ジプシーの音楽「フラメンコ」
8月25日、久し振りにフラメンコ・ダンスを観た。踊り手は、今や日本を代表するフラメンコ・ダンサーの一人である、わりさや憂羅(うら)
さん。全日空ホテルのディナー・ショーだったので、料金も高かったが、料理もワインも美味しかったし、踊りも素晴らしかったから、十分満足だった。
わりさや憂羅さんは、実は30年ほど前に知り合った、われわれ夫婦共通の古い友人でもある。知り合った頃は、まだ彼女もフラメンコを始めてはいなかったが、10年後には京都会館で公演するほどのダンサーになっていた。関西での公演の度に案内はもらっていたのだが、なかなか行く機会がなく、その京都公演以来、およそ20年ぶりの再会が目的でもあった。(公演終了の時刻が遅かったため、こちらにゆっくりする時間がなく、立ち話程度しか出来なかったのが残念だった。)鍛え抜かれた肉体から生み出される、指先まで繊細な動きは、円熟味を増して圧倒的だった。フラメンコという外国の踊りを、単に上手に真似て踊るのではなく、完全に自分の肉体で消化して、新しく紡ぎ出している感じだった。ギターも大したものだった。まだ若い演奏家だったが、技術的にも、表現的にも、堪能させてくれた。フラメンコ・ギターに憧れてクラシック・ギターを習っていた頃を思い出し、あんなふうに弾きたかったなー、と思った。唄(カンテ)がまた凄かった。これまで男性のカンテしか聴いたことがなかったので、女性は初めてだったが、十分納得させられた。声量といい、哀愁を帯びた節回しといい、申し分のない歌い手だった。この唄のせいかどうか分からないのだが、スペイン映画『愛よりも非情
』(1993年)のことを、ゆくりなくも思い出した。10年ほど前に封切られたこの映画は、(今をときめく)アントニオ・バンデラス(この映画を観た時は彼のことを全く知らなかった)がサーカスの取材にやってくる記者の役で、サーカスの花形で曲馬の射撃手の女性と恋に落ち、悲劇的な事件から、悲劇的な幕切れに進んでいく物語である。この映画の主題歌として使われていたのが、ピエトロ・ジェルミ監督の『刑事』で有名な「♪アモーレ、アモーレ、アモーレ、アモレミーオ...」という、あのアリダ・ケッリの歌う「死ぬほど愛して(Sinno
Me
Moro)」だった。たぶんカンテの歌い手の女性の声が、アリダ・ケッリを思い出させたのかもしれない。哀愁に満ちた雰囲気が似ていたからでもあろう。(ここからは推測の域を出ないのだが)サーカスの花形であるこの映画のヒロインはジプシーの女性だったのだと思う。なぜそう思うかと言えば、定住しない歴史を持つジプシーの人々は、見せ物やサーカスを生業としていたことも多かったからだ。(定住しない人々が芸能や大道芸などを担当し、被差別の立場におかれていたことは日本でも変わらない。旅芸人しかり、フーテンの寅さんしかり...。)ジプシーがどれほどの差別を受けているか、われわれの想像を絶している。昔見たドキュメンタリー映像では、20世紀に入ってもまだ「土の洞穴」(たぶん仮の宿だろうが)で生活しているシーンを見た記憶がある。(あまり正確な記憶ではないが...)何かの映画(たぶん西部劇だった)では、ジプシーの一団が農場の敷地の中で野営するのを、銃を持って追い出しに行くシーンもあったような気がする。海外旅行の案内や、旅行記などを読むと「ジプシーに盗まれないように注意」などと平気で書いてある。(最近封切られた映画『炎のジプシーブラス〜地図にない村から〜
』(2002年/ドイツ)の解説文の冒頭に「その村へ行くには、走っている列車から飛び降りるしかない。そこに線路はあるが、駅はないから。」と書いてあった。日本の被差別部落も、路線バスの通る道路は通っているのに「停留所」がない、という話を思い出した。ジプシーに対する差別は一種の民族差別であるのに対して、部落差別には何の理由もない点は違っているが、差別するやり方は驚くほどよく似ている。)ともあれ、ユダヤ人に対する差別とはまた違う、ジプシーに対するすさまじい差別が、ヨーロッパ中心に世界各地にあるのだろう。定住しない(できない?)流浪の民族が、差別による貧困、そして犯罪者予備軍のように差別される悪循環から、あの哀切に満ちたフラメンコを生み出したと考えれば、情熱的とばかり見られる踊りの中にも、喜びと悲しみが溢れているに違いないと思いながら、わりさやさんの踊りに見入った。
Posted: 金 - 8月 27, 2004 at 10:31 åflå„