B6カード
言わずと知れた、梅棹忠夫『知的生産の技術』である。
岩波新書のこの本は、エポックメイキングな事件だったと思う。
パソコンもまだ一般的でない時代に、「知的生産」という新しい言葉とともに、一つの思想を産みだした書物と言っていいだろう。
その中心の一つが「B6カード」という、具体的かつ思想的なアイディアだった。
学生時代、この本に強いインパクトを受けた一人として、「B6カード」は試してみたいツールだった。商品として丸善などからも市販されていたが、紙の感触や罫線の色や間隔などが気に入らなかったのと、何より割高だったので、「大量に準備しないと長続きしない」という著者の薦めに従って、1000枚の自作のカードを注文して作った。厚さも吟味し、罫線の間隔も色も自分の好みに合わせて設計し、懇意にしていた印刷所に作ってもらった。少し厚みのある紙だったので、1000枚を積み上げるとかなりの分量を実感できた。「よし、これでやるぞ」という決意を強めるには、十分な分量だった。自分の専門だった勉強の領域で活用したことはもちろん、大学闘争のバリケードの中でも「B6カード」を使いまくった。会議の内容を記録するだけでなく、論点をKJ法で黒板に整理していって、ちょっと得意な気分になったことも覚えている。その時の「B6カード」は、今もそのまま残っている。結局、1000枚を使い切る前に「B6カード」は挫折した。1枚ずつがバラバラのカードなので、書くときには何も考えずにドンドン書いていくことができて、書き終えたカードを並べたり、並べ替えたり、グループを作ってみたり、様々な活用の仕方ができたのだが、「保存」がうまくいかなかった。後から探せないのだ。どこにそのカードがあるのか、分からない。ソート(検索)できるようにと、色のシールを貼ってみたり、本格的なパンチカードも使ってみたが、どれも長続きしなかった。今なら、コンピュータで自在に出来ることだが、「考え方」そのものが多くの示唆を与えてくれたと思う。B6カードは、そういう訳で1000枚を使い切る前に終わってしまったのだが、1年程前から別の形で復活している。その話はまた、別の機会に改めて。
Posted: 日 - 7月 18, 2004 at 11:04 åflå„