イラク戦争が始まって、1年が経った。
夜のニュースを見ていると、世界各地で戦争に反対する集会やデモが行われたようだ。NHKでさえ報道していたくらいだから、よほど無視できない規模だったのだろう。それでも、さすがにNHKである。ブッシュが、殺された日本の外交官奥大使を讃える演説をしつこく流していた。
イラクでは、ブッシュの「戦争終結宣言」の後も、数百人のアメリカ兵が死んでいるし、スペインのマドリッドでは、通勤列車で10カ所もの爆破があり、アルカイダを名乗るグループが「次の標的は日本だ」と声明を出している。「テロリストの脅しに乗せられてはならない」と小泉は記者に答え、東京周辺の鉄道の「警備」の様子が報道されていた。だいぶ以前の新聞に、「9.11」に崩れ落ちたビルとともに息子を亡くした日本人の父親が意見を寄せていた。「テロリストと呼ばれる人々が、なぜ命を投げ出して飛行機をビルに激突させたのか、を考える必要がある」と。月並みな言い方だが、「憎しみ」を何乗してみても「殺戮」以外の答えは出てこない。「憎しみ」の原因を明らかにし、その「憎しみ」を取り除くか、せめて緩和することを考えない限り、殺戮が続くだけだろう。ブッシュは論外として、それに追随する日本の指導者たちにも、「殺戮」以外の道を本気で探しているようすはない。もっとはっきり言えば、これまでも何も考えてこなかったし、今でも何も考えていない、ということだろう。(余談になるが、戦後、国際連合のさまざまな議案について、日本が何に賛成票を投じ、何に反対票を投じたかというデータをみたことがある。ヒドイものだった。ことの是非を真面目に判断して投じたと思える議案はなかった。ほとんどすべてアメリカに追従しての態度表明ばかりで呆れた。「国際社会に名誉ある地位を」なんて、とんでもない。恥ずかしくて表も歩けやしない。)
Posted: 土
- 3月 20, 2004 at 09:14 åflå„