片岡義男『文房具を買いに』(2003年/東京書籍)
この本も、NHK『週刊ブックレビュー』で誰かが紹介していて、早く読みたくて仕方がなかった本だった。
文房具店にいると、時間の経つのを忘れるほどの僕から見ても、片岡さんのフェティシズムも、相当なものだ。
道具一般がそうだろうが、文房具も何かを創り出すための道具としての「機能性」に、その美しさの本質がある。その点で、片岡さんが取り上げるシンプルで、機能的で、カラフルな文房具には、どれも申し分なく美しいと思う。この本のために、片岡さんは自分でカメラを執り、自然光だけを使って、夕刻に撮ったものが良かったとか、色々と工夫を重ねてベストショットを選んでおられるようだ。文房具などというものは、なかなか撮るのが難しいと思うのだが、とても素人の余技とは思えないレベルである。そうした、この本の出来映えを前提として、いくつか僕の感じたことを書いておく。まず、何を美しいと感じるかには、個人の好みの問題がある、という当たり前のことだ。いくら「文房具フリーク」という括りでは同じでも、「好み」までが一致する訳ではない。そうすると、同じ「フリーク」であるだけに、違いが気になってくる。フェティシズム全般がそうだと思うが、自分の興味と違っていると、フェティッシュであればあるほど、興醒めするところがあるようだ。この点は、自分が書くことや、自分のスタイルに対する自戒になる。もう一つは「写真」というものの弱さである。この本の写真以上にみごとに文房具を撮影することは、たぶん難しいと思う。それほど、この本の写真は見事な出来映えだと思う。だが、その上で思うのだが、「写真」特に「カラー写真」は、どんなに上手に撮っても「現実」を写すことは非常に難しいような気がする。見たままの色・形、それらを「ありのまま」切り取るのが写真のはずなのだが、この本に載っている写真にはワクワクするような文房具の楽しさが、僕にはあまり感じられなかった。つまり、想像力を刺戟しなかった、ということなのだろう。もちろん、そう感じない読者もいるだろうが、片岡さん以上に上手な写真を撮る自信のない僕にとっては、文房具の楽しさを「写真」で伝えることは無理だろうということになる。そしてたぶん、それは文房具に限ったことではなくて、文章に添えて、補完的に利用する表現形式(例えば、ウェブサイトでの利用など)としては、「写真」があまり適した方法ではないということなのかもしれない。
Posted: 日 - 8月 1, 2004 at 03:26 åflå„