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NHK紅白歌合戦


昨日、今年大晦日の「国民的行事」紅白歌合戦の出場歌手を発表していた。
もう何年も「見ない」ようにしてきたが、何事もなかったように今年もやるみたいだ。
そもそも、紅白担当者の視聴料横領事件が明るみに出て、今年は取りやめになる可能性も取りざたされていたというのに、そんなことはどこ吹く風らしい。

まるで「税金」のように「視聴料」を集めておきながら、政府広報機関のような報道ばかりを繰り返しているNHKに、ほとほと愛想が尽きてきた。
(政府広報機関と割り切れば、「税金」で成り立っていることも不思議とは言えないか?)

入院患者が病室で見るテレビにもリース会社から「視聴料」が上乗せされていて、その分の年間トータルが莫大な金額になるという。自分の家でも払っている人なら「二重払い」ということになる。
アコギ、というのはこういうことを言うのだろう。

NHKは「公共放送」ということになっている。タテマエ上は「国営放送」とは違う。
視聴者から支払われた「視聴料」によってすべての経費がまかなわれているわけだから、視聴者の支持と監視によって成り立っているはずだ。
NHKは、本当にそんなことを思っているだろうか。

本多勝一だったがうまく喩えていたが、「自分で勝手に本を作って・それを勝手に送りつけて・代金を請求する」というやり方と同じではないか、というのだ。
「どんな本かも分からない」「自分が読みたい本かどうかも分からない」そんな本を「送りつけられて」代金を支払う読者がいるだろうか。
本に限らず、どんな商品でも、「買い手に有無を言わせず売りつける」ことなど資本主義ではありえない。
かといって「国営」になれば完全な「政府広報機関」になってしまうことが問題なのだろう。
だが、現在のNHKが「政府広報機関」と大差ないものになっていないかどうか、まず自分で検証してみればいい。
予算案の承認を国会で必要とするような報道機関が、その仕組み上から「公正な報道」ができるのかどうか、その点から問うべきなのかもしれない。

NHKが真に公共放送として国民の支持を受けるためには、娯楽番組だけでなく視聴者の意見をフィードバックできるシステムを、組織として確立する努力をしなければならないのではないか。
そんなことができるのかどうかは知らないが、できなければNHKは視聴料をふんだくるやり方にやがて行き詰まることだろう。

今年の紅白歌合戦は、批判をかわすためだろうが、これまでやったこともない「出場歌手」のファン投票をしたらしいが、その投票結果にもとづいて選考したとは思えない顔ぶれである。
いつもと同じ失業対策事業のようなベテランと、聞いたこともないような若手を並べて(視聴者におもねり)、自局の番組に関連した歌手だけはちゃっかりと入れている。つまり例年と同じコンセプトのようだ。

視聴者の意見などははなから聞く耳を持たないのだろう。
大衆は愚かに決まってるんだから、適当にご機嫌をとっておけばいいのであって、意見をきく必要などない。もっぱら行政機関や政府与党の顔色をうかがっておけばそれでいい...、くらいのことしか考えていないのではないか。

そういえば、いつもは中継している国会の、海老沢NHK会長の質疑の場面だけ中継しなかったというのも、やりそうなことだと言ってしまえばそれまでだが、報道機関の在り方としては「分かり易過ぎる」。
NHKだけがそうだと言うつもりはないが、「自分に都合の悪いことは知らせない」という大マスコミに共通した姑息さは、報道機関としては自殺行為だ。

インターネットを通じて知ることのできるさまざまな情報は、マスコミでは報道されないことが大変多いことに驚く。
外国語のできる人なら、例えばアラビア語ができる人は西アジアのさまざまな情勢について発信していくことだろう。

本当は、NHKや大新聞社にはそういうプロがたくさんいるはずだし、そういう情報もキャッチしているはずなのだ。
だが、そういう情報は幹部によってバイアスをかけらた上で取捨選択されて、あるイデオロギーにもとづいて報道されているのだろう。
国民の「知る権利」について、もっと真面目に考えないと、報道機関が世論を操作していった戦前の轍を踏むことになるのではないか。

Posted: 木 - 11月 25, 2004 at 11:24 åflå„          


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