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ユネスコ世界遺産は「女人禁制」


和歌山、奈良、三重の3県にまたがる「紀伊山地の霊場と参詣道」が、ユネスコの世界遺産に指定された。
そこで問題になっているのは、高野山や熊野三山、吉野・大峯の3霊場と、それぞれを結ぶ熊野古道や大峯奥駆道などの参詣道を一体としているため、「女人禁制」が改めて問われることになった。

今日の夕方のニュースでも取り上げていたが、なぜ「女人禁制」を続ける必要があるのか。
「女人禁制」支持者と思しき人々がインタビューに答えていたが、答えらしい答えは一つもなかった。
大相撲の土俵に上がらせない、というのと同じで、「伝統」だとか、「差別ではなく区別」だとかそんな屁理屈ばかりだ。

大相撲の土俵に上がらせない理由は何か。大峰山に結界を張って上らせない理由は何か。
その理由はただ一つ。「女は穢れている」という理由である。
男に比べてなぜ女が「穢れている」のか。それは「血」を流すからだ、というのだ。

何をアホな、と今のわれわれは思うのだが、女の「血」を穢れとした歴史は古く、「養老律令」の施行規則を集大成した『延喜式』(905年)には、明確な「穢れ」の規定が書かれている。
「死」「産」「血」などを穢れとして忌む源流がそこにある。
葬式の後に「塩」を配るのは、「死」の穢れを清めるためとして(迷信だと誰もが承知で)今でも行われている。

「穢れ」は伝染する、と『延喜式』では規定している。
「死」の穢れは何日、「産」の穢れは何日、「穢れ」を持つ人に会ったりした人は何日、その穢れを人に伝染させないように謹慎しなくてはいけないと規定している。
こんなアホらしいことを、「伝統」など称して未だに続けているのが、大相撲であり、祇園祭の鉾であり、大峰山なのだ。

「伝統」だからと、どんなことでも「守り続ける」ことがいいかどうか、考えることが必要だろう。
特に、宗教的なことや文化的なことがらは、刷り込まれ・染みついていることが多い。
女性差別を正当化している宗教や文化は、日本だけでなく外国にもある。
これを、「伝統」だから「文化」だからと不問に付すことはできまい。

山岳信仰が、密教と結びついて修験道となり、「女人禁制」が「伝統」と称せられるようになったのだろう。
真言密教の空海は、留学僧として唐に学んだ時、インドの宗教について熱心に学んだという。
カースト思想の濃厚な『マヌ法典』には、すさまじい差別が(女性だけでなく、不可触賤民についても)規定されている。

帰国した空海は、随筆集『遍照発揮性霊集』の中で、「いわゆる旃陀羅(せんだら)悪人なり、仏法と国家の大賊なり、現世には自他の利なく後生(ごしょう)には地獄の業に入る」と書いている。「旃陀羅は悪人であり、仏法と国家の大盗人であり、生きていても自他共に何の利益もなく生きている価値がない、死んでも地獄だ」と言うのだ。
「旃陀羅(せんだら)」は、インドのチャンドラ(賤民)を指し、平安時代の日本の賤民をそれになぞらえた。
インドのカースト思想に色濃く染まった結果なのだろう。
修験道が、真言密教と結びついていったと考えれば、「女人禁制」は必然ということになる。

二つ付け足しておく。
まず、「女人禁制」ということは、当然、男色(ホモセクシュアル)の世界に通じるということ。
祇園祭の山鉾から女性を排除する代わりに「稚児」を乗せるのは、たぶんその表れではないか。
『徒然草』にも、稚児を喜ばせようとして失敗する僧侶の話が書かれている。
尤も、封建社会にあって「男色」はタブーでもなんでもなく、戦国武将の男同士のラブレターが残っている。
(もとより、「ホモセクシュアル」という言葉に、差別的な意図も考えもないことは断っておく。)

もう一つは、中世ヨーロッパの教会が、表面的にはともかく、性的にはとんでもないことになっていたのと同じように(映画『薔薇の名前 』にも描かれていた)、日本の「女人禁制」の実態もかなり乱れたものだったらしいことだ。(例えば、遊び女を男装させて山に登らせたという話もある)
いずれにせよ、カースト制度輸入版「女人禁制」の「伝統」など、有り難がるほどのものではないし、自慢できるようなことでないのは確かだ。


Posted: 木 - 7月 8, 2004 at 08:52 åflå„          


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