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美浜原子力発電所の事故で、既に4人の死者が出た。


福井県の関西電力・美浜原子力発電所3号機で、二次冷却水配管の破裂で高温の蒸気が噴き出し、既に4人が死亡、2人が重体、それ以外にも数人の負傷者がいるという。
日本の原発事故としては、最大の惨事となったようだ。(朝日新聞 の記事・毎日新聞 の記事)

原発の事故の時に、いつも思うことだが、まずどんな事故が、どこで、どんなふうに起きたのか、そういう基本的なことがかなか明らかにならない。
現場から中継されていても、「詳しいことはまだ分からない」と言うのが続く。
最近続いている高速道路のトンネル内の事故であれば、どんな事故かが短時間のうちに伝わってくる。
ところが、原発の事故の場合は、まず「すべてが秘密のベールに包まれている」という印象だけが伝わってくる。
情報の「操作」が行われ、知らせてもかまわない「情報」だけが選ばれている、という印象を誰もが持つ。
そして、やがて「何を隠していたか」が少しずつ分かってくる。(それも全部かどうかは分からないが...)
これは、国の原子力政策そのものが持つ体質が影響しているのだろう。
「本当のこと」を国民が知れば、国の原子力政策そのものが根底から崩れ去る、という不安感があるに違いない。

まだ全貌が明らかではないが、破損した配管部分は、設備として稼働し始めてから28年間、一度も点検されていないらしいことも分かってきた。
もともとは約10ミリ厚のパイプが、破損した後で調べると、最も薄くなっているところで1ミリ余りだったという。
これでは、10気圧という水圧に耐えきれなくなって破裂するのは、当たり前ではないのか。

他の工業施設でも同じようなことが起きているのかどうかは知らないが、ハイテクなどとはおよそ無縁な、むしろローテクと言っていいほどの事故原因を、どう考えればいいのだろうか。
以前から言われ続けていることだが、日本の原子力政策は「安全である」という「自明の前提」から始まっている。
まず「危険である」という前提から始まれば、危険に対する対策も生まれるだろうが、まず「安全である」という根拠のない・非科学的な・迷信から始まるので、28年間も点検せずに「安全」だと平気で信じられるのだろう。

原発事故が起きると、すぐに「放射能漏れの心配はない」という「安全メッセージ」が流される。
調査する時間などあったとも思えない早さで、電話に録音された「応答メッセージ」のように即座に流される。
チェルノブイリ事故の時も、パレードが行われていたキエフの町で、市民は何も知らされず放射能に晒され、共産党の幹部にだけこっそりと事故の情報が伝えられた。

事故当日のニュース報道で、ある専門家は「二次冷却水には、一次冷却水のような放射能は含まれていないが、3本ある二次冷却水の配管が破裂するということは、一次冷却水の温度が下がらなくなるということであり、最悪の場合、炉心のメルトダウンの可能性もある」とコメントしていた。
そうなればチェルノブイリ事故の再現であり、風向きによっては、ごく短時間のうちに近畿一円が放射能によって汚染されることになる。
こんな恐ろしい事故が、「安全神話」だけを頼りに、点検という最もローテクな手順の手抜きによっていつでも起こりうるということだ。
こんないい加減な仕組みに、命を預けるのは真っ平ゴメンだ。


Posted: 火 - 8月 10, 2004 at 11:21 åflå„          


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