映画『アルジェの戦い』


学生時代に見た映画なのであまり全体的な記憶はないのだが、インターネットで調べてみると、製作されたのが1965年、日本で上映されたのは1967年2月となっていた。アカデミー賞で監督賞と脚本賞(1968年)、ヴエネチア映画祭でグランプリなどを受けていることも初めて知った。だが、今言いたいのはそのことではないので、省略する。

映画『アルジェの戦い』は、言うまでもなくフランスの植民地であった北アフリカのアルジェリアが、血みどろの独立戦争の果てにフランスからの独立を達成するまでを、ドキュメンタリータッチで描いた映画である。
DVDも発売されているようなので、もう一度見直してから書くほうがいいのかもしれないが、ここで取り上げたのは、映画についてではないのでご容赦いただく。

今日もイスタンブールで自爆テロのすさまじい爆発のようすが報道されていた。たまたまトルコの放送局のカメラが回っていて、爆発音まで偶然に記録されていたし、爆発の威力は破壊された建物と道路の残骸からもすさまじいものであったことがよく分かった。
ビザンティウムと呼ばれた東西文化と交易の要であった古都が、見るも無惨な瓦礫の山と化していた。
イラクではもちろんのこと、アフガニスタンでも「テロ」攻撃がますます激しくなっている。
川口外相も「卑劣なテロに屈してはならない」と、報道陣に答えていた。

こういう報道を見ていて、映画『アルジェの戦い』を思い出したのだ。
この映画では、圧倒的なフランス軍と、ネズミのように逃げ回りながら独立運動を続けるゲリラ組織との戦いが描かれていた。ゲリラ組織を壊滅させるために、フランス軍の攻撃と謀略、拷問のシーンはすさまじかった。当時のフランス国民の大半は独立反対の立場であり、極右OASのテロは独立支持派の知識人たちに向けられていた。アルジェリアに派遣されたフランス空挺部隊の将校だったかスポークスマンだったかが、記者の質問に苛立たしく答えていたシーンを記憶している。「フランスの世論は猫の目のように変わる。変わらないのはサルトルだけだ」(もちろんジャン=ポール・サルトルは、OASのプラスティック爆弾で命を狙われながら、独立を支持しつづけた知識人の一人だった)

その話もおいておく。最近の報道を見ていていちばん思い出したシーンは、フランス軍の執拗な捜査でついに逮捕されたアルジェリア民族解放戦線(FLN)のリーダーの一人が、記者の質問だったかに答える場面だった。
質問者は、カフェに集まる人々がたくさんいる場所で爆弾を爆発させる「無差別殺人」は卑怯ではないか、という意味のことを尋ねる。ちょうど、「卑劣なテロに屈してはならない」と言うブッシュや小泉や福田や川口の論調と同じだ。
その質問に対して、逮捕されたFLNの幹部が答えた内容が未だに忘れられない。彼はこう言ったのだ。
「無抵抗な人々の上に爆弾を落とす飛行機があれば、もっと便利だろうが、われわれはそれを持っていない」

「テロ」という言葉には、疑う余地のない「悪」という意味がこめられている。相手が「邪悪」なのだから、それと戦うこちらには「正義」がある、という論法は「9.11」以来ジョージ・ブッシュが得意としてきた。
同じような論法は、中国への侵略戦争当時、抵抗する中国の人々をひっくるめて「匪賊」と呼んでいた日本人のやり方と同じだ。「悪いのは奴らだ」だからこちらは「何をしても許される」という論理が大手を振っていた。それに疑問を持つ日本人は「非国民」というわけだ。
圧倒的な軍事力に抵抗する人々が、ひっくるめて「テロリスト」という呼び名で片づけられ、「邪悪な奴ら」を抹殺しなければならない、とブッシュとその子分たちは呼号する。
戦後、親米的でない政権をクーデターで転覆させ、重要人物を暗殺し、ありとあらゆる不正な手段で思い通りにしてきたのは、ほかの誰でもなアメリカ合州国政府ではないのか。もっとも「邪悪なテロリスト」はアメリカ合州国にほかならないことを、アラブとイラクとアフガニスタンとトルコの「テロリスト」たちは主張しているのかもしれない。

(この映像は、実際のドキュメンタリー映像ですが、映画のラストシーンは確かこの映像が使われていたような気がします。)

Posted: 金 - 11月 21, 2003 at 11:45 åflå„      


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