堆肥を積む



 去年の落ち葉を集めて堆肥を積んだ。
実は、年末にやりかけた仕事である。
運動不足がたたってか、
途中で薪運びに行って転倒。
3,4日しても痛いので隣集落の診療所で診てもらったら、なんと剥離骨折していた。

いわゆる、下駄骨折というやつらしい。
草履を履いていたので草履骨折かな。
ちなみに、薪は前の山から拾ってくる。
(→山に薪拾い)
草履で行った無防備さを悔やんだ。
そんなこんなで年末年始は、松葉杖であった。
3週間ぶりに目出度くギブスがとれて、堆肥積みの続きをやった。
枯葉、コンポストに溜まった1年分の生ゴミ、そして土の順に積んでいく。
糠を混ぜ込んで1、2回積みかえ、1年たつとホコホコの堆肥ができる。
健康な野菜は、健全な土壌からなのだ。
いわゆるスローライフの原点なのだが・・・
・・・最近、スローライフについて、気づいたことがある。
スローライフには、堆肥を積んで畑を耕し野菜を作るような→生産型スローライフと、
安全なスローフードを購入または自然食レストランで食事をする→消費型スローライフが、
あるのだと思う。
と言っても、うちのように家の畑では農薬などは使わないにしても、消費する立場になると、
安い野菜やMバーガー・Mドーナツなどファーストものも結構利用している、
こだわりを欠いた軟弱スローライフもあるんだけど・・・
・・・暮らしの速度で言うなれば、
生産型では、季節折々に、やること盛りだくさんで決してスローな暮らしは出来ないのである。
消費型にしてもしかり、スローな食材は高価でスローな働きでは継続出来ないので、
スローライフは安全志向の勤勉な者か、または安全志向のお金持ちに許される贅沢なのだ。
 ギブスをして不自由な暮らしの中で、ぼーっうと本を読み、ゴロゴロして幸せなスローライフ、
生産性がないだけに、消費する経済力も生まない。
たった3週間ではあったが、スローなライフであったとつくづく思う。
 堆肥を積んで考えた。
スローライフをしたいと思うのも欲である。
でも、欲がなければ生きるはりってものもない。
欲はいい意味で、夢であり希望であり自分にとっての明るい未来なのだ。
そこかしこに積もっている枯葉が、満足感を生み、適度な疲労感をもたらす。
ほっておいても、それぞれその場で堆肥になるんだけど、自分の任意の場所に積む。
スローフードをたらふく食べたい欲もある。
健全な畑で育った野菜は、旨いのだ。
 木枯らしにさらされ、舞い上がった落ち葉を頭にいだきながら、瞑想に耽る日が来るのであろうか。
欲得を超えたところに真のスローライフがあるのかもしれないけど、そこはかとなく遠い道のり。
 

Posted: 2006-01-11 at 21:50