | |||
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| 回廊のガラスの納まり/2階回廊 | |||
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| 西側の棟の中庭 | プールの設けられた庭 | ||
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| 写真左、アーチの中に城壁が見える。写真右側の地下にサービス関係の部屋がある。 | |||
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| フレスコ画のある部屋/僧坊棟の廊下/北西外観 | |||
アクセス リスボンのSete Riosバスターミナルからバス利用。Évoraのバスターミナルから旧市街を歩いて20分くらい。たどり着くまでに城壁、広場、神殿と見所があるので、結局、もう少し時間がかかるかもしれません。。 |
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