Architecture in Portugal       ポルトガルの建築と街  

 Pousada D. João Ⅳ

 1995

 Architect | João de Almeida, Pedro Ferreira Pinto

28-03-2006更新

30-03-2006更新

 
宮殿前の広場Terreiro do Paçoからみ写真左側の様々なボリュームからなる白い建物がPousada D. João Ⅳ 
    
かつての参事会室、天井のフレスコ画が見事   左、1階回廊/中、回廊に接した小さな礼拝堂/右、2階回廊への廊下

 

修道院をホテルに転用している。至る所にみられるフレスコ画がこの建物の空間を特徴的なものにしている。

既存建物内部における部屋の用途変更や動線の作り方は変化のある豊かな空間体験を作り出している。一方で要素の「写し」による新旧の調和が増築棟で試みられているが、「写す」ところが部分的すぎたためにうまく調和していないのが悔やまれる。

 

この建物の歴史

1514年頃、Bragança侯爵4世とDom Jaimeの命により建設開始。*

1530年、ほぼ竣工。*

1532年9月、Dom Jaimeが居住。使用が開始された。*

1539年、回廊完成。*2

1652年、リスボン出身の女流詩人で画家のCeília do Espírito SantoがConvent dos Chegas do Cristで修道祈願を立て、1723年になくなるまでここで過ごした。現存している多くのフレスコ画は彼女の作品と考えられている。*

1834年、修道会の廃止にともない、閉鎖。Bragança家の所有となる。*

1932年、D. Manuel二世からエボラの大司教座に譲渡され、リゾート施設となる。*2

1935年、大司教区の神学校となる。*

1990年代、ポウサーダに転用される。*2

参考文献

* Pousada D.João IV, ENATUR,1997, p9-19

*2De Conventos a Pousadas(872-1997), Fernando Rui de Alberto Rosado Correia, FA-Universidade Técnica de Lisboa, p103-128

 

 

既存部分

宮殿の前の広い広場(Terreiro do Paço)に面して建っている。四角い中庭を囲む形で各部屋が配置されている。中庭の北側つまり広場側が教会で残りが修道院である。通りに面したところに修道院の主要出入口が在った。エントランスホールのCasa das Falas(場所不明)は外界との接点と考えられていた。中庭周りには回廊が設けられ各部屋をつないでいる。特に回廊2階では至る所に施されフレスコ画が華やかに空間を彩っている。1階の回廊周り南側は参事会室と食堂。参事会室のリブ付きボールト天井には色彩豊かなフレスコ画が描かれ、腰壁はアズレージョが施されている。食堂の天井と壁にもフレスコ画が描かれている。これ以外にも複数の小さな祭壇が回廊にから一つ奥に入ったところに設けられ、これらもまたアズレージョやフレスコ画で彩られている。回廊2階の東側に設けられている小さめの部屋たちは2階の回廊から直接入るもの、階段を経て3階のレベルに部屋が在るもの等、イレギュラーに配置されている。北西にある塔状の部分は改修前の図面ではトイレと汚水槽であった

 

参考文献

* Pousada D.João IV, ENATUR,1997, p9-19

 
  1階回廊、井戸がある 1階回廊、アーチ越のフレスコ画
 
  2階回廊、フレスコ画の中に階段がある 2階回廊、壁面のフレスコ画
 
  2階回廊 2階回廊
 
    ラウンジ ラウンジ

 

改修・増築後の状況

既存建物内部における部屋の用途変更や動線の作り方は変化のある豊かな空間体験を作り出している。一方で要素の「写し」による新旧の調和が増築棟で試みられているが、「写す」ところが部分的すぎたためにかえて不協和となっている。

教会はそのまま教会として使われている。メインエントランスはトイレがあった北西の塔状のボリュームに設けられ、人々は広場から門をくぐり、前庭を通ってアプローチするようになった。ホテルの落ち着いた雰囲気に至るまでの程よいプロローグとなっている。中庭周りの1階にはラウンジ、バー、娯楽室、レストラン、会議(会食)室といった公共的な用途があてられている。レストラン、会議(会食)室は昔の食堂、参事会室で、天井のフレスコ画が美しい。ラウンジ、バー、レストラン(元食堂)はそれぞれつながれており、半屋外の回廊を含めると幾つかの移動経路が選択できるようになっている。このため、宿泊客は他者と程よい距離感を保ちながら、自分の居場所を見つけることができる。

回廊2階からアクセスするイレギュラーに配置された部屋は客室となった。また、南側と西側にあった大きな部屋を間仕切り、客室を設けている。回廊のフレスコ画は保存され、部屋に至る経路のあちらこちらに現れる。壁のフレスコ画以外の部分は白く塗り直され、彩色されたフレスコ画の存在を際立たせている。

南西の角から南側と西側に延びる形で増築がおこなわれた。一階がサービススペース、レストランとキッチン、2階が客室である。L字の増築棟動線とロの字の既存動線をつなぐ空間設けられているのだが、ここがあまりにも無性格で不案内である。

増築棟の外観を特徴づけているのは横長のボリュームを等間隔に分節するバットレス状の壁である。これは教会から中庭側に飛び出したバットレス状の壁と「写し」だと容易に理解できる。だが、壁の上端が切妻屋根の途中に刺さっていて、軒下から壁が出てくるオリジナルのデザインとは掛け離れたものになってしまっている。「写し」というのは古いものと新しいものの調和をはかろうとするときに用いる手法で、軒高や柱割り、色、など「写し」の程度は様々である。それらは全体の中でのバランスを見て行われるべきものである。

目立つ部分的な要素を「写す」ことで、既存との調和を計ろうとしても、それより大きな部分での調整ができていないと不自然さだけが目立ってしまうことを教えられる例である。この場合はバットレス状の壁の形状だけを写していて軒等の他の要素との関係に調整が行われていない。他の質が高いだけに惜しい。

今回のような小さな要素の「写し」は材料と工法も同じようにしない限り限界が在ると思われる。この限界に挑んでいるのがSouto de Moura 設計のSanta Maria de Bouroである。ただ、工法や材料が変化している現在この手法はあくまでも特殊なもので、一般化は難しい。「写し」を行う方場合は、まず、軒高やボリューム配置等の大きな部分で行う方が有効であると考えられる。

    
 

左、エントランス外観/中、エントランスkら建物本体への階段/左、2階への階段

 
 

増築棟

既存中庭
 
  レストラン、かつての食堂 レストラン、増築部分
   

 

アクセス

リスボンのSete Riosバスターミナルからバス利用 。Vila Viçosaのバスターミナルから歩いて10〜15分。

       
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