Today 8月6日
ヒロシマに原子爆弾が投下された(1945年)
4日と5日、(またまた)NHK『クローズアップ現代』はヒロシマに因んだ連続企画を放送していた。
1日目は、ビキニでのアメリカの水爆実験をめぐって、マーシャル諸島の島民を「安全だ」と言って避難させず、わざと被爆させたのではないか、という疑いが以前からあったらしいが、最近の公文書の公開で発見された「プロジェクト4.1」なる文書は、島民たちの「人体実験」ではないかという疑惑を実証することになったという内容だった。
ヒロシマの時もそうだった。ポツダム宣言が受諾されて日本の無条件降伏が決まると、すぐに医師団がヒロシマに入った。被爆者の「治療」にあたるような顔をして、実は「人体実験」の成果を詳しく調査しにきていたのだ。B29「エノラゲイ」が飛び立った時は、まだ投下する目標都市が決定していなかった。ヒロシマが最終的な目標になった理由は、よく知られているように、他の目標都市が雨やくもりで、ヒロシマだけが快晴だったからだと言われている。つまり、人類初めての原子爆弾の威力を「空から」確かめるには、雲に邪魔されない気象条件が必要だったという訳だ。ヨーロッパの都市では決してやらなかったであろう、東洋人に対する「差別」意識が、「人体実験」を実行させたのだろう。マーシャル諸島の島民に対しても同じだったのだろう。アメリカ政府は、被爆した島民の経過を見るために、「治療」を禁止したのだという。多くの島民が、現在も被爆が原因と考えられる癌などで次々に死んでいっている。大気圏内の実験をムルロア環礁で強行したフランスは記憶に新しいが、アメリカはビキニ環礁で幾度となく繰り返してきただけでなく、アメリカ国内の実験場で繰り返し、旧ソ連も自国内の実験場で繰り返し実験を行ってきた。アメリカの核実験場も、旧ソ連の核実験場も、少数民族の居住地に隣接していた点で共通している。逆に言えば、人里離れた農業さえも困難な荒涼とした土地に、少数民族の人々が追いやられていたということでもある。(恐らく、中国やインドでも同じではないのかと想像するが、この点はまだ確かめた訳ではない。)ビキニ環礁で被爆した第五福竜丸の乗組員の多くはもう死亡しているが、生き残っている乗組員が、政府に対して「被爆」との因果関係を認めるように求めているが、政府は頑なに拒絶しているという。帰港後、乗組員全員の被爆した放射能が極めて高いものであったことが明らかであり、半年後に久保山愛吉さんが亡くなった後も、放射能が原因と考えられる病気で亡くなる乗組員があっても、政府が因果関係を認めないことに対する、生き残った乗組員たちの怒りは当たり前のことだろう。日本は、唯一の「被爆国」だと言ってきた。しかし、そんなことはない。マーシャル諸島の島民は、紛れもない被爆者であり、アメリカ国内の核実験場の近くに居住する先住民たちも被爆者であり、実験場の近くにあった西部劇の撮影所で放射能を浴びた俳優たちも被爆者であり、旧ソ連の核実験場セミパラチンスクの近くで生活していた少数民族の人々も被爆者に他ならない。
Posted: 金 - 8月 6, 2004 at 10:40 åflå„