Today 6月6日
連合軍、ノルマンディーに上陸
(1944年)
深夜、枕元のラジオを聴いていると、フランス在住の方からの報告で、今日6月6日は連合軍によるノルマンディー上陸作戦の日、つまり「D-day」から60周年にあたるので、退役軍人だけでなく各国首脳が記念セレモニーに出席するため、厳戒態勢がしかれている、と話していた。ドイツの首脳が招かれるのも戦後初めてだとか。
ノルマンディー上陸作戦の凄まじさ、犠牲のおびただしさは、映画を通じて知ってきた。
最近では、(前にも触れたが)
『プライベート・ライアン』の冒頭の20分間ほどの戦闘シーンは、これまで味わったことのない恐怖感を感じさせた。「5.1
chサラウンド」の音響効果などで見れば、たぶんどこから弾丸が飛んでくるのか分からないような凄まじい恐怖感をもっと実感させられたに違いない。
ノルマンディー上陸を描いたいちばん有名な映画は『史上最大の作戦』
(1962年/アメリカ
)であろう。各国の有名俳優を揃えた、たぶん4時間以上の上映時間だったのではないかと思って調べてみたが、
DVDの時間は179分と表記されていた。当時3時間という長さがたぶん異様に長かったのだろう。高校生の頃、梅田の映画館で見た憶えがあるが、当時はまだ入れ替え制ではなかったので、続けて2回、映画館にいた憶えがある。それにしても、あの頃のアメリカ軍は、まぎれもなく「正義」の側にいた。ナチス・ドイツに占領されたフランス国民にとっては「解放軍」以外のなにものでもなかっただろう。敵前上陸を敢行した連合軍の死者・行方不明・捕虜は初日だけで1万〜1万2000人、死者だけでは約2500人だったという。そのうち最も多かったのはアメリカ軍兵士たちで、約1500人。多くは、まだ20歳になるかならないかという若者たちだった。今、イラクを占領しているアメリカ軍兵士たちも、それと大して変わらない若者たちだろう。フランスのレジスタンスと協力しながら、ナチス・ドイツと戦ったアメリカ軍兵士たちは、60年経っても「ファシストと戦って犠牲になった」として感謝と敬意の対象となれるのだろうが、イラクで死んだ若者たちは、いくらブッシュが言葉で「讃えて」も、犬死にとしか思われないだろう。それどころか、ベトナム戦争帰りのランボー君やタクシー・ドライバーのデニーロ君が暴れたように、「国のため」と信じて命をかけた若者が、虐殺者・虐待者として冷たい視線を浴びる日も近いのではあるまいか。ベトナム戦争当時、アメリカのフォーク歌手の一人ピート・シーガーの流行したプロテストソングに『ガッコで何を習ったの
?』というのがあった。「アメリカ軍は強くって、フランスやドイツで戦って負けたことがない...」だから、ベトナムでも「正義の味方」であり「勝利するんだ」という風刺的な歌詞だった。ノルマンディーから60年の間に、アメリカの「正義」は地に堕ち、泥にまみれた。「正義」も「人権」も「自由」も「民主主義」も、アメリカが体現していたはずのものはことごとく「テロに屈しない」という口実によって叩き潰されてきた。だか「テロ」と「ナチス」とは違う。「テロ」は、貧困と差別、絶望的な無力感が源泉になっている。「テロリスト」は、「第三帝国」を作ろうとしているのではあるまい。貧困と差別、絶望的な無力感からの「希望」を持つことができるようにすることが、例えば日本の果たすべき「名誉ある地位」ではないのか。軍事力で「名誉」や「敬意」が手に入ると思ったら、大間違いだ。
Posted: 日 - 6月 6, 2004 at 04:09 åflå„