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Today 3月27日 武田耕雲斎ら水戸天狗党、筑波山に挙兵する。 (1864年)


「天狗党の乱」という事件は、山田風太郎の歴史小説『群魔の通過—天狗党叙事詩』(1990年文春文庫)を読むまで、名前しか知らなかった。
水戸にその人ありと知られた藤田東湖の子で、天狗党のリーダーだった藤田小四郎の息子が語る、というストーリーになっていた。

幕末に題材をとった歴史小説はどれも面白いが、水戸藩の天狗党に焦点を当てたところが山田風太郎らしいのだろう。
(島崎藤村の『夜明け前』にも、中山道を進軍する姿が少し登場する。)

幕末に、御三家水戸藩が果たした役割は、この上もなく劇的だった。
安政の大獄で幕府から大弾圧を受けた水戸藩が、大老井伊直弼を暗殺しただけでなく、斉昭の子が最後の将軍徳川慶喜となった。
この小説にも書かれているが、水戸藩は尊王攘夷派と保守派とに真っ二つに分裂し、権力を握った側が反対派を粛清することが繰り返されたため、維新後に活躍すべき人材をもことごとく絶やしてしまうという、悲劇的な禍根を残すことになった。

最も悲劇的なことは、京都にいた徳川慶喜に期待して冬の山を越える天狗党を討伐する幕府軍の指揮を、徳川慶喜がとっていたことだった。
1000人ほどの天狗党は、数万の幕府軍に包囲されてついに降伏し、敦賀で処刑されるが、その人数は何と352人だったというから、その処罰の苛烈さは幕府の歴史を通じても例を見ない。しかも、その半分は農民だったというから、断末魔の幕府、崩壊の前兆だったのだろう。


Posted: 土 - 3月 27, 2004 at 08:44 åflå„          


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