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Today 6月21日 灯台社の明石順三ら治安維持法違反で検挙 (1939年)


「灯台社」は、アメリカのプロテスタントの一教派ワッチタワー(ものみの塔)の日本支部で、現在の「エホバの証人」であり、当時の主幹であった明石順三ら(追検挙も含めると)115名が、この日、治安維持法違反の容疑で一斉検挙された。
戦時中、弾圧を受けた宗教団体は大本教など他にもたくさんあるが、「灯台社」の場合は、天皇を現人神として認めないほか、兵役を拒否したことが苛烈な弾圧を招いた。

この一斉検挙の一週間前、明石順三の息子明石真人と村本一生に対して、第一師団軍法会議は不敬・抗命罪で3年と2年の懲役刑の判決が言い渡されたばかりだった。
明石真人は、この年の1月に第一師団野砲第一連隊に現役3年召集で入隊し、10日目に内務班長に申し出た。
「自分はキリスト者であります。『汝殺すなかれ』という聖書の教えを守りたいと思いますので、兵器を返上します。」
明石と村本は、陸軍刑務所で服役したが、他に第十一師団でも灯台社員三浦忠治が抗命した。

父親明石順三ら灯台社への一斉検挙はこの直後だった。
翌年、明石ら52名が起訴され、裁判の結果、明石は懲役12年(キリスト者の治安維持砲違反では最高刑)を言い渡され、妻静栄も5年だったが、静栄は拷問のため獄死した。

学校で、生徒の宗教的な立場が話題になることはほとんどないのだが、「エホバの証人」の場合は、体育祭で身体がぶつかり合って争うような競技は出ないとか、「校歌」も歌わないなどのことで話題になることもある。信者の生徒たちをこれまでに何人か教えたが、真面目な生徒が多く、これも信仰と関係があるのか、と思ったこともあった。

「輸血拒否」が話題になったこともあるが、彼らは「エホバの神」による絶対支配以外すべてを認めないのだから、「校歌」はもとより「君が代」などは絶対に歌わないだろう。
(ついでながら、学校には在日の生徒だけでなく、中国籍やブラジル籍など多くの国籍の生徒たちが増えてきている。彼らに「君が代」を強制することがどんな意味を持つのか、考えてみたことがあるのだろうか。)

日本人の多くが「上からの指示だから」と、他人のせいにして、保身に汲々として、無責任に「起立」して「大声で斉唱」する時代になってくると、宗教的な信仰を持つ人間しか「権力に抵抗できないのか」という思いに、この灯台社の事件を思い出すにつけても、なってしまうのだが、信仰を持たない人間にとって、そんなことでいいはずはない。


(左の写真)明石順三(65歳)1954年5月鹿沼にて
(右の写真)左から村本一生、明石好枝、順三未亡人静子
1969年10月鹿沼の明石順三遺宅前にて

Posted: 月 - 6月 21, 2004 at 03:20 åflå„          


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