Today 6月11日
サイゴン街頭で僧侶、政府への抗議で焼身自殺
(1963年)
アメリカの傀儡政権ゴ=ディン=ジェムに対する抗議として、ティック=クアン=ドゥック師はガソリンをかぶって焼身した。
ゴ=ディン=ジェムの弟で秘密警察や軍特殊部隊を掌握していたゴ=ディン=ヌーの夫人が、「坊主のバーベキュー」と発言して全世界の非難を浴び、アメリカから見放されたゴ政権はまもなく崩壊し、ゴ兄弟も殺害された。
トンキン湾事件が起きたのは翌年の1964年であり、1965年には全面北爆の開始・アメリカ海兵隊のダナン上陸へと、本格的なアメリカの軍事侵攻が始まる前年に、この焼身自殺事件が起きたことになる。この年には、ティック=クアン=ドゥック師につづいて、僧侶や尼僧の焼身がフエやサイゴンなど南ベトナムで頻発した。
8月に、アメリカのキリスト教徒は、ドゥック師焼身の写真の下に「われわれもまた抗議する」の声明を、15000人の牧師の署名を背景に、1ページ大の広告を主要新聞に掲げた。クェーカー教徒アリス=ハーズ夫人(1965年3月16日に焼身、26日に死亡)に続いて、アメリカ人3人が焼身抗議したのは2年後であり、さらに2年後には、日本のエスペランティスト由井忠之進が、佐藤首相訪米直前に焼身抗議をした。(1967年11月11日)ティック=クアン=ドゥック師の焼身抗議は、多くの報道機関が記録していて、世界中に衝撃をあたえた。僕は高校生だったが、このニュース報道を見てショックを受けた。何がショックと言って、燃え上がる炎の中で黒こげになっていく僧侶が、座ったままほとんど動きもしないことにまず驚いた。普通なら、どんなに覚悟ができていても、熱さにのたうち回るのではあるまいか。それが、少し揺れていたような記憶はあるが、とんでもないことだとショックを受けた。そして、そのことから一体ベトナムで何が起きているのか、という関心を持つようになった。これほどの抗議をする僧侶がいるということは、よほど酷いことが行われているに違いない、と思った。1954年、ディエン・ビェン・フーの陥落によってフランスは植民地支配を断念し、交代するようにアメリカがベトナムに入ってきた。ゴ=ディン=ジェム政権は、この時につくられた。1960年、南ベトナム解放民族戦線が結成され、アメリカの支配に対する本格的な抵抗が組織され始める。1968年にはテト攻勢があり、1975年にはサイゴンが陥落した。アメリカは、この失敗を忘れて、また同じことをイラクで繰り返している。
Posted: 金 - 6月 11, 2004 at 08:35 åflå„