Today 8月21日
トロツキー、メキシコで暗殺
(1940年)
ロシア革命の中心人物の一人で赤軍の創始者でもあるレオン・トロツキーが、スターリンの送り込んだ刺客ラモン・メルカデルによって、メキシコの自宅で暗殺された。享年61歳。
トロツキーの本名は、レフ・ダヴィドヴッチ・ブロンシュテインという名で、ユダヤ系の富農の家に生まれた。オデッサに収監されていた時の看守の名前を借りて「トロツキー」というペンネームをつけたらしい。トロツキーの「永続革命論」は、学生時代流行し、僕も彼の著作はほとんど持っている(あえて、読んだ、とは言うまい)。特に、現代思潮社から出ていた『トロツキー選集』(全12巻)は、粟津潔さんの装幀で、今見ても古さを感じさせない斬新なデザインだった。当時、いわゆる新左翼(日本共産党=旧左翼、に反対する立場)の学生運動に対して、民青(民主青年同盟=日本共産党の学生組織)の側から「トロツキスト」というレッテルがよく貼られていた。今風に言えば「過激派」という響きだろうか。トロツキーは赤軍(革命軍)のリーダーだったのだから、軍事的な才能もあったのだろうが、風貌はまるで学者風であり、自伝『わが生涯』などを読むと、文学的な香りもするほど優れた文筆家でもあったことが分かる。レーニン死後、実権を握るようになったスターリンによって排除され、国外追放されて、各国を転々とすることになる。スターリンは権力の座につくと、すさまじい粛清を始めるが、トロツキーがユダヤ系であったことも、スターリンの憎悪を倍増させたと言われている。1937年以来、ようやく安住の隠れ家を得ていたトロツキーだったが、ソ連秘密警察ゲー・ペー・ウーによって訓練された暗殺者ラモン・メルカデルが送り込まれた。(映画『暗殺者のメロディ』(1972年/仏・伊・英)では、メルカデルの役をアラン・ドロンが演じ、トロツキー役は、リチャード・バートンが演じていた。)メルカデルは、トロツキーの秘書の妹でシルヴィア・アゲロフというアメリカ人女性と結婚してトロツキーに近づき、1940年8月21日夕刻、書斎で自分の論文を読んでもらうと見せかけて、頭蓋骨にピオレ(氷斧)を突き立てた。犯行直後の彼の供述。「私はわざとレインコートを机の上に置いた。ポケットにかくした氷斧(ピオレ=氷塊を砕く登山用具)をすぐにとり出すためである。そしてトロツキーが私の論文を読みはじめたその瞬間、ピオレをつかんで渾身の力をこめて彼の頭にふり下ろした。トロツキーは悲鳴をあげた。長い、長い、怖ろしく長い悲鳴だった。あのアアアアアという絶叫はいまでも私の鼓膜をひき裂くようだ。私はこの悲鳴だけは一生忘れないだろう。トロツキーは、立ちあがると、狂気のように私に組みつき、必死に私の手を噛んだ。私は彼をつき倒した」(山田風太郎『人間臨終図巻』より引用)メルカデルは20年の刑でメキシコの刑務所に服役したのち、モスクワに帰り、国民英雄の表彰を受けた。
Posted: 土
- 8月 21, 2004 at 11:27 åflå„