Today 5月28日
在原業平逝く (880年)
小野小町を含めて3733人の女性と関係したという伝説をもつ稀代のハンサム・プレイボーイが、56歳でこの日死んだ。
「昔男ありけり...」で始まる『伊勢物語』の主人公である。
平城天皇の子阿保親王の第5子だそうだ。
業平忌を選んだのにはちょっとした訳がある。業平の作品の中でも特に有名な、「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」の歌が詠まれた「渚院(なぎさのいん)」のすぐ近くに住んでいたことがあるからだ。長女が生まれてすぐに移り住み、仕事と保育所の送り迎えが始まった記念すべき場所なのである。子供が産まれるまでは京都市内で新婚時代を送っていたのだが、子供が産まれることを知ってより広い部屋が必要だろうと気遣ってくれた友人が「新しくていいアパートがある」と探してくれて、移り住んだのだった。新居の住所には、もちろん「渚」という地名がついていた。「渚院」の跡を示す看板は、確か保育所の隅に立っていたような記憶があるが記憶違いかもしれない。業平のこの歌で思い出すことがもう一つある。「今は昔」、僕の勤務する市の教職員組合で「主任制」に反対する長期にわたる闘争が組まれていて、団体交渉や座り込み以外にも、例えば七夕の短冊に、「主任制」に反対する一言を書こうという取り組みをしたことがあった。せっかくの七夕の笹飾りなのだからと、僕は業平の歌をもじった戯れ歌を短冊にこう書いたのを憶えている。「世の中にたえて主任のなかりせば職場の心はのどけからまし」桜を惜しんで詠んだのとは意味が逆になってしまったが、業平さんゴメン。
Posted: 金 - 5月 28, 2004 at 08:43 åflå„